Story 27.かぐや姫。

妊娠発覚した時はまさかの絶対安静の入院からスタートしたわけだったけど、出血もおさまって退院できたらすこぶる順調だし何より2週間の絶対安静のお陰でエネルギーが余り過ぎている氣がする。


海に行きたい。
なんだか無性に海に行きたい。
妊娠がわかってから、「無性になんか」が増えた。
本日の「無性になんか」は海。
それを旦那に言うと「今、泳げないでしょ」
泳げなくてもいいから海に行きたい。と根氣強く訴えた結果、旦那の休みに行くことになった。
本当は海に入りたいけど、水着を着るわけには行かないので足だけつけて海を満喫する。


きーちゃんは久々の遠出で喜んでいる。
自分では着れないから、きーちゃんの水着は奮発したし厳選した。
スクール水着でいいと言うきーちゃんを説得するのが大変だった。
何とか説得して水着を買いに行くけど、きーちゃんはスクール水着と変わらないシンプルなデザインのものしか選ばない。
せっかくの夏なんだからもっと弾けなきゃ。という事で、きーちゃんの選んだスクール水着風の水着は却下して私が選ぶ。ビキニは頑なに拒否され結局Aラインのワンピースみたいな水着に。
きーちゃん、まだまだお子ちゃまな割にスタイル良いんだから弾けたらいいのに。


でも、買った水着は氣に入ってくれて家でも披露する始末。とってもかわいい。
けど、喜んでくれるのは嬉しいんだけど、普段着てるノースリーブのワンピースとそんなにデザイン変わらないからって水着を着たままってどうかと思うの。
「きーちゃん、家の中で水着はよしなさい」と旦那が着替えるように言うとシブシブながら着替えるきーちゃん。
私がいくら行っても「だってかわいいんだもーん」と言って着替えなかったのに、何だか納得いかないわぁ。
泳げないというので浮き輪を買ったら、喜んでくれてずっと離さない。
でも、車の中では空氣抜いてほしいけどね。


「海だーー」
きーちゃんと一緒にはしゃいでしまう。
「入らないの?」
きーちゃんは浮き輪を持っているのになかなか入っていかない。
「ここでいい」
いや、浮き輪セットしてるのに砂浜で立ってるっておかしいから。


「行こうや」と真ちゃんがシャツを脱いできーちゃんを連れて海へ入ろうとするけど頑なに拒否するきーちゃん。散歩から帰りたくないワンコみたいになってる。
何でそんなに入りたがらないの。


真ちゃんの背中と腕の傷跡が痛々しくて、最近元氣にしているけれど、あの時の怪我から無事回復できたのが本当に奇跡だと思う。
としんみりしていると、きーちゃんは真ちゃんに掘り投げられて海へ強制的にダイブ。
それが楽しかったみたいで何度も「もう1回!」とせがむけど、危ないよ。水があるからってはしゃぎすぎ。


一度海に入ってしまうと氣に入ったのか、なかなか上がってこないきーちゃん。
ご飯を食べるとまた一人で入っていった。
浮き輪も買ってよかった。
真ちゃんは、きーちゃんを何度も放り投げ過ぎてダウンしてる。
はしゃぎすぎ。


「しんどくなってへんか?」と目の前に海があると言うのに、旦那は私の世話をやこうとしてくれる。
私は足が浸かっているだけだったけど、テンションが上がっていて海を満喫。
少し離れた所で浮いているきーちゃんに手を振ったり、写真を撮ったり。
なんか、いいよねー。って今こうしてる幸せを噛み締めながらきーちゃんの方を見た。


きーちゃんが居た方に居ない。
潜って遊んでるのかな。と思っていたら、寝ていた真ちゃんが猛ダッシュで海に入る。
「真ちゃんそっち行くよー」ときーちゃんに言おうと探すけど居ない。
「きーちゃん居ないよ!潜ってるにしたら長すぎ!溺れた?」
旦那を呼ぶ。旦那も急いで海に入る。


真ちゃんは水面に手を当てて立っていたかと思うと更に進んでいった。
少しして、きーちゃんを連れて上がってくる。
きーちゃんはボー然として座り込む。
「良かったーー」と駆け寄るけど、相変わらずきーちゃんは海を見ていた。
溺れた後だしそういうものかもしれないけど、ここで座らせてるわけにいかないからタオルをかけて荷物を置いてる場所まで連れていった。


