Another story 27.シードラゴン。

夏になって、ねーさんもお腹の赤ちゃんも元氣。
ねーさんは退院してからは「自由だー!!」と言っていろんなところに出掛けようとするからちょっと心配。
「休憩しながらだから大丈夫!」と言ってお買い物。
「夏といえば海でしょ」とねーさんは海に入れないのに美樹ちゃんに「海に連れてけー!」と頼み込んでお休みの日にみんなで海に行くことになった。


けど、たくさんの水があるのちょっと怖いから海に入らないつもりだった。
けど、ねーさんが「私の代わりに海を満喫してよねー♪」と水着と浮き輪を買ってくれた。
ピンク色かわいい水着を着たらちょっと入ってみたくなってきた。


「入らないの?」
砂浜で波に足をつけてるとねーさんが言った。
「入ってるよ?」
「足だけじゃん。なのに浮き輪持ってるって変だよ」
浮き輪はエマージェンシー用だよ。
だって、波と一緒に海の奥に行ったら怖いもん。


砂浜の波は砂の色をしてるけど、遠くを見ると真っくろ。
時々落ちてくる水みたい。
海の中に入ってしまったら、あの水みたいに1人になっちゃうと思ったら怖すぎる。
沈まないための浮き輪だもん。


と思ってたら真ちゃんに深い所まで連行されて投げられた!
びっくりしたけど、一瞬ふわっとするの楽しい。
「もう一回!」
浮き輪ってすごい!ホント沈まない!
水に浮いてるの、何だか氣持ちいい。
「ちょっと休憩!」
私を投げて真ちゃん果てた。
楽しかったんだけどなー。
次戻ってくるまで浮いていよう。


何であんなに怖かったんだろう。ってくらい水の中が氣持ち良い。
寝てしまいそう。


私のすぐ近くの水の中で何かが光った。
太陽の光かな。
違う、やっぱり水の中だ。
3つ光ってる。
くるくると私の斜め下。
水の中に手を伸ばしてみる。
3つの光は私の右手の周りをくるくるまわる。
やっぱり太陽の光じゃない。
時々、3つの光の形が見える。
「どっかで見たことあるなぁ」
そうだ、兄ちゃんの部屋の本だ。
なんだっけ?龍みたいな名前の魚。
シードラゴンだ!
日本の海にもいるんだ。
私の周りをシードラゴンがくるくる回ってる。
シードラゴンが動くと、キラキラ光って綺麗。
私の手や足の動きに合わせてシードラゴンもくるくる回る。
3つの光が指先に当たると、急に景色が変わった。




あ、転覆しちゃった。
上の方で水面がキラキラして綺麗。
水の中があんなに怖いと思ってたのにいざ水の中に入ってしまうと全然こわくない。
シードラゴンは?
目の前にいた。
思った通り、キラキラしてとっても綺麗。
でも、水の中で見たら想像してたのよりもずっと大きい。
3匹のシードラゴンはやっぱり私の周りにいる。
シードラゴンってイルカとかの仲間なのかな。
全然離れる氣配がなくて、テレビで見た泳いでると近くに遊びに来てくれるイルカを思い出した。
兄ちゃんの部屋の本で見たシードラゴンとはちょっと違うなぁ。日本のシードラゴンだから?
ドラゴンって言う通り龍みたいに長い。
でも、怖くない。
海の中って落ちてくる水の中みたいだけど、怖くない。
すごく冷静だった。
息苦しくもない。
ずっと居てたいくらい心地いい。


「まだそっちの世界で旅するの?」
水の中なのに、声が聞こえた。
「まだ帰ってこない?」
「そっちにまだ居たい?」
次々と聞こえる。
その声が聞こえるたびに、シードラゴンが私の周りをまわる。
それに合わせてキラキラする。
揺れる水の感覚が氣持ちいい。


