Another story 03.仲間入り。

「家、買おうや」と兄ちゃんが言った。 
みんなが一斉にポカーン。
「家買うってケーキ買うのとワケが違うわ!」と真ちゃんがツッコミを入れる。 
「ちょうどな、家を買わんかって言われててさ」 
その家を買ってみんなで住んだら問題解決やん♪ということだった。 
家ってサクッと買ってじゃあみんなで住もう♪って決めるもの? 

「行かんで」
兄ちゃんが新しい家に私も来るか?と聞いて舞い上がった瞬間、真ちゃんの一言で一氣に現実に戻された。
「なんでよ。おまえが来ないと話始まらんやんか」と兄ちゃん。
兄ちゃんは今居るメンバーで新しい家に住むと言ってた。
「おまえと暮らすのは金輪際ごめんや。家のこと全くせんし、好き勝手するし、こっちのやる事増えるの目に見えてる」と真ちゃん。
「あの2人ね、前に2人で住んでたんだけどね、アキちゃんが家のこと全然しないし自由過ぎて真ちゃんがブチ切れして別々に住んだの」とねーさんがこっそり教えてくれた。
兄ちゃんが家事する所は全く想像できないから納得してしまった。
けど、私が居るから嫌ってことじゃないのかな?という不安は消えなかった。

 ご飯を食べた後、男子チームは飲みに行くとかで私とねーさんは先に帰宅。 
「ねーさん、ホントは一緒に飲みに行きたかったんじゃないかなー」と思うとなんだか申し訳ない氣持ちになってきた。 
それまでにも何度か自分が居るからねーさんに我慢させちゃってるんじゃないかと心配になることがあった。 
「きーちゃん泊まりに来てくれてホントよかったー」 
そんな私を察してか、帰宅後ケーキを食べながらそう言ってくれた。 
だから、ちょっと勇氣をだして私に付き合って、みんなと一緒に行動出来るところをたくさん我慢してくれてるんじゃないか?を聞いてみた。 
ねーさんの返事は「全然♪」 
今日は元々3人で飲みに行くって言ってて、一人で留守番はつまらないから私を誘ってくれた。と。 
「あの人ら、めっちゃ飲むから付き合いきれないのよね」 
そうサラっというねーさんがめっちゃかっこよくて、こんな人になりたい!!と惚れた。笑
「ねーさん、さっきのはなしなんだけどね、みんなと住むの?」 
「死ぬまで同居だと色々と面倒だけど、しばらくならいいよねー。家賃格安で良いって言ってたし結構魅力的な話だわー」と笑うねーさん。 

日付が変わる頃、美樹ちゃんが兄ちゃんと真ちゃんを連れて帰宅。
家でゆっくり飲み直すんだって。
「きぃ、真弥に一緒に住もうって言うたってや」
いきなり話を振られてびっくり。
「まだ言ってんの?」とねーさんはちょっと呆れてる。
「ええか、当番で飯作るとするやろ、3日に一回ポテトなるで!」と謎の発言をする兄ちゃん。
「アキラな、芋の料理しか作れへんねん。しかも茹でるだけwww」と美樹ちゃん。
美樹ちゃんがこんなに喋るのびっくり。しかも笑ってるよ。
けど、ジャガイモだけのご飯が3日に一度はやだなぁ…。
昔、ジャガイモの芽は取らなきゃいけないのを知らなくてそのまま料理して食べて食中毒を起こしてからお店のフライドポテト以外はあんまり好きじゃない…。
「きーちゃん、ジャガイモ嫌いなん?めっちゃ顔引きつってるwww」と一緒に飲み出したねーさん。
「きぃにまだ料理しろ言えへんやろ、キリコはパスタしか作らんやろ、食生活終わるで」
兄ちゃん、その理論分かんないよ。私もちょっとならお料理出来るよ。
「アキラ、まだ先やし焦らんでええやんか」
何度も言うから真ちゃんがうんざりしたような顔をし始めた頃美樹ちゃんが話を締めた。