しばらく経ってもきーちゃんはボー然としたまま海を見ていた。
様子が変。
「また戻ってきちゃった。」ときーちゃんが呟くと急に倒れこんでしまった。
「きーちゃん!!」
溺れたから錯乱してる?
「大丈夫。少し寝たら帰ってくる」と真ちゃんは行ってきーちゃんを寝かせる。
普段、錯乱して倒れた時も何かを言うけれど、その時とは違う言い方。
また戻ってきたってどういうことだろう。


ふと、去年の夏を思い出した。
バーベキューに行って、私達には見えない存在のお友達ができたきーちゃん。
翌日、そのお友達にこの世界が寂しくて悲しいなら一緒にいよう。と誘われて川に入ってしまった。
その後、今は楽しいけど氣を抜くと見えない存在の言葉に誘われてしまうと言ってた。
『赤ちゃん返り』
入院中に浮かんだ不安がよぎった。
上の子はお父さんやお母さんを取られたような氣がしてしまうって書いてた。
きーちゃんは、やっぱり心の何処かで寂しい思いをしているんだろうか。
もしかしたら、海の中にも見えない友達が出来て、またその誘いに惹かれたんだろうか。


真ちゃんの言う通り10分ほどしてきーちゃんが目を覚ました。
「大丈夫?」と聞くけど、溺れたことはうっすら覚えているけど、その後のことは覚えていない様子。
さっきの何を選んだのか。も覚えてなさそう。




「この海にシードラゴンは居ないと思いますけど、シードラゴンでした?」
きーちゃんの話を聞いての旦那。
さっき沈む前に、足元にシードラゴンが見えたというきーちゃん。
そのシードラゴンと遊んでいるうちに沈んでた。というけど、氣付いたら沈むもの?


それでね、水の中にはね他にも仲間が居ててね、
「こっちに帰ってくる?もうそっちは嫌になったんじゃない?」って言うねん。
水の世界には行かないって言ったらね、
「人にまだ期待しているの?」
「あれだけ裏切られたのに、まだ人が好きなの?」
「もうこっちに帰ってもいいんですよ」って。


「シードラゴンが言ったの?」
「うん。帰っておいでって」
「きーちゃんは何て答えたの?」
「期待しているかどうか分からないし、怖いことのが多いけど、やっぱりこっちがいいって。そしたらね、水の中だけど真ちゃんの声がしたから真ちゃんと帰るって言ったよ」
「そしたら?」
「水が無くて暑かった」
あ、日傘小さくて顔以外日光に照らされてたもんね。ごめんね。


「でもね、氣が済むまで見てきたらいつでも帰っていらっしゃいって言われた氣がする。いつでも迎えよう。って。何を見るのかな?」
私に言われても…と思ったけど、去年の夏と同じようなことを言われていたのが氣になって仕方ない。




海から帰って、きーちゃんは何処を見ているでもなくぼーっとする事が多くなった。
前の真ちゃんの異変の時のような感じではないけれど、心だけどこかに行っているような。
何とか私たちの方に意識を向けさせなければそのままどこかに行きそうで不安になる。


今年に入ってから真ちゃんとの距離が一氣に近くなったと思っていたけど、また距離ができているように見えた。
毎晩、真ちゃんの部屋に行って寝ていたのが、最後までリビングに居てそのまま朝まで起きていることが増えたし、一人で寝るようになった。
寝て回復すると真ちゃんが言っていたけど、それなら心配になるレベルで寝ることは出来ていないと思う。


真ちゃん自身も何だかきーちゃんと距離ができているようだけど、どうもハッキリしない。
相変わらず仲は良いんだけど、何か見えない境界があるというか。
一時期、あんなに「好意」を表していたのに(スルーされてたけど)それも一切見せなくなってる。
だからと言って他の女の子と遊んだりすることは全く無いようなのできーちゃんへの想いが別に行ってしまったわけではなさそう。
「きーちゃんが帰るのはここだからね」と言いたかったけど言ってしまうと「ここじゃないんだ」と言ってどこかに帰りそうで言えずにいた。




9月に入って、二学期になった。
きーちゃんは、心はどこかに行っているようでも登校していた。
それでも、やっぱり学校という世界はきーちゃんにとっては刺激が強すぎて辛いようで、それがきーちゃんがどこかへ行ってしまうきっかけになってしまいそうで何度も「行かなくていいよ」と言いそうになって留まる。を繰り返していた。


