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Another story 09-1.感じるもの。
梅雨真っ盛り。
夕方になるとなんだか体がだるかったり、頭痛がして吐き氣がしたり、得体の知れないモヤモヤが広がるように。
モヤモヤが広がるというか、何かよく分からないものが自分の中にゆっくりと混ざってくる感覚で、それが混ざり始めると平衡感覚が狂ってくるような感じ。
「知ってるかー、赤ん坊が夕方泣くの『黄昏泣き』って言うねんでwwそれと違うん?」と最初のうちは兄ちゃんにからかわれても、「赤ちゃん違う!」と反論してたりする余裕はあったけど、その症状は数日続き、氣がついたら過呼吸を起こして倒れてしまうことが頻繁になってきた。
真ちゃんの実家には往診してくれる主治医の先生が居て、過呼吸を起こして倒れた時にその先生を呼んでもらうものの、先生が到着する頃には過呼吸も落ち着いて、ねーさんはじめ、みんなに手間をかけてしまったことが申し訳なく、自分は面倒をかけるためにここいる氣がして、来世へのハードルが久しぶりに低くなり始めていた。
先生が採血をして検査してくれたけど結果は「異常なし」
ねーさんたちは「いやいや、ちゃんと調べて!」と言ってくれたけど、過去似たような事があって数回検査をして入院しても「異常なし」と言わていたから正直、「やっぱりか」という感想しかなかった。
やっぱりか。と思いながらもどうしたら良いか分からないまま、夕方になるとモヤモヤが広がり頭痛がして目眩と過呼吸。を繰り返す。
その度に誰かに迷惑をかけた。と自己嫌悪のループ。
この自己嫌悪も、今までとは比べものにならないくらいに酷く落ち込む。
自己嫌悪に陥ると、烏羽色のような、時々青紫色のような、黒が混ざったような何色と言い表せないような氷が上から落ちてきて、その氷が溶けた水で息ができなくなり始める。
負の無限ループ。
『また?どこも悪くないねんから甘えたらあかん』
水の中では、家や学校で具合が悪いと訴えると言われる言葉だけが響いていて、それが聞こえるたびに体が裂けていく感覚に陥る。
倒れる前に寝てしまう作戦を思いつき、夕方になると布団に潜り込むことにした。
「大丈夫かー?」
仕事から帰ってきた真ちゃんが様子を見に来てくれた。
「また水がいっぱい落ちてくる」
「水?昔言ってたのと同じ?」
覚えててくれたんだ。ちょっと嬉しい。
「うん、何ていうんだろ。前の水なんだけど今の水はね当たるとグラグラする」
真ちゃんは少し考えた後、ポケットから魔法の飴を取り出した。
「新しい飴な。これはもう一段強力な魔法がかけてあります」と言って笑う。
ひとつ受け取って食べるとイチゴの味がした。
新しい魔法の飴の効果は絶大で、その日は倒れることなく久しぶりに夕食をみんなと食べることができた。
食事中、首の後ろと眉間に体の中の何かが破裂するような痛みが走った。
が、それは続くことなく一度だけ。
なんだろう。と不思議に思っていると、視界の隅にに光の柱が見えた。
なんだこれ?と驚いていると、また何かが破裂するような痛みと同時に光の柱が裂けるのが一瞬見えて、次の瞬間、普段の風景に戻った。
裂けた光の柱はちょうど真ちゃんが座っていた場所。
何だったのかその時はわからないまま、日が経つにつれて、光の柱が裂けると破裂するような痛みがすること、その光の柱が見えるのは、真ちゃんがいる場所だということに氣付いた。
それに氣付いた頃、魔法の飴を食べると自分は動くことができるようになっていて、低くなった来世へのハードルもどこかに行きだしたけど、反対に真ちゃんの様子がいつもと違うことにみんなが氣がつくようになった。
光の柱が裂けていくこと。
その時に走る破裂するような衝撃と痛み。
