Another story 12.話す。

久しぶりに兄ちゃんが帰ってきた。
ポジションは家主さんだけど、帰って来なさすぎて時々ここの家の人って忘れそう。笑
ねーさんがもうすぐ結婚すると報告していると、結婚式のお話に。
そういえば、その話してるの見たことなかったなぁなんて大人組が話しているのをぼんやりと聞いていた。
結婚するイコール結婚式。だと思っていたけど、そうじゃないみたい。
しばらく色々話していたみたいで、結局どこでやればいいかな。と言う話になっている。
ふと、ねーさんにライブに連れて行ってもらった時に、「誕生日パーティーはいつも出てるお店(ライブハウス)でやりたいなー」と言っていたのを思い出した。
ので、言ってみた。
しばらくみんな無言。
 
ごめんなさい。ごめんなさい。
ガキの戯言だと聞き流してください。
やってしまった。
昔からそうだった。
私が何かふと言ってしまって凍る空氣。
何度やったら、覚えるのか私。
 
「いい!素敵!」とねーさん。
ホンマですか?
無理に合わせてくれないで大丈夫です。
これから氣をつけます。
一人で猛反省していると、兄ちゃんが会場を押さえてしまう。
仕事、早いなぁ。
でも、本当にふと思っただけだから。
 
「きぃもしっかり働いてもらうで」とテーブルに呼ばれた。
用意することや、必要なもの、流れをピックアップしていく。
ライブハウスだから、もちろんライブ形式。
ねーさんと仲の良いバンドを呼ぶみたい。
招待状は、ライブだからチケットにしてみる。
ドレスはねーさんと同じバンドのインディーズのデザイナーさんに頼むとねーさん。
すごいなー。と大人の世界に憧れた。
 
基本分担は、
ねーさんと美樹ちゃんは、ゲストと出演バンドのピックアップとブッキング。そして、ドレスの手配。
兄ちゃんは、当日の会場の全般。曰く監督。らしい。何するんだろ。
真ちゃんは、ステージのタイムキーパーらしい。これまた何するんだろう。
そして、私はチケット作成。とリングピロー作成。
なんだか責任重大で浮かれて来た。
 
ほとんど、兄ちゃんと真ちゃんと私の3人が準備なので、ねーさんたちが仕事に行ってる間に、予定をあげていく。
私は兄ちゃんが色んな画集を持っていたので、見せてもらいながらチケットのデザインを決めることにした。


本を見ながらふと目線を上げて2人を見た。
楽しそうに何か話してる。
兄弟って普通に話をするんだ。
私と妹、もうどれくらい話をしてないんだろ。
弟は小さいから仕方ないかなって思ってたけど。
妹は時々私が見えるみたいだけど、見えた時はおとーさんやおかーさんに何かを言う。
そしたら、おとーさん達は私の所に来て聞き取れない言葉を話して叩く。
おとーさん達の声は、ずっと聞き取れない。
くもったような音で、でも、とっても痛い音。


何だか身体の真ん中に冷たい氷が刺さったような感覚がして怖くなって悲しくなっていろんな書体の載った本を見ながら、チケットに載せる文字を書くのに集中しようとしてみる。
同じ文字でも、書体が変わるといろんな表情があって楽しい。
 
