Another story 19-2.内緒の約束。

楽しかったお正月も終わり、3学期が始まってしまった。
3学期、行きたくないと思い続けていた宿泊学習という名のスキー学習がある。
スキー学習に向けて学校では盛り上がっているけれど、楽しみにする理由がわからない。
行きたくなさ過ぎて3学期に入ってから、調子が悪い。
せめて体調くらいマシだったら、我慢して登校するのも楽なのに。

「年末一緒に居ったん誰なん?」
同じ学年の名前も知らない子。
いきなり何やの。
「4人で居ったやん。あれ兄弟ちゃうやんな?」
いつのことやろ。4人ってことは、ねーさんと美樹ちゃんと真ちゃんと居る時のことやんな。
「兄弟違うけど」
聞くだけ聞いて笑って去るって何?
関係ないや。めんどくさい。
後ろに嫌な色の空氣があった。
追求したって、面倒なことになるはず。

最低限しか関わってないのに、面倒になった。
担任の先生に呼び出されて職員室なう。
割と人氣があるみたいだし、悪い先生じゃないと思う。ただ私には合わない。
「年末、居酒屋に居ったらしいやんか」
ああ、真ちゃんの忘年会の日かー。
「なんでそんな所に居ってん」
「食事してました」
「わざわざ居酒屋で」
「そうです」
「年末だけでなくてな、家に帰らんと悪い仲間と連んでるって話も聞くんやけど」
「悪い仲間?」
「年末もそいつらと居ったんちゃうか?」
「悪い仲間ではないです。家族です」
「家族なぁ。家に問い合わせてもええねんで」
「大丈夫です。」
「おうちの方は何も言わないからまだ大ごとにはなってへんねんで。学校から誘拐されていると通報して家に帰るようにしてもええねんで。1年のうちから家には帰らない、夜出歩く、学校には来ない。スキーには来ないとあらかじめ言う。いつの時代やねん。せめて家に帰って、ちゃんと学校来て。夜遊び出来る年になったらしたらいいから。悩みがあれば友達に言えばええやん、この歳からわざわざ悪い仲間と連む必要ないと思わんか? 他の生徒にも影響あってからじゃ遅いと思わんか?」
悩みがあれば友達に言えばって、助けてくれる人に言って帰ってないんだけどなー。他の生徒に影響ってなんだろう。
めんどくさいなぁ。
そうでなきゃ、見える所だけ取って、私を助けてくれてるのにみんなが悪いことにされるのは嫌。
頭、痛くなってきた。
ちゃんと学校にもスキーにも行けば何にもされないのかな。
「まだ男を作るのも早いと思うで。大人に憧れるのはわかるけど、中学生と付き合うようなヤツなんてロクなヤツおらんで。中学生は中学生らしい生活していればいいねん」

中学生らしい生活ってなんだろう。
男を作るって何?
私は中学生らしくないのかー。
私、普通にしてるつもりだったのになー。
なんか、全部めんどくさい。
何て簡単なこと。
いつも頭にあるのに。
みんなが悪いことにされることもなくなる。
今の私が中学生らしくないというなら、どうしたらいいかわからない。

そろそろ、来世に行こう。
考えるの疲れた。
誰にも言ってないから、みんな学校に行ってると思ってるから、此岸もきっと引き留める方法もないだろう。
ようやく毎日学校に来て教室で授業を受けることとスキーに行くことで、学校からは通報されるということは免れた。
これで安心。
学校にもスキーには行かないけどね。
最後に私が居たのは、学校。
だから、私が帰らなくてもみんなは悪くならない。

学校を出て、駅に向かう。
山に行けば、誰にも見つからずに来世に向かうことが出来る。
秋に連れて行ってもらった山にちょうど良さそうな所があった。そこなら今からでも行ける。
名札もカバンもブレザーも学校に置いてきた。
持っているのは、お財布とぼぼちゃんのキーホルダー。
「寒っ」
セーターは着ているけど、1月の夕方はやっぱり寒い。
ブレザーはギリギリまで着ておけば良かったかな。でも、脱ぐの忘れて私の身元が割れたら困るからいい。
私はいつも詰めが甘くて、ボロを出してしまう。
そんなことになるくらいなら、どうせ来世へ行くんだ。少し寒いくらい我慢しよう。

