Story 08.きーちゃんの様子。

ライナスの毛布を失ったきーちゃん。
私たちといる間は変わらずに接しているように見えるけれどやっぱりショックだったようで、梅雨が明ける頃から体調を崩して寝込む事が増えてきた。
そして、寝られないようで一晩中起きていることも増えてどの時間に私が起きてリビングに降りてもきーちゃんはいつもリビングにいた。


「熱が下がったら一回、お家帰るね」
学校からフラフラで帰ってきたきーちゃんはそのまま熱を出してしまった。
布団で横になって朦朧としながらきーちゃんが言った。
多分、寝込んでることを氣にしている。
「お家、帰りたい?」
「……。熱、移しちゃうとあかんから」
「無理して帰らなくて良いよ。ここもきーちゃんのお家だよ」
「ねーさん、ごめんね」
「こういう時はね、謝らないんだよ。ありがとって言ってほしいなー」
一度は減ってきたきーちゃんの「ごめんなさい」もまた聞くことが増えてきてしまった。




「きーちゃん、それは刺さんの」
食事中、真ちゃんの言葉にきーちゃんを見ると唐揚げをお箸に刺して食べていた。
「掴みにくいんでしょ?唐揚げくらい、いいじゃん」
「あかん。家くらいって言うてたら外でもやってまうで」
「うん、頑張る!真ちゃん、ありがと!」と言いながら唐揚げを掴もうと格闘するきーちゃん。
きーちゃん、最近お箸の訓練強化中。
最初に会った日に食事に行った時はそんなに氣にならなかったけど、この家に越して来てからきーちゃんはお箸がほぼ使えないことに氣が付いた。
逆に大変なんじゃないの?というくらいの持ち方をしていることが増えた。
聞いてみると、自分のお箸の持ち方がおかしいことは氣が付いていて、外食の時は見様見真似で持っているけど、家の中で氣を抜くとつい楽な持ち方をしてしまうと言った。
この家では氣が抜けるのかと嬉しく思ったけど、うちで割り切って過ごすことにして、少し経った頃に真ちゃんが「箸をちゃんと使えるようにしよう」と言い出してスタートしたお箸の訓練。
しっかりと変な癖付いてしまっていて難航しつつ、なんとか形になっては来たものの、時々こうやって真ちゃんに指摘されている。


きーちゃんが生活していく上での違和感は、お箸や独り言だけではなかった。
お風呂もそうだった。
前述の通り、きーちゃんは1人でお風呂に入るとびっくりするくらいに烏の行水。
しかも着替えを持たずに全裸で平氣な顔をして部屋に戻ることもあって、出来るだけ一緒に入るようにしていた。
初めて一緒に入った時、シャンプーや身体の洗い方がとても辿々しくて驚いた。
物心ついた頃から、1人で入浴しているとのこと。親から洗ってもらった覚えがほとんどないし、水が怖いからサッと出ると言った。
「だからね、ねーさんとお風呂入るのすっごく楽しい」と笑うきーちゃんを見て泣きそうになった。
そして、注意して旦那や真ちゃんがリビングに居ても全裸で出てくることはだいぶ少なくなったものの、油断すると下着と変わらない格好でうろつく。恥ずかしいだとか、見られるのは嫌だとか思わないのかと尋ねると「なんで?」と返ってきた。
公園で寝ていたこともそうだし女の子としての危機感はとにかく薄そうな上、生理的嫌悪というものが限りなく無いに等しい様子だった。


氣を抜くと人に触れたりすぐに距離を詰めてくるアキちゃんに対しても、きーちゃんは嫌がったり引いたりする素振りを見せないし、むしろ過剰ではないのかと感じるほどのスキンシップをしてくるアキちゃんに一番懐いて甘えている氣がする。
アキちゃんが帰ってくるときーちゃんは明らかにいつもよりも嬉しそうではしゃいでいる。
アキちゃんもきーちゃんがとてつもなく懐いているものだから、可愛いんだろう。帰って来ている間はきーちゃんと楽しそうに過ごしているし、どこかへ連れて行ったり何かと構おうとしている。
中学生ってのは、歳上の男性に惹かれやすいものだし、はじめはアキちゃんに対して恋愛的な感情が出てきたのだろうかと思ったけど、見ている限りそれは無さそうだ。
きーちゃんは何かに興味を持つと他のものが目に入らなくなるらしく、5人で買い物に出た時も目に入ったものの方にフラフラと行ってしまって迷子になりかけるということが多々あり、それを見兼ねた旦那が手を繋ぐと喜んで手を繋いでいた。
それから揃って買い物に出かけると私か旦那と手を繋ぎたがり、手を繋ぐと嬉しそうにしている。
普段、旦那が他の女と近いものなら苛々してしまうけど、その姿はどう見ても小さい子がお父さんかお兄ちゃんと手を繋いでいるようにしか見えず、むしろ迷子にならないだろうと安心した。