漠然と真ちゃんの異変と繋がっているような氣がしてみんなに聞いてもらおうと思うものの、このことがとても不吉で縁起が悪いことで、言ってしまうと光の柱が完全にバラバラになって真ちゃんがいなくなる氣がした。
何よりもこんなことを言い出して、せっかく見つけた居場所を自分で壊すことが怖くて言い出せずに過ごしてしまった。
このままにしていたら絶対ダメ!だとねーさん主治医の先生を呼んだ。
「これはなぁ。ひとまず仕事が休めるように診断書書くから様子見て療養休暇取りな。取れなかったら退職でもええわ。って言うといた。奥さん(おばーちゃん)に言っておくから何かおかしいって思ったら奥さんに連絡して」
しばらく真ちゃんの部屋で真ちゃんと話していた先生が私たちの居るところへ来てこう言った。
「婆さん絶対ここに来るし、怖いからしばらく逃げとくわwってことで、きぃ、後頼むわ。また連絡するって美樹に言っといて」
その日の夜遅く、ねーさんと美樹ちゃんが2階へ上がると兄ちゃんが大きな荷物を持って降りてきてこう言った。
いろんな箇所にツッコミを入れたくなったけれど、ツッコミを入れる前に出かけてしまった。
取り残された私。
どうやって朝二人に言えばいいのかということや兄ちゃんの薄情さとで混乱していると、今までで一番大きな破裂する音と痛みが走った。
いつもは一度だけなのにその時は何度も繰り返していて、魔法の飴を食べながら痛みと良くないことだとわかる怖さが去るのをひたすら待った。
そのままリビングで寝てしまったようで、物音がして起きると真ちゃんがコーヒーを飲んでいた。
なんて声をかけて良いかわからず、そして寝てしまう前に飴を食べたまま寝てしまった氣まずさで(真ちゃんは「片付けなさい」と結構うるさかった)「おはよう」とだけ言って、魔法の飴を取り出そうと袋に手を伸ばす。
「ごめんな。もうちょっとやから。怖いよなぁ。ごめんな」
真ちゃんはそう言うと魔法の飴の入った新しい袋をくれて、「これ美樹とキリコに渡しといてくれる?」と封筒を置いてまた部屋に戻って行った。
またしばらくウトウトしているとねーさん達が降りてきた。
真ちゃんが言っていた封筒をねーさんに渡す。
ねーさんに何が書いてあったのか聞くと「夕方話をしに真ちゃんの会社の社長さんが来るって。同席しなくても大丈夫だけど予定だけ伝えておこうと思って。だって」
この日は美樹ちゃんがお休みで、ねーさんは仕事。
社長さんが来るのはねーさんが帰る頃だから、(真ちゃん抜きでも)ちょっと話したいなぁと言って仕事に出た。
兄ちゃんの伝言も伝えると、「あのアホーーー」と言ったけど、確かにおばあちゃんと兄の二人が揃うとややこしいからいいや。と笑っていた美樹ちゃん。
大人の世界はよくわからない。
ねーさんが帰宅してしばらくすると、真ちゃんの会社の社長さんが来た。
ねーさんや美樹ちゃんは、社長さんと顔見知りみたいで普通に話している。
お茶を持っていくと「君がきーちゃんやんな、聞いてるでー」と社長さんが声をかけてくれた。
どんな話を聞いてるんだろう。図々しい中学生が居座って帰らない。とかならイヤだなぁ。
社長さんは真ちゃんの部屋でしばらく話をしていた後、再びリビングへ顔を出してねーさんと美樹ちゃんと話をする。
私も氣になってねーさん達と一緒に居たかったけど、私が居るのは場違いで、自分が居たところで役に立たないのはよくわかっているから自分が寝ている部屋に戻った。
「何話してるのかなー」
待っている間、ねーさん達が何を話しているのか氣になって仕方ないから、氣を紛らわせる為に絵を描く。
家の中に居るのに、驚くほど冷たい空氣に変わり出して、またモヤモヤとあの痛みがやってきた。
つま先からゆっくりと広がる冷たい空氣。
その空氣に黒い墨があって、その墨が少しずつ私の中に混ざりだす。
