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Story 06.自己満足。
シェア生活が始まって1カ月が経とうとしていた。
私、旦那、真ちゃん、きーちゃんがメインメンバーで、家主のアキちゃんは仕事が立て込んでいるらしく引っ越しの当日は1日家にいたものの、後はほぼ色んなところを飛び回っていて滅多に姿を見せなかった。
けど、既にこの5人がひとつの家族のような氣がしてとても穏やかで楽しくすごしていた。
と言っても、きーちゃんはまだまだ子供だし、お母さんにお会いして挨拶をして連絡先も教えたものの、うちにずっと居ても大丈夫なのか少し不安でもあった。
これまでのきーちゃんの生活や家族のことはきーちゃん自身あまり話したがらないようで多くは語らないけど、普通のご家庭とは違うだろうことは想像付いていたからどうしたもんかと少し悩み出していた。
念の為に聞いてみた。
「きーちゃん、ホントおうち帰らなくて大丈夫?」
全く変な意味ではなくて、純粋にご両親に怒られたり心配させてたりしてないかな?と言う意味だった。
この言葉を聞いてきーちゃんは固まってしまった。
「うちは…大丈夫だけど…明日は学校終わったらそのまま帰るね。ごめんね」と言うときーちゃんは自分が寝ている部屋に入ってしまった。
「きーちゃん、開けていい?」
部屋に戻る直前、きーちゃんは車を降りる時に見せた泣きそうな顔をした。
一瞬だから氣のせいかと思ったけど、やっぱり氣になって。
ドアの前で声をかけるけど返事がない。
今、部屋に入った所だからもう寝ているとも考えられないし。
「きーちゃん、入るよ?」
襖を開けると、部屋は暗い。
「もう寝ちゃった?」
お布団の中で丸くなって返事がない。
本当に寝ていたら起こすのもかわいそうだから部屋を出ようとした時、引き攣るような小さな声が聞こえた。
泣いてるのかと思ってきーちゃんの所に戻ると、過呼吸の発作を起こしていた。過呼吸というものがあることは知っていたけど、実際に見るのは初めてでどうしたらいいか分からない。
きーちゃんの手を取ると驚くほど冷たくて震えている。
「美樹!来て!早く!」
2階の私たちの部屋に居る旦那を呼ぶ。
冷たい手を握って名前を呼んでみるけどきーちゃんは不規則な呼吸を繰り返すだけだった。
旦那を呼ぶ声が聞こえたのか真ちゃんが姿を見せる。
「多分過呼吸起こしてる。どうしたらいい?」
真ちゃんと場所を変わる。
「きーちゃん、聞こえるか?数、数えるからなそれに合わせて呼吸するんやで。キリコは袋持ってきて」
「袋ってなに!」
「何でもいいから、コンビニの袋くらいそこらにあるやろ」
ゆっくり数を数えてる間にリビングに戻って袋を取りに行くけど、今日に限って置いてない。
台所から取ってきて真ちゃんに渡す。
しばらくするときーちゃんは落ち着いて来たけど、やっぱりしんどそうで。
「ごめんなさい」
まだぐったりしているのに謝るきーちゃん。
「明日まだ具合悪いようなら病院行こうね」と声をかけて部屋を出たけど。
過呼吸ってストレスだとか不安だとかが原因だって聞いたことがある。急に過呼吸を起こすなんて、やっぱり私の一言がきっかけなんだろうか。
そのまま今の成り行きを話して私の一言のせいできーちゃんは過呼吸を起こしてしまったのか聞いてみるけど、「それは分からん」と真ちゃん。
旦那を呼んだのに飲んで寝ているとか、なに考えてるんだ。真ちゃんがいて良かった。
「真ちゃん、なんで対処法とかこんなに詳しいの?」
「一般常識です」
いやいやいや。そんなこと言ってもあんなに色々すぐ動けるもの?