けど、兄ちゃんは諦められないらしく、翌週みんなでご飯を食べに行くとまた真ちゃんに「考え直した?」と聞いていた。
兄ちゃんが言って真ちゃんが「断る!」を繰り返すものだから美樹ちゃんも「そろそろ諦めたらいいのに」と言い出す始末。
実は最初に兄ちゃんが私も来る?って聞いてくれたこと、本当にそうしてもいいのか氣になっていたけど、とてもじゃないけど確認出来る雰囲氣では無さそうでこの話に私も入っても良いのか悩んでる。
でも話は氣になるから何も言わずに聞いているだけに徹することにした。
お食事を食べていると、少しずつ息が苦しくなってきて耳鳴りがしはじめた。
氣のせいかと思ってゆっくり呼吸を繰り返すけどやっぱり苦しくなる。
「行かん言うてるやろ、いい加減諦めろや」
真ちゃんの声と同時に息が出来なくなる。
ダメだ、ここでしんどくなっちゃダメだ。
そうだ、トイレ行こう。
席を立つと目眩までしてきたけど、ここで具合が悪くなると変な空氣になる。がんばれ。

トイレのドア近くにちょうど椅子が置いてあったからそこに座り込んだ。
ゆっくりと何度も深呼吸する。
時々いきなり息が出来なくなる。
ホント、やだ。
「きーちゃん、大丈夫?」
ねーさんの声がした。
「調子悪い?」
おでこに手を当てて熱がないかみてくれたり、お腹痛いかと聞いてくれたり。
途中で調子悪くなったのに何で優しくしてくれるんだろう。

「明日休みやで、きーちゃん送ってくわ」
お店を出ると真ちゃんが言った。
「えっ!大丈夫?きーちゃん、怖くない?」とねーさんが覗き込んでくれた。
大丈夫、真ちゃん怖くないよ。でも、
「電車で帰るから…」
今日の場所からは多分電車で帰れる。
真ちゃんちはどこか知らないけど、ねーさん達の家に近かったら送ってもらうと遠回りさせてしまう。
「きーちゃん、駅まで一旦出るのも大変やで送ってもらい。真弥んち、きーちゃんち越えた先やから氣にせんでええで」と美樹ちゃんに言われて甘えることになった。

「真ちゃんごめんね」
車に乗って手間をかけたことを謝ると「帰り道一緒やねんからそこはありがとうのが嬉しいかなー」と笑ってくれた。
しばらく大きい道を走るけど、昔のように話が出来ない。
国道沿いの大きな本屋さんの駐車場に入る。
ここに寄るなら、ここで降ろしてもらおうかな。
「きーちゃん、嫌やったら答えんでいいから聞いてくれる?」
なんだろう。
「きーちゃん、まだ辛い思いしてへんか?殴られてへん?ご飯食べてる?学校でいじめられてへん?」
真ちゃんの言葉にどう返事をしたらいいか悩んだ。
真ちゃんは、前に話したことをやっぱり覚えててくれたんだ。
「名前、まだ苦しい?」
「……」
どうしよう、何て答えたらいい?
しばらくの沈黙。
「大丈夫、きーちゃんはきーちゃんやで」と言って真ちゃんは頭を撫でてくれた。
怒ってない?
「明日、学校終わるの何時?」
「4時半…」
「それまで頑張れる?迎えに行くから久しぶりに2人でラーメン食べに行こか」と笑う。
小学校に行ってた頃、給食が無い日、真ちゃんがよくラーメンを食べに連れて行ってくれた。
熱々のラーメンを食べられるのが嬉しくて夢中になって食べてた。
真ちゃんは私を居る子だと扱ってくれた人だった。


真ちゃんが兄ちゃんの買うお家で住むと決めてからはみんなで集まることが増えた。
ねーさんと会えない日は、真ちゃんが迎えに来てくれて夜まで一緒に居てくれて寂しくなる日が格段に減った。
集まる度に家のリフォームのこととか、引っ越しの日程だとかの話をしている大人組。 
その話を聞いていて、とても羨ましくて。 
その中に入りたいけど、自分は仕事するどころかまだ義務教育で。 
超えられない壁。 


