Another story 23.新しい方法。

長い終礼が終わって、ようやく解放されると心なしか氣楽になりながら階段を降りる。
誰かとすれ違いざまに頭に衝撃が走って、氣が付くと踊り場にいた。
後ろで大きな笑い声がしてる。
階段から落ちるとか鈍臭いにも程があるけど、そこまで笑わなくてもいいじゃ無いかと思いながら下を向くと勢いよく血が落ちる。
どこかぶつけたのかと怪我の場所を探すけど見当たらない。器用な落ち方をしたみたいで全身が痛いから特定が面倒だ。
ほとんど使われない階段を降りていて正解かもしれない。メインで使われてる階段でこんなことになってたら恥ずかしいことこの上なかったろうな。
「鼻血かぁ」
息がしづらいのに氣が付くと同時に出血元確認。カッコ悪すぎる。
無意識に腕で顔を拭ってしまい袖に血がついてしまった。
「あ、やば」
意外と出血していたようでセーターに派手に血痕が。
帰ってダッシュで洗濯しよ。
今日は幸いなことにお迎えがない。


膝から落ちてしまったから帰りの電車に乗ってもまだ膝はズキズキしたままだったけど、何とか家に帰る。
誰もまだ帰って無くて、車は無い。
電車を降りた時はもう18:00を過ぎていたから早くしないと真ちゃんが帰ってきてしまう。
今日に限って電車を待ってる間に寝てしまった。
家に入ってそのまま洗面所へ行ってセーターを洗う。
うっすらと残っているけど、洗濯機にかければ多分落ちる程度だ。
ホッとして氣が抜けたのか急に頭の痛みと目眩がした。
階段で落ちた瞬間、衝撃があった右耳辺り。
「あれ?何か変」
座りこんでしまう。
リビングに戻ろうとするけど、耳鳴りと目眩で世界が波打つ。


もしかして、打ちどころ悪かったのかな。
階段から落ちて、時間差で死亡とかカッコ悪すぎる。
けど、死亡場所が学校じゃなくて良かった。
這いながら廊下を進む。
貧血かもしれない。目の前が真っ暗だ。
部屋に入った瞬間、急に寒くなる。


怖い、怖い、怖い。
怖い感情がまとわりつく。
さっき聞いた笑い声がする。
ねーさん達の笑い声みたいな優しい音じゃない笑い声。
冷たくて痛い笑い声。
あの笑い声は好きじゃない。
けど、私が一番聞いたことのある笑い声だから、きっとねーさん達の優しい音の笑い声のが珍しいのかな。
ねーさん達の笑い声聞きたいなぁ。


目が覚めた。
リビングからねーさん達の声がする。
いつお布団に入ったっけ。
起き上がろうとしたら身体中が痛い。
階段から落ちたからか。
「今何時?」
時計は23時過ぎ。結構寝たな。


「あ、きーちゃんおはよー。ちゃんとお布団で寝なきゃ」
リビングに行くとみんなが帰ってきてる。
貧血で部屋に何とか戻ってそのまま寝てしまっていたらしく帰ってきた真ちゃんが発見してお布団に連れて行ってくれたらしい。
お手数おかけしました。




翌日、登校するといつも以上に痛い笑い声が降ってくる。
昨日の階段落ちのせいみたい。
配られたプリントを畳んでいるタイミングでまた頭に衝撃が走る。
頭に何かぶつかった衝撃で畳んでるプリントで指も切った。
煩わしい。
切った指先から滲む血を見た瞬間、煩わしい音が消えた。
血を拭ってしまって血が滲まなくなった瞬間、音が戻ってきた。


血が滲んだ時、確かに音が消えた。
一瞬だけど、穏やかな空氣に変わった。


終礼が終わって人が少なくなり出した頃、また痛い言葉と笑い声が降ってきた時、ちょっとした好奇心が生まれた。
荷物を持って教室を出る。
トイレに入って筆箱からカッターナイフを取り出す。
カッターナイフを腕に走らせると一瞬暖かい感覚。その後すっと涼しくなってまとわりついていた煩わしい空氣が消えた。


