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Another story 14-2.私の味方。
サーウィンのパーティーが終わって11月になると急に寒くなってきた氣がする。
兄ちゃんが言ってくれたようにこのお家で私が消えてしまうことは無く、とても穏やかに過ごすことができた。
けど、それに比例するかのように学校での居心地はとても悪くなって行った。
呼吸をするのも辛くなるほどの痛い言葉が常に降りかかってくるし、異常な程氣分が悪い光と空氣が襲いかかってくる。
兄ちゃんは「魔法は解けない」と言ってくれたけど、学校ではむしろ透明人間に戻りたい。
不快な刺激のせいか、その場に居るだけで目眩や頭痛や腹痛が一氣にやってくる。
その刺激に負けそうになりながらも、その刺激を発する同級生を「どうやったらこんな不快な刺激を出すことが出来るのか」「なんでこんな不快な場所に居て笑っていられるか」と内心見下していた。
そんな美しくない感情が中から勝手に湧いてくる自分自身にも反吐が出そうなほど嫌氣がさす。
登校するとあるはずの場所に上靴が無い。
上靴がどっか行くの何度目?
上靴、自由過ぎるよ。
上靴が無いというイレギュラーな出来事があってその日は一日中氣が滅入っていた。
「お兄ちゃんかお姉ちゃんかおる?」
全然知らない人たちが不躾な笑みを浮かべながら私の前に立った。
「居ませんけど…」
私の言葉を聞くとすぐに立ち去った。
なんなんだ。本当に不快。
その日は踏んだり蹴ったり。
朝、上靴が行方不明になったし、放課後近くになると筆箱まで行方不明になった。筆箱も少し前に行方不明になって新しくしたところだったのに。
思い当たる場所を探したけど見つからず、完全にダウナーとなって学校を出た。
「おつーー」
駅に向かう途中、見慣れた車と顔。
「兄ちゃん!」
今日は誰もお迎えに行けないから電車で帰って来てね。ってねーさんに言われてたから驚いた。
「ジャストタイミング?」と笑う兄ちゃん。
「髪、染めたから一番にきぃに見せたろうと思ってな」
たしかにいつもよりも濃い茶色になってる。
髪の色は暗くなったけど、巻き髪で兄ちゃんやっぱり派手。
でも、ちょうど良かった。
「あのね、お買い物連れてって」
上靴と筆箱を買いに行こうと思ってた。
多分、ねーさんにお願いしたら新しいものを用意してくれるだろうけど、つい先月上靴を買ってもらったところだから言いづらいし無駄に心配させたく無い。
「ええで。何買うん」
兄ちゃんは二つ返事でオッケーと言ってモールへ連れて行ってくれた。
上靴を買って文房具売り場。
「きぃは文房具好きなん?」
筆箱を選んでいると兄ちゃんが言った。
「こないだも買ってへんかった?」
「あー、うん。好き」
そうだった。この間も兄ちゃんに連れてきて貰ったんだった。
文房具が好きなのは違いないから嘘は言ってないし、大丈夫。
「好きなんやったらそんなちょっとやなくて全種類揃えたらええのに」と持っているペンを見て兄ちゃんが笑う。
上靴を買ってなければ多分全色買ってたけど、それに学校に持って行ってまた勝手に散歩に行かれては勿体ない。と言うのは誰にいうのか分からない建前で、学校指定の上靴が思ってたよりも高価で手持ちのお小遣いが心許なかったりする。
「使うだけでいいー」
「そうなん?買うたるでー」
え?ホント?それなら嬉しい。
「ありがと」
「どういたしまして」
結局ペンを全色どころか、買うつもりだった筆箱だけでなく氣になってたノートやたくさんの色が入った色鉛筆のセット、スケッチブックまで買ってもらった。
学校を出る時はあんなにダウナーだったのに、氣分はとっても軽くなっていた。
「あれ、きぃに似合いそうやな。ちょっと見に行こう」と服屋さんに連れて行かれそのまま兄ちゃんが言ってたトルソーの服を試着。
「ちょいバランス悪いか。こっちの着て」と別の服を渡される。
黒いシャツとチェックのスカート。
いつもねーさんが買ってくれる服とは違うテイストの服でなんだか緊張する。
けどかっこいいな。
「よし、決定。次はこれな」
試着室を出ると兄ちゃんはそう言って別の服をくれる。
決定って何?なんて思いながら渡された服を着る。
「いいねー、これ着て帰ろう!」
これ着て帰るって何?