夢中になっていろんなパターンで書いていると、
上から水が落ちてきた。
最初は一滴。
続いてもう一滴。
雨漏りなのかと見るけど、雨は降っていない。
けれど、たしかに書いている用紙に落ちて滲んでいる。
少し紙の位置をずらして書くことにするけれど、ずらしてもちょうど紙の上に水が落ちる。
一滴ずつ落ちる水。
少しずつ紙の上を広がる。
水が字にあたると、書いた文字が浮かび上がって溶け始める。
落ちてくる水は少しづつ、増えて勢いも強くなってきた。
浮かび上がった字をペンでさわると、勢いよく溶ける。
その時に、息が苦しくなる。
落ちてきた水は、紙の上に水たまりを作り出した。
水たまりの中で浮かび上がった文字同士がぶつかると勢いよく溶ける。
文字が溶けるたびに、嫌な雑音がして氣分が悪くなる。
同じリビングにいるはずなのに、兄ちゃんも真ちゃんも聴こえてないのか何か話してる。
これは私だけなんだろうか。
落ちてくる水滴は、少しずつ色が混ざり始めた。
色が混ざりだすと呼吸がしにくくなる。
これは空氣かもしれない。
この周りの空氣だけ落ちてきてるのかもしれない。
早く外の空氣を入れないと。
そう思っている間も、水のカタチをした空氣は落ちてくる。
何で、外の空氣を入れなきゃいけないんだろう。
「結婚したらこの生活は出来ないだろうなー」
前にねーさんが言っていた言葉が落ちてくる。
この生活は出来ない。
なら、ここに居られなくなるっていうこと?
この世界が終わるということは、
また、元の世界に戻らないといけない。
元に戻るくらいなら、空氣が無くなってもいいかもしれない。


「何で来てるの?」
「またそうやって氣を引こうとして」
「そこに居るだけで氣持ち悪くない?」
「ホンマ消えたらいいのに」
「ホント、何にも考えてないよね」


過去に聞いた言葉も落ちてきて、どれが今の言葉かわからなくなる。
今の言葉。
今の言葉は何なんだろう。


「ホンマ消えたらいいのに」


これが今の言葉。
違う、どれも全部私が拾った言葉だ。
これは、今思い出さないといけない言葉なのかな?
そうか、一番拾ったのはこれだ。
言葉も、色も、音も。
全部こう言ってた。
聞こえないふりしてごめんなさい。
ここに居てごめんなさい。
考えられなくてごめんなさい。
一番、大好きだったはずなのに、
一番邪魔してごめんなさい。
 
最後の空氣のカケラが落ちる。
ああ、これできっとようやく終わる。
全部夢だったんだ。
この楽しいことも、嬉しいことも。
だって、私がそんなことを味わっちゃいけないんだもの。
私は居てはいけないから。
楽しいことも、嬉しいことも、優しい声も、わたしには必要なかった。
私が作り出した夢だった。
きっとそう。
浮かれてそんな簡単なことも忘れてた。
ごめんなさい。
周りの水が、文字のように私を溶かしてくれますように。
私は、どこへ行けばいいんだろう。
水みたいに乾いて消えてしまえばいいのに。
 
夢に出てきた風景がまだ見える、
そんな物を望んではいけないと分かったのに、
まだ夢の中に居たいと思っているのか、
それとも、まだ夢の中に居てもいいのか。
考えようとするけど、
頭が動かない。
心地の良い空氣。
どこよりもここに居たいと思う優しい空氣。
「起きた?」真ちゃんの声がした。
まだ夢を見ているのかもしれない。
「熱、高かったからもう少し寝とき」
嫌だ、
せっかくまだ夢の続きを見てるのに。
せっかく、真ちゃんがいるのに。
寝てしまったら、もうこの夢は見られないかもしれない。
この夢も私の空想かもしれない。
手を伸ばしてみると、真ちゃんのTシャツの裾に届いた。
触れるから現実なのかもしれない。
「どうした?」
目の前に居るのは、ずっと会いたいと思っていた真ちゃんで。
「ここ居るから寝ときなさいよ」
もう少し夢の中に居たいなぁ。
 
目が覚めると布団の隣で真ちゃんが寝ていて、さっきのは夢じゃなかったみたいで。
もしかしたら、まだ夢なのかも。
頭がぼーっとする。
寝すぎたからなのか、夢だからか。
頭が動かないまま、真ちゃんを眺めていると真ちゃんが目を覚ました。
「熱下がったみたいやなー。今日、行けるか?」
「今日、ねーさんの…」
ねーさんたちが市役所に行って婚姻届を出す日。
兄ちゃんが、お店を予約してくれたからそこに行ってお祝いしようと言ってた。
 
