Another story 02.大人の世界。

初めてライブに行った日「電話してねー♪」とねーさんが言ってくれていたものの、日常に戻ると持ち前のネガティブが炸裂してしまって、電話の前で貰った名刺を握りしめてしばらく悩んだ後に「一度会っただけの人間の事覚えていないかも」と 怖氣付いてやっぱりやめる。を繰り返して遂にねーさんの渡してくれたライブの日になってしまった。 
 この数日の間に、私は中学生となったけれど新しい環境には思った通り馴染むことは出来ず、馴染む所か、何人か仲の良い子は居るものの同じ年代の自分でも制御しきれない有り余るエネルギーに悩まされていて学校は魑魅魍魎が住まう場所。恐ろしい所。とインプットされてしまった。 かと言って、自宅では私の存在は空氣以下で自宅で過ごす居心地の悪さもかなりなもので、どこに居てもつきまとう居心地の悪さ。 あの世へのハードルは一氣に下がって、来世になればもっと楽しいかもしれない。 そんなことばかり考えてねーさんのライブの日を迎えた。 
ライブに行ってそのまま来世まで行ってしまおう。と決めて家を出ることにしたら、その日の学校の間、腹痛にも頭痛にも目眩にも悩まされることなく過ごすことが出来た。 

ライブの会場は、電車で数駅。 駅で着替えて改札を出る。 駅からすぐだとねーさんが教えてくれていたし、馴染みのある駅だったこともあってすぐに行けるだろうと思っていたけれど、なかなかお目当ての店が見つからない。 同じ場所を行ったり来たりしているうちに心はポッキリと折れて「ライブ行きたかったけど、もういいかなー」と駅前のファストフードのお店で最後の晩餐をしようかと思った時、駅の出口に真ちゃんが立っているのを見つけた。 
知っている顔を見つけてホッとした氣持ちと、心は最後の晩餐に向かっていること、ネガティブに振り切っていたので声をかけてみて「誰?」と言われた時の怖さと。とても複雑で、真ちゃんの方へ行ってみるのに躊躇う。 
「ちょっと落ち着こう」 どうするか考えすぎて目がまわってきた。 駅の出口ではなくその手前のファストフード店に入ってポテトとジュースを買う。 ロータリーの椅子に座ってポテトを食べてみる。 ちらっと真ちゃんのいた出口を見ると姿はもうなかった。 「そら、そうかー」と思いながら「やっぱり連れて行って」とお願いしたら良かったかなー。と少し後悔しだすあたり私って本当勝手だよな。 「でも、誰やねんとか思われても嫌だしな」 「でもねーさんに会いたかったなー」 「最後の晩餐、ポテトだけってどうなんだろう。もうちょっといいのにしたら良かったかなー」 「君ら(足元に沢山いる鳩)も食べるかい?最後の食事に付き合ってくれたまえ」 そんなことをぐるぐるとしばらく反芻する。 
「ポッポさんや、食べるのはいいけど塩辛くないかい?そうか、そんなん関係ないのかー。どうぞどうぞまだ沢山あるよー。一緒に食べてくれてありがとね」 小さくしたポテトを落としながら鳩に話しかけてると「鳩にあげるなら、一本ちょうだい」と声が聞こえた。 真ちゃんだった。 
びっくりして間抜けな顔をしてたと思う。 「キリコがきーちゃんを待ってろってうるさいから、駅まで迎えに来てん。会えてよかったわー」みたいなことを真ちゃんは言ってたと思う。 他愛ない話をしながら、ポテトを一緒につまんだ後会場に連れて行ってもらう。 遊んで貰ってた頃を少し思い出した。 
初のライブハウスに大人になった氣がして少し浮かれて、少し前まで私を覆っていたネガティブは一旦姿を消した。 開演の直前、ねーさん顔を出してくれて嬉しい。 前に会った時は黒のコートがカッコ良かったけど、今日は黒いワンピース。やっぱりカッコいいなーなんてぽけーっと見惚れていたら「きーちゃん、こっちこっち」と奥の部屋に連れて行かれる。「きーちゃん、私の妹ー!かわいいでしょ?」とお部屋にいるお姉さん達に言う。妹だって。嬉しい。「キリコ妹いたっけ?」「そうなのー、実は居たのー。超かわいいでしょ。今中学生ー」たくさんの初めての人で緊張する。「なんでそんな格好してんの?寒くない?」とねーさんの隣にいる人。持ってる服で寒くなさそうなの選んだけど、やっぱり変だったかな。