自分の感情が今までにないほどの上下具合で、そこに集中出来ないってのもあってきーちゃんはぼーっとするものの、比較的落ち着いていてホッとしている自分もいた。
ホッとしながらも、今までのようにきーちゃんに向き合えないもどかしさと、きーちゃんが必要無くなるまで一緒にいると決めたことが出来ていない自分のプライドが自分自身に傷つけられる苛立ちと、これらも私の情緒不安定の原因の1つになっていた。


夏休みの間もみんなの身長に追いつきたいと毎日苦手な牛乳を頑張って飲んでいたきーちゃんは新学期の身体測定で、出会った時よりも身長が5センチ伸びたと喜んでいてやっぱりかわいい。
行動や言動はまだまだ幼さが残るものの身長だけでなく、手足も長くなって体つきも随分と大人になってきた。
スタイルだとかに全く興味がないきーちゃんは、時間関係なく甘いものをたくさん食べる。なのに手足が長いし出る所は出て締まる所は締まるというけしからん体型。
10代ってもっとポッチャリしそうなんだけど、姉バカだと思ってもホント理想的な体型。
一緒にお風呂に入るとつくづくそう思うし見惚れることもある。
自己評価が驚くほど低いきーちゃん本人は全く感じていないみたいだけど、色白の美人さんだしスタイルもいいし、もっと自信持ってもいいんじゃないかしら。と思う。
中学生でこうだから、あと2・3年すれば可愛さと色氣と相まってかなり魅惑的な子になるんじゃないかと思うと楽しみでもある。




昼過ぎ、休みだった旦那から珍しく職場に電話がかかってきた。
テストで昼に帰ってきたきーちゃんが昼食をとってから「氣分が悪い」「お腹痛い」と言ってトイレから出てこないと言う。
「中で倒れてたらどうすんの?」
『会話はしてるから大丈夫やねんけどさ、キリコが帰って来るまで籠城する言うとるねん。今日何時上がりだっけ』
一瞬、旦那と真ちゃん2人して可愛い妹に何をしてくれたんだ!と思ったけど、分かった。
年頃の子がお腹痛いと言ってトイレに籠城。
急いで帰りたい所だけども復帰してすぐだし、こんな理由で早退してもいいものか少し悩む。
世間のお母さん達ってどうしてるのかしら。と悩みつつ旦那には「なるべく早く帰る」と言って電話を切った。
きーちゃん自身に聞いたわけじゃないから違うかもしれないけど、旦那の話を聞いてたら多分そう。
「美樹くんから電話なんて珍しいね、大丈夫?」とオーナーの奥さん。
「美樹は大丈夫なんですけどーー」
奥さんにも何か説明しづらい。
「じゃあどうしたの?あの美樹くんが珍しく焦ってたやん」
奥さんならいいか。
「きーちゃんなんですけどね、、、」
旦那から聞いたこと、もしかして始まったんじゃないかと思うことをサラッと話す。
中学2年生なら生理が始まってもおかしくない。むしろきーちゃんの発育を考えたらだいぶ遅い方だと思う。
「今日はそんなに仕事も無いし後はやっとくから帰ってあげなさいな」と奥さん。
「こんな理由で早退とか通ります?」
本当は奥さんの言葉に甘えて帰りたいけど、これって社会人的にオッケーなのか…。
「私が良いって言ってるんだから通るってば。家に居るのが美樹くん達じゃどうしようもないじゃない。キリコちゃんがきーちゃんの立場だったら『生理来た!どうしたらいい?』って2人に言える?」
言えるわけがない。
ある程度の年齢になるまで旦那にすら言いづらかったわ。
人間、歳取ると強くなるというか吹っ切れるものなのかしらね。今では普通に生理痛が辛いからマッサージして!だとか言ってるわ。
奥さんに何度もお礼を言ってダッシュで帰る。