電車に乗って、終点まで行く。
もうだいぶ暗くなっていて怖いけど、ここで怖がっていたら来世に行けない。
秋に歩いた道を思い出しながら歩く。
大きな道に出てしばらく歩けばお店の看板が見えてその先に川があるはず。そこから山に入れる。
山の中の道なのに、車が結構走っていた。
抜け道になってるって言ってたからかな。車で来るとすぐに思えたけど、歩くと結構な距離がある。

車で来世に行くのはごめんだ。山の中がいい。
山の中でせめて最期くらい食物連鎖に滑り込んで役に立ちたい。氣をつけて歩かなきゃ。
無心で歩いていたら今日の煩わしい話がずっと前のことに感じてきてくる。
途中のレクリエーション施設の駐車場で暖かいコーヒーを買った。
コーヒーは飲めないけど、暖かいものが欲しかった。
コーヒーで暖を取りながら歩き始める。
川はまだ見えない。

自分の呼吸の音しか聞こえなくなってきた。
時々足がもつれてコケそうになりながら、川を目指した。
目印になる看板が見えた。
もうすぐだ。
橋を渡っていると車が私を追い抜いた。
この先に家があるのか。知らなかった。
この先のお店はもう閉まってるはず。計画変更しなきゃいけないかな。
計画変更、考える力、残ってないよ。

ちょっと休憩。
お店の駐車場で休憩しようと進んだけど、さっき私を追い抜いた車が停まっているのが見えた。
見られて記憶に残ってしまうのはまずい。
戻らなきゃ。
なんか、私、逃亡犯みたい。
ただ来世に行きたいだけなのに、世知辛い世の中だなぁ。
元来た橋に差し掛かった時に、後ろから肩を掴まれて一瞬息が止まった。

「何でここおるねん」
走ってきたらしい後ろの人も息が上がってる。
走れば逃げられるかな。走るの苦手だけど、火事場の何とかっていうし。
「どこ行こうとしとってん!」
知ってる声だ。

そんな出来すぎた話があるわけない。
此岸が私の本氣を試すために、幻聴を効かせてるんだ。
「怒らんから教えて。何でそんな格好してここおるねん」
姿を確かめると間違いなく真ちゃんで。
何でここに居るんだろう。

こんな出来過ぎた話のような事が何度も起きるはずない。
やっぱり此岸が私を試してるんだろう。

今起きていることが理解出来ずにボケーっとしていると、コートをかけられて車まで連れて行かれた。
また失敗した。
此岸は、何者なんだろう。
どうして魔法みたいな事をしてまで引き留めるんだろう。

車の中は暖かくて、急に寒く感じて体が震えてきた。
「震えてるやんか。上は?カバンは?」
聞かれるけど、答えられないほど寒い。
会っちゃった。
最後に私を見るのは、学校の人じゃないとダメだったのに。
毛布も追加されるけど、まだ寒い。

真ちゃんはどこかに電話した後、また後ろの席に戻ってくる。
「美樹に言うたから、ゆっくり帰ろうか。こんな所歩いてる思わんかったからびっくりしたわ」
帰りたいけど、帰ればみんなが悪くなってしまう。何にもしてないのに、私を助けてくれてるのに悪い人になってしまう。
それは嫌だ。
まただ。
大切な事だから、私は帰らないと言わなきゃいけないのに声が出ない。
いつも話すように言おうとするのに、声が出て来ない。

「まだ冷たいな。熱だすなよー」
真ちゃんがギューってしてくれると面倒なことも来世に行くこともどうでもよくなるなー。
あったかくなってきた。
「まーた、なんか思いついたんやろー。そんなんばっか思いつかんでええねん」
またって何。常習みたいに言わないで。
次こそは完璧な計画だったのに。
こんな魔法みたいなことさえなかったら、誰にも氣付かれず山の一部になって来世に行けたのに。


「起きた?もうちょい寝ててええで」
寝てしまってたみたいだ。
車は見慣れた国道を走っていた。
10分もすれば家に着いてしまう。
「真ちゃん、ごめん、ここで降りたい」
家に戻ったら、ダメだ。
何なら、こんな所まで戻ってしまってるのも大失敗。

