Story 25.家族会議。

「そんなこと出来るわけないじゃん。正氣?」夕食の後、きーちゃんは疲れたのかすぐに寝てしまった。私、旦那、アキちゃんの3人で晩酌タイム。アキちゃんは、きーちゃんがまだアキちゃんと居たいと言ったのを聞いて滞在を延ばした。真ちゃんは夕食もとらずに部屋から出てこなかった。さっき、3人で何を話したのかを聞いてみた。そして、アキちゃんが何をしようと思ったのかを聞いて思わず叫んでしまった。アキちゃんはきーちゃんから、実家での今までのことや学校でのことを聞いていた。それを聞いて年末から自分が今メインで生活している場所へきーちゃんを連れて行こうと思っていたと言った。その時はきーちゃんがパスポートを持っていなくて取得するのは日程的に厳しく諦めた。だから今日帰ってくる間に最悪すぐに連れて行けるように向こうでの準備を整えてきーちゃんの様子を見に来た。帰ってしばらく様子を伺っていたら、きーちゃんは私と楽しそうにしているし、これくらいの子はやっぱり異性である自分と一緒に過ごさせるよりも私と一緒に過ごさせた方がきーちゃんのためになるのではないかと思って一人で帰国しようと思ったけど、きーちゃんの腕の傷を見つけてしまった。だから、やっぱり肩身が狭く辛い場所であるここでよりも自分の元に連れて行こうとしたと。
国内ならまだしも海外。アキちゃんは元々向こうで暮らしていたし、今、拠点は向こうだと言っていたから分からないでもない。きーちゃんを連れて行こうとするなんて。「向こうできーちゃんが難なく暮らせる保障なんてないじゃん」「ここよりもマシや」何でそんなこと言い切れるの。「きーちゃんは?きーちゃんが行きたいって言わなきゃそんなの出来るわけないし、お家の人はどうするの?まだ未成年なんだよ?」「実家へはどうとでもなる。てか、今更きぃを手放さんなんて言わさん」だからその自信の根拠はどこから来るのよ。「キリコが言うようにきぃはまだ子供や。だから後からどうにでもなる」「どうにでもって…そんなのアキちゃんがただきーちゃんを連れて行きたいだけやんか!」「それがどうした」それがどうしたって…。その言葉が返ってくるとは思わなかった。「何で多数に分からんものが分かるだけであんな扱いをされなあかんねん。しょうもない多数の人間が束になって居るよりもきぃ1人のがよっぽど価値がある。きぃはこんな所でしょうもない人間のサンドバッグにならなあかんような人間と違う。きぃは相応しい扱いをされなあかんねん、なのに何でこんななっとるねん」アキちゃんは隣で眠っているきーちゃんの腕を撫でた。1週間以上経ったけど、まだ痛々しさの残る、そして時間が経っても残るであろう傷。アキちゃんの言いたいことも分かる。だとしても余りにも現実的ではなさ過ぎる。「キリコは氣ぃつかんかったんか?きぃはその辺に居るような人間とは違うって」どう言う意味?「きぃはその辺で埋もれたらあかんねん。高貴な存在としてそれに相応しい扱いを受けて、相応しい働きをせなあかん。その辺におっていい人間ちゃうねん」 なんだろう、やっぱりアキちゃんとは根本的に感じ方が違うのだろうか。全く分からない。相応しい扱いと相応しい働きってなに?にしても高貴な存在って。「相応しい場所に居ないから傷付く。本来の力を活かせん。せっかく見つけたのに傷物になって朽ちて行くのを見過ごせ言うんか」アキちゃんも空中戦が過ぎる。理解出来なさすぎて目眩がしてきたわ。
