Story 33.ライブ。

「緊張してきた…かも…」可愛くヘアメイクもバッチリなきーちゃんは椅子に座ったり、立ち上がってウロウロしたり、また座ったり。今日のバレンタインは私の産休復帰ライブ。
「むらさきちゃん、スマイルスマイル♪」加奈子がきーちゃんのほっぺをムニムニっとする。私の産休明けライブをブッキングした後に、メンバーの結婚により解散になった私のバンド。代わりに人脈が広いアキちゃんに頼んで知り合いに声かけて出てもらう予定をしていたら、その人たちが2月入る直前に飛んだ。お世話になってる店だし、今更キャンセル出来ないよね。と加奈子と話している時に「むらさきちゃん、歌ってみない?」とマハルに歌ってくれていたきーちゃんに声をかけたのがきっかけ。きーちゃんは歌が好きで、たくさんの歌をマハルに歌ってくれる。そして、広いところで歌うと氣持ちが良いのか、時々真ちゃんと公園へ行って歌っているらしいから、やってみようよと私も推した。
私と加奈子ときーちゃん。即席、スリーピースバンド結成。打ち込み駆使して、私がキーボードで加奈子がギター。そしてきーちゃんボーカル。
加奈子は、ウェディングパーティできーちゃんが歌ってくれた時にバンドやったらいいのにと思ったらしい。確かにとっても可愛かった。最初は「人前で歌なんて恥ずかしいー」と言ってたきーちゃんだけど、加奈子がやってみようよ。と熱く語って口説き落とした。時間が無いから、全曲コピーだけど、3週間にしては仕上がってる。
加奈子作、紫色のヒラヒラのワンピースがかわいいきーちゃん。巻き髪もバッチリ。いつもより、ちょっとお姉さんに見えるね。「緊張しすぎておえーってなるーー」「お姫さまはおえーなんて言わないのー」と顔面蒼白になってるきーちゃんに笑う加奈子。
リハ後、一旦客席に行って入るお客さんを見てから「緊張してきたー」とまたウロウロし始めたきーちゃん。初々しいわぁ。初めてライブした時を思い出した。初舞台なのに、トップバッターではなくトリと言うきーちゃん。ファイト♪
「姫さまー、ヒカルの君お連れしましたわよ」と加奈子が楽屋へ真ちゃんを連れてきた。「おおーすっげー。めっちゃかわいいやん」ステージ仕様に変身したきーちゃんを恥ずかしげもなく褒める真ちゃん。「緊張しすぎておえーーってなりそうーー」「おえーって。かわいい格好しておえーはあかんwww」加奈子と同じようなツッコミされてるし。
真ちゃんと話して氣が紛れたみたいで、ようやく笑顔が見える。「でも、外(客席)行ったらまた緊張するよねきっと」と加奈子が苦笑い。「だいたい最初のライブはトップバッターでサクッと終わってすぐ緊張から解放されるもんねー」「ヒカルの君についててもらうかー」2人を連れて私たちは客席に行く。しっかり飲んでる旦那を発見。「今日は一段と派手やな」と私と加奈子を見て笑う。
マハルは職場のオーナー夫妻が預かってくれて、なんだかこの雰囲氣久しぶり。「ビデオも借りてきたで」と旦那がオーナーから借りてきたビデオを見せてくれる。きーちゃんのライブデビューを撮りたいらしい。(デビューはパーティじゃないかと思うんだけど)「ちょっと、ダンナめっちゃお父さんやん。娘の発表会で張り切ってるみたい」と密かにウケる加奈子。そうなの、娘が可愛くて仕方ないお父さんなの。
今日の出演は、4バンド。トップバッターのバンドは高校生だって。若いよね。なんだか微笑ましくなる。高校生の絶妙な緊張感にニヤニヤしちゃう。そんな私と対照的にきーちゃんはまた緊張の面持ちでライブを楽しむなんて余裕は全くなさそう。「楽屋連れてこか」と加奈子は苦笑いしつつ、真ちゃんに「ついててあげてよ」と声をかけてくれていた。ホント、加奈子は面倒見いいよね。頼れるわ。
2つ目のバンドが終わって、加奈子と楽屋へ戻る。「今日はキリエが光と音の魔法使いやねんで」と真ちゃんの声がする。「そっかー」「せやん。ステージの大きさは違うかもしれんけど同じやで。大丈夫。」きーちゃんが思いっきり真ちゃんにハグしてるところに戻ってしまった。「あらー、お邪魔してごめんねー」と冷やかす加奈子。ギリギリまできーちゃんに付いててあげて欲しかったのに真ちゃんは客席に戻ってしまった。
「光と音の魔法使いって?」と加奈子。「あのね、、、」ときーちゃんが話し出す。