まあ、きーちゃんが落ち着いたからいいんだけども。
「あれ位の年頃やったら結構起こしたりするし別に氣にせんでもいいんちゃうの?」
どうしても私が何氣なく言った一言が原因んじゃないのかと。
「きーちゃん、帰りたくないんかな?」
家の近くまで送って行った時の表情と、部屋に入る前の表情。
いくら遊んでいたのが楽しくて名残惜しかったとしても泣きそうになるほどなんだろうか。
やっぱりこの間浮かんだ仮説は正しいんじゃないのか。
「明日休みだし、もうちょいきーちゃんについとくから寝てや」
そう真ちゃんが言ってくれたので、任せて寝室に向かったけど何かモヤモヤして寝られない。
仮説が確かなら、酷いことを言ってしまった。
手を差し伸べたフリして突き落としたと思われても仕方ない。
きーちゃん本人に聞いて確認したわけじゃないから、まだ旦那達に話して居ないけど、話をして手を貸してもらえるようにお願いした方がいいのかな。
「ありがとう。お邪魔しました」
昨夜のきーちゃんが氣になって、朝学校に行くきーちゃんを見送るために1階に向かうとちょうど家を出る所で私の顔を見ると言った。
「いってらっしゃいー」
見送ってリビングに行く。
きーちゃんが朝登校する所を初めて見送ることが出来たから、仕事休みなのに早起きして良かったわ。なんて思っているとテーブルの上に紙が置いてあるのに氣が付いた。
『長い間、ありがとうございました。楽しかったです。昨日はごめんなさい。きちんとご挨拶しなくてごめんなさい。お世話になりました』
線の細い可愛らしい文字。
きーちゃんが書いたんだよね。
別れ際に泣きそうになってるきーちゃんを思い出した。
急いで玄関を出る。
さっき出たばっかりなのにきーちゃんの姿はもう無かった。
駅の方に向かって走るけど、見通しの良い道なのにきーちゃんの姿が見当たらない。
車で追いかけた方が早いかもしれない。
急いでうちに戻ると旦那と真ちゃんが朝食をとっていた。
「すっぴんで外出るとかどないしてん」とのんきな2人。
「きーちゃん、もう学校行ったん?昨日送ってくって約束しとってんけど」と真ちゃん。
「いつもこの時間じゃないの?」
「あと30分はゆっくりできるはずやねんけど、制服も無いし電車で行ったんかと思ってんけど、どないした?」
2人にきーちゃんの書き置きを見せる。
「私、きーちゃんを追い出したかったんじゃなくて、でも、きーちゃん追い出しちゃった」
自分でも何でここまで動揺しているのか分からない。
旦那にどういうことか聞かれるけどうまく説明が出来なくて、代わりに真ちゃんが昨日あったことを話してくれた。
「まあ、この文面からすると昨日のその一言が原因やな」
旦那の言葉が刺さる。
「途中まで追いかけたんだけどもう居なくて。車で先回りした方が良いかと思って」
「何のために?」
「は?何でそんなこと言うの?美樹は心配じゃないの?」
「学校行って家に帰っただけやろ。そんな大騒ぎせんでもまた誘って遊びにおいでって呼んだらええやんか」
なんだかもう、来てくれないような氣がした。
来てくれないどころか会えない氣がした。
家に帰ることに抵抗があるのに氣付いていたのに。
夜中、帰らず公園で過ごすことも知っていたのに。
自分の迂闊さに腹が立つ。
最初に会った日真ちゃんがきーちゃんに対して「生きてたんやな」と言っていた氣持ちが分かった氣がした。
「行ってくるわ。まだそんなに遠くにいってへんやろ?出たのどれくらい前?」と真ちゃん。
時計を見る。
「20分くらい?」
時間を確認すると真ちゃんが出かけてくれた。
「何でそんなに冷静なん!」
まだ何も話していないから当たり前なのかもしれないけど、いつもと変わらない様子の旦那にイラつく。
「何でそんなに動揺してんねん」
「きーちゃん、心配ちゃうの?」
「家に帰るって話してたんやろ。それなら心配することないやんか」
「過呼吸起こして倒れたのに?」
「それは分からんけど、ここはあの子の家と違うねんで。長いこと外泊させてる方があかんのと違うか?」
普通に考えたらそうだけども。
「また誘ったらええやんか」
言い返せなかった。
まだ確定させてもない私の想像でしかない仮説を話してしまってもいいんだろうか。
話すとして、この事に氣が付いた理由を話さなきゃいけないだろうし、年頃の女の子のそんな話をきーちゃんにとっては友達、なんなら私の彼氏という認識でしかないであろう異性に話してしまっていいんだろうかと悩む。
けど、これは私だけでどうにかできる話じゃないし、ここできーちゃんが安心して過ごす為には家に帰れない理由をせめて旦那だけにでも聞いて貰ってた方が良いかもしれない。
「まだ真ちゃんにもアキちゃんにも言わないでくれる?」
そう前置きして、話す事にした。
きーちゃん位の頃に仲の良かった例の子の話を出しつつ、自分なりに言葉を選びながら伝えた。
きーちゃんにはそんな事をして欲しくない。
そんな事をしなくたって何とかなるし、私も助けたい。
そのつもりにしていた。けど、結果きーちゃんが突き放されたと捉えてもおかしくない事を言ってしまった。
「キリコが言いたいことは分かったけど…」
話を聞いて旦那は何か考えているようだった。
「キリコには非情に聞こえるかもしれんけどな、何でそこまでキリコがせなあかんねん」
伝わらなかったのか。
どうやって伝えたらいい?