「いつも、そっちは悲しいことばっかり。いつも1人で泣くんでしょ」
「どれだけあなたが想っていても、ヒトは裏切る。あなたの想いを踏みにじる。それでもそっちの世界にまた戻るの?何度も裏切られてもまだヒトが好きなの?」
「ようやく迎えに来れた。あなたの居るべき世界へ帰りましょう。歓迎しよう。ああ、長かった」


私の居るべき世界。
「来世のこと?」
「来世…と言うかもしれないね」
「私、1人で行けるの?行っていいの?」
真ちゃんは一緒に行かなきゃ来世へは行けないと言った。
「行っていいって変なことを言う。あなたの居るべき世界なのに何故許可が要るの?」
「私の居るべき世界?」
「おかしいと思わなかった?なんで自分はこんなにも長いこと相応しい扱いを受けることが出来ないのか」
自分に相応しい扱い…。
私に相応しい扱いだから、こんなに辛い世界なんじゃないの?
「ヒトの中に居すぎたんだ。これは大変」
「なんてこと。自分に相応しい扱いも分からなくなるなんて」


シードラゴンたちは、また私の周りをくるくるとまわる。
その水の動きが氣持ちいい。
とっても優しい。


「来世は、私が居ていい世界なの?」
「何故そう思うの」
「ここは、私が居ちゃいけない世界だから。私が居るとみんなが不幸になる世界だから。私は邪魔なヒトだから。来世は私がいても不幸にならない世界?」
「何故不幸にならないといけないの?私たちはこんなにも長い間待っていたのに」
「あなたが帰ってくるのをどれだけ待っていたか」
私を待っていてくれた世界。
私が居てもいい世界。
夢に見続けた世界。


「変わり者なのは相変わらずだね。昔はいろんな世界を見るんだと、先延ばしに。今は自分が行ってもいいのかと聞く」


水の中なのに風が吹いて、私の隣で青い布が旗めいた。
何故か真ちゃんを思い出した。
「真ちゃんは?」
「真ちゃん?あのヒトのこと?また会ったんだね。だからそんな不思議でおかしなことを言い出したの?」
「アレと会うといつもおかしなことを言いはじめる」
「あのヒトも変わり者だね。何度も何度も世界を見せようとするなんて」
「まだ遂げてないんだね。それでも諦めないなんて」
「『今度こそ』とまた言うの?」
「それとも、帰ってくる?」
「歓迎するよ。早く戻ってらっしゃい」


私が行って、歓迎してもらえる世界。
私の居るべき世界。
心惹かれる。
夢見た世界。


「あなたが決めるだけ。まだ辛く悲しい世界でいろんな景色を見るか」
「それともあなたに相応しい世界へ帰るか」


私が決めるだけ。
私が居ていい世界を知りたい。


シードラゴンに手を伸ばそうとした時、真ちゃんに呼ばれた氣がした。


「真ちゃんとは行けないん?」
「あのヒトはまだ行けないと言ったら?」
「なら、まだこっちに居たい。けど…」


けど、私はこっちの世界にいちゃいけない。
もうすぐ赤ちゃんが来る。
それまでに消えなきゃ赤ちゃんまで我慢させちゃう。
ねーさん達にもっと迷惑かけてしまう。


「何を迷うことがあるんでしょ」
「やっぱり不思議な子」
「まだ人に期待しているのかもね」


人に期待…しているんだろうか。
何を?
私がここに居ると認めてくれるかもしれない。こと?


「そろそろ時間が来る」
「さあ、どうする?」
「こっちに帰ってくる?それともそっちに戻るの?」


真ちゃんが言っていた来世へ行くタイミング。
きっと、今がそうなんだ。
今なら、私が1人でも行ける。
真ちゃんまで巻き込まなくてもいい。
あの人はここの世界に居てもいい、居なきゃいけない人。
タイミングが合わないと、行けない来世。
来世も辛い世界かもしれないと思ったこともあったけど、シードラゴンの言うのは私の居るべき世界。
私が居てもいい世界。
何で迷ったんだろう。
ずっと、ずっと行きたいと思ってた来世へ行けるのに。