「アキラ、話が飛躍しすぎや。キリコの理解が追いついてへん。前置きがないまま話を進めるな」旦那よ、ナイスアシスト。けど、旦那はアキちゃんが言っているのを理解しているんだろうか。「美樹は知ってるの?ってかアキちゃんの話理解してるの?」「全部は知らん。けど、きーちゃんのような感覚を持った人間が集まる所があって、きーちゃんもそこで暮らせば良いと思ったってのは聞いた」あ、なるほど。そういうことね。ってそんな場所ってあるの?その場所に行ったらきーちゃんはどうなるの?「きぃは雑音に惑わされんと隠すことなく自分の力を使えるし扱えるようになる。何より存在を否定されん」存在を否定されない。確かに今のきーちゃんにとったら一番必要なことかもしれない。いくら私たちは違うと言っても、それ以外では違うと言い切れない。だから、きーちゃんはここまで不安定でアンバランスになってる。「きぃは自覚ないかもしれん。けど、確かにきぃは他の人間とは違う存在や。それも分からんような人間が集まる所に居るのがあかん。もっと早くに行動するべきやった。後手後手になってしまった」アキちゃんは悔しそうな表情を浮かべた。私はと言うとやっぱりアキちゃんの言っている意味が理解出来ず、ただ混乱していた。きーちゃんは普通の人よりも鋭い感覚を持っていて、普通なら分からないようなものも感じ取っているだろうと思う。けど、アキちゃんの言い方だと、アキちゃんはまるできーちゃんを崇めているようだ。そこが理解できない。「崇める?」これを伝えるとアキちゃんは少し考えているようだった。「崇めてるんかもしれん。きぃが望むんやったら忠誠を誓って一生を捧げてもいい。きぃにはそれくらい価値がある」いや、だから何でそうなるの。物語の読み過ぎ、もしくは映画の見過ぎじゃない?それか、アキちゃんもう酔ってる?きーちゃんをかわいいと思うし、大事にしたいし変わりなんて無い存在だ。だけど、アキちゃんの言う『唯一無二である高貴な存在』とは意味合いが違う氣がする。「ホンマは今でもきぃが起きたら連れて行きたいと思ってる」「きーちゃんが望まなくても?」私の問いにアキちゃんは頷く。「そんなのアキちゃんの勝手やんか。きーちゃんが大事だって言うならきーちゃんの意思はどうなんの。勝手過ぎる」「きぃの意思を尊重したらこうなったやないか。きぃはまだ分かってへん。相応しい場所に行ったことが無いからや」「だからそう言い切るのがおかしいって言ってんの!」「じゃあ何で帰るたびにきぃはこんな不安定なっとんねん、倒れる頻度も増えてる、自傷も増えた、この家が避難出来る所なら良いと思ったけど結局悪化しとるやないか」「そうだけど!」「2人とも一回落ち着きや。そんだけ声荒げたらきーちゃん起きる」旦那の声に我に返った。
「きーちゃんを連れてくか連れて行かんかはさっき話ついたやんか」そうなの?「きーちゃんをどうするの?」「今のままや。このままこの家で育てる」旦那の返答にホッとする。ただ、やっぱりアキちゃんはまだ納得がいっていないようだ。「2年の期限付きでな」アキちゃんの言葉でまた緊張が走る。2年の期限って何?「2年したら中学を卒業する。そのタイミングで変わってなかったらきぃの意思関係なく連れてく」「だから何でそうなんの!」「キリコ、ちょっと最後まで聞いてやって」「2年の間にきぃの環境が変わってきぃがまだここに居たい言うなら諦める。2年あればこっちも全部準備が整う。だから2年間任せる。環境が変わらなかったら卒業後留学の名目で連れて行く」確かに今すぐ海外へ連れて行くよりは話が通る。けど、きーちゃんの希望はどうなるの。話は一旦ついたのかもしれないけど、これじゃただ先延ばしにしただけじゃない。
「キリコ、ちょっと聞いて」また頭に血が上りそうになった時、旦那の声がした。「何で2年後にきーちゃんはアキラの所へ行く前提で考えてるねん」旦那の言葉で一氣に冷静になった。「キリコ、まだ頭に血がのぼってるやろ。いつもやったら2年もあれば変えてやる言うのに」と旦那が笑った。「確かにな、アキラにここまで言われてカチンとは来た。アキラの言うことも一理はあるとも思った。正直、未だにどうしたらええかも分かってない。だから期限をつけた」どういうこと?期限とどう関係あるの。「さっき言うたやん。2年後きぃは中学を卒業する。