ずっと光と音が怖かったんだけど、それを操っている人たちがいるって知って音楽を聴き始めてん。最初はね、テレビだけで見てたんだけど、初めてのライブに行って実際に目で見て空氣を感じてその人たちは光と音を操ってみんなを幸せにする魔法使いだと思った。だってね、その日にねーさんたちと初めて会ったんだよ。ねーさん達をね、連れてきてくれてん。だから光と音の魔法使いはすごい魔法使いなん。
きーちゃんは目をキラキラさせてこう言った。そっかー。あの日きーちゃんはそんな風にライブを観てたんだ。世間ではこのアーティストが好きって言うと「え?」と言われてしまうくらいのクセが強いアーティストだけどね。
前のバンドの演奏が終わった。「さて、姫さま方参りましょー」加奈子の言葉で立ち上がったきーちゃんはとっても頼もしい光と音のかわいい魔法使いになっていた。ステージに出てセッティング中、きーちゃんはしゃがみこんで床に手をあてて、そして、立ち上がって天井を見上げる。客席に真ちゃんと旦那を見つけたのか手を振っている。かわいい♡後ろの端っこのテーブルについていたと思ってた旦那は、センターの一番いい所に移動してビデオを構えていた。加奈子もそれに氣付いて、私と目が合うと笑った。
光が当たると初めて(2回目?)のライブだとは思えないくらいきーちゃんは落ち着いて楽しそうな表情をみせる。
私達の音で光と音の魔法使いは、みんなに魔法をかける。曲順間違えたのはご愛嬌だね。くるくる巻いた髪が跳ねるたび、きーちゃんが楽しんでいるのがわかって嬉しい。5曲歌いきって、照れくさそうに笑うきーちゃん。
「楽しいね♪すごいねー♪」とご機嫌。楽しんでもらえてよかった。加奈子は翌朝早いというので、精算後ダッシュで帰ってしまった。打ち上げが楽しいのに残念。
「着替えたんや、可愛かったのに」と着替えたきーちゃんを見て真ちゃんが残念そうに言うけど、着替えるの当たり前でしょ。派手なドレス着て街歩けないから。それにあの格好だとかなり寒いわ。うちのかわいい娘が風邪をひいたらどうすんだ。
最近、一旦落ち着いてると思っていた真ちゃんの異常な可愛がり方が復活してる。しかも前よりもずっと直球で言葉にするし。きーちゃんには直球で言わなきゃ、変に解釈して間違って捉えちゃうことあるから良いんだけど。私もストレートに言って伝えること増えた氣がする。真ちゃんが直球なもんだから、旦那の眉間のシワが増えたような。笑きーちゃんは、相変わらずで。だけどだいぶ感情を出すことができるようになってるし、よく真ちゃんにくっついてる。けど、まだお父さんに懐いてる感は否めない。やっぱり学校へ行くということや人の多い所は負担が大きいみたいで寝込んでしまうけれど、前のようにギリギリまで我慢することがなくなって、こまめに回復しようとよく横になっている。
「じゃあ、後でねー」と言ってきーちゃんは真ちゃんの車に乗る。今日は旦那も真ちゃんも仕事だったから車は別。「2人でご飯食べてきたらいいやん♪マハルくんお泊まりだし」ときーちゃんが言ってくれて、そうすることにした。本当は飲みに行きたかったけど、旦那がもう飲んでしまってるから私が飲むわけにいかないので軽くご飯だけを済ませて帰宅。2人で外食するのって、もはや新鮮だわ。時々2人で出かけたいよね。なんて思ったりした。
帰宅すると真ちゃんの車はまだなかった。「ちょー、まだ帰ってへんってどういうことやねん」と旦那。知らないよ。口うるさい親父は嫌われるよ。
「ねー、暇」お風呂に入って、一息。きーちゃんたちはまだ帰宅してない。旦那と晩酌タイム。「マハルもきーちゃんも居ないってもう違和感しかないんですけど?」「まあねぇ、その氣持ちわかりますよ」2人で暮らしてたとき、どんな話してたっけ?と旦那と喋っていると、きーちゃんたちが帰ってきた。「まだ14日!間に合ったー」と玄関からきーちゃんの声が聞こえる。そして、バタバタと足音がしてリビングに現れるきーちゃん。くるくる巻いた髪が跳ねて一段とかわいい。
私たちが座るコタツまでやってきて座る。「あのね」カバンをゴソゴソ。ちょっと落ち着きなさい。コートくらいは脱ごうか。「ハッピーバレンタイン!いつもありがと!ねーさん大好きです!」かわいい包みを私にくれる。「私に?ありがとう」あけると、小さなポーチと可愛いチョコ。やだ、私何も用意してなかったよ。私だけだったせいか、旦那は少し拗ねてまたビールをあけてる。お父さん、分かりやすすぎるわ。かわいいところあるよね、実は。