旦那の言いたいことも分かる。
それを納得させるにはただ「妹のように思うから」という理由だけでは弱過ぎるのも分かってる。
出会ってほんの何ヶ月。
仲良くなったからと言って手を出す範疇を超えていることもわかってる。
「ほっとけないんだよ。普通の子ならしなくても良い思いをすることが分かってるのに…」
あの子は今、どうしているんだろう。
数年前に地元に戻った時、大人になっても自分を商品として売りそして周りの人間にいいように使われて、結果人間扱いをされないと言われる病院に入ってもう普通だと言われる生活に戻れないであろう状態で日々を過ごしていると聞いた。
あの時、私がもっと力があれば。もっと大人で助けることが出来たなら。
そんな生活を止めようにも、私は無力過ぎた。
自分が生きていくので精一杯だったし、どう手を差し伸べていいかも分からなかった。
その罪滅ぼしなのかもしれない。
自己満足なのかもしれない。
けど、今はある程度出来ることも増えた。
今なら、同じような道を辿るかもしれない女の子の少しでも力になれるかもしれない。
「それが原因で別れようって言っても?」
これは本心で投げかけてる質問じゃないことは分かった。それくらいの覚悟はあるかと聞いているんだとも思う。
「そしたら、きーちゃんとこの家を出て2人で暮らす。贅沢は出来ないけどきーちゃんが働けるようになるまでは2人で暮らしていける」
「もう一度聞くで。何でキリコはそこまでしようとしてんねん。キリコが言うてる通りなら素人が手出し出来る話じゃなくなるかもしれんで」
「そうかもしれない話なのも分かってる。けどだったら何できーちゃんがこの歳になるまで周りは何もしてないの?きーちゃんが平氣な振りして毎日学校に行ってるから?夜1人で公園で寝てることはおかしいって何で言ってあげないの?冬場にコートも着ないで薄着で夜外に居てもなんで誰も助けなかったの。これでこのままきーちゃんを家に帰しちゃったら、私まで一緒じゃん。何年かしてきーちゃん今どうしてるかな?ってまた思い出さなきゃいけないなんて嫌。真ちゃんが言ってたみたいに何年かして会えたとして『生きてた』って安心しなきゃいけないの?それまで最悪のことを考えて自分は無力だったって後悔しなきゃいけないの?」
もう、自分でも何を言ってるか分からないけど止まらなかった。
「正直、どこまで出来るか分かんない。けど、氣が付いていながら何もせずにいてあの子がしなくていい苦労をしなきゃいけないなら、その苦労は私が半分もらう。美樹と天秤にかけたみたいだし勝手だって言うかもしれないけど、美樹に一緒に背負って欲しいと言うわけじゃない。一緒に居られないって言うならきーちゃんが帰ってきたら出てく」
旦那と天秤にかけてるつもりは無かった。
けど、自己満足であったとしても、きーちゃんの事が心配だったし、ここまで手を出しておいてほっておけない。
こんなに直ぐに答えが出たのか自分でも分からない。もしかしたら自分の知らないところで頭に血が上ってしまってるのかもしれない。
沈黙を破ったのは旦那の方だった。
「キリコがそこまで言うくらいなのは分かった。まだ正直きーちゃんをそこまで思えるのかは理解しきれないし、きーちゃんの苦労をキリコと一緒に背負うとも答えられん。けど、キリコがする苦労はキリコだけでさせん」
分かって貰えたんだろうか。
私がする苦労は私だけにさせない。
そこまで思ってくれてると言葉にして言われたことが無かったから少し嬉しく、そして誇らしくも思った。
「まだこの話は確定したわけじゃないんやろ」
「私の想像できーちゃんにはちゃんと聞けてない」
「これからどうして行くのが一番なのかは直ぐには分からんから一緒に考えて行きませんか?きーちゃんが心配じゃないわけじゃない。けど、どうしたらいいか結論を出すにはまだ早すぎると思うねん」
一緒に考えて行きませんか。という言葉。嬉しかった。
「キリコが思うようにしてみたらええと思うわ。でもキリコが限界やと思ったらその時は何と言われようときーちゃんと離れて貰うで」