リビングに行くとねーさんたちは起きていてご飯を食べていた。
「エアコン付けっ放しで寝たらダメだからね!」
昨日、私は熱を出して寝ていたらしくて、ねーさんは私の姿を見ると笑って言った。
「ごめんなさい」
「あと、お風呂から上がったらちゃんと髪乾かなきゃ」
「キリコ、飯食わしたれ…」
ねーさんの注意が続くので、美樹ちゃんがご飯を持って来てくれた。
「美樹ちゃん、ごめんね」
ご飯の用意してなかった上に持って来てもらうとか。
「そこは、ありがとうだけでええで」と美樹ちゃん。
夢みたいに優しい場所。
これは、現実なのかな。
 
「私、真ちゃんに書いてもらおうかな。代筆ダメなのかな」
ご飯を食べて、ねーさんが婚姻届を持ってきた。
保証人の所を真ちゃんに書いてもらうんだって。
真ちゃんが自分の名前を書くとねーさんが言う。
「何言ってるんすかね」と呆れる美樹ちゃんと真ちゃん。
確かにお手本の字みたい。
でも、「私、ねーさんの字好き」
ちょっと丸い柔らかい優しい字。
本当にねーさんみたい。
「ありがとーー!じゃあ自分で書くー!」
ねーさんは、ギューッとしてくれる。
「きーちゃんに言われんでも自分で書いてください」と呆れながら美樹ちゃんが先に名前を書いている。
婚姻届ってこんなのになってるんだ。
初めてみた。
マジマジと観察する。
「こんなのかって思ったやろ!けど、こんなのでも全く変わるねんで!ただの紙ちゃうで!」
聞き覚えのない声がする。
周りを見ても、いつものメンバーしか居ない。
「人生を一変させてしまうねん。凄いやろ!」
紙だ。
テーブルの上の予備の婚姻届が喋ってる。
婚姻届に顔があったら、多分(`・ω・´)キリッとしてる。
「こうやって一氣に何枚も持ってくやつ居るからな、実際使われるは少ないねんけどな(´・ω・`)」
なんか、かわいい。
「使って欲しいの?」
「そりゃ、使ってほしいよ。でも書くのは1枚でええからな(´・ω・`)」
「待ってて!」
ねーさんにもう1枚書いてと言ってみる。
「提出は1枚だよ?」
「えーっと、、、記念!出すのとお家に置いとく用!」
「いいねぇ。そうしよか」
良かったね。
 
「なんかね、嬉しそうやったで」
市役所へ行く途中、婚姻届さんの話を真ちゃんにする。
「だから2枚目書け言われたんや」
運転しながら「なるほど、なるほど」と納得してる真ちゃん。
なんで間違わず書いてるのに、記念ってなんやねん。って思ってたんだって。
お祝いのお食事が終わるとそのままねーさんたちは、実家へ行くから車2台で出発。
本当はお花を渡したかったけど、すぐに活けられないからお祝いは途中で食べられそうなお菓子をたくさん買った。もとい、買ってもらった。
「その『婚姻届さん』みたいに話が聞こえるっていつもなん?」
「ううん。いきなり。だからびっくりした」
「これ(真ちゃんの車)なんか言っとる?」
…。
何か言ってるかと耳を澄ますけど、聞こえない。
「わかんない」
「また、何かが喋り出したら教えてや」
「うん、言うね」
こんな話をしても、『本当のこと』だって聞いてくれる。
誰も『嘘』だと言わない。
それがとっても嬉しくて、幸せ。
 
 
「すごーい!嬉しい!」
婚姻届を提出した後、兄ちゃんが予約したというお店に食事に行った。
食後に、大きなケーキが運ばれてきた。
だから、絶対お食事に行った時に兄ちゃんの名前をコソッと言っといてな。と言ってたんだね。
兄ちゃんに言われた通り、席に案内された後にお店の人に兄ちゃんに言われたことを言った。
ねーさんも美樹ちゃんも嬉しそうでなんだか私も嬉しい。
 