また真ちゃんに呼ばれた氣がした。
真ちゃんの声がして、また青い布が旗めいて。
山の上から陽が昇る。
それはとても綺麗で。
目覚める町にワクワクした。


場面が変わって、夜。
2階の窓から覗くと、たくさんの人が楽しそうに歩いてる。早く行こうと言った。


山の上から遠くの町を見る。
早くあの町へ行きたい。


見上げるといろんな色のガラスから光が溢れてる。


次の瞬間、暗い石で囲まれた部屋にいる。
冷たくて、寒い。


また次の瞬間には、あの青い布が黒く染まっていた。


いろんな場面がスライドショーを見るみたいに次々と変わる。




分からない。
あんなに夢見た来世へ行けるというのに、かぐや姫みたいに、お迎えにも来てもらってるのに。


「さあ、どうする?」


私は…


私の居てもいい世界へ、行こう。
まだこっちに居たい氣はするけど、きっと、すぐに来世へ行きたくなる。
だって、今までそうだったから。
シードラゴンたちは、私を待っていてくれたから。
やっと、私を待ってくれてる存在がいると分かったから。
いろんな景色が見られるとしても私が居ちゃいけない世界よりも、私が居ることを許される世界が良い。




『星と同じ位、いろんな景色があるよ』
『いつか、違う私になったら連れてって。見てみたい』




「また、待たなきゃいけないね」
「好きなだけ見ておいで」
「でも、帰りたくなったら呼んだらいいよ。いつでも歓迎しよう。迎えに行こう」




「暑ーい」
「ああ、良かったー。びっくりしたんだからねー!」
ねーさんだ。
あれ?シードラゴンどっか行っちゃった。




「この海にシードラゴンが居るって聞いたことないけど、それ、ホンマにシードラゴンやったんすかね?」
帰りにさっき会ったシードラゴンの話をしたら、運転しながら美樹ちゃんが言った。
「多分シードラゴンだよ。キラキラーってしてね、ふわーって。泳ぐとね、またキラキラーって。すごく優しくてね、一緒に帰ろうって。」
「シードラゴンと遊んだの?」とねーさん。
遊んだって言うのかな?話をした?


シードラゴンと話をしている間、私はやっぱり沈没してたらしい。
そうやんな、よく考えたらシードラゴンは海の中だもんなぁ。


でも、私、シードラゴンの所に行くって決めたのに、何で行けなかったんだろう。


夜、真ちゃんがシードラゴンと話したことをもう一度教えてと言った。
シードラゴンと話したこと。
その時に見えたスライドショーのような風景。
「その青い布、他に何か見た?」
「時々出てくる…氣がする。でも分からへんねんなー。何で青い布なんやろ。でも、シードラゴンと会った時の最後は黒っぽくなっててん」
真ちゃんは黙ってしまった。


「今日、あっちで寝られる?ちょっと仕事残ってるねん」
そっかー。残念。
もう、真ちゃんの部屋で寝るのが習慣になってたから1人で寝るの寂しいけど、仕事あるなら仕方ないよね。
うん。




その日だけだと思ったけど、真ちゃんは仕事が忙しいみたいでなかなか一緒に寝られない日が続いて、何日か経つとなんだか「そっちで寝ていい?」と聞けなくなってしまった。
つまらなーい。
今まで眠たくなるまで話をしてたけど、その話し相手が居ないとなかなか寝られない。
寝られない時は、ウッドデッキに出てボケーっと空を見ていた。


『星と同じ位、いろんな景色があるよ』
誰かが言った言葉を思い出す。
私はその景色を見たかったんだろうか。


虫の声を聞きながら空を見ていると1人になってしまった氣がして、何であの時シードラゴンが待つ世界に行くとすぐ答えられなかったのかと思う。
そんなことを考える日が続いて季節は少し肌寒くなっていた。
シードラゴンが言った通り、やっぱりこの世界は刺激が多すぎて、あの時来世に行くとすぐに言えなかったことを後悔した。