「美樹ちゃん、ハッピーバレンタイン!いつもありがと!大好き!」旦那にも紙袋を渡す。完全に自分には貰えないかと思ってたみたいで、旦那は驚いてポカーンとしてる。紙袋の中身はお酒とおつまみのセット。「でも、飲み過ぎないでね」うふふ♪と笑うきーちゃん。やっぱりかわいい。「これはね、マハルくん。明日渡すね♪」かわいい袋を出した。マハルには帽子と靴下のセットを選んでくれたらしい。「かーさんや、きーちゃんは嫁にやらん!一生手元に置いとくぞー。」出た、旦那の親バカ。笑完全に酔ってるね。「真弥、おまえにはうちの娘は絶対やらんからな!手ぇ出したらわかっとるやろな」ちょうどリビングに入ってきた真ちゃんに飛び火する。「なに?」真ちゃんはびっくりしてるけど、酔っ払いの戯言です。「良いでしょー、きーちゃんからのバレンタインのプレゼントー♡」嬉しすぎたから見せびらかす。「良かったやん」と言って笑う真ちゃん。何?余裕じゃない。と思ったら、見たことないブレスレットしてる。何だー、真ちゃんも貰ってたのね。つまんない。
「風呂入ったらこれ取れるやん」一緒に飲み始めた真ちゃんは完全に酔っ払いモードに入ってきーちゃんの巻き髪をいじりながら言う。「お風呂入らなきゃ寝られへんやん」「今日は風呂無し。許す」「なんで真ちゃんが決めんのー」「えー、これめっちゃええやん。残しとこうや」何言ってんのかしらね、こっちの酔っ払いも。「これさ、2つにしてさぁ…」ときーちゃんの髪を結い始める真ちゃん。真ちゃんって、帯をしめるのもそうだけど、手先器用よね。
「めっちゃええやん。パーマかけようや」「かけへんー。学校で怒られるもん」アイスを食べながらされるがままになってるきーちゃん。「あかん、めっちゃかわええ」きーちゃんを見て悶絶してるこの酔っ払いどうしようかしら。プラスしてこの言葉にすごい視線送ってる酔っ払いも。
「きーちゃん、お風呂久しぶりに2人でお風呂入ろー」酔っ払いからかわいい娘を助け出す。「風呂はあかんてー、入らんでー」酔っ払い1号。「うちの娘に汚い手でさわんな!」酔っ払い2号。ホント、なにしてんの。私たちは酔っ払いを無視してお風呂に入った。たまには子供抜きで過ごすってのもいいね。オーナー夫妻に感謝だわ。
「ねーさんとお風呂入るの何だか久しぶりだね♪」湯船に浸かってきーちゃんが言った。マハルが生まれるまでは結構な頻度で一緒に入っていたけど、この間旦那の実家に帰った時以来一緒に入っていなかった。きーちゃんなりに私のことを氣遣ってくれて一緒に入ろうと声をかけずにいて、申し訳なく思う。きーちゃんが今まで受け取るはずだったものを今から少しづつでも渡したいと今でも思っている。けど、育児を理由にきーちゃんをないがしろにして、きーちゃんの優しさに甘えているんじゃないかと思うことがある。
「あら、おかえり」お風呂から上がると、リビングにアキちゃんが居た。帰ってきたの氣が付かなかったわ。「兄ちゃん!!おかえりなさい!!」後から来たきーちゃんもアキちゃんを見つけて、勢いよくアキちゃんに向かってダイブした。「ただいま。きぃは今日もかわいいな。いい子にしとった?」アキちゃんがきーちゃんを抱きしめるのを見て酔っ払い二人の表情が変わる。もう、この人たちめんどくさい。「兄ちゃん帰ってくるって知らんかったから、プレゼント送っちゃった…」ときーちゃん。そう言えば、この間アキちゃんに荷物を送りたいって言ったから荷物を出しに行ったわ。アキちゃんの誕生日が近いから、誕生日プレゼントとバレンタインのプレゼントだったみたい。「そうなん?楽しみにしとるわな。ありがとな」とアキちゃんが答えるけど、顔近い!離れなさい。「風呂!」と言って真ちゃんはリビングから出て行く。もう、めんどくさいー。
「赤ん坊の顔見に来たのに、今日居らんのかいな」アキちゃんが連絡くれてたらお泊り頼まなかったわよ。「これ、出産祝いなー。じゃあ、戻るわ」封筒を旦那に渡すとアキちゃんは立ち上がる。「もう行くん?」「せやねん。ちょっと時間出来たからきぃの顔見に寄っただけやねん。いい子にしとくんやで」そう言うと嵐のように去って行ってしまった。きーちゃんは寂しそうに車が見えなくなるまで見つめていた。