今よりもずっと動き易くなるしきぃも成長する。その時にきぃに決めさせる」「さっききーちゃんの意思は関係なく連れてくって」「そんなもん変えさせる」だから、アキちゃんのその根拠のない自信は何処から来るんだってば。やっぱり目眩がしてきた。「こうやからそこから話が進まんねん」と旦那も頭を抱えてる。「真ちゃんは?なんて言ってるの?」「何で真弥の名前が出てくるねん。きぃの話やねんからアイツは関係ないやんか」いや、だって。ねぇ。真ちゃんの様子見てたら分かるでしょ。真ちゃんだって黙ってきーちゃんを手放すとは思えないんだけど。報われるアテのない想いを持ち続けるとも限らないか。
「真弥かてここで暮らして一緒にきーちゃん育ててるねんから関係無いとは言い切れんやろ」あ、旦那はそう取ったのね。旦那も氣付いてないのかしら。分かりやすくきーちゃんに好意を抱いてる雰囲氣出してるんだけど。
と思ってたら、真ちゃんが顔を出した。「ちょっと出てくる。アキラ、いつまで居るん」「いつまでがええ?きぃが居てって言う間だけ居ろうか」アキちゃん、絶対真ちゃんを挑発してるでしょ。しかも楽しんでる顔してるし。この兄弟、仲が良いのか悪いのか分かんない。「お前の家やで好きなだけ居たらええやんか。美樹、またコイツが出たら教えて。残りの荷物取りに来るわ」「荷物?」「コイツと顔合わせとったらこっちの精神がやられるわ。付き合いきれん」「ちょっと待って、どこ行くつもりなんよ」何で次々と話を展開させんの。ついてけないんだけど。「実家。部屋はいつでも使えるようにしてるでそっちで暮らすわ」そう言って真ちゃんはリビングを出て自分の部屋に戻る。
「真ちゃん!ちょっと待ってって!」「アイツが実家に帰る言うんやったらほっといたら良いやんか。大事な跡取りさんが帰ってきてばーさんも喜ぶやろ」「だからアキちゃんは何でいちいち真ちゃんに突っかかるの!」「突っかかってへんけど?」「突っかかってる!さっきからイチイチ挑発して」アキちゃんとそんなやり取りをしている間に真ちゃんが玄関を開けた。「ちょっと真ちゃん!待ってって!」真ちゃんを追いかけると、車に荷物を載せていた。「美樹!真ちゃん止めてって」「出てきたい言う人間を止めんでええやん」「アキちゃんは黙ってて!」もう、ホントこの人たちは。アキちゃんが真ちゃんをこの生活に誘ったんでしょ。旦那は何をしてるの。私が真ちゃんを追いかけるけど、真ちゃんは黙ったまま玄関と車を往復して車に荷物を載せて行く。このまま本当に出てく氣?「きーちゃんによろしくな」荷物を積み終わった真ちゃんは車に乗るとこう言った。「キリコ、ごめん。けど、やっぱり無理やわ。きーちゃんのこと頼むわ」「きーちゃんどうすんの。絶対氣にするやん。きーちゃん泣かせてどうすんの!」真ちゃんは唇を噛んだ。きーちゃんを盾にこう言うのは卑怯だと分かってる。絶対に真ちゃんは言い返せないことも分かってる。けど、このまま出て行っても何も解決しないし良いことはない。
「真ちゃん!」沈黙を破るきーちゃんの声。「どこ行くん?何で車にいっぱい荷物乗ってるん?」「ごめんな」「何で真ちゃんがどっか行くん?真ちゃんは何も悪ないやん」ほら、やっぱりきーちゃん泣いてるやん。「真弥のことはきーちゃんに任せてた方がええやろ」氣が付いたら旦那がすぐ横に立っていた。「きーちゃん、思いの外寝起き悪くて困ったわ」と笑う。「きーちゃん起こしたの??」睡眠は浅くて短いけど、途中で起こすとホントに寝起きが悪いし動けるまで時間がかかる。だから旦那はなかなか出てこなかったんだ。ちょっとした一大事だけども、寝てる間に真ちゃんが出て行ったとか知ったら余計泣くとは思うけど、わざわざ起こさなくても。