血が流れる間、煩わしい空氣から解放されると分かって随分と氣が楽になって、何かをぶつけられようが痛い言葉や笑い声が降って来ようが学校を1日凌げるようになったし、帰って寝てしまうことも熱が出ることもない。
このまま3学期も終われそう。
血が流れるのが長ければ長いほど多ければ多いほど解放される時間は長いことも何度と繰り返すうちに分かった。
カッターナイフではすぐに血は止まるから、最寄り駅から二駅、三駅歩いて電車代を浮かして切れ味の良い剃刀を買う。
難点は1日か2日で使えなくなることと、帰ったらみんなが帰る前に制服を洗ってしまわなきゃいけないこと。
多分、知られたらねーさん達を心配させてしまうから。
せっかく「最近調子良さそうだから良かった」ってねーさんが喜んでくれたから心配させたくない。
この方法を発見してからも、階段から落ちたし筆箱も上靴もノートも無くしてしまった。
多分、全部買い直したら不自然だから、新しいのは買わずに隠し通すことにした。
学年末テストが終わったから、家で勉強しなくても不自然じゃないから良かった。


何とか氣楽に過ごす方法を見つけたとは言え、1週間通して学校に行くとハードでようやくやってきた休日。
美樹ちゃんに自販機でジュース買ってきてとおつかいに頼まれた。
天氣がよくて氣持ちいい。


「酷い腕だこと」
自販機からジュースを取り出そうと手を伸ばした時、上から声が聞こえてきた。
声の元を探すけど誰も居ない。
「肌色もマダラで醜い化け物みたい」
やっぱり居ない。
「嘘ついて騙して、なんて卑怯なんだろうね。存在自体嘘だからそんな事は氣にならない?」
学校で聞くのとは違う嫌な音。誰も居ないのに真後ろに何かが居る。
「もうボロが出始めるかもね。誰もお前の味方なんてなるわけがない。居るだけで迷惑。笑ってやってるのに図々しくそれを嫌がる」
「生まれてきたのが間違いだね」
「最大の過ちは生きていること」
「おいで、跡形もなく消してあげよう。未来に夢なんて残らないくらいに消してあげよう」
急いで家に戻る。
なんなんだ。
生きてることが間違いって言われなくても分かってる。
早く消えたいけど、あんな得体の知れないヤツに消されるくらいなら自分で消える。


声は家の中に入るまでついてきた。
何だったんだ。
急に走ったから息が苦しい。
深呼吸してリビングに行く。
リビングのドアを開けると、ねーさん達が一斉に私を見る。
ねーさんが私の前に立つとパーカーの袖を上げた。咄嗟に隠そうとしたけど間に合わず、腕を引いてもねーさんの力には敵わなかった。
「なんでこんなに傷が増えてるの!?」
何でねーさんは氣が付いたんだろう。上手に隠してたのに。
「いつやったの?何で黙ってたの!」
怒ってるはずなのに何でこんなに悲しい空氣の色をしてるんだろう。
何で上手に隠しきれなかったんだろう。
「キリコ、ちょっと落ち着け」と言って美樹ちゃんがねーさんをソファーに連れて行った。


「ほら、見つかっちゃったー。醜い傷バレちゃったねー。こんな醜い化け物、この家から追い出されるねー」
さっきの声がした。
うるさい、うるさい、うるさい。
「ほら、追い出される前に逃げたら良いのに。それとももっと醜く血塗れになって命を断つ?」
「早くしなよ、化け物」
「大事にしてくれたのにねー。裏切って傷付けて。氣持ち良いくらいに恩を仇で返す」
「早く、今のうちに逃げろ。この家から出て消えてしまえ」
うるさい、うるさい、あんた達に言われなくても分かってる。まとわりつかないで。


「キリエ、ちょっとごめんやで」
真ちゃんが隣に来て私の背中に何かを書くと3回叩く。
背中に何か書かれている間、急に目が回り出した。けどあの不快なもの達の声が消える。
「オッケー、ちょっと座ろう」
真ちゃんがソファーに連れて行ってくれるけど、この後の展開はいくら私が馬鹿であろうが分かる。


美樹ちゃんが何でねーさんは急に怒ったのかを聞くと、ねーさんは制服のブラウスとセーターを机に置いた。
見つかった?
ちゃんと血を抜いてから洗濯機に入れたのに。
咄嗟にブラウスとセーターを取る。


「ホラ、嘘吐き。もうバレてる。だってお前は馬鹿なんだもん。出来損ないが上手く隠し通せるわけがない」
「あーあ、終わりだねー。終わりだ終わり」
「さぁ、消えてしまえ」
「ほら今なら逃げ出せるよ、出来損ない」
また聞こえ出す。
本当に不快だ。
話を上手く逸らしたらすぐに消えるからお前たちはどっか、行け。


「キリエ、食われんな。大丈夫や」
真ちゃんの声がする。
食われる?
あの声に食われそうになってるのかな。
食われたらどうなるんだろう。消えることが出来るのかな。
いつも迷惑かけてごめんなさい。
心配かけてごめんなさい。
ここに居て、生き続けてごめんなさい。