一瞬、冷静過ぎる言葉に唇を噛んだけど、これはきーちゃんが可愛くないわけでも私に対しての嫌がらせでもなく、多分、冷静な対応なんだと思う。
「まず、真弥がきーちゃん見つけられるかやな。これで見つからんかったらどうするつもりやねん」
「それはまだ分からない。学校に通うか、家に行ってみるか?」
「不審者やないか」
「そこは女子の強みじゃない?女の不審者ってあんまり聞かないじゃない」
「そうか?」
「詳しくは真ちゃんが帰ってから考える」
「そらそうやわな」
お昼過ぎ、真ちゃんの車が家のガレージに止まった。
急いで外に出ると、助手席にきーちゃんの姿があってホッとした。
けど、何かを話しているようできーちゃんは何度も首を振っている。
真ちゃんが私に氣付いて窓を開けた。
「ただいま。けど、家に入ってくれへんねん」とちょっと困った様子。
助手席のドアを開けるときーちゃんはバツが悪そうに下を向いてしまった。
「おかえり。あんな手紙置いてたら心配するでしょ。おうち入ろ」
小さな声で「ごめんなさい」と言うきーちゃんの手を引いて家の中に連れて入る。
玄関を開けると旦那が立っていた。
朝のやりとりを思い出して、きーちゃんに何か言わないかと構えたけど旦那は「きーちゃん、おかえり、早よ着替えやー」と言って2階に上がってしまった。
「ごめんなさい」
帰ってきてからきーちゃんは『ごめんなさい』しか言わなかった。
昨日の言葉はきーちゃんを追い出したかったわけではなくて、家に帰らないことできーちゃんが怒られてしまったりしないように実家に顔を出してまたここに戻ってきたらいいと言う意味で言ったことを説明したけど、やっぱり『ごめんなさい』とだけしか言わなかった。
「きーちゃん、ちょっと一緒に買い物行かんか?」
しばらくして2階から降りてきた旦那がきーちゃんに声をかけた。
2人にしたら何を本人に言うのか心配過ぎて反対して自分も付いて行くと言ったけれど、旦那はきーちゃんを連れて出かけてしまった。
「ちょっと心配過ぎるんだけど!まだ帰って来ないとか」
「なら、電話したらええやないですか」
真ちゃんの言う通りなんだけども。
2人が出かけて1時間半過ぎた頃に帰ってきた。
窓から覗くと、旦那もきーちゃんも何だか楽しそうに話をしていた。
「美樹、何してん…」
その様子を一緒に覗いていた真ちゃんが呟いたけど、全くもって同感だわ。
「ねーさん、真ちゃん、ごめんなさい」
リビングの扉の近くできーちゃんが言った。
「そこは『ただいま』って言って欲しいかなー」
きーちゃんを迎えに行くときーちゃんは少し笑顔を見せてくれた。
「美樹ちゃんがね、仲直りのケーキしなって買ってくれてん」と持っていた箱を見せてくれた。
ちょっと意外で旦那の顔を見ると、すぐに視線を外されてしまった。
照れんなよ。
旦那、実は面倒見が良いタイプだけど、シラフの時は口数が少ない方で目つきも悪いから初対面の人にはまず壁を作られてしまうタイプ。きーちゃんもきーちゃんで人見知りちゃんなせいで、きーちゃんと2人で何か話してたりすることは今までなくて正直驚いてる。
旦那ときーちゃんは仲良く話しながら台所に立ってケーキとお茶を用意してくれてる。
「なあ、あの2人どないしてん」
私と同じように氣になるみたいで、真ちゃんも一緒になって台所の様子を覗いてる。
「私に聞かないで」
「ねーさん、心配かけてごめんなさい」
テーブルにケーキとお茶を用意してくれたきーちゃんが開口一番こう言った。
「真ちゃんも迎えに来てくれたのにごめんなさい」
見てるこっちまで苦しくなる位にしゅんとしてるきーちゃん。
旦那に何か言われたか?と旦那を睨みつける。
「何やねんな」と旦那は余裕な表情だし、きーちゃんも旦那の方を見ると2人で笑いながらなんかうなづいてるし。
何があったのさ。
氣になるなー。もう。
「ねー、きーちゃんに何言ったのー。昼間どこ行ってたんよー」
隙を見て旦那に尋ねるけど「ビールとタバコとケーキ買いに行った」とだけしか教えてくれない。
晩御飯を食べて寛ぐきーちゃんにも「美樹とどこ行ってたん?」と聞くけど「美樹ちゃんと内緒って約束したから内緒ー」と笑う。
氣になるってば!