ねーさんの赤ちゃんはもうすぐ生まれる。


赤ちゃんが生まれたら、ねーさんも美樹ちゃんもお世話が大変になってしまう。
私が熱を出したり、調子悪くなったりしたら迷惑かけてしまう。


それに、
ねーさん、美樹ちゃん、赤ちゃん。
真ちゃんと兄ちゃん。
私だけ家族じゃないから。


よく考えたら、分かるのに。
みんなが何も言わないからって、甘えてずっとここに居たけど。
家族じゃないのに、一緒に居るのなんて、変。


私の家族ってどこに居るのかな。
お父さんとお母さん、兄弟もいる。
けど、あの中には私は居ない。ずっと居ない。
もしかしたら、シードラゴン達が私の家族だったのかな。
だって。あんなに優しかった。
心地よかった。
じゃあ、何で私はヒトのカタチをしているんだろう。


シードラゴンも私の家族じゃなかったら?
ふと思ったけど、あの時「歓迎しよう」と言った。
それに「帰っておいで」とも。


でも、もう少し、この家に居たい。


赤ちゃんが生まれるまで、このお家の家族が来るまで。
ちゃんとした家族が来るまでに、家族じゃない私は帰るから。
とっても、ずるいことだと分かってるけど、
みんな優しいから、家族じゃないけどここに居るのは変だと言わない。
だから、ちゃんとしたこの家の家族が来たら自分の所に帰るから。




新学期が始まると、また私は居心地の良いこのお家と厳しい空氣の学校とを行き来する。
学校に行っているといつでもこの世界から消える覚悟は出来るのに、下校時間になるとまたお家に帰りたくなって、結局ズルズルと居座り続けてる。


「あれー?」
今日は美樹ちゃんが迎えに来てくれると言ってたけど、待ち合わせ場所に着くと兄ちゃんの車が止まっていた。
「きい、ただいまー」と私に氣が付いた兄ちゃんが笑ってくれた。
「おかえりー」
久しぶりに見る兄ちゃんは少し顔色が良くない。
「調子良くないん?しんどそう」と言ってみると「時差ボケやろ」と笑った。
「ちょっと寄り道してかん?」と言ってお家へ帰る道とは違うルートへ出た。

しばらくすると、見覚えのあるおうち。
サーウィンのパーティーで連れてきてくれたお家に着いた。
二階の一室に通される。
前も思ったけど、生活感というんだろうか、そういったものが全く感じられない別世界。
兄ちゃんは紅茶を入れてくれて「こっち帰ってきてる時はここで仕事してんねん」と教えてくれた。
前に兄ちゃんの仕事を聞いた時にねーさんが「アキちゃんってホント謎なんだよねー」と言ってたけどホントに謎。
家に戻ってきてもここで寝泊まりしていると言う。

「きい、前の話覚えとる?」
前の話?
どの話かを思い出そうと頑張っていると、兄ちゃんは『私が私で居られる場所』に連れて行ってくれると言っていた話だと教えてくれた。
「きい、ちょっと早いけどホンマに行かへん?」
どういうこと?
「思ったより上手いこと行きそうやねん。もうすぐ呼べる」
呼ぶ?
「ただ、海外やで色々手続きがあるでな、きいに先に聞いとこうと思って」


海外には私が居ても良い場所があるってこと?


私が居ても良い場所があって、それは海外。
いきなり出てきた話に呆然としてしまった。
「私が行ってもいいの?」
「何で聞くん?きぃに相応しい場所やって言ったやんか」と兄ちゃんは笑った。
まただ。
『相応しい場所』
シードラゴンもそう言った。
やっぱりここは私は相応しくないんだろうか。
「それともやっぱりキリコとおりたい?」
ねーさんと一緒に居たい。けど、もうすぐ赤ちゃんが来る。そしたら私がねーさんを独り占めしちゃいけない。
本当に外国に私が居てもいい所があるんだろうか。
「もうちょい考えといて。まだすぐ返事しなくてええで」