「お風呂入ったらちゃんと髪、乾かしてね。エアコン付けっ放しダメよ。でも、窓開けたまま寝ちゃダメだからね。不用心だからね!」
お食事が終わって、車に乗ったねーさんが色々とお留守番の注意事項を教えてくれる。
「わかったわかった。きーちゃん1人じゃないねんからもうちょっと信用してくれんかなー」と真ちゃん。
「美樹、もう行ってええで。キリないわ。」
「おー、行ってくるわ」
「まだ言ってないことがーー」
ねーさんはまだ何か言いたそうだったけど、美樹ちゃんは車を出してしまった。
「行っちゃったねー」
帰ってくるのは明後日。
なんか、さみしいなー。
「ねーさん、帰ってくるやんな」
「二泊だけやし」と言って真ちゃんが笑った。
 
その後、好きな所に連れてったげるわ。と言ってくれて、ゆっくり行ってみたかった大きなホームセンターに連れて行ってもらった。
「そんな所でええん?遊園地とかでもええで」と真ちゃんが言っていたけど、前に真ちゃんが仕事の道具を買いに行くのについて行った時からゆっくりホームセンターを見たいと思ってたんだよね。
今日は用事無しだから、ゆっくり見られる!
なら行くしかないでしょ。
ホームセンターは、大好きなものがいっぱいで目移りする。
外の植物も見たいし、文房具もたくさんある。
ドアや蛇口も置いてて、それこそ遊園地みたい。
「レジが売ってる!ピッてできるで!」
私の心を撃ち抜くレジ。
これでお店ごっこがしたい!
近くに置いてある沢山の伝票も惹かれる。
文房具売り場にあったレトロなデザインのノートにも惹かれ、売り場いっぱいの植物にも惹かれ。
楽しすぎる。
ホームセンター中をウロウロ。
このままずっと続けばいいのに。
 
夜、真ちゃんがお風呂に入っている時に携帯が鳴った。
「電話なったら出て折り返すって言ってて」と言われていたので、出てみるとねーさんだった。
「今日何したのー?」とねーさん。
ホームセンターへ連れて行ってもらったこと、これから夜更かししてオヤツ食べながらビデオを見る予定なことを報告する。
「ねーさんは大丈夫?しんどくない?」
「超元氣。でもきーちゃん居ないから寂しいー。早く帰るからねー」
ねーさんの声を聞いてちょっとホームシック。
お風呂から上がった真ちゃんが美樹ちゃんに電話をかけ直している間に夜更かし準備。
オヤツとケーキ、真ちゃんのお酒と私のお茶。そのまま眠たくなった時に寝ちゃおう!と言っていたので、私の布団を真ちゃんの部屋に持っていく。
「これ、キリコが居らん時しか出来やんでなーwww」と真ちゃんが笑う。
「ねーさん、きっと早く寝なさいって怒るねー」
修学旅行とかって、こんな感じなのかな。
楽しい。
金田一耕助シリーズを3つも借りてきたのに、最後のひとつのクライマックス直前、犯人を観る前に寝てしまった。
 
 
「きーちゃん、今日晩御飯食べに行かん?」
掃除機をかけていると真ちゃんが部屋から出てきて言った。
「会社の社長さんって…会社のエライ人な、飯連れてったげるわって今電話あってさ」
「留守番してるよー」
「いやいやいや、きーちゃんもって言うとったで」
会社の社長さんって言ったら、前に来てたおじさんだよね。
会社の人だからお仕事の話じゃないのかな?
私も行ってもいいのかな?
と聞いてみたら「社長からきーちゃんも連れておいで言うてたで」と返ってきた。
社長さんとの約束の時間よりも少し早く家を出て、スーパーでお買い物する。
花火がたくさん売ってる。
『何で来たん?誰やねん、呼んだやつ』
『だって、一緒におるのに誘わへんかったら虐めてるみたいやしー』
一瞬、タイムスリップ。
違う違う。
あれは、今じゃない。
「今日、帰ったら花火する?」と真ちゃん。
真ちゃんは、色々花火を選ぶ。
「めっちゃいっぱい」
「余るかもなwww」
 