「真ちゃんはどっか行かないで!ごめんなさい!私がちゃんと居なくなるから!もうわがまま言ってここに居たいって言わないから!真ちゃんはここ居て!」きーちゃんの声がした。訳が分からなくなっているくらい泣いて、真ちゃんになだめられていた。きーちゃん、今『ちゃんと居なくなるから』って言わなかった?泣き過ぎて錯乱してるだけ?「キリエ、落ち着いて。ゆっくり呼吸して」真ちゃんは何度も言ってきーちゃんを落ち着かせようとするけど、きーちゃんの呼吸が不規則になり始めた。まずい、過呼吸かもしれない。最近落ち着いてたから油断してた。夕方からの一連の流れ、きーちゃんには負担が大きすぎる。「きーちゃん、聞こえる?大丈夫、真ちゃん行かないから!みんな居るから!今日はみんなで寝よう。心配しないでいいから」きーちゃんの元に行って声をかけるけど、きーちゃんは不規則な呼吸をしながら「ごめんなさい」を繰り返すだけだった。
「ほんっっと!アンタたちいい加減にして!」「何でアンタ『たち』やねんな」と私の言葉に不服そうな真ちゃん。「アンタ『たち』でしょ!いい歳して兄弟喧嘩みたいなことして!アキちゃんは真ちゃんを挑発しすぎ!それに何でもかんでも一存で決められると思わないの!真ちゃんは挑発に乗らなかったのはエライけど拗ねて出て行こうとするとか!」真ちゃんが出て行くと言うのは、きーちゃんの発作のおかげで一旦収まった。あの後、きーちゃんは予想通り熱が上がり始めてしまった。朦朧としながらもまだ「ごめんなさい」と言い続けていた。真ちゃんの部屋に寝かせて私たちはリビングへ。
きーちゃんの腕の傷のことはアキちゃんの言う通りかもしれないし、アキちゃんなりにきーちゃんを思っての行動だったかもしれない。真ちゃんがアキちゃんと合わないと言って出て行こうと思うのも分かる。「けど、空氣を読むって言葉、アンタたちの辞書にはないの!?きーちゃん、きーちゃんって言うなら、自分の行動できーちゃんがどう感じるかまで考えられないわけ!?」久しぶりの高熱に先生に往診を頼んだ。先生が来るまでの間、お説教タイムだ。「今日、きーちゃんを追い詰めたのは同級生でも親でもなくアンタたちの行動だからね!」アキちゃんはソファーで、真ちゃんはダイニングテーブルでそれぞれ黙ってビールを飲んでる。勝手にむくれてろ。このバカ兄弟が。「キリコ、それくらいにしとき。真弥の部屋まで聞こえとる。キリコの声もきーちゃん追い詰めるで」きーちゃんに付いていた旦那がリビングにやって来た。寝てるとはいえ、聞こえたら氣に病むのは分かる。失態だわ。
旦那はビールを取ってきてソファーに座ると一氣に飲み干して「正直、分からんくなってた」と言った。旦那の言葉に、一斉に旦那を見た。「なにが?」聞かなくても、きーちゃんのことだろうと想像はついたけど条件反射で聞いてしまった。「どこまで俺らが出来るんか」と言って旦那はため息をついた。「家族ごっこって言われるんはここなんやろな。きーちゃんの事を考えてるようでちゃんと向き合えてなかったんちゃうかと思う」誰も何も言わなかった。「きーちゃんが抱えてる問題がどこまで根深いのかも想像付かん。迂闊に手を出してしまったことに後悔もある」そう言うと旦那はもう一本ビールを取りに行った。きーちゃんの抱えてる問題。いろんな事柄があまりにも複雑に絡みすぎてる。多分、一つ一つでも深刻な話だと想像できる。人一倍、感性が豊かで鋭い感覚を持つきーちゃんだから、きっと上手いことその時その時を凌いでいたんだろう。その結果、更に複雑なことになって取り返しがつくのかどうか分からないほどに傷付いてる。
「ねーさん…」重い空氣が続いていたけれど、顔を出したきーちゃんの声で破られた。「起きて大丈夫?1人で寝るの寂しかった?」「みんなごめんなさい。私が悪いの分かってる。なのにこんなこと言ったらダメなのも分かってるけど、みんなと一緒がいい…」またきーちゃんの瞳から涙が溢れた。「朝になったら家に帰ります。今までありがとーございました。だから、みんな仲良くして…」ここまで言うときーちゃんは唇を噛み締めた。かわりにたくさんの涙が落ちる。また過呼吸の発作が出るんじゃないかと心配になってきーちゃんのすぐ横に立つときーちゃんは小さな声でゆっくり数を数えていた。発作が起きそうな時、数を数えて意識をそっちに持って行くようにいつも真ちゃんが言う。きーちゃんはそれを自分でやっていた。