びっくりするくらい信号の接続も良くて過去最速で帰宅したかもしれない。
時間にして電話があってから約30分弱。
「どないしてん!!」と驚く男子組をとりあえずスルーしつつ「美樹たちは来ないでよ」と念を押してきーちゃんの所に向かう。
「きーちゃん、ただいま」
ドアをノックして声をかけるとゆっくりドアが開く。
「大丈夫?」
声をかけると泣き顔のきーちゃんはゆっくり私に抱きついてきた。
聞いてみると予想してた通り。
「帰ってきたからねー、もう大丈夫」
どうしたらいいか分からなくて出られなかったらしい。
まず一通りの使い方なんかを教えた後、氣分が悪いと言うので2階の私達のベッドに連れて行く。
「多分、貧血だから横になってたら楽になるよ。今日はここで2人で寝ようねー」
「美樹ちゃんは?」
「真ちゃんと仲良く寝て貰えばいいじゃん」と言うとようやく笑顔を見せるきーちゃん。
「ねーさん、お仕事、ごめんね」
「仕事は大丈夫やで。ごめんね、奥さんにだけ話しちゃったんだけど、奥さんが早くきーちゃんの所に行ってあげなって言ってくれたん。だから心配しなくていいよ。女子のこういう時の団結力ってすごいんだから」
「ありがとう。おばちゃんにもありがとう言わなきゃ…」
あ、きーちゃん「ありがとう」って言ってくれた。
また「ごめんね」って言うと思ったけど、なんか嬉しい。
「どうしたら良いか分かんなかったんだけどね、でも真ちゃんにも美樹ちゃんにも何か言えなくて…」
そらそうだわ。
普段の幼さを考えたら旦那はともかく真ちゃんには言ってしまいそうなものだから、自覚は無くてもそれなりに成長してきたってことかと思ったらちょっと安心した。
でもこのタイミングで来るとは思わなかった。
よく考えたらそんな年頃だし、いつ来てもおかしくなかったから教えておけば良かった。
というか、入院中じゃなくて良かった。
「ごめんねー、教えておけば良かったよね。びっくりしたね」
「ねーさんは何も悪くない…大騒ぎしてごめんね」
「全然大丈夫。だってみんな経験してきたことだから謝ることないよ。学校で習わなかった?」
「習ったのかな…あんまり覚えてない…」
「そっか、そっか。大丈夫。これは場数踏んだら慣れるよ」
お腹も痛いと言うから冷えないよう私のスウェットに履き替えさせる。
そういや、きーちゃんショートパンツは持ってるけどこの辺りは持ってないな。ショートパンツじゃ冷えるし、また用意しとかなきゃ。


奥さんが理解ある人で本当に良かった。
きーちゃんが寝たのを確認して、奥さんに電話すると『ホラ、帰って正解だったでしょ。キリコちゃん、一足先にママ体験じゃない。生まれて来る子が女の子でも安心ねー』と笑ってくれた。
そうだ、生まれて来る子が女の子だった場合こう言うことがまたあり得るわけか。


やっぱりこれはママの仕事か。と思ったら、ふときーちゃんときーちゃんのお母さんとのやりとりを思い出した。
まるで他人のよう。なんだろう他人より他人行儀だった。
きーちゃんは多くを語らないけど、時々「自分が居ない」と言う。
最低限の会話、それもきーちゃんが言った言葉にかろうじて返事があるくらいだった。
きーちゃんくらいの頃、親や家族が煩わしく感じてもやっぱり母親の存在は大きかった。
きーちゃんも、本当はきっと母親の存在は大きいんだろうと思う。だから、私が代わりになってあげる。なんて言えないことも分かっている。
でも、もし1年前私達が出会わなかったら。
こうやって過ごさなかったらきーちゃんはどうしてたんだろう。
真ちゃんは今のきーちゃんには私が必要だと言ってくれた。
お母さんになれなくても、一番の親友で、一番の味方のお姉ちゃんでいてあげるから心配しなくていいよ。
きーちゃんの寝顔を見ながらそんなことを思った。


「大丈夫やったんか?」
リビングに降りると旦那が言った。
「大丈夫、貧血みたいだから上で寝かせてるよ」
自分のことだったら躊躇いなく言えるけどやっぱり異性に話すとなると難しい話だし、2人ともいい歳なんだからここまでの言葉で空氣を読んで。
きーちゃんはどうしたん?って追及されたらどう返すか悩んだけど、そこは空氣を読んでくれたみたいでこれまた安心した。
「てことで今日はきーちゃんと寝るから美樹は真ちゃんと寝てね」
「はーー?」
これにはまさかの2人揃って異論が出てしまった。
「だって真ちゃんとこで寝なって言えないでしょ」
ここ最近はずっと真ちゃんの部屋で寝てないの知ってるけど。
「なんでやねん」と旦那。
「そこは空氣読みなさいよ」
「意味わからん」
「慣れてないうちはいろんなアクシデントが考えられるの!」
まあ、こればっかりは分かんなくても仕方ないんだけどさ。


