Story 34.進路希望。

春休みに入った。きーちゃんはもうすぐ中学3年生。そろそろ進路を考えなきゃいけない。と言うことは、第一の期限がやってくる。今がどんな風に進路を決めるのか知らないけど、3年生になる頃にはもうだいたい決め始めてなかったっけ?大阪は違うのかな。ときーちゃんの進路についてヤキモキしているのはどうやら私だけのようで…当の本人はそんな素振りを見せない。そしてアキちゃんは海外にきーちゃんを連れて行きたいということを本人に話したんだろうか。
「進路希望?」きーちゃんに聞いてみた。「学校でなかった?」「………。ないんちゃう?」なんだ、その氣の無い返事。「高校行くならどこ行きたいとか」「行かない。」即答。ちょっと待って。ってことはアキちゃんの所へいくってこと?「行かずにどうすんの」「働く」「無理でしょ」アキちゃんの所へ行くと言い出すかと思ったからホッとしたけど、どう考えてもきーちゃんが働けるとは思えない。だからって、高校もハードルが高いのは高いと思うけど。どのみちご両親と話ししに行かなきゃダメだろうし、その時点でハードル高そうだけど。アキちゃんの元に行きたいのかも聞こうかと思ったけど、アキちゃんは向こうできーちゃんを迎えるために整えておかなきゃいけないことがあると言っていたのを思い出して、アキちゃんからアクションがあるまで聞くのをやめることにした。
「無理そうだ。」二階の私たちのリビングで、私は自分のヘソクリ通帳を眺めて頭を抱えた。もしも、きーちゃんが学費のことで心配して就職を希望しているなら援助できないかと思ったんだけど、高校って、どれくらい学費がかかるかわからない。入学金とかなら余裕でいけそうだけど、3年間と考えると心許ないなぁ。公立の学校と私立の学校とでもまた変わってくるんだろうけどさ。ドカンと時々買い物に使った自分の計画のなさ。恨めしい。きーちゃんのことだから、働くと言っている一番の理由は経済的なものでは無いだろうけど。旦那にはいくら何でもこれは相談できない。氣がする。だから、私が自由に動かせる範囲で何とかしようと思ったけど…ちょっと心許ない。
けど、きーちゃんには高校生になって欲しい。純粋に自分が普通の高校に行ってなくて、街で見かけた同じ年頃の制服を着ている子が羨ましかった。ってのもあるんだけども。きーちゃんは社会に出るよりも、もう3年間、学生というポジションにいた方が良い氣がする。その方がまだきーちゃんへの負担は少ないような氣がする。
夜の晩酌タイム、私も復活していた。ので、ヘソクリ通帳を持って真ちゃんの部屋へ行った。今夜はきーちゃんはマハルと2人でアキちゃんのお姫さまベッドで寝てる。好都合。きーちゃん本人の意思次第なのは分かってるけど、海外へ行くつもりもなさそうだし、きーちゃんがそれを決める時に少しでも氣掛りを減らしておいてあげたい。
真ちゃんの部屋のドアの前で深呼吸。なんだか緊張するわ。「邪魔するよ!」勢いよく襖を開けた。「あら、いらっしゃい」相変わらず、タバコ吸い過ぎだっての。換氣して部屋が白いってどうなの。一瞬、闘志が削がれる。もう、これくらい脱力してた方がいいのかしら。
「今日の議題なんだけど!」「議題?」「酒の席でそれは野暮ってもんよ?」ええい、この酔っ払いどもめ。「きーちゃんの進路!」「そんな時期か?」と旦那。「新学期入ったら3年生だよ!」「3年生か!」(旦那)「早いな!」(真ちゃん)ダメだ、この人たち。期限の話忘れたの?「それって、本人抜きで話すもんですかね?」と真っ当な意見の旦那。そうなんだけどもー。
きーちゃんに聞いたら、海外に行く件についてはコメント無かったけど、高校に行かずに働きたい。と言ったこと。でも、どう見ても社会に出るだけの力は見られないと思うこと。どのみち進路決定にはご家族と相談しなきゃいけないけど、私はまだあと3年でも学生というポジションのがいいと思うこと。私が自由に動かせるコレ(通帳)で学校行かせたい!マハルの分はちゃんとある!コレはヘソクリだ!この事を言ったら、きーちゃんは真っ先に遠慮して受け取らないのは承知。勢いに任せて言った。ちょっと、そこの酔っ払い2人。反応してよ。
「どんだけあるん」と旦那が通帳に手を伸ばすけど手を叩く。まだ、見せない。だって「こんなに貯めてたんか!」ってツッコまれるのわかってるもん。笑