別に大人に憧れているわけじゃない。
背伸びしてたいわけでもない。
私のことを見てくれる人たちが、私が居ると言ってくれる人たちが大人だっただけなんだ。
私が一人場違いなのはわかってる。
それでも、私が居ても一緒に笑ってくれるんだ。
初めて会った優しい人たちを悪い人にしちゃダメだ。

自分が存在したいと思う場所を知ってしまったから、もう私が居ない場所には戻りたくない。
それは耐えられない。
私が来世に行けば、みんなが悪い人にされることも、他の生徒に影響させちゃうこともない。

答えは一つだけの簡単なこと。
みんながハッピー。
私も、今度こそ何も考えなくても存在する所に行ける。
兄ちゃんは私で居られる場所へ呼んでくれると言った。それが出来るまでの間待っているつもりだったけど、そんな時間はなくなってしまった。
みんなを悪者にして、私だけが穏やかな場所へ行って良いわけがない。

車がコンビニの駐車場に停まった。
これで本当に終わりだと思うと、未練がたくさん出てくる。
全部置いて行こうと思ったけど、ぼぼちゃんは連れて行こう。
ドアが開いて、真ちゃんがまた後ろに来る。
「何で?家はまだやで」
何で。を説明するには時間がかかり過ぎる。
それに、そんな理由を言いたくない。

「言うまで降ろさんで。何があってん?」
「何もない」
「何も無かったら、あんな所に行かんし、ここで降りるなんて言わん」
聞かないで。
自分の口から「自分がここに居なきゃみんながハッピー」なんて言いたくない。言ってしまったら、認めてしまうことになるやん。
私が今世に生まれたのは何かの間違いだった。と認めないと来世へは行けないのかな。
自分まで認めちゃったら、私は本当に間違いになっちゃうから認めたくなかったのに。

私が居て間違いじゃないとこ、行く。

声になったかどうか分からない。
でも、言葉にして空氣に乗ってしまった。
自分で認めちゃった。
「それはここちゃうねんな?」
真ちゃんの言葉に頷いた。
ここが良かったけど、ここじゃなかった。
「わかった」
良かった。惨めな話を全部言わなくても済んだことに少し氣が楽になった。
「展望台からがええか?その辺からよりええやろ。ここが間違いや言うなら、正しい所に行こう。今度は1人で行かさん。キリエが嫌がっても一緒に行く」
違う。
ここに居て間違いなのは私だけだから、行くのは私一人で良いんだ。
真ちゃんまで来世に連れて行きたいわけじゃない。

どうしたらいいか、もう分からない。

結局、負けた氣がしたけど今日言われたことを全部話した。
そして、私が居なくなれば全部問題が無くなると思っていることも話した。
真ちゃんは何も言わずに、全部聴いてくれた。
「大丈夫やで。そんな事になっても何とか出来る。心配せんでいい。こんなしょうもない事で来世なんて行かんでいいねんで」と言った。
私にとってみんなが悪い人になってしまうことは重大な問題だったのに、しょうもない事で終わるなんて納得がいかない。
「それでも来世へ行きたい言うんやったら、一緒に行く」
「今、来世へ行ってしまったら、学校での話を間に受けたことになるで。それって悔しくない?何年も何年も考え続けてたことなのに、こんなしょうもないことが原因やって思われるのは嫌やわ。どうせ来世に行くなら、もっと完璧な計画を立てようや。」
「完璧な計画?」
「そう。1人で思いつきでコンビニ行くみたいに行こうとするから此岸が引き止める。此岸が引き止めるのを諦める位に完璧なものを作ればいい。」

此岸が引きとめるのを諦める程完璧な計画。
魅力的に思うけど、どれが完璧だというのか。

「まず、キリエ1人で行こうとするのが違う」
いきなり納得いかない。
来世に行くのは私一人でいいはずだ。
「だって、そうやろ。いつもワタシが邪魔してるで」と笑う真ちゃん。
そう言われてみるとそうだ。
「発想の転換ですよ、キリエさん」
発想の転換?
「邪魔してるでなくて、一緒に行かないとあかんからその場所に現れたって思わん?」
え?思わない。
「いつも先に行かしてしまってんねん。だから次は一緒に行かないとあかんのやわ。」
何か一人で納得してるけど、全く話が見えません。と思うと同時に、目の前で青い大きな布がはためいた映像が流れた。