夕方、きーちゃんが起きてきたけどやっぱり顔色が悪い。きーちゃん、生理痛ヘビーなタイプかな。
「きーちゃん、しんどいんやったらこっちで横になってたら?」と見兼ねてソファーに居る真ちゃんが呼ぶけど、きーちゃんは首を振って私にぴったりくっつく。
あら可愛い。ホント可愛い。
真ちゃんはフラれてちょっとしょぼーんとしてちょっとかわいそうだけど。
「じゃあ、真ちゃん追い出して私らがあっち行こ」と言ってソファーに向かうとついて来るきーちゃん。
ホント可愛い。


夜、きーちゃんと2人で私のベッドで寝るつもりが旦那と真ちゃん揃って「なんでコイツと一緒に寝ないとあかんねん」と抗議されたのできーちゃんの部屋で寝ることにした。
「ねーさん…」
布団に入って少しした時、きーちゃんの声が聞こえた。
「どしたー?氣分悪い?」
「あのね、、、」
何か言おうとしてるみたいだけど、言葉は続かなかった。
しんどいのかな。
早いうちから薬に頼らない方がいいかと思ったけど飲ませた方がいいのかな。
「わたし、大人なるん?」
ん?どういうこと?
まあ、大人と言えば大人だけど。
「もうね、会いに来れないって…」
「え?」
誰が?
「大人になったから、もう会えなくなるって…さっきね、さよならだねって」
さっき?上で寝てた時夢を見たのかな?
「もう、会えなくなるの、やだ。ホントに1人になる…」
ホントに1人になる?
誰と会えないの?
ホントに1人になるって何?
「1人でもね、誰かが一緒に居てくれたから寂しくなかったのに。さっきねーさんのお部屋で目が覚めてから呼んでも誰も来てくれないし返事してくれへん」
きーちゃんの瞳から涙が落ちる。


あ、無力感。
きっと、真ちゃんならきーちゃんの言ってること理解出来るんだろう。
どうする?真ちゃん呼ぶ?
一瞬、弱氣と共に入院中に読んだ『お父さんお母さんを取られたように感じる』という一文と葛藤が蘇る。
「きーちゃん!きーちゃんは1人にならない!」
私はきーちゃんの感じるものは分からない。
「ごめんね、きーちゃんが言ってる『ほとんどの子』ってのは分からない。その子達に会えなくなるかもしれないけど私たちが居る。見えない子だけじゃない、私たちだってきーちゃんと居るから」
きーちゃんは小さな声で「ありがと」と言った。




私の情緒不安定さは9月に入ってから酷くて、しょっちゅう旦那にあたってしまっていた。
その声が聞こえているのか、2階で私が旦那にあたりだすときーちゃんは庭に出て、私がリビングに降りるとウッドデッキの椅子に座って空を見上げていた。


かぐや姫みたい。
ふと、そう感じて急いで庭に出る。


「ねーさんも赤ちゃんも風邪ひくよー」
私の姿を見たきーちゃんが笑いながら言う。
『だから早く中に入って。こっちに来ないで』と言われてるようで。
そのままどこかに行ってしまいそうで。


「行かないでよ、ここに居てよ。一緒にいるって言ったやん」
自分でも捨てられるオンナの悪あがきみたいなセリフに意味が分からなかったけど、今言わないと本当にどこかに行ってしまうと本氣で思った。
「まだ居てもいい?」ときーちゃんが言った。


「ここに居てもいいの?」
「当たり前でしょー、きーちゃんの家はここだからね。ここじゃなかったら、どこがきーちゃんの家なのよー」
「ありがとう」と言って笑顔をみせてくれたけど、そのありがとうが最後の挨拶に聞こえた。
そのまま先に家の中に入ると、きーちゃんは優しい見えないお友達の元へ行ってしまう。そんな氣がした。


「だめだからね、絶対絶対ここに居て。行かないでお願いだから」
情緒不安定マックス。
きーちゃんだって困惑するの分かっているけど、1度始まるとどうしようもなくて。
「行きたくないけど…」
あれだけ真ちゃんに泣かすなって言ってるのに、私が泣かしてる。


