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うちの末っ子。
きーちゃんのポジションは変動します。最近、山田全自動さんのブログをよく観ております。
昨日の夜にアップされてた記事は『末っ子あるある』
私も末っ子と言えば末っ子なので多少覚えが。(同級生より早めに洋楽を聞き始めるとか笑)
そんな中、私はそうでなかったけど我が家の永遠の末っ子きーちゃんにドンピシャなのが。
やってたやってた。
エビ・カニ・牡蠣、焼肉類はすぐに食べられる状態で提供されてた。笑
ついね、殻を剥いてお皿に取ってあげちゃうのよね。
旦那や真ちゃんも自然とそうしていて、みんなが世話をやいて食べられるようにしてあげてるときーちゃんが殻の剥き方が覚えられないという問題も出てきたり。
真ちゃんなんて、みかんの皮を剥くだけでなくて白い所も丁寧に剥いてた。(これはもう性格?私は白いのも食べる派)
エビやカニの殻を剥くのが苦手だったきーちゃんが、息子達に剥いてお皿に取ってくれてたのを見て成長を感じました。


そんな食事の思い出話。
感受性が豊かだからなのか、なかなか独創的な所に目が行くようだった。
「おねぎ、取れへん…」
一緒に住み始めた年のある日の夕食。
この日の献立は蟹鍋と茹で蟹。
きーちゃんはおねぎの入ったお皿を持って悪戦苦闘。
小さな切れ端のネギを取ろうと頑張っている様子。
「そんな小さいの取れないんちゃうの?追加切ってこようか?」と言ってみるけど、きーちゃんはこの端っこを取りたいと言う。
「だって、この子だけお皿に残されてさよならやったらかわいそうやで」
???
良く聞いてみると、一本で同じだったネギが端っこになったからと残されて食べられないのがかわいそうだと言う。
そんなこと考えたことなくてびっくり。
「そうやったら手伝ったろ」と旦那がきーちゃんのお皿へネギ(端っこ)を投入。
茹で蟹を旦那と真ちゃんが殻を剥いてくれる様子を凝視するきーちゃん。
「蟹さん、食べられる時って悲しい?嬉しい?」
止まる2人の手。
きーちゃん、このタイミングでその質問はちょっとマズイなー。食べづらいわ。
「きーちゃんはどう思う?」という真ちゃんの返しに悩むきーちゃん。
「蟹もそうやし、きーちゃんの好きな唐揚げの鶏もやし魚もそうやなー」
「野菜も?」
「うん。蟹や鶏に氣持ちを聞くのは難しいけどな、いただく時に『嬉しいなー。ありがとうー』って思いながらいただくのと『もういらんー』って思いながらいただくのとどっちが嬉しいと思う?」
「嬉しいなーのがいい」
「せやろ。蟹も鶏も野菜も『美味しいなー、ありがとう』っていただいたらええねん。いろんな命をいただいてるから『いただきます』やねん。いただきますの中にはその命や手に入れるまでに食べられるようにしてくれた人やこうやって美樹が準備してくれたやろ。きーちゃんが美味しくいただけるようにっていろんな人の氣持ちを『いただきます』やねんで」
「そうなんや!」
「だからな、ご飯の時はありがとうの氣持ちでいただかな蟹たちが悲しいねんで」と言って剥いた蟹をきーちゃんのお皿へ置く真ちゃん。
「ありがとう。いただきます!」と手を合わせてニコニコきーちゃん。
この時は真ちゃんを見直した。
シェア生活をするくらいには仲が良く信用してるヤツだったけど、こんなにきちんと『食事』について話せるとは思ってなかった。
見た感じはチャラい兄ちゃんだし、女の子に常にモテて取っ替え引っ替えしてる印象だったし。
この真ちゃんの説明が効いたのか、偏食だったきーちゃんは極力出されたものは全部いただく子になったし、お箸の持ち方の練習も力を入れ始めた。
ポテトとかに添えられたパセリも大好きな子に。
なので我が家のパセリ係は未だにきーちゃんです。笑
ただ、幼稚園くらいの頃に浮かぶであろう疑問を中学生になっても持ち続けていたということが氣になってきーちゃんに小さい頃にこういった話をしなかったのかと尋ねると食事の時にこうやって話をすることが無かった。テーブルを囲んでご飯を食べながらお喋りするのが嬉しいと返ってきた。
その頃、少しづつきーちゃんが今まで過ごしてきたであろう環境が見え始めてきた頃だったから、極力きーちゃん1人で食事をさせることをやめようと決めたきっかけでもあった。
学校から帰ると疲れ果てて寝てしまい晩ご飯の時に起きられず1人遅れて夕食。なんてこともあったけど、(大概旦那が飲んでることもあって)きーちゃんが食事をする時は誰かが同じテーブルについておくのが習慣になった。
きーちゃん宅の娘ちゃん達が1人で食事になった時、きーちゃんが食べなくても同じテーブルにいるようにしているのを聞いてちょっと嬉しかった。