「きーちゃん、きーちゃんちはここやろ」ソファーに座っていた旦那がきーちゃんの前に来てしゃがむ。きーちゃんは首を横に振る。「ここが私のお家が良かった。みんなが私の家族だったらってずっと思ってた。けど、やっぱり私が居たらみんなしんどい…」「そんなことない!」咄嗟に言うと旦那に続きの言葉を遮られてしまった。「そこおったら冷えるやろ。ソファー行こうか」と言って旦那はきーちゃんを抱き上げるとソファーに連れて行ってそのまま膝に座らせた。「きーちゃん、さっきも言うたけど聞いてや」やっぱり熱と自責の念が重なって随分と辛いんだろう。きーちゃんは旦那の胸にもたれかかってグッタリとしながらも小さく頷いた。「血は繋がらんけど、こうやって一緒に生活して俺らみんな家族になっとると思うねんな。だからみんなきーちゃんのことが大事やと思ってるねん。きーちゃんなりに頑張った形が腕を切って耐えることやったんも分かっとるけどな、それはみんなして欲しくなかってん。子供は色々とやらかして成長するもんやから仕方ないけど、きーちゃんがごめんなさいするんは、学校が辛いって誰にも言わずに自分を傷つけてたことだけでええから。それもこの間ちゃんと聞いたから、もうこれから辛かったら辛い言うて傷つけんかったらええで」ストールをきーちゃんにかけると少し表情が柔らかくなっていた。「なぁ、きーちゃん。仲良しってのはな、いっつも笑ってアホなこと言うだけちゃうねん。そんなん表向きの仲良しや。きーちゃんが間違えたみたいにみんなも間違うねん。その度に他の誰かが我慢して無かったことにするんやなくて、間違えたことは違う言うてどうやって行ったらお互いが納得いくのかをみんなで考えて家族になって行ったらええと思うねん。まだこの家で暮らしだして1年経ってへん。だからみんなのやり方はまだバラバラやねん。これから言い合って喧嘩してこの家のカタチを作ってるところやでな、ホンマの家族になるためには必要なことやからな。その度に自分のせいやからって消えようとせんでいい。きーちゃんも揃って家族やろ」きーちゃんは小さく頷くと「美樹ちゃんありがと」と言った。「先生来るまでこうしとくからちょっと寝な。心配せんと今日はみんな居るでな」
「さすがお父さんじゃん」先生が来てきーちゃん点滴中。旦那にビールを渡すついでにちょっと冷やかしてみた。けど、旦那がいて本当に良かったと思う。あの後、安心したのかきーちゃんは先生が来るまで眠った。途中、寝苦しくて目覚めても旦那が頭を撫でるとまた寝息を立てていた。「うっせー」褒めてるんだから照れんなよ。
「で、アキラと真弥、どないするねん」不意に旦那が言った。「今までそこまで深く考えて来なかったけど、いい機会やから方針を考えたらええと思うねん。もちろん、全部出来るとも言えん。けどどう関わって行くかは考えられると思うねん」「方針?」「キリコとは時々確認はしてる。けどそれはうちら夫婦だけの方針であってこの家でのスタンスでは無い」と言って旦那は私の方を見た。「キリコはいつも言うてる通りで続けてええか?」すぐに頷いた。「うちらはどこまでやれるか正直分からんけど、きーちゃんをこのまま育てるつもりや。リカバリー出来るとも言えんけど今まで与えられるはずやったもんを与えてきーちゃんがちゃんと大人になれるよう助けて行くつもりでおる」旦那とは何度かこの話をした。その度に旦那は一線引いていて私だけがきーちゃんを育て上げるんだと舞い上がってるんじゃないかと不安になることもあった。