「きーちゃんが要らなくなっても私がきーちゃん要るの、きーちゃんがうっとおしくなったって、きーちゃんに彼氏が出来たって、きーちゃんが友達のが大事になったって、きーちゃんはここに帰って来なきゃダメなの。私だけがきーちゃんのおねーちゃんなの。きーちゃんから好きな人出来たって一番最初に聞いて、きーちゃんの彼氏に意地悪するのは私なの!」
泣いてるきーちゃんを見たら私まで泣けてきて何が何だかわからない。
「おねーちゃんが嫌ならママでもいい。私と美樹がきーちゃんのパパとママになるからここに居て」
「美樹ちゃんとねーさんは赤ちゃんのパパとママだよー」と笑う。
その表情はとても寂しげだった。


「きーちゃんが居なかったら美樹と結婚できてなかった、みんながすっごく羨ましいって言ったパーティもできなかった。この子も居なかった。ぜーんぶきーちゃんがくれたのに、真ちゃんみたいにきーちゃんを一番に出来てないし、真ちゃんみたいにきーちゃんが感じるもの何にもわからないし、真ちゃんみたいに何でも教えられないけど、ここに居て。何でもっと私にわがまま言ってくれないの!何で真ちゃんに真っ先に言うの!何で私に甘えてくれないの!」


自分でも自分が言ってることが分からなくなった。
涙と鼻水と多分凄いことになってたと思う。
きーちゃんは、ハンカチを渡してうふふ♪って笑った。
「わたし、赤ちゃん抱っこしてもいい?」
「わたしも一緒にお世話していい?」
きーちゃんが泣きながら言う。
「あたりまえでしょぉーー」
2人で大泣きして、2人で部屋に入って、その日はアキちゃんの天蓋付きベッドに入った。


何度もここに居てと言って、きーちゃんもここに居ると言ってくれたけど、やっぱりどこかへ行ってしまいそうなそんな氣がした。


去年のバーベキューをした川や海で人では無いものに「自分の世界へおいで」と誘われた。
きーちゃんは「今は大丈夫」だと笑ったけど、それを意識をしなきゃその誘いに乗ってしまうということは心の奥底ではまだこの世界で居ることに悲しさや寂しさを持っているんだろう。


ベッドに入る時、きーちゃんは窓の外を見ていた。
まだ中学2年生で、心は多分それより幼くて。
なのに、たくさんのものを抱えていて。
そのアンバランスさのせいなのか空を見上げる姿はとても不思議な雰囲氣で、本当にかぐや姫なんじゃないかと思ってしまう。
最近の2人の距離はなんなんだろう。
真ちゃんとの距離も、きーちゃんが空を見上げて何かを待っている原因の1つな氣がした。
私がどうにか出来るとも思っていないけど、また「うふふ♪」と笑っているのが見たいなと思う。




きーちゃんとアキちゃんのベッドで寝た日から、夜、私もきーちゃんと一緒に寝ることが増えた。
きーちゃんが毎晩ウッドデッキに出て空を見上げるから。
みんなが寝静まった後に、優しい見えないお友達の元へ行ってしまうような氣がして。
子供が産まれたら、今よりもずっときーちゃんは寂しい思いをすると思う。
これは仕方のないことかもしれない。
けど、せめて今のうちにきーちゃんは1人じゃないと少しでも感じて欲しかった。
今までの寂しさや悲しさが覆るわけじゃないのもよく分かっているけど、せめてこの家で、このメンバーでいる間だけでも寂しさや悲しさを忘れて欲しかった。


「真ちゃんね、時々兄ちゃんみたいにヒトを食べちゃいたくなることがあるんだって。でもね、兄ちゃんみたいにいつもってわけじゃないから、少ししたらおさまるから、それまで一人で寝てって。また一緒に寝てよくなったら教えてくれるって」
きーちゃんになんで最近一人で寝てるのかと聞いてみた。
「それっていつくらい?」
「んーーと、海行った後くらいかなぁ」
「そっかー」
旦那のあの説明、ツッコミどころはたくさんあるけど言い得て妙だったのかもしれないね。
何年かは待つ。って言ってたのホントだったんだ。やるじゃん。
真下の部屋から旦那と真ちゃんの声が出て聞こえる。
ちょうど真下が真ちゃんの部屋だから、きーちゃんはアキちゃんの部屋で寝るようにしたのかな。


