Another story 17.魔法使いのお城。

クリスマスウィーク。街はクリスマスで浮かれて、軽くそして騒がしい。

「きぃ、実家帰ったら?クリスマスにお邪魔虫やで」と兄ちゃんに言われるまで氣が付かなかった。
「アキちゃん!なんて事言うの!!なんできーちゃんがお邪魔虫なん!」とねーさんが真っ先に言った。

終業式直前。
年末年始休暇の各自の予定を確認していた。
真ちゃんは明後日からお友達とスキー。
兄ちゃんは明日夕方からお母さんが住む外国へ帰ると言う。
家にはねーさんと美樹ちゃん、そして私が残ることになる。
確かに兄ちゃんの言う通りだ。
ねーさん達もたまには子供抜きでゆっくりしたいかもしれない。
けど、自分の家では透明人間になってしまうことを知ってる兄ちゃんに「家に帰れば?」と言われたのはショックだった。

「嘘も方便言うやんか」
夕食の後、兄ちゃんが蝋燭の魔法を教えてくれると言ってくれたので2階の部屋に行った。
蝋燭を並べながら兄ちゃんが言った。
「嘘も方便?何がウソ?」
「きい、一緒に行くか?」
「どこに?」
「うち」
うちってここじゃないよね?
「外国の?」
「そう。きぃのおってええ場所に連れてくって言うてたやん。お試し」
「お試しって?兄ちゃんのお母さんの所がそうなん?」
「まあ、そんなとこやな。母さんは居らんけどな」
ちょっとよくわかんない。
お母さんのいる家に帰省するとみんなの前では言っていたけど、本当は違うと教えてくれた。
真ちゃんとはお母さんが違う兄弟だと言うこと、兄ちゃんがこの国に来たのは、お母さんが失踪してしまってお父さんが住むところに引き取られたから。
その頃の兄ちゃんは、元々お母さんと一緒に暮らしていた場所に居たかったけど、まだ子供でそれは出来なかった。
その場所は、私のようなあまり普通ではないものを待ち合わせている人もたくさん居て、そのことや目に見えないことについて研究しているところ。
大きなお屋敷で何人もの仲間が家族のように暮らしていると言った。
兄ちゃんが今教えてくれている蝋燭の魔法もそこで覚えたものだと言うことも教えてくれた。
「魔法使いのお城なん?」と聞くと兄ちゃんは笑う。
「御伽噺みたいやろ。けど、ホンマにそんな所があるねんで。古い建物でな。ちょっと怖いかもしれんけど、きぃは氣に入ると思うで」
古い建物。
古いお城にたくさんの魔法使いが一緒に暮らしているのを想像した。
とってもとっても行ってみたい。
「けど、いきなりそんな所連れてくって言うたら絶対キリコが止めてくるやんか。だから嘘も方便。きぃは自分ち帰るってことにして一緒に行くねん」
嘘ってそう言うことか。それは嘘っていうか内緒じゃないの?
「行く?」と優しい声で言う兄ちゃん。
「行きたい!…けど、私、パスポート持ってへんで?」
「え?持ってへんの??なんで!」
なんでって。外国に行ったことが無いからだよ。
家族旅行すらそんなに行った記憶ない。
「マジかぁ。もっと早く言うとけば良かったぁぁ」と頭を抱え込む兄ちゃん。
「ごめんね…」
「いや、盲点やった。みんな持ってるもんやと思ってたけど違うねんな。そうやんな、きぃまだ12歳やもんな。無理やわな」
私、13歳ですけど?
パスポート持ってないのは間違い無いけど。

パスポートを持ってなかった私のせいだけど、兄ちゃんは何度も何度も私に「ごめん」と謝ってくれた。
「次行く時は1ヶ月は前から言うから取りに行こうな」

「よし、氣を取り直してやるか!」
色とりどりの蝋燭を並べて、お勉強開始。
本当に魔法使いになったみたいでワクワクする。
幸せの魔法を使う魔法使いになれたらいいのに。
「これ読んでおいたらもうちょっと詳しくなれるで。きぃには必要やと思うから貸したるわ」と言って一冊の分厚いノートを渡してくれた。
開くとたくさんの文字や絵が書かれている。
「兄ちゃん、これ、読まれへん…」
ぎっしり書かれた文字は外国語。
日本語もままならないのに、外国語で書かれていたら余計に読めない。
「そうか、そんなら訳してくから自分のノートに書き」
外国語の方が魔法の本みたいでカッコいいけど、読めなきゃ意味ないもんね。
ノートを取りに一旦お部屋へ。


パスポートを持っていなかったせいで、魔法使いの暮らすお城へ行くのは延期になってしまってちょっと残念。
けど、兄ちゃんは絶対連れて行ってくれると約束して魔法使いの暮らすお城に帰って行った。