「ねーさん、次のお休み予定ある?」
入浴中、きーちゃんがいきなり言い出した。
きーちゃんはお風呂嫌いなのか、1人でお風呂に入るように言うと本当に入ったのか疑うレベルで烏の行水。
しかも、いくら言っても着替えを持たずにお風呂に入って旦那や真ちゃんが居ても全裸でリビングを通り自分が寝てる部屋に行ってしまったりするからなるべく一緒にお風呂に入るようにして注意が必要だったりする。
「次の休み…は何も無いよ」
「一回家帰って着替え取りに行きたいから一緒に行ってもらえないかなーって」
「いいよー」
特に何も考えずオッケー出したけど、その意味は旦那が教えてくれた。
「ちゃんと言ったんや。ついてったって」
きーちゃんが寝た後の晩酌タイム。
今日出かけた時にうちに居たいなら居てもいい事、でもやっぱりまだ中学生なのは変わりないからせめてご両親に自分の居場所を知らせておくことを約束させたんだって。
1人で行くのが怖ければ私を連れて行けば良いと。
だから、私の連絡先を改めてきーちゃんのご両親に教えておいて欲しいと言われた。
朝、突き放したことを言ってたのに、ちゃんときーちゃんのこと考えてくれたんだ。
きーちゃんと約束した休日。
お昼前に出発するため準備する。
「キリコに任せとったらええからなー」と緊張の面持ちのきーちゃんに言う旦那。
旦那に声を掛けられてきーちゃんの表情は明るくなった。
きーちゃんのお家は新興住宅地にある今風のお家。
自分の実家は、田舎の古い家だから新興住宅地に住む友達が羨ましかったよなーと思ったり。
「お家、入れるかなー」
家の前に立つきーちゃんが不思議な事を言い出した。
どう言う事?
「ちょっと待っててね」
きーちゃんがお家に入って、少しするときーちゃんとお母さんが出てきた。
旦那との打ち合わせ通りに挨拶して連絡先を渡す。
同棲中の彼氏や後輩(しかもオトコ)が一緒に住んでいると言うと話がややこしくなりそうだから、私が今住んでいる家で一人暮らしをしてると言うことにした。
きーちゃんのお母さんは何泊もしていることや、中学生に付き合わせてしまってることを謝ってくれたけど、きーちゃんを止めることもきーちゃんを心配する言葉も出てこなかった。
いつ帰るかとか普通聞くよね?帰らなくても良いのかな?
「行ってきます」
挨拶を終えるときーちゃんは振り返ることなく家を出た。
振り返るどころかお互いが目を合わせることもなく、きーちゃんの「行ってきます」に返ってくる言葉もなかった。
「ねーさん、ありがとう。変なこと頼んでごめんね」
車に戻るときーちゃんが言った。
「大丈夫だよ」と言うとようやく笑顔を見せてくれた。
「この間、何話したのー?って言ってたやん。あれね、美樹ちゃんがね、私が一回家帰ってちゃんといる場所を伝える準備が出来るまでねーさんに内緒って。ごめんね」
旦那から言われたから。でなくて、きーちゃんがきちんと自分で決めないとダメだって言われたんだって。
最初きーちゃんはなかなか決められなかったけど、旦那は「何泊も引き止めてるからこっちも挨拶しておきたい」と言ったらしい。
でも、いきなり旦那や真ちゃんが行くと色々と問題があるかもしれないから私が良いと思ったと言ってたと教えてくれた。
「で、きーちゃん。あなた着替え取りに行ったんでしょ?なんでそんな小さいカバンひとつなん?何入ってるの?」
まあ、着替えを取りに行くのは実家に帰る口実だろうとは思うけど、きーちゃんが持ってきた小さいカバンが氣になった。
「これは…大事が入ってるねん」
「なにー?見ちゃダメ?」
「良いけど、笑わへん?」
「笑わない、笑わない」
きーちゃんはカバンを開けて白い猫のぬいぐるみを取り出した。
猫のぬいぐるみが大事って、かわいいーー!
悶絶するくらいかわいい!
とても大事にしているのか白い猫ちゃんはだいぶ黒くなっているけど。
「ずっと一緒やねん」と猫のぬいぐるみを大事そうに抱きしめるきーちゃんは本当にかわいかった。