社長さんとお食事ってどんな感じ何だろうと少し緊張していたけど、社長さんは全然怖くなくて楽しくお食事。
「八末まで休みにしとくわな。それで復帰出来るんか?」と聞かれていた真ちゃんは、「お願いします」と答えていた。
 
家に帰って庭に出る。
『ちゃっかり花火やってるし』
『呼んでもらえただけありがたく思えっての』
『アレ居るからユーレイも出てくるんじゃね?てか、アレが呼んでだりして』
痛い笑い声がする。
来てしまってごめんなさい。
またタイムスリップしちゃった。
今、花火に火をつけてるのは真ちゃん。
あの人たちじゃない。
「きーちゃんもせぇへんの?」
と花火を渡してくれる。
私も花火やってもいいんだね。
花火、楽しいね。
 
花火は残るかもしれないね。と言っていたけど、
氣が付くと無くなっていた。
花火は楽しいものだったんだね。
もっとやっていたい。
終わると寂しい。
寝る準備をして、今日も真ちゃんの部屋に行く。
昨日、犯人を見逃したからリベンジ。
今日こそ犯人が見られるように、ベッドに行かず真ちゃんの隣に座って見ることにした。
「しんどない?」
夜更かしセットを準備して、ビデオ再生!という時に真ちゃんが言った。
「大丈夫やで。」
「花火の時しんどかったんちゃうか?」
「全然!楽しかったで」
そう答えたけど、真ちゃんはあまり信じてくれなくて。
時々タイムスリップすることを話した。
 
タイムスリップは花火のときだけでなく、いつなるのかはわからない。
急にスイッチが入ること。
急にスイッチが入るのはタイムスリップだけでなくて、この間は文字が溶け出した。
今日は、これはタイムスリップだったってわかったけど前の文字が溶け出した時は、どれが夢か現実かわからなくて。今も夢の中かもしれないって思うときもある。
楽しいから。
今まで、楽しいってことほとんどなかったから。
私は、「楽しい」のない世界で居なきゃいけないと思うから。
私は、きっと居ちゃいけない「悪いモノ」なんだと思う。
ごめんなさい。
それでも、ここに居たいと思う。
前みたいに、真ちゃんに会えなくなるのは嫌。
もう、みんな嫌な氣持ちになってるかもしれない。いっぱい面倒かけてる。
早く消えるから、もう少しだけここに居させて下さい。
 


アホやなぁ。何で消えるんさ。誰が居ちゃいけない「悪いモノ」やねん。
また、きーちゃんと会えんようになる方が嫌やで。
せっかくまた会えたのに、また居なくなるつもりなん。
面倒なんて、誰も思ってへんで。
きーちゃんは氣になるんやったら、せめて自分にだけは言って。
絶対に面倒だって思うことも、嫌がることはしないから。
でも、キリコや美樹のことも信用して。
誰もきーちゃんのこと居ちゃいけないなんて思ってへんで。
 