「真ちゃん、そのパーカー貸したげなよ」とその人が後ろに居た真ちゃんに言った。「だいじょーぶです!全然寒くない!」「そうなん?だって唇真っ青だよ。始まったらエアコン効いてくると思うけどまだ時間あるよ。キリコ、あんた真冬の格好してるんだから妹にもコートくらい着せてあげなよー」まずい、ねーさんが悪くなっちゃう。「全然寒くないからコート着ないんです」緊張して声裏返っちゃった。「そんなもんだっけー。でも女の子は冷やしたらあかんねんでー。加奈子さんが良いのを貸してあげよう」と一旦離れて大きなストールを持ってきた。「これでマシだろうー」クルクルと巻いてくれて大きなお花のピンで留める。「それ私のやん!でも赤ずきんちゃんみたいでかわいいー」とねーさん。「終わるまで貸したげる。今日のきーちゃんは赤ずきんちゃんだねー」
開演してからは、真ちゃんが同じテーブルに居てくれた。 いろんな人が真ちゃんに声をかけて話しているのを見て、大人の世界を覗いたような氣がしてワクワクした。つい1時間前まで「最後の晩餐」とか思っていた私はどこかに行ってしまった。 ねーさんのバンドが出て来て、この間とはまたイメージの違う姿に見惚れて私もああやってみたいな。と、漠然と来世への憧れ以外の希望が生まれてきた。 
ライブの後はまた前のメンバーでお食事。 元々からのメンバーの中に私が居ても誰も怪訝な顔をせず、むしろとても氣にかけてくれて、私のことを無視されない空間はとても居心地が良いものだった。 
食事中、真ちゃんが小さな飴が入った袋をくれた。 昔、怖かったり悲しい時に食べたらいいよ。とくれたものと同じもの。 その効果は絶大で、食べると強い味方がすぐそばにいるようで氣持ちを落ち着かせることができた。 貰ってからしばらく大切に少しずつ食べていたけれど、転校してからはその回数が増えてあっという間になくなってしまった。 
昔、話していたことを覚えていてくれたことが嬉しかった。 「もう、だいぶ大きくなったからもしかしたら必要ないかもしれないけど、お守りに持っといて」 嬉しくてまだ、あの世へのハードルを越えなくてもいいかもしれない。 そう思った。 
 「まだ桜残ってるし、お花見しようよーお花見したい!」というねーさんの一言で翌日お花見決定。 ねーさん、強いな。 学校の終わる時間を伝えて迎えに来てもらう約束をして別れた。 

お花見当日は、終わったらまた会える。という楽しみと、真ちゃんのくれた飴をポケットに忍ばせていたせいか、とても穏やかに過ごすことが出来た。 教室の窓から差し込む眩しい位の光と、春の匂いを運ぶ風。 初めて学校で穏やかな氣持ちで過ごせた時の風景。 何度も窓の外を眺めながら学校が終わるのをまだかまだかとソワソワしていた。 
昼までの授業なのになかなか終礼が終わらず、伝えていた時間は過ぎてしまった。門を出たけれどねーさんの姿は無かった。 「やっぱりな」 自分が楽しむことは許されないんだ。 約束していた時間から20分近く終礼が長引いたこと、20分も待たせてしまって来てくれてたとしてももう居ないこと。 それは当たり前だ。 私も行っても良いと思い込んでいたけど、そもそも約束に私が居ても良かったのか。 ネガティブはいとも簡単に広がる。 「昨日は楽しかったし、いいか。今日かな」 ちょっと本屋さんへ。のノリでちょっと来世へ。 この世界に私が居ても良い場所なんて無いんだ。そう決めて、駅へ向かうことにした。  向かいから車が来て私の近くに止まった。 ねーさんだった。 途中、渋滞に巻き込まれてしまって約束を忘れてたわけではなかった。 「きーちゃん、真ちゃんの飴持ってる?」 助手席に乗せてもらうと、ねーさんが聞いてきた。 ポケットから取り出すと「はい、あーん♪」と私の口へ。 「おつかれさま♪よく頑張ったねーー!」 
私の目的地は、来世ではなくお花見に変わった。 あの時、なんでテンションガタ落ちしているのかわかったのか聞いてみると「疲れてる時は甘いものだけど、どこにも寄れなかったから♪きーちゃん学校でお疲れでしょ」という返事。 ねーさんは、こういう時に自然に手を差し伸べて楽にする天才だと思う。 