制服に着替えると兄ちゃんは今試着した服をそのままお店の人に渡してお会計。
「あかん、あかん、あかん!!」
ダッシュで止める。
筆箱とか買って貰ったけど、服なんて買ったらお小遣いなくなる。
「なんで?似合ってたで」
「お小遣いなくなる!!」
お手伝いに応じてねーさん達がお小遣いくれてるけど、一氣に無くなるのは死活問題。
「お小遣い?」
必死にうなづいて止めようと頑張る。
「小遣い欲しいん?」
違う!ねーさん達に貰ってるから欲しくない。
「あーー、そういうことか。氣にすんな」
兄ちゃんはそう言うと笑ってそのままお会計を済ませてしまった。
試着した服以外にその服に合いそうな靴や鞄まで。
ねーさんもそうだけど、大人はこうやって一氣にお買い物するものなんだろうか。
試着室に戻って買って貰った服に着替えると更に兄ちゃんは服や小物を買っていてたくさんのショップバックが置かれていた。
「今日誕生日じゃないで?」
美樹ちゃんに連れてきて貰ったアイス屋さんで休憩。
兄ちゃんがさっき買ったものを全部くれると言うから思わず言ってしまった。
「誕生日いつ?」
「来月」
「オッケー、誕生日プレゼント考えとくわな」
そうじゃなくて。
「その服めっちゃ似合ってるけど、きぃは氣に入らんか?」
すごくかわいいし、嬉しいけどこんなに買って貰って良いんだろうか。
ねーさんにも毎月買って貰ってるし、真ちゃんや美樹ちゃんだって買ってくれてここ数ヶ月で驚くほど衣装持ちになった。
わたしが寝ている部屋の押し入れにはそれこそ毎月収納家具が増えているし、服だけじゃない。
氣になるという本があれば真ちゃんが買ってくれて本棚にもたくさん本が並んでる。
おばあちゃんも会うと「婆とお買い物行こか」と言ってお買い物に連れて行ってくれて、ビーズやお裁縫道具なんかも増えた。
お泊りさせて貰ってるだけなのに、私の物が増えていく。
嬉しいけど、こんなに図々しくてもいいのかと少し罪悪感さえ湧いてくる。
「え?」
これを言うと兄ちゃんは一時停止してしまった。
しまった。
考えなしに言ったから何かとても失礼なことを言ってしまったのかもしれない。
さっきまで浮かれていた氣持ちは一氣にダウナーへと傾く。
「だから心配すんな。魔法は解けへん」と笑う兄ちゃん。
「魔法がかかったと思ってる今のきぃの姿がホンマのきぃやから」
今の私がホントの私?