 
せっかくの犯人リベンジだったけど、一本目はほとんど見ずに終わってしまった。
 


「ぼぼちゃんはね、この間ちょっとだけ居たんだけど、それから見てないよ。」
「この間?」
「うん。ほぼちゃんね、傘さしてた。
水がいっぱいだったから。ぼぼちゃんがこっち。って言うからついてったん。水が雲消した時。」
「ぼぼが呼んでくれたん?」
「わかんない。けど、ついていったら、台所に真ちゃんがおったよ。」
「じゃあ、やっぱりあの時消してくれたんはきーちゃんやったんやな。」
「そうなんかなー。全然わかんなかったよ。」
「最初はそんなもんやで。」
「またぼぼちゃんに会いたいんだけどなぁ。」
「いつから居らんようなったん?」
「いつだったかな。4年生の時かなぁ。うん、4年生。
転校してからね、ずっと一緒に居てくれたけどね、やっぱりしんどくて。
それでもお友達もできたり、ぼぼちゃんと遊んだりしててん。
4年生の時、怖い子が引っ越ししてきて。
怖いけど、やっぱり誰も聞いてくれなくて。
なるべく会わないようにしてたんだけど、
その日は学校帰りに会っちゃって。
最初は石を投げてくる位で済んだから早く逃げようって逃げたけど。
姿が居ないなーって安心してたら、後ろにいて。
多分何かで首絞められたんだと思う。
その時は分からなかったけど。
その時にぼぼちゃんが助けようとしてくれたのは見たけど、起きたら居なかったん。
ぼぼちゃんも居なくなったけど、それから次に引っ越しするまで音も光も、多分みんながわからないものが私もわからなくなった。」
 「ぼぼはそれから居らへんの?」
「うん。だからこの間会えたのが久しぶり。でも、この間だけ。」
「どのぼぼ?」
「中ぼぼちゃんみたいだったなぁ。」
「中ぼぼ?」
小さい頃、私の遊び相手だったさるぼぼ(みたいな子)たち。
真ちゃんに初めて会った時に、名前を付けてあげたらもっと仲良くなるよ。と教えてもらったから考えてすぐに「ぼぼちゃん」って浮かんだんだけど、三ぼぼちゃんみんな「ぼぼちゃん」って呼んだら返事するから、
「だから、デカぼぼちゃん、中ぼぼちゃん、チビぼぼちゃんって名前にしてん。でも、あの子達がさるぼぼかどうか分かんないんだよね。でも、返事してくれたから「ぼぼちゃん」なん」
「そのまんまやな。笑」
「うん。そのまんま。笑」
「でも、ちゃんとやっててんな。チラッとしか言ってないのに。」
「だって、ぼぼちゃんのこと初めて信じてくれたし。ぼぼちゃんと遊んでたもん。」


「何で名前付けてあげたらもっと仲良くなるん?」
「んー、簡単に言うと、名前って契約っていうのかな?
昔はな、諱(いみな)とか真名(まな)言うて付けた人と本人しか知らない名前ってあったりしてん。
諱は今は亡くなった人に対して使うけど。
真実の名前やな。それを知る人が呼ぶとその人を操ることが出来る。って言われるねん。」
「それ、怖い。」
「でもな、真名を預けることが出来るって凄い信頼やと思わん?」
「信頼かぁ。」
「せやで。だから、ぼぼたちはきーちゃんがぼぼって呼んだら返事したんやで。」


「なのに、全然守ってあげられへんかったなぁ。
多分、あの時身代わりになってくれたんだと思ってる」
「違う、違う。ぼぼたちは、きーちゃんを守ったんや。
さるぼぼってな、お守りさまやねん。
ぼぼたちはお役目を果たしたんやで」
「そっかぁ。そうなのかなぁ。
もっと名前呼んだら良かったなー。
私の名前、呼んでほしかったなぁ。」
「呼んでたよ。最初会った時、でなかったらあそこに呼ばれんかったと思う。ぼぼたちが、あの神社の中に呼んでんで」
「呼んでくれたのかなぁ。私も聴きたかったなぁ。
たぶん、私の名前呼んでくれるのってぼぼちゃんだけな氣がする」
「ここ居るやん。きーちゃんが呼んでいいって信頼してくれるなら、呼ぶで。
きーちゃんのことを守りたい、大事やって思ってるんはぼぼだけちゃうで。
ぼぼたちが、きーちゃんがを守ってくれてよかったと思うよ。
ぼぼたちより、信頼できへんかもしれん。
でも信頼してほしい。」
「呼んでくれる?ここに居ていい?」
「呼ぶよ。ここ、居てや。どこにも行かんでええねん」
 
2本目もほとんど終わってしまっていて。
「ここまでは昨日見たからいいか!」と3本目を見ることにした。
「いんじゃんで…ほい」
「勝ち!」
「連敗ーーー!じゃあ、キリエ上な」
あ、名前。
呼んでくれた。
「どうした」
「名前、呼ばれると嬉しいね」と言うと、真ちゃんは少し笑った。
「でも、なんか恥ずかしいから、ねーさんたちには内緒ね」
真ちゃんはまた笑った。

■ 関連Story