「まあ、働くってのは…無理やろうな」と旦那。「だから進学の方にきーちゃんを持って行きたいの」「だから、いくらあるねんって」「それは言えない!」「何でやねん。それ分からないとキリコがヘソクリ使って行かせたい言うても進まんやろ」「多分、1年分は余裕…なはず。」「全日って3年やなかったっけ?」呆れる旦那。「マハルの学費?」と真ちゃん。「違う!大阪来てから貯めたヘソクリ。の一部。マハルのは何も手をつけない」「純粋考えて、コレ使ったとしても現実的やない氣がするけど?」「きーちゃんの希望のこと?」「それもや。けど、そこまで何でキリコがすんねん」冷静な旦那の言葉。きーちゃんを育てて行くと言っていた話はどうなったのかショックだった。「私がきーちゃんに高校生になって欲しいから!」前に、旦那ときーちゃんとのことを話した時、確かに旦那は「高校やらは行かせてやれん」って言ってた。それは良くわかっているし、私たちが学費を工面してまできーちゃんを高校に行かせる義務も責任もあるわけでもないのも良くわかってる。1人を進学させる為にどれだけかかるかも、マハルが生まれた時しっかり聞いたし(保険屋さんに)
「きーちゃんは、マハルと一緒なの。マハルと同じ位きーちゃんのこと大事なの!」「わかったけど、これ、今すぐ出さないとあかんか?キリコがそんだけ考えてるんは分かったけど、正直、そこまで想定してへんかったんやわ。楽しいだけでは行かんのも分かってたけど、今すぐ答えは出ないし、この話は一度親御さんの意向も聞かないとあかんのちゃうか?」そうだよね。旦那の言うことは分かるけど。「うん、オッケー」で終わるわけは無いとも思ってた。「すぐじゃなくていい。けど、きーちゃんが進学するって決めたら私はコレ渡すから!」「それはキリコのやから、好きにしたらええわ」って、私たちだけで話してる間、真ちゃんを見ると黙って難しい顔をしていた。「親御さんへは機会を見て話そうと思ってた。このままズルズルと居てもあかんとは思う。だからその辺りのスケジュールをきーちゃんから聞いててくれるか?」と旦那が言った。忘れたわけじゃなかったんだ。勝手に私たちが決めてしまうと親御さんのメンツを潰してしまうことにもなりかねない。これからどうなるか見えていないのは確かやから、結局自分らが進学させることになったとしても一度親御さんに会って意向を確認しておきたいと続けた。旦那はそこまで考えてたんだ。
「うわっ、何でこんなに貯めてんねん!ひとまず何か買ってやwww」氣を抜いて旦那に通帳を見られてしまった。「この一氣に下ろした形跡は鞄買った時?」チェックすんなし。「きーちゃん、これいらんって言うたら車買ってやw」何でよ。そうなったらきーちゃんの嫁入りの時の為に残しとくわ。
答えは出ないまま、4月になった。きーちゃんと知り合って2年が経った。まだ2年。この2年は本当に私もきーちゃんも本当に人生の激動の時期だったんじゃないかと思う。きーちゃんは、背も髪も伸びた。まだまだ幼いながらも、急激に成長しているように見えた。幼い本当に子供だったきーちゃんはマハルの事も含めて私の心強い味方になってるし、守られるだけの子供からずっと強くなったと思う。ライブが楽しかったみたいで、加奈子と2回目のライブも計画していてスタジオにも入る。私ももちろんメンバー。歌うことで色々と発散出来ているみたいで普段の表情も一段と明るくなっている。
「きーちゃん、それは一回話さないとあかん。認めたくないやろうけど、まだ子供やからな。最終的に自分が決めるかもしれんけど、1人で決められるもんやないで」新学期が始まって少しして、やっぱり心配していた進路の問題が浮上。進路の希望と懇談の案内が配られたらしく、夕食の時「やっぱり出さないとダメかな」と相談したきーちゃん。それに答える旦那。「そうやんなー」と力なく答えるきーちゃん。見ていて可哀想になるくらい一氣にテンションがガタ落ちしているけど、旦那の言ってるこもは正しい。「多分ね、聞いてくれるとして、結論出してからでないと聞いてくれんと思うねんな。でも、何て言ったらいいんやろー」