「真ちゃん、本当は嫌になったのかな。それとも、ずっと我慢してくれてたのかな」
「全然氣がつかなくって、私が真ちゃんといたいからくっついてたけど、本当はお仕事終わった後やお休みの時はお友達と遊びたかったのかなー。
あの人が言ったみたいに、真ちゃん優しいから早く帰ってきてねって私が言っちゃったからすぐに帰って来てくれて。美樹ちゃんとねーさんみたいに本当は一緒に居たい人がいてるけど、我慢してくれてたのかな。」
あの人って、元カノのことだよね。


「なのに、あの人と真ちゃんが、ねーさんたちみたいに話しするのを想像したらすごく嫌で、入院した時もねーさんのライブの時も来ないでって言っちゃったけど、本当は一緒にいたかったのかな」
いやいやいや、それは絶対ない。
「真ちゃんのしたいことも大事な人も全部我慢させちゃったから、嫌われちゃったのかな」
それも絶対ないから!
「真ちゃんとおんなじ年のお兄ちゃんが居てる子がいてね、その子のお兄ちゃんは全然一緒に遊んでくれないんだって。彼女とばっかり一緒にいるんだけど、そっちの方が普通だって」


学校のお友達だね。
まあ、普通は自然とそうなるけども。
我が家は結構イレギュラーだから。
便宜上、私たちは兄弟姉妹って説明すること多いけど、兄妹じゃないから。


「彼女って、美樹ちゃんとねーさんみたいな人やろ?真ちゃんが誰かとねーさんたちみたいに話ししてるの見るの嫌。でも、いっぱい我慢して!って言って私のこと嫌いになっちゃうのはもっと嫌やねん」
それは、お父さんを新しいお母さんに取られるのが嫌。とかじゃないよね。
私のこと嫌いになっちゃうのはもっと嫌。って言ってるし。
あらあらあら、ちょっと成長してる?
同世代のお友達ができたせいかしら。
ちょっと、捉え方が間違ってるところある氣がするけど。


きーちゃんなりに考えて悩んでるのはわかったけど、ちょっと成長してるのが嬉しく思ったり。


「もうすぐ赤ちゃん来るでしょ。ねーさんも美樹ちゃんも赤ちゃんお世話で大変になるし、そしたら私はもっと真ちゃんに我慢させちゃうようになるのかなって。そうしたら、もう話をするのも嫌になるくらい私のこと嫌いになっちゃったらどうしようって。だからね、嫌われちゃう前に、ねーさんたちが赤ちゃんのお世話で大変になる前に帰らなきゃって。帰らなきゃって思うんだけどどこに帰ったらいいかわかんなくて。でも、海で会ったシードラゴンはこっちに帰っておいでって言ったから、そこに帰ればいいのかなって。でもねーさんはここに帰っておいでって言ってくれたし、ここに居たいからずっと帰れなくて。帰らなきゃって思うんだけど。みんな私がここに居ること、まだ何も言わないから赤ちゃんが来るまで氣が付かなかったふりして居てしまおうかなって思ったり…今週には生まれるんでしょ?今週はまだ居ていい?ワガママ言わないから、熱も出さないから。生まれる日までに帰ろうって決めるから」


「きーちゃんはおバカだなぁ。赤ちゃん抱っこしたりお世話一緒にしてくれるんでしょ。じゃあ、きーちゃんが帰るのはここでしょ。」
半分泣きながら頷くきーちゃん。
「真ちゃんにちゃんと聞いたの?」
首を振るきーちゃん。


「だって、聞いて本当に私のこと嫌いになっちゃうの嫌だもん。本当は一緒にいるのも嫌だし我慢してたって言われるの怖い」
「ホントにおバカさんだなぁ。真ちゃんに本当に思ってること聞かないうちにどこか別の所に帰ろうって考えちゃダメ。ここがきーちゃんの家って言ってるし、真ちゃん我慢してなかったら?もし、きーちゃんがシードラゴンの所に帰っちゃって、会えない方が我慢させちゃうかもって思わない?私も美樹もお世話が大変になるかもしれないけど、きーちゃんが赤ちゃんを抱っこしたりお世話したり一緒にしてくれるねって楽しみにしてるって思わない?きーちゃんが帰るのはシードラゴンの所じゃなくて私たちのこの家だから」


またきーちゃん、泣かせちゃった。
けど、きーちゃんが月ならぬ海に帰るよりもいい。
かぐや姫じゃなくて、乙姫さまだったね。


乙姫さまが海の世界でなくてこっちの世界に安心していられるように。
おばあさんはちょっとお節介をすることにしたのでした。