私と混ざった黒い墨はゆっくりと溶けて広がりだして、私が墨と混ざりだすと目眩もしてくる。
全身が痛みだす。
全身の耐えられない痛みと、広がり出したネガティブに涙が出てくる。
廊下側の襖が開いて真ちゃんが来た。
「ごめんな。怖いやんな。大丈夫。これはきーちゃんのモノじゃない。きーちゃんが拾わなくていいねん」
と真ちゃんの言葉を聞きながら、いつの間にか寝てしまった。
目が覚めると真ちゃんは居なくて、リビングに行くと、ねーさんと美樹ちゃんがご飯を食べていた。
「真ちゃん、明日からしばらくお休みすることになったからね。」と私にご飯を用意してくれながらねーさんが言った。
明日からしばらく真ちゃんがいるけど、ねーさんと美樹ちゃんはお仕事。
今日は美樹ちゃんがお休みだったから良かったけど、真ちゃんはしんどいから明日から日中1人で過ごすことになる。
「夏休みになちゃったから学校に行かなくてもいいけど、お留守番できる?」と心配そうなねーさん。
「大丈夫!」
本当は怖かったけれど、これ以上ねーさんに迷惑をかけるのが嫌で精一杯元氣にこたえた。
「ご飯は台所にあるからね。何かあったときに電話するのはここ。リストのは全部しなくても大丈夫だからね」と言い残し、ねーさん達は仕事へ出かけた。
「心配しすぎやろ。おかん(母親)みたいになっとるやん」と笑っていた美樹ちゃんも、時々「変わりない?」と電話をくれてちょっと嬉しい。
留守番は、とってもとっても小さな頃からしているけれど、こうやって氣にかけてもらったことは初めてかもしれない。
玄関のドアが閉まる。
玄関のドアを開けるには背が足りなくて。
見上げると、窓から光が差し込んでいた。
光を見つめていると後ろから黒い光がやってきて、どうしようもなく怖くて、高い窓から差し込む光のあたる場所に座っていた。
留守番のイメージは、初めて留守番をしたときの風景。
真ちゃんと初めて会うずっと前。
そこから逃げ出すには、自分は小さすぎた。
留守番は冷たくて暗いイメージだったけれど、この家でするお留守番は、外の天氣のようにとても明るく心が穏やかだった。
ねーさんの書いてくれたお手伝いリストは優先することから順番に書いてくれていたおかげでお昼前には全部終わらせることができて、ぼけーっと座って休憩。
時々聞こえる鳥の鳴き声と車の音と木が揺れる音を聞いていたら、太陽の光に呼ばれている氣がした。
意識を光に向けると、そこまで行ける氣がするけれど、車の音でここに戻ってくる。
昔からの一人遊び。
ふわっと太陽に踏み出して軽くなる瞬間が心地よくて。
此岸と彼岸を行ったり来たりしている氣分。
いつもは何か機械の音でこっちに戻ってきてしまうけれど、それが聞こえなければ何もしなくても来世へ行けるような氣がして出来そうな時は太陽に意識を向けて完全に太陽まで行く練習をしていた。
と言っても、これができるのはいろんなタイミングが揃わないと出来なくてこれを出来るのはとても貴重だった。
「なんだっけ、イカロスだっけ」
蝋で固めた翼を使って飛び立って。
太陽に近づこうとしたら蝋が溶けてしまって落ちちゃった人。
時間がとてもゆっくりと穏やかに流れている。
自然ともう一度、もう一度とこっちに戻る度にもう一歩踏み出そうと繰り返した。
イカロスは傲慢になってたわけでも、自ら命を断ちたかったわけじゃないと思う。
純粋に、太陽の光に惹かれて呼ばれただけだと思う。
何度目かで、空氣が変わって「行けるかもしれない」と思った時。
「きーちゃん」と真ちゃんに呼ばれて、また、こっちに戻ってしまった。
もう少しで本当に行けたのかもしれない。と思うと目の前に居る真ちゃんに苛立ちを覚えた。
「それはあかん。もう絶対したらあかんで」
いつもは優しい真ちゃんなのに、この時はとても厳しい表情をしていてさっきまでの苛立ちは消えてしまった。