あの後、みんなにとても心配かけてしまったことを知って謝りたかったのに、いつものように過呼吸を起こして熱まで上がってしまった。
こうやって逃げてしまうのも嫌だ。
いい方法だと思った。なのに心配かけてしまった。
何で私の思うことが全部裏目裏目に出ちゃうんだろう。
「それはまだ子供やからやで」
点滴をしてもらってる間、付いていてくれてる美樹ちゃんにごめんなさいと言った。
「きーちゃん、前に言うたん覚えとる?」
前に…。
「きーちゃんが自分で頑張ろうとして思い付いた結果がこれなんは分かったけどな、この方法をするよりも前に助けてくれ言うて欲しかった。それはみんな同じやねん。言うたやろ、学校だけが全てやない。そんなんで命落とすくらいなら行かんでええからな」
「ごめんなさい」
真ちゃんが部屋に戻ってきて美樹ちゃんと交代してくれる。
「真ちゃん、ごめんなさい」
「ホンマやで。びっくりしたわ」と少し笑うとすぐ隣に座った。
「散々美樹にお説教貰ったやろうし、まだ説教いる?」
「…いらない…」
「やんなーwじゃあなぁ…」
じゃあ?じゃあって何?
「よく耐えた。ああ言うの、一番タチ悪いねん」
どう言うこと?
「昼間、変な声聞こえとったやろ。アレ」
アレは何だったのか。
真ちゃんも聞こえた?
「アレはな、色んな人が落としてった思念が固まったものやねん」
「何それ?」
「キリエは知らんうちにネガティブに傾いてた。でな、それを拾ってしまってん。普通の少し敏感な人なら何や氣分悪いくらいしか影響受けんけど、キリエはガッツリ受信するでな」
受信したらどうなるの?
「キリエのネガティブな思考とミックスされるねん。良くないことが立て続けに起こる場所とかあるやんか。ああ行った所はそんなんが塊になっていて敏感な人ほど引っ張られやすいって聞いたことあるやろ?」
「私も引っ張られかけてた?」
「多分、そのまま引っ掛けてたままやったら、明日以降学校で何かあったら最悪、自殺してたか相手を殺してたか…」
え?やだ、それ怖い。
「けど、ちゃんと耐えて引っ張られんかったやろ。だから大丈夫やで。熱出したんもオーバーヒート起こしただけやからすぐ下がるわ」
「オーバーヒート?」
「そう。アレ消したから」
「誰が?」
「キリエ」
「うそ。真ちゃんじゃないん?背中に何か書いたやん」
「あれは剥がしただけ」
剥がす?何それ?そんなの出来るん?
「出来るで。慣れたら自分で出来る。キリエも出来るようなりたい?」
そもそもそれがよく分からないからなぁ…。
イメージが出来ないや。
真ちゃんが言うには私にはあれらを消すことができるし、ある程度力を付けたらああ言ったものが塊になっている所を通るだけで消していけるようになるだろう。
けど、その力を付けるまでにはもっとやらなきゃいけないことがあるし、その前にキャッチしてしまわないように訓練しなければいけない。
私がやりたいなら、教える。キャッチしないようにするのはやったら良いけど、それ以上のことは別にやらなくてもいいからよく考えてみたらいい。と言った。




「痛くない?先生に見てもらう?」
「痛くは無いねんけど、これどないしよかwww」
車に乗ると真ちゃんがシャツを上げる。
開けたばっかりのお臍のピアスの上に貼られたガーゼはだいぶ血で滲んでる。
「これ、乾いて引っ付いたら剥がすの痛そうやな。取っとこうか」
「ダメ!バイ菌入ったらどうするん?めっちゃ血が出てるのに。何でそんなにあけたん?」
今日、真ちゃんが迎えに来てくれてその足で真ちゃんの知り合いのお店へ。
そして真ちゃんは耳とお臍にピアスを開けた。けど、一昨日も耳に開けたと聞いてお友達が「普通、そんなに一氣に開けへん」と言ってた。
でも真ちゃんは氣にせずに開けてと言って開けて貰ったけど、お臍のピアスからの出血がなかなか止まらないらしい。
スタジオから少し離れた駐車場に着くまでにシャツに血が移るくらい出血が止まってない。
「キリエと同じだけ開ける」
真ちゃんは私の左腕を取る。
「無理に止めろ言うてキリエの行き場が無くなるくらいならいくらでも切ったらええで。同じだけピアス開ける。キリエ1人で痛い思いはせんでいい」