「きーちゃんはまだ正式に引越してはこれないけど、ここはきーちゃんのもう一つのおうちだからね」 
引越しの日、私も勿論お手伝いに。 
大きな荷物は男子チーム担当で私はねーさんと先に新居でお掃除をしていた時、ねーさんが急に言った。 
転居の話が出てから越えられない壁と疎外感を感じていた私には、その言葉がとても嬉しくて泣きそうになった。 
その後も「きーちゃん、氣にせんと来たらええで。キリコの相手したってや。ずっと妹が欲しかっててな、最近きーちゃんが妹や!って浮かれてるから」と美樹ちゃんがこそっと言ってくれたり、 
「きぃの布団忘れとった!買いに行くぞーーー!」と兄ちゃんがなぜかいち早く私の生活道具を一式揃えてくれたり。 
「きーちゃんに料理とか教えたるから覚えてや。キリコも意外と料理下手やねんw」と真ちゃんも言ってくれて。 
その日だけで、自分はこのまま居てもいいんだ。と何度も肯定してもらえたようで幸せだなぁと少し照れくさい氣持ちと、ホッと力が抜けたような氣がして、ツライ時でなくて嬉しくても泣けてくる初めての体験だった。 


「きーちゃん、疲れてへん?」
引越し作業が一段落する頃、真ちゃんに誘われてコンビニに来た。
みんなのお酒やおつまみ、私のオヤツとお茶を買い込んで車に乗った。
「大丈夫だよ。ありがと」
再会してから何度か2人でお出かけしたけど、何故かやっぱり前のように上手く喋れない。
「あのな、今日のうちに確認したいことがあってな」
確認?
「前に聞いたやつやねん」
前に…。
「今も変わらないなら、ここに来たらいいで。昔よりも匿える」
家と学校のこと。
前は痛かったけど、今はもう私は居なくなってるから変わったかもしれないけど。
「名前…は?まだ苦しい?」
心臓が痛いくらいに跳ねて息が苦しくなる。
まだねーさん達に言ってないこと。
私は「キリエ」じゃ無いこと。
「ごめんな、嫌なこと思い出させたな」
真ちゃんは何も悪く無くて、本当のことを話していない私が悪いのだと言いたいけれど、声が出ない。
キリエという名前は、昔、真ちゃんがくれた名前。
学校で使う本当の名前は、私を要らない子だと何度も確認させる。
この名前を使う場所で私がいても良い場所なんてなかった。
だから、居ない子、居てはいけない子の名前なんか捨てたいと何度も何度も思うのに、名前は私を追い詰める。
「きーちゃん、もう学校で使う名前はここでは捨てていいで」
真ちゃんが言った。
「このうちでは、みんなきーちゃんはきーちゃんやと思ってる。それでいいから。わざわざ言わなくていいからな。ごめんな、しんどいな。これは秘密にしよう。絶対誰にも言わない。約束する」
「ねーさん達に言わなきゃいけないかなって、これも嘘ついてるかなって。でも、本当の名前を言おうと思い出すと…」
言い訳なのも分かってる。
初めてねーさんと会った時、名前を聞かれて咄嗟に「キリエ」と名乗ってしまった。
今まで誰にも言ったことがなかったのに。
真ちゃんがくれてから、辛い時や悲しい時に私はキリエだ。この悲しいことは私で無く学校で使う名前の子だと言い聞かせてきた。
だから、咄嗟に言ってしまった。
居ても良い子になりたかったから。
「きーちゃんがキリエって名前だってキリコに言うたやろ、あれ嬉しかってん。何年も前のことやから忘れてたかもしれんのに、まだ大事にしてくれてたんやなーって。初め、顔見て似てるなって思ってたけど、名前聞いてやっぱりそうやって。あの頃はまだ子供やったけどな、もう大人なった。仲間もおる。だから、殴られに帰らんでいいからな」
真ちゃんの声は優しかった。
私は居てもいいのかもしれない。

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