 お花見から私はねーさんたちと過ごすことがたくさん増えていって、私1人だけ年齢が離れているけどみんな怪訝な顔をせずに居させてくれた。私は、毎日の生活を送るのが少し楽しいと思えるようになっていった。 けれどそれに比例してゴールデンウィークが終わる頃、家の中では相変わらずそして学校でも居場所はなく、私はこの世界で更に過ごしにくくなっていってしまった。 多分、みんなと過ごしていなければ耐えられなかったと思う。 捨てる神あれば拾う神あり。とでも申しますか。 

学校が終わると誰かが迎えに来てくれて、夜まで一緒に過ごす。 帰宅する時間は少しづつ遅くなっていったけれど家の人から咎められることはなかった。 迎えに来てもらうと、ご飯に連れて行ってもらったりカラオケに行ったり。 ねーさんと美樹ちゃんのおうちで喋ったり。 
週末のその日も、学校を出ると見慣れた車が少し離れた所に停まっていた。 「きーちゃん、明日休みでしょ?うちにお泊りしない?」とねーさん。 もちろん「お泊りする!!!」 一度家まで送って、親に一言挨拶してくれるというねーさんと美樹ちゃん。 私は大丈夫だと言ったけど。 「きーちゃん、そこはちゃんとしておいた方がいいで。ちゃんと言うといたらこれからも堂々とうちに遊びに来てもらえるから」と美樹ちゃんに諭され、一旦帰宅。 家までの道中、どうやって家の人に出てきて貰うかそれだけがぐるぐると頭の中を回っていた。少し離れた所に車を止めてねーさんと家に向かうとおかーさんが外で近所の人と話をしていた。 私には絶対に見せてくれない楽しそうな表情。 ダメだ。ねーさんが一緒に居るのに複雑な顔しちゃダメだ。 ねーさんを紹介して「今日泊めてもらう」とおかーさんに伝えた。 ねーさんはさすが大人!にこやかに挨拶して、何かおかーさんと楽しく話していたみたいだった。 
そして、案の定、普通にお泊りオッケー。 しかも、土日の連泊で。 美樹ちゃん曰く「こういう時は女の人だけのが良いもんよ」 
ねーさんのおうちへ。 真ちゃんと兄ちゃんとも約束していたらしく2人が来るまでの間、ねーさんはたくさんの洋服を出してきた。 「きーちゃん、こんな服着ない?」 その服は全部かっこよくて、大人っぽくて。 「キリコ、体良く処分を押し付けとるやろ」と美樹ちゃんは苦笑いしたけど、サイズアウトしたものと田舎のおばあちゃんちに行った時に買ってもらえたものとを何とかローテーションして着ていた私はなんだか自分が大人になったように思えて嬉しかった。 「ちょっと眉整えてー、前髪もぱっつんのがかわいいな」と言いながらねーさんが色々オシャレさせてくれる。 嬉しい。優しいお姉ちゃんがいたらやってみたかったこと、叶っちゃった。 
ご飯を食べに行く時はもちろんねーさんにもらった服をそのまま着て出かけた。 ねーさんは服だけでなくて、私も履けそうなブーツもくれた。 初めての7センチヒール。 ねーさんと手を繋いで歩くと、ねーさんがちょっと近くなった。 いつもは軽く頭ひとつ分違うから変な感じー。 何だかふわふわする。 「コケたらダメだから最初は慎重に歩くんだよー」とねーさんが言ってくれたからか美樹ちゃんも段差があると「ここ氣ぃつけやー」と言ってくれるし、氣が付いたらねーさんと美樹ちゃんが手を繋いで並んで歩いてくれていた。こうやって手を繋いで真ん中で歩いてみたかった。自然に夢が叶って舞い上がった。
「きぃ、今日何か雰囲氣違うやんか」待ち合わせのお店に入ると真ちゃんと兄ちゃんがもう着いていて、私たちの姿を見て兄ちゃんが言った。「かわいいでしょー」とねーさん。「全身真っ黒やんか。ミニキリコやなwww」と笑う真ちゃん。「きぃはもうちょっと明るい色のがかわいいんちゃうか?今度きぃに似合う服買ったろ」と兄ちゃん。「アキちゃん、アキちゃん、私新しい鞄欲しい♡」「何でキリコに買わないとあかんねんwww美樹に買ってもらえやwww」
「うち引っ越さないと行けなくなってさ」とねーさんが脈絡なく話し出した。 大家さんの都合で引越しをするように言われて、今日、美樹ちゃんと不動産屋さんに行ったけど見つからなかったと。 しばらく不動産屋さん回らなきゃ。って。 それを聞いて、じゃあ私が泊まってたら邪魔なのでは?と不安が広がってしまった。 けど、その不安は、一瞬で消えた。