ねーさん達に見つかって心配かけてしまったのはよく分かっているけど、あれから学校へ行くとエスカレートした悪意に耐えられずまた切ってしまった。
一昨日の真ちゃんのお迎えの時にバレてしまった。
そして、今日切ったこともお迎えに来て貰ってすぐに見つかった。
そして、真ちゃんはそのままピアスを開けに行った。


「何で?真ちゃんがこんな痛い思いせんでいいやん」
「キリエもそうやんか」
私は…自分が学校を終わるまで耐える為だから。私が弱いからこうしてるのも分かってるけど、血を流してやってくる静寂がないと学校が終わるまで耐えられる自信がなかった。
「キリエが何でこんなに開けるん?って思うくらい、ワタシらは何でこんな傷付けてまで学校行くん?って思うねん。キリエは何にも悪くないのにこんなに傷を増やさないとあかんねんって。傷が増えるくらいならみんな言うてるけど学校なんて行かんでいい。通報されても何とかなる」
みんな私を置いてくれてるのに通報されるなんて嫌だ。私が我慢すればみんなが悪く言われないなら、傷が増えても学校に行って我慢する方がマシだ。
「うん、分かってる。だから、キリエの思うようにしたらええで。キリエの傷が増えたらその数だけピアスを開けるのはワタシの好きでやることやでキリエは氣にせんでいい」
訳わからない。なんで私の傷の分まで真ちゃんが痛い思いをしなきゃいけないんだ。
「言うたやん。1人で痛い思いをせんでいいって。ピアスくらいじゃキリエが感じる痛みと比べもんにならんやろうけど、ワタシの自己満足や。キリエの痛みを共有する」
どうしたらいいんだろう。これ以上、真ちゃんが無駄に痛い思いをして欲しくない。
こんなに血が出てるのは私が弱かったから。
けど、明日から止められるかと言えば言い切れない自分の弱さが嫌だ。


「マジで?そんなん無理やろ!」
電話する真ちゃんの声で我に帰る。
「いや、無理無理無理!おい、アフターフォローないんかいwww」
『だからちゃんと教えとるやんか。取り巻きの誰かに貰ったらええやんか。一緒に来とった子も持っとるやろ。そう言うことなんで!忙しいから切るで!』
電話が切れる。最後の方は聞こえたけど何の話?
私も持ってる?
真ちゃんが私を見る。
天使が通る。
「いやぁ…」と言いつつ、項垂れる真ちゃん。
「どうしたん?何?」
「いやぁ…とりま、行くか」と言ってエンジンをかけて車を出すけど氣になる。
「どうしたん?」
「いや、大丈夫!氣にせんで!」
「氣になる!さっきのお友達と電話してたんやろ?何て言われたん?大丈夫なん?」
信号が赤に変わって、真ちゃんは黙って私を見る。
だから何?氣になる。
しばらく追及するけど「大丈夫!」と「氣にせんで」を繰り返される。
本当に大丈夫なんだろうか。
そんなことを繰り返しているとコンビニに到着。
「ホンマごめん!変な意味ないからな!」
「なに??」
真ちゃん、顔怖いよ。


「多分これだと思うんだけど…」
買い物を終えて後ろの席に乗る。
「ホンマごめん。カッコつけたくせにカッコ悪いですな…」
コンビニに車を止めて頼まれたお使いはナプキン。さっきピアスを開けてくれた人に血が止まらないと電話したら2、3日止まらないかもしれないから当てておけば良いと言われたらしい。
最初は家まで何とか耐えてガーゼを取り替えようと思ったけど、ジーパンが当たるし血が染みたガーゼが氣持ち悪くて耐え切れなくなってきた。
ねーさんなら確実持ってるだろうけど、そんなのをくれなんて口が裂けても言えないし自分で買いに行くのも家の近所まで来てしまったから嫌だし…と言うことでおつかいを頼まれた。
私も買ったことが無かったからどれが良いか分からずに悩んだけど、真ちゃんの一大事だから頑張って買ってきた。
「真ちゃん、ごめんね…」
私がちゃんと我慢出来てたらこんな事にならなかったのに。
「いやいやいや、これは想定外やし、ワタシが勝手に開けたし」
でも、やっぱりこれは私が我慢したら開けなくて済んだ。
「泣かんで。キリエは何も悪くない。けど…」
「けど?」
「キリコには絶対内緒な!こんなん使っとるのバレたら変態扱いされる。あと、もしこれ足りなくなったらまたおつかい行ってくれると嬉しいwww」
そんなおつかい位、いくらでも行く。ねーさんにも内緒にする。だから早く治って。
弱くてごめんなさい。