「こんなにしてもらってええんかな。って思ってるやろ」と笑う。
そして、真剣な表情をする。
「まだ足りへん。こんなんじゃきぃに相応しくない。透明になるかもしれんって心配になる世界なんてきぃには相応しくない。せっかくの力を隠さないとあかん世界なんてきぃに相応しくない。もう少し待ってや。相応しい世界に連れてったるからな。それまではあの家に居ったらええで」
私に相応しい世界。
透明人間になる心配をすることも、私の見るもの感じるものを話せる世界。
想像がつかない。
アイス屋さんを出た後、雑貨屋さんに行った。
食事の時に使う私の食器を用意してくれるらしい。
引越しの日にも買ってくれると言ってたけど、その時はまだこんなに居座るつもりは無かったから遠慮した。
けど、このお家で生活するなら自分の食器があるってことは大事だと兄ちゃんが言う。
「自分のものが増えるって大事やねん。自分のものがあるってことはそこにきぃは存在する。多分今のきぃには自分の物ってのを増やすのがええねん」
言ってることは何となくわかる。
私の物がお家に増えるたびに私が居ていい場所だと思える。
けど、それは錯覚なのかとも心配になる。
ねーさん達といることは私の見てる夢で、目が覚めたらまた透明人間に戻ってしまってるんじゃないか。
私をかわいいと言ってくれる人は私が寂しくて作り出した妄想なんじゃないか。
私は不快な刺激の中にいることしか許されないんじゃないか。
朝、目が覚めるたびにここに居るのは現実だと安心する。だから、学校にだって行けている。
そんな事を思っていると急に兄ちゃんが一歩近付いてきた。
「こんな近かったらカップ選べへん…」
一歩近づくどころかぴったりくっついて体をホールドするもんだから自由が効かない。
「きぃ、あの子ら知っとる?」
耳元で兄ちゃんが言った。
「さっきからな、エライこっち見てくるねん」
それって兄ちゃんが派手だからじゃないん。
話すとめちゃくちゃ関西弁だし、しょっちゅう真ちゃんや美樹ちゃんにツッコミ入れられてるけど「アキちゃんって黙ってたら男前なのになんで喋るの。勿体ないよね」ってねーさんが言うくらい目立つ。
「俺がカッコええのは知ってるから大丈夫や」と笑う。
ああ、うん、そのセリフは兄ちゃんだ。何か脱力する。
「友達…ではないやんな?」
兄ちゃんの視線を辿ると、同じ年頃の4人組が確かにこっちを見ている。どっかで見たことある氣がするけど。同じ学校の子なんだろうか。
学校で飛び交うような痛い視線。
それに氣付いて急に耳鳴りがして氣分も悪くなってくる。
いつもなら、この後腹痛が来る。
さっきクレープ食べなきゃ良かった。
後悔していると兄ちゃんが肩を抱えてくれる。
「大丈夫や。きぃはあんなんに負けん」
兄ちゃんの言葉は心強く、腹痛がやって来ることも無く氣分が悪いのも治ってきた。
お店を変えてもその4人が目に入った。
氣にし過ぎなのかもしれないけど、学校みたいな空氣で氣持ち悪い。好みのお店が同じって何か嫌だな。
さっきのお店から兄ちゃんは倒れないように肩を抱えてくれるけど歩きにくくないかな。
「歩きにくくない?もう大丈夫やで」
目眩はどっかに行ったから倒れ込むことはないだろう。
「歩きにくいかー?」
「私は大丈夫やけど…」
「なら問題無し。プリンセスをエスコートするのは王子の役割や言うたやんか」
と笑うけど、誰が王子で誰がプリンセスなんだろ。
兄ちゃん、王子さまっぽいけど王子から程遠いよ。
「いやーん、きーちゃんかわいいーー」
家に帰るとねーさんが開口一番に褒めてくれた。
「アキちゃん、やるな!」
「せやろ、いつもと違うのもええやろ」
「にしても山盛り買ったね。今度私にも買ってよ」
「キリコは自分で買えやwww」
兄ちゃん、今日はゆっくり出来るって。
みんなでご飯が食べられるのって嬉しい。
「きーちゃん、ホント無くしたんじゃないの?怒ってないから教えて」
ご飯の後、ゆっくりと兄ちゃんに買ってもらった文房具を広げているとねーさんが言った。
「無くしてないよ」
「なら良いんだけどね」
ついこの間、筆箱を買ったところだからって。
そう言ってリビングに戻ったねーさんはまた5分もしないうちに戻ってきた。
「きーちゃん、あのね、怒ってない。だから教えて」
どうしたん?怒ってるように見えるんだけど。怖いよ。
「上靴!今日買ったって。この間買ったのは?」