夜のマハル授乳中。夕食から落ち込んでいるきーちゃんがソファーまで来た。「結論は出てる?」「出てない。就職希望にしたい。」「どうしても就職希望?」「だって…」だって、に続く言葉を待っているけど、なかなか聞けなかった。「私は高校生になった方がいいと思うけどなー」「なんで?」「私、普通の高校に行ってないから。やっぱりね、街で同じ年頃の制服着た子を見たら羨ましかったよ。自分で決めたから後悔は全くしてないけどね。」「そっかー」「それに、きーちゃんにはあと3年の時間の猶予が出来るって必要だと思うな。これが一番の理由」「猶予?」「うん。ちょっと厳しいこと言うかもしれないんだけど。」これを言って大丈夫かと少し悩んだけど、今、現在のきーちゃんの状態だと社会に出ることは負担が大きいと思うこと。まだ、高校生になった方がしんどいのは変わりないし自由は感じないかもしれないけど、負担は少ないと思う。と言うことを伝えた。「そうかぁ。どっちがいいかわからないんだけど就職にしたらもっとちゃんと自分で生きていけるかなって。まだ何年も学校に顔色伺うの嫌だなぁ」親にでなくて学校?って思ったけど、そう言えば先生に「誘拐として通報出来る」って言われたの氣にしてたよね。まだ、氣にしてるよね、やっぱり。難しいよねー。就職したところで、未成年は未成年だけどね。
「きーちゃん、その理由だったら私は就職っての反対。きーちゃんの希望じゃないやん。きーちゃんが働きたい!って思って就職希望なんだったらどうしたらいいか一緒に考えるけど、今の理由だったら全然きーちゃんの理由じゃない」本当のところ、きーちゃんとご両親との関係はよく分からない。けど、前にきーちゃんの家に行ってお母さんとのやりとりや様子を見ていると普通に考えるような関係ではないのかと思うし、引越ししてすぐに連絡先を渡しておいたけれど、一度も連絡が来ることはなかった。
「真ちゃん、知ってるんでしょ?」晩酌タイム。きーちゃんがマハルを見ていてくれるという言葉に甘えて晩酌部屋へ向かった。春休みに入った頃、たまたま買い物に行った2人はきーちゃんの家族と会ってご飯食べてきたことがあった。その時にご両親との様子を見てる唯一の人物。「いやぁ、言うてもさ…」言葉を濁す真ちゃん。何さ。「一般家庭の家族がどんなんかわからんで比較対象が…」そうだった。ここの家庭も非常にややこしかった。「真ちゃん的にどう感じた?」「まあ、和気藹々ではなかったなぁ」アテにならなかった。
忌々しいプリントめ。きーちゃんは提出出来ないまま1週間ずっと沈んだままで、寝込むことは無いけれど笑うことがなかった。「はーい、じゃあね」帰宅すると、きーちゃんは電話をしていてちょうど電話をきるところだった。「頑張った、頑張った」真ちゃんはソファーでうなだれているきーちゃんの頭を撫でている。
全くこの話題とは関係ないんだけど、こうして見たらやっぱり真ちゃんのきーちゃんを見る表情は娘だったり妹的に可愛がってるって訳ではなさそうだよね。兄弟揃って女遊びが激しいというかよくモテるというかそんな感じだったから、ここ最近ぐっと遊びに出る回数も減ったし遊び方も健全になってるから人って変わるんだね。とちょっと驚いてる。しかも、現時点で報われるのかどうかも分からない完全一方通行。きーちゃんも多少は何かしら想いの変化はあるように思うけど、まだ中学生だし今後どうなるか分からない上にきーちゃんの場合この辺りの感情は全く以って年齢以上に幼いし、そもそも誰かを好きになるとかよりもまず自分の事も自分以外の人間に対しても好きになって信頼するって所からのスタートになるからなぁ。一緒にきーちゃんを育てると言って現在に到るものの、真ちゃんがどこまできーちゃんに対して想いを寄せてるのか分からないし、真ちゃんも若いからこの報われない一方通行をいつまで持ってるのかも分からないしなぁ。ただ、報われたとしてもきーちゃんを泣かせるようなことをしたら、私も旦那も全力で許さないけどね。
「あ、おかえり」真ちゃんが氣付いて声をかけてくれるけど、きーちゃんはうなだれたままだった。「家、電話してん」真ちゃんはきーちゃんの隣に座ったまま教えてくれる。どうだったか聞きたい氣もしたけど、今は聞かない方が良さそうだったからマハルを連れて自分たちの部屋へ上がった。「ねーさん、おやすみーー」着替えて下に降りると、ちょうどきーちゃんが真ちゃんの部屋に行くところだった。きーちゃんは、フラフラと真ちゃんの部屋に入って行った。まさに抜け殻。親に電話しただけには思えないほどの消耗具合。