夜、お布団に入ってからも兄ちゃんから聞いた魔法使いの暮らすお城を思い描いていた。
行ってみたいと思うのにパスポートでおあずけ。残念過ぎる。
1人でさっと取りに行けない自分に嫌氣がさす。
大人だったら、パスポート持ってるものなのかな。
なんで私は1人だけ子供なんだろう。
魔法使いの暮らすお城を想像してワクワクしていた氣持ちはいつの間にか消えて、自分1人が子供であることやどうしようもないもどかしさがネガティブを連れてきた。
重く苦しい空氣。

また水の中に落ちてしまいそうになったから、台所へ行って兄ちゃんと一緒にブレンドしたハーブティーを飲むことにした。
ハーブティーを淹れて、教えてもらった蝋燭の魔法。
おまじないの言葉を唱えてハーブティーを飲む。
大丈夫。
苦しくもならないし、水は来ない。

「火遊びしてたらおねしょすんでー」
リビングのドアが開いて真ちゃんが顔を出した。
「火遊び違うし、おねしょしませんー」
失礼な。おねしょなんてしませんよ。私、立派な13歳ですけど?
「なんや、雰囲氣あるなー。魔女のティーパーティー?」と笑う真ちゃん。
「魔女さん、ワタシにもお茶を一杯いただけますか?」
「少々お待ち下さいー」
急いで教えてもらったノートをめくって魔法を解く。
魔法の解き方を教えてもらっていて良かった。

「一緒に行く?」
お茶を飲んでいると真ちゃんが急に言った。
「どこに?」
「スキー」
「なんで?お友達と行くんやろ?」
「そうやけど。家、戻るん?」
「うん。一回ちょこっとだけ帰ってみる」
「大丈夫なん?」
「…」
ホントは嘘でも大丈夫って言わなきゃいけないのは分かってるけど、返事が出来なかった。
「大丈夫!無理って思ったらすぐ帰ってきてねーさん達のお邪魔虫になるから!」
真ちゃんは一瞬黙って私を見たけど、すぐに「すぐ帰ってきたらええからな」と言った。

ここに居ると、自分はちゃんとここに居ても存在してもいいんだと思えて居心地が良かった。

「いってきます」
ねーさんに見送られて玄関を出た。
一度でいいからこの家を出る時「いってきます」と言ってみたかった。

この間、ねーさんとお買い物へ行った時、真ちゃんの彼女という人と初めてスーパーで会った。
「あんまり遊んであげられなくなってごめんね」と言われた。
ねーさんは「あれ、超ムカつく。何あの言い方」って怒って「氣にしなくていいよ」と言ってくれたけど、真ちゃんの彼女は私のことをよく思っていないんだろう。
夏に見た黒い雲が、彼女から私に向かって伸びてくるのが見えた。
久しぶりに感じる黒い雲はとても怖かったけど、それをねーさんや真ちゃん、美樹ちゃんに話してはいけない氣がした。
「いい加減、真弥にまとわりつかないでくれる?あんたのせいで真弥が迷惑してるんだけど?優しいから直接言わないんだろうけどさ。」
ねーさんがお手洗いへ行った時、椅子に座って待っていると彼女さんがまた来てこう言った。
真ちゃんは、本当は迷惑してる。
感じていたことを改めて言われてショックだった。
先月、真ちゃんのお出かけ前に私が熱を出してしまって、心配した真ちゃんが約束をキャンセルしてくれることが続いた。
約束のある時だけでなくて熱を出してしまった時、その直前に見たものをきいてくれて朝まで一緒にいてくれたり、心当たりが無いわけじゃなかった。
氣にしないでと言ってくれるけど、真ちゃんやねーさんや美樹ちゃんのお邪魔虫になっている。
自覚が無いなんて、タチが悪いよね。
自覚が無いわけでなく、考えないようにしていたのかもしれない。

やっぱり、私は居ちゃいけない。
ずっとずっと、言われていたのに。
言った人は事実を言っていただけだった。
兄ちゃんはみんなは大丈夫だって言ってくれたけど、真ちゃんもねーさんも美樹ちゃんも、大人だから、優しいから私に言わずにいてくれたんだ。

自分が大好きな人たちの邪魔をしている。
どんなに痛い言葉を誰かに投げられるよりも辛かった。
私がどんなことを言おうと、否定せずに受け入れてくれる人たち。
初めて楽しい誕生日も過ごせたし、ねーさんの綺麗なウエディングドレス姿も見られた。
パーティの準備も仲間に入れてくれた。
この数ヶ月の間、本当に幸せだったから、その幸せをくれた人たちの邪魔になりたくない。
だから、私は元の自分の世界に帰ることに決めた。
元の世界じゃないな。
もう、元の世界は私には辛すぎる。
幸せしかなかった世界から戻るのは耐えられない。
あの世へのハードルはやっぱり低く、来世を夢見てそのハードルを越えるしかない。