兄ちゃんから聞いたって。
しまった。内緒にしててって言うの忘れてた。浮かれ過ぎだ。
「この間のは…体育館の!」
我ながらうまく交わせたと思う。
「体育館の?ホント?」
「うん、ホント!」
まだ疑いの眼差しを向けられてる氣がするけど…このまま押し通そう。
「キリコ、ちょっと…」
ねーさんの疑いの眼差しに負けそうになりかけた時、美樹ちゃんがねーさんを呼んだ。
助かったーー。
次の日は学校でも比較的穏やかに過ごせた。
時々すれ違う子に笑われてるような何かを言われてるような氣がしなくはないけど、いつものこと。
「あれ?」
校門を出ると美樹ちゃんの車が見えた。
今日も居てるから兄ちゃんが迎えに来てくれるって言ってたのに。
車に近づくとやっぱり美樹ちゃんだった。
「急ぎの仕事が入ったんやと」
兄ちゃんが迎えに来てくれると思ったと言うとこう返ってきた。
ってことは帰っても兄ちゃん居ないのか。つまらない。昨日のお礼もちゃんと言えてないんじゃないかな。
「今日はどこにするかなー。クレープとケーキどっちがええ?」
車を走らせると美樹ちゃんが言った。
「クレープ!!」
「了解ー。なら行くで」
美樹ちゃんがお迎えに来てくれる時のお楽しみ。
この時間のおかげで美樹ちゃんとも抵抗なく話すことが出来るようになった。
みんなで居るときはあんまり喋ることは無くてお父さんみたいなポジションだけど、甘いものを食べる時はとってもお喋りになるのが面白い。
「きーちゃんや」
クレープ2枚目に突入した美樹ちゃんが改まって私を見た。
「こっちも食べる?」と私の食べていたカスタードクレープを一口あげる。
「カスタードも良かったな」と笑う。
「キリコには内緒にしとくで教えてくれん?昨日何で上靴買ったん?」
体育館シューズだと押し通そうと思ったけど、美樹ちゃんにも疑いの眼差しを向けられてる。
「きーちゃんが体育館シューズやって言い張るのに理由があると思うねんな。でも俺もキリコも真弥も昨日買ったんは上靴やと思ってる。ホンマに体育館シューズなんか?」
美樹ちゃんには嘘は付けない。というか、ねーさんも真ちゃんも嘘だって分かってたんだ。
どう返事をすれば良いんだろ。
「キリコにも真弥にも言わん。だからホンマに体育館シューズやったんか教えてくれんか?」
美樹ちゃんは本当に2人に言わない。これはなんとなく分かる。
だから、学校で時々上靴や筆箱が無くなることを話した。
でも、この間もねーさんに上靴を買ってもらった所で大切に出来なくて申し訳ないと思うことや上靴をまた無くしてしまったことをねーさんに言うと心配してくれるから内緒にしたかったことを正直に話した。
美樹ちゃんは話し終えるまで黙って聞いてくれている。
「学校行くのやめるか?」
話が終わると美樹ちゃんが言った。
学校行くのをやめる。初めて出てきた選択肢にポカーンとしてしまった。
そんなこと出来るんだろうか。
本当は行きたくない。
けど、ここで行かないって選択してしまうと学校どころか逃げて外にすら出なくなってしまいそう。
逃げてばっかりじゃダメなのも分かってる。
みんなが出来ていることが私は出来なくて良いわけないと思うし、自分はすぐ楽な方に行ってしまうのはよく分かってる。それじゃいけない氣がする。
だから「学校は頑張る」と答えた。
「きーちゃん、ええか?無理だけはすんな。これ以上悪質になるようなら学校なんて行かんでええねん。学校だけが全ての世界違うねん」
全ての世界?
「実際に傷つけられてへんくても、言葉や空氣で傷付くこともあるし手を下されなくても死ぬことだってある。きーちゃんなりに考えて学校には行くって言うなら何も言わん。場合によっては逃げることも出来るって覚えてて」
何となく美樹ちゃんが言ってくれてることは分かったけどなんだか難しいな。
「正直に言うてくれたからケーキ買って帰ろうか」と美樹ちゃんが笑った。
とても強力な味方が出来たような氣がした。
「キリコもそうやし俺らもそうやし、アキラもあんなんやけどきーちゃんの味方やで。だから出来るところまで頑張っといで。無理や思ったら頑張るのはやめる。それだけ覚えておいてや」
次の日、美樹ちゃんが送ってくれた。
車から降りようとするとこう言ってくれた。
「いってきます」
大丈夫。
魔法は解けない。
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