けど、今旦那は私たちの意見として言ってくれた。心強かった。「アキラも真弥もまだ若いし、そこまでの責任を一緒に負ってくれとは言わん。これからどうなるかホンマに想像できへん。今やろうとしてることは、下手したら犯罪になるかもしれん。だからそこまで関わらないと選択しても非難せん。2人はそこまでする必要も義務もない」「もし、俺らは手を引く言うたら美樹はどうすんねん」あれだけ言っていたアキちゃんからの質問だったから驚いた。「簡単やん。キリコときーちゃん連れてここを出てきーちゃんを育てる。嫁とその妹くらい養えるわ」と笑う旦那。「真弥は?おまえどう思ってん。まあ、一番関係ないから手を引いても影響ないけどな」アキちゃん、だからイチイチ挑発しないで。「アキラ!おまえもな、もうちょい大人なろうや。さっきイチイチ挑発すんなってキリコに言われたやろ」と呆れる旦那。「挑発違うで。事実やん」それを挑発って言うのよ。「誰が一番関係ないねん。それ言うたら普段居らんおまえが関係ないやろ」真ちゃんは何とか冷静でいようとしてるのは分かるけど、挑発に乗らなくていい。「だーかーらー。ここで兄弟喧嘩すんなって。今のうちに話を付けないと朝から動けん」旦那はビールを飲んでため息をついた。ため息をつきたいのとってもよく分かるよ。「前に言うたやんか。手を引くつもり無いって」「さっき拗ねて出て行こうとしたくせにか?」真ちゃんの言葉にアキちゃんがまた挑発する。「アキラ!何でそうイチイチ突っかかるねんな。話が進まんやろ。かなり無謀なことしようとしとるんやで。ばーさんの話やないけど、一旦進めたら手を引けなくなるねんで」おばあちゃまの話。多分、夏に話してたことだろう。「それも分かっとるわ。」真ちゃんの言葉を聞くと旦那はアキちゃんを見た。「さっき言うたやんか。2年猶予。2年経って変わってへんかったら連れてくで。それまでは今のままやってみたらええやんか」アキちゃんも本氣だったんだ。「でなかったら拠点移しませんよ」とアキちゃんは笑う。
旦那の言う通り、それぞれきーちゃんのことを思ってた。けどきーちゃんを守ろうとする方法が違ったんだ。
結局、アキちゃんが言う通り2年を第一の目処とした。きーちゃんの意思を第一にして、その時きーちゃんがまだ辛いのなら人生の選択の一つとして海外で生活してみること。その時はアキちゃんが動く。そうでないなら、このままきーちゃんが成人するまでこの家で過ごす。
「それはええけど、こっちで生活ってどないすんねん」一段落したと思ったらアキちゃんが言った。「どないするって?」「今は義務教育やでそんなに負担ないやろうけど、高校は?大学は行かせられんのかいな。オタクらそこまで面倒みきれるんかいな」あ…。そこまで考えてなかった。「そんなもんどうにでもなるわ。嫁とその妹くらい養える言うたやないか」本当なの?大丈夫?「そんなん美樹んとこだけに負担させんでええやん。一緒に育てるんやろ?そしたら俺も協力するやん」と真ちゃんが言った。「オッケー、きぃの生活の分は俺も協力するわ。2年間大事なきぃを頼むことになるしな」「2年やなくて7年やな。勝手に2年後海外に移るって決めんとってもらえるか?」だからそこイチイチ兄弟で突っかかり合わないで。
「分かった。それならこの方針で行くで。けど無理やと思った時点で手を引いたらいい。それに関しては何も言わん」旦那の言葉に頷いた。
正直、旦那がそうやって思ってくれてたこともそうだし、アキちゃんや真ちゃんがここまで考えてるとは思ってなかったから驚きつつも心強く思った。私たちがやろうとしていること、これは側から見たら間違っていて無茶で無謀なことかもしれない。おかしいことかもしれない。けど、可愛い笑顔で「ねーさん♪」と呼んでくれるきーちゃんをここで手放してしまいたくなかった。笑顔が消えないよう守りたい。これは事実だった。