「いってきます」
ずっと言いたかった。この家が私のおうち。だと言ってみたかった。
低いと言っても、ハードルはハードル。
それは、勇氣が必要だったから、こう言えば勢いがつく氣がして。
ねーさんは「いってらっしゃい」と言ってくれた。
「ただいま」って言ってみたかったなぁ。
人間って次々と欲が出てくるんだな。

電車に乗って、実家のある駅まできた。
行ける範囲だけでも行ってみようかな。
ねーさん達に服を買ってもらったショッピングモール。
ねーさんに内緒だって言って何度か美樹ちゃんが連れてきてくれたアイス屋さん。
お花見した公園。
ピクニックした河川敷。
地元だから、しんどい思い出しか無かったけど、この数ヶ月のおかげで幸せな場所に変わった。
こんなにたくさんの人が居てるのに、誰も自分を知らない。
知っている人が居たとしても、変わらない。
みんなが居る家から出るとやっぱり私は透明人間。

最後は、ぼぼちゃんたちが真ちゃんを呼んでくれた神社。二駅以上歩くとさすがに疲れた。
久しぶりに来たけど、相変わらず綺麗な空氣だった。
ここの狛犬さんの隣で昼寝をするのが好きだった。ここで夕方までぼぼちゃんたちと遊んで、狛犬さんと話して。
真ちゃんが言ってた大きな龍さんはここの神さまなのかな。会ったことなかったな。
会ってみたかったな。
きっとぼぼちゃん達と遊んでたのも見ていてくれてた。狛犬さんの隣で昼寝したら、またぼぼちゃんたちが会いに来てくれるかな。

今度はもっと遊ぼう。
今度は、もっと強くなるからね。
一緒に来世行こう。

狛犬さんの隣に座る。夕陽がキラキラしてる。
足元に丸を7つ描く。ぼぼちゃんとこうやって遊んだ。石を1つづつ丸の中に入れて、石のない所までジャンプ。

一番向こうの丸まで跳んだら行こう。

「ぼぼちゃん、行こう」
前みたいに、足元にぼぼちゃん達が居るような氣がした。
兄ちゃんは私が居てもいい魔法使いのお城へ連れて行ってくれると言った。
けど、魔法使いのお城について行って向こうで兄ちゃんの迷惑になるわけにいかない。
私はどこにいても迷惑をかける。
だから、これ以上兄ちゃんにも、みんなにも迷惑をかけないところに行くんだ。

ふと、昔、ここで真ちゃんと遊んだ時の風景が浮かぶ。
ここで本を読んでくれたり、あやとりや折り紙やかくれんぼをした。
お友達としてみたいと思っていたあそびをしてくれた優しい魔法使い。
怖いものから、心細いときに守ってくれた魔法使い。
また前みたいにここで遊びたかったな。
木に歌を聞いてもらうと言っても笑わず聞いて一緒に公園に行ってくれた。
来世にもそんな人、いるかな。

急に後ろ髪を引かれ出す。
ダメだ。このままだと、いつものように怖氣つく。
寒い中、野宿は勘弁だ。

石を一番遠い丸に投げる。
勢いがついて丸からはみ出て転がる。

なんて出来すぎた話。
龍の神さまが最後にプレゼントしてくれたのかな。
鳥居の下に真ちゃんの姿が見えた。

きっと、龍の神さまが一番喜ぶ幻をプレゼントしてくれたんだ。
ぼぼちゃんたちの幻も見えるかもしれないと思って、足元を見るけど、ぼぼちゃんたちは居なかった。


「何でここに居るんかな」
真ちゃんの幻はそう言って境内に入ってきた。
それは、今日、ここに居るはずがない真ちゃんで。でも、やっぱり最後に会いたいと思ってた真ちゃんだった。

現実にこんなことは起きるはずがない。
神さまのプレゼントだ。
ハードルを越えたら、来世へ行こうと思ったけど、神さまの為に働きたいかも。最後に叶えてくれたからお礼をしなくちゃ。
「こんなに寒いのに何してるん。手、めっちゃ冷たいやん」
神さまの幻は、触れる感覚まであるんだ。

「なぁ、キリエ、帰ろう」
これは、神さまがくれたプレゼントなのか、それともまだ修行が足りないという試練なのか。
あの世へのハードルを越えようとすると、いつも、色んなカタチで私を此岸が引きとめる。


ついさっきまで、夕陽が輝いていたのに、もう辺りはずいぶんと暗くなりだしていた。

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