「今のはいつからしてる?」
太陽に行こうとすることだと氣付いたけど、真ちゃんの表情は相変わらず厳しくて「やってない」と咄嗟に嘘をついた。
「ごめん、怒ってへんから。でも、今のは絶対にもうしないって約束して」
表情はいつもの真ちゃんに戻ったけど言葉はとても厳しい口調で、「何故それをしてはいけないのか。」はわからないまま頷いた。
知らなかったとは言え、理由もわからないけれど、をやってはいけないことをしてしまった。この事は痛いほど理解できた。
何か失敗をしてしまうと人生が終わると思って居たから、ここに居る事どころかもう生きていてはいけない。と思った。
来世へ憧れを募らせているというのに自分の失態でこの世を離れると、来世へ行くことは叶わないような氣がして絶望した。
「きーちゃん、怒ってないし、きーちゃんが悪いわけちゃうねん」
絶望感が伝わってしまったのか、真ちゃんは私の正面に座っていつもの口調で話し始めた。
「今、きーちゃんがやってたのは、危険やねん。きーちゃんが身体に戻れなくなる。どういうことかわかる?」
真ちゃんが怒っていないと分かってはいたけど、自分が大きな失敗をしてしまって来世へ行くこともここに居ることも出来なくなってしまった絶望感で自然と涙が出そうになる。
私は泣いてはいけない。
自分がやってしまったことに対して泣くなんて許さない。
しかも、目の前には優しくしてくれることが分かっている人がいる。
泣いて同情をひいて、この場所にいさせて欲しいと頼んでいるようでそれがとても滑稽で惨めに感じて、泣かないようにしているのに涙は止まらない。
「なんでそんなに我慢するん。きーちゃん昔からひとつも悪いことしてへんやん。どれだけ我慢してたん。きーちゃんは何一つ悪くない。我慢もせんでいいから。きーちゃんはここに居ったらいいから今のはもうせぇへんって約束して」
そう言って頭を撫でるのは反則で、必死になって止めていた涙腺は決壊してしまった。
ひとしきり泣いて落ち着くと、私が太陽へ行こうとしていたことは、魂を身体から離してしまうことだと教えてくれた。
魂が戻れなくなれば身体も朽ちていくし、魂は朽ちることなく転生もできず永遠に輪廻に戻れなくなること、身体が朽ちる前に良くないものに身体を乗っ取られることもある。
これは意識して訓練しないと出来ないことだけど、今その状態になりだしていた。
癖になる前にもうしないと約束してほしい。
とも言われた。
泣きすぎたのか頭がぼーっとして、真ちゃんが説明してくれていることを理解するのが精一杯で返事が出来ない。
「あれすると疲れるねん。ちょっと横になりな」と言われて、素直にソファーの上で横になった。
真ちゃんは自分の部屋からタオルケットを持ってきてかけてくれた。
「キリコも俺も美樹もみんなきーちゃんの味方やからな、あっちに行かんとここにおったらええねん」
兄ちゃんの名前がないやん。と言いたかったけど、言う前に睡魔が勝ってしまった。
大泣きをしてすっきりしたのか久しぶりにぐっすり寝過ぎた感じがして、起きると窓の外は暗く、ねーさんたちも帰宅していた。
「お手伝いパーフェクトやん♪ありがとーーー。」とねーさんが褒めてくれて、少し照れくさい。
「全部お手伝いしてくれたし、女子チームだけでご飯食べに行こ♪本屋さんにも寄り道オッケー」
とねーさんが誘ってくれて車に乗ってふたりでお出かけ。
せっかく出かけたのに、天氣が崩れ始めてきた。
しかも渋滞にはまり「みんな何でこんなに車移動なのよー」とねーさんはブツクサ。
目の前で、絵に描いたような稲妻が見えた。
『キリコも俺も美樹もきーちゃんの味方やからな、あっちに行かんとここにおったらええねん』
真ちゃんの言葉を思い出して、時々感じていたあの光の柱の話をねーさんに聞いてもらってみよう。と決意を固めた。