ラッキーちゃんを連れてきた時も思ったけど、やっぱりきーちゃんは年齢よりもずっと幼い。
けど、時折見せる仕草や行動は大人のようで、どちらが本当のきーちゃんなのか迷う。


「キリコ、助けて…」
仕事から帰宅すると真ちゃんがリビングで困り果てている。
どうしたのか聞くと、真ちゃんがお皿を洗ってる時にきーちゃんが使っていたマグカップを割ってしまったそうで。
「それから出てけーへんねん」と真ちゃん。
きーちゃんは謝る真ちゃんに対しては「大丈夫?怪我してない?」と心配したものの、割れたマグカップを見ると半分泣きながら部屋に入ってしまったそう。
それから真ちゃんが新しいきーちゃんのカップを買いに行こうと声をかけたけど、返事がなく、リビング側廊下側両方のドアをどうにかして開かないようにして籠城してしまったとのことだった。


「きーちゃん、帰ったよー。ただいまー」
ダメ元でリビング側の襖の前で声をかける。
しばらくすると、襖の隙間から紙が出てきた。
『おかえりなさい。反対の方のドア、開けるからそっちに来て』と書かれていた。
廊下側に回ってドアをノックするとゆっくりドアが開いてきーちゃんが顔を見せた。
「ねーさん、おかえり」
けど、よほどショックだったのか明らかに泣いた後だった。
「マグカップ、聞いたよ。美樹が帰ってくるまでまだあるし、新しいの見に行こう」と声をかけると首を振るきーちゃん。
「あのね…」
とても言いづらそう。
「どしたん?リビングで話そうかー」
また首を振って「真ちゃんは?」と言った。
「真ちゃん?リビング居るよ。きーちゃんが出てこないから心配してるで」
「どうしよう…」と確かに呟いた。
「どうしようって何が?」
「真ちゃんがね、私のカップ洗ってくれたのにね、とっても感じ悪くしちゃってる。でもね、もうあの子でお茶飲めないと思ったらね、悲しくなって、どうしたらいいか分からなくて、真ちゃんが声かけてくれてるの分かってるんだけど、返事しないのすごく感じ悪いって分かってるけど返事出来なくて…どうしたらいいのか分からなくて…」
ここまで言うと目からたくさん涙が溢れる。
「大丈夫。全然感じ悪くないから。部屋にずっと居る方が真ちゃん心配すると思うよ?」
「でも、泣きやめないねん…」
「泣き止まなくてもいいじゃん。落ち着いたらカップ買いに行こう。めっちゃかわいいの、真ちゃんに買ってもらお」
こう言ってリビングに連れて行く。
真ちゃんはきーちゃんを見つけると平謝り。そして、きーちゃんも平謝り。なにこれ。
「きーちゃんはカップと急にお別れになって悲しくなったんだって。けど、真ちゃんのせいじゃなくて事故だって分かってるから真ちゃん、もう謝るの終わり。変わりに今からカップ買いに連れてって。きーちゃんもそれでいい?」と助け舟を出してみる。
きーちゃんが頷くのを確認して、買い物に出る支度をしていると旦那が帰宅。
思ったより早かったな。


結局、真ちゃんときーちゃんが新しいカップを買いに出た。
私は帰宅して即飲み出した旦那に今の顛末を報告。
「よう分からんけど、たまにおるやん。特定のものに愛着持つ子。きーちゃんもそのタイプ違うん?ぬいぐるみもそうやったやんか」
カップが割れただけであそこまでショックを受けるものなのかと言うと旦那がこう答えた。
確かに猫のラッキーちゃんはライナスの毛布だったし、ラッキーちゃんが居なくなって体調を崩してしまうことが増えたし、精神的にも不安定な所が見られる。
けど、中学生になってもそんなものなのだろうか。