前も見たことがある。
青い布。なんだろう。
「次、場所。あの山でも、この間行こうとしてた川でもない」
「じゃあ、どこ?」
「わからん!」
ヽ(・ω・)/ズコー
「まだ、その場所を見つけられてへんってことやろ。探そうや。色んな場所行ったら見つかるはずやで」
また、青い布が風にはためいて、今度は高い所から広がる緑の森を眺める映像。

「だから、1人で行こうとせえへんって約束な。でないと次もまた歪みが出る。」
また歪みが出る。ってなんの事だろう。
「約束出来る?」
確実に来世に行くためなら。
頷いた。
「オッケー、絶対やで。来世はコンビニちゃうで」と笑う真ちゃん。
「じゃあ、この完璧な計画通りに行くには…どうすればいいと思う?」
どうすれば…。
「此岸に邪魔されないこと?」
「そう。だから、この計画は誰にも言わないこと。キリコにも内緒な。」
ねーさんにも言えないんだ。
「言いたくなるかもしれへんけど、キリコが邪魔せんかったとしてもどこから邪魔が入るか分からんで。」
「で、次の邪魔。これはキリエが心配してるヤツ」
今日の話?
「これあんまり邪魔ちゃうねんけど、心配は無くそう。ホンマに大丈夫やで。大人が汚い手でそんな心配けしかけてきたとしてもな、大人の手で対抗したるわ。詳しくは言えんけど美樹もキリコも大丈夫。意外と切り札持ってんねんで」と真ちゃんは大人な顔をした。

「でも、切り札やから今、キリエが学校行ったらそんなんして来ないんやったら、行ってくれたら話は早い。けど、来世へフライングしようと思うくらいやったら行かんでいい。そっちのが嫌や。どうする?」
私が行けば、ひとまず大丈夫なら頑張る。
来世へ行けることが確実になるなら。
もう少し難儀も越えよう。
「絶対1人で向かったらあかんで。これは多分知らんかったんやろうけどな…」
私の行きたがってる来世へは呼ばれるタイミングがあること。
そのタイミングを間違えると、未来永劫来世へは行けないこと。
今まで私が此岸に引き止められたのは、タイミングが違ったから。
此岸は私を困らせるために引き止めたんじゃなくて、確実にに来世へ行くため。
1人で向かったらダメだったから引き止めた。
此岸は、私の敵ではなくて味方だった。

「今日、こうやって引き止めなかったらこの話は出来なかったし、一緒に行くのが第一条件だと分からなかったやろ」
本当に私が1人では行ってはいけなかったのかな。
でも、まだ一緒に行こうとしたことなんてない。
1人で行こうとして、何度失敗してるだろう。
そう考えたら、納得出来るかもしれない。

「全部の条件が揃わないとそのタイミングは来ないから、絶対1人で行ったらあかんで。相応しい場所をこれから探してこう。絶対見つかるから。約束やで」

来世へ行くのがこんなに難しいとは思わなかった。
けど、確実に私が居てもいい所に行けるならそのタイミングを待とう。
家に入る前、「キリコにも内緒やからな」と真ちゃんが言った。
うん。内緒。

この内緒が褒められるものじゃないことも分かっているけど、今の私の希望になった。

帰宅して、薄着で出歩いたのが祟ったのか熱を出してしまった。
先生が来てくれて、点滴。
熱が出た時の点滴はあんまり好きじゃないけど、ちゃんと朝には熱が下がるから我慢。
約束してすぐに学校を休むわけにはいかない。
明後日からスキー学習だから。
スキーはやっぱり行きたくないけど、来世へ行くための場所の下見に行くと言うことで自分を言い聞かせた。

自分が訪れる場所。
これは全部縁がある場所だと真ちゃんが言っていた。
スキーで行く所は自分から行こうとは思わない。でも、もしかしたら、その場所かもしれない。
スキー学習から戻ったら、今度は真ちゃんが行く時から楽しみになるスキーに連れて行ってくれるとも言ってた。

だから、ここで熱を出して休むわけにいかないんだ。