「何て言ってたん?」リビングに戻って真ちゃんに聞く。「ひとまず、自分の希望決めろってさ。懇談は行けないらしいよ」「そっかー」そんなものなのかな。私の時どうだっけ…。あ、そうだ。大阪だけど専門行くって言ったら、両親は喜んでたな。なぜなら、当時の私は素行が良くなかったから。笑ひとまずきちんと考えたとかなんとか。このまま進路を決めずフラフラするかと思ってたと言われたわ。なんて親。でもこれは、結構遅かったな。こんなに早い時期じゃなかった。まともなモデルになりそうなやつ、1人くらい居てもいいのに。(私を含めて)
「行ってきます」プリント提出日。きーちゃんは、少しスッキリした顔をして登校した。「結局何て書いてたの?」真ちゃんに聞く。「第一希望、就職。第二希望、進学。学校未定」やっぱり就職が第一希望は変わらないのね。「てか、真ちゃん仕事行かないの?」「えーっと、ワタクシ休日出勤したんで振休なんですけど、働けと…」あ、そうだったわ。真ちゃんの出勤が最近なんだか不規則すぎて訳分からなくなるわ。
「キリエ迎えに行ってくるわ」きーちゃんの学校が終わる頃、真ちゃんが出かける準備を始める。「ちょっと、ちょっと」忘れてた。「いつからキリエって呼んでんの?」「はぁ?」ちょいちょい氣になってたんだけど、なかなかシッポ出さないから忘れてたわ。「ちょいっちょい、キリエって呼んでるでしょ。いつからよ」「忘れた!行ってくる!」逃げられた!照れなくてもいいじゃんー。呼び方使い分けるの面倒だろうし、普通に普段からキリエって呼んだらいいじゃない。あ、そういえばマハルが産まれたばっかの頃真ちゃんがキリエって呼んだらきーちゃんか私達の前では呼ばないでーって怒ってたな。って事はあの辺りでは、2人の時はキリエって呼んでたのか。私達の前で名前を呼ばれるの恥ずかしがるとか、きーちゃん可愛すぎるんだけど。それをちゃんと汲んであげてるとか(ちょいちょい忘れてるけど)真ちゃん意外と健氣だな。てことは、やっぱり2人の時に何かあったのかしら。いや、何かあればきーちゃんを見ていたら氣付ける自信はあるから、それはないか。
提出して、一段とスッキリな表情で帰宅したきーちゃんとは対照的に真ちゃんの表情が険しい。最近、ずっと眉間にしわ寄せて難しい顔してることが多いけど、今日は一段と難しい顔してる。もー、なんなのさ。きーちゃんは、マハルの相手をしてくれて機嫌の悪そうな氣配はまったくない。「真ちゃん、どうしたのか知ってる?」きーちゃんに聞いてみる。「んーー、わかんない。喋らなかったらずっとあんな感じ。喋る時はね、いつもと一緒やねんけど…私、何かしちゃったのかな…」ときーちゃんは寂しそうに言った。
真ちゃんの難しい表情は変わらないまま4月が終わろうとしている。きーちゃん始め私たちと話す時は普通なんだけど、黙っている時は何かを考えているような。前みたいに調子が悪いとかそんな感じではない。家業も忙しいみたいで、昼間の仕事が終わってからも仕事をして帰りも遅くなった。きーちゃんはマハルと遊んでくれたり家のことをやってくれたりしてはいるものの、やっぱり寂しそうな表情を時々見せて、真ちゃんの帰りの遅い日はウッドデッキに出て空を見上げながら真ちゃんの帰りを待っている日もある。
「あのさ、キリコ、今いい?」きーちゃんはウッドデッキで座って真ちゃんの帰りを待ってたけど、余りに遅いから先に寝るように言った日。日付が変わった頃に、たまたま下のリビングに行くと真ちゃんが帰宅していて改まって呼ばれた。「いいよ。どしたの?」ここ最近の難しい顔の真相が聞けるのかしら。それともいつからきーちゃんをキリエって呼んでるのか白状する覚悟ができたのかしら。笑
呼び止めておきながら歯切れが悪い。何?何しでかしたの?「もう、どうしたのさ。何かやらかした?」「やらかしてはない…はず」はずって何よ、はずって。「明日、きり…ぃちゃん、なんかある?」「キリエでもきーちゃんでもいいから。茶化さないから。今は」今は。だからね。氣になるからそこもいずれ聞くからね。明日、明日…は休みだね。「明日は何も言ってへんかったよ」「じゃあ、明日。」じゃあって何よ。もう、イライラするじゃん。「明日」うん、明日?「多分、キリエに結構難しいこと言うことになる思うんやんか。」
難しいこと?もう、結論を先に言って!「だからさ、キリエの話ちょっと話聞いたって」「何言うの?」「それは、、、ちょっとまだ」言えんのかーい!もう!まどろっこしいなぁ。男の子でしょ!と言いたいところだけど、、、「分かった。いいよ。私、きーちゃんのおねーちゃんだから任せなさい」「ありがとう」「で、今日はどこ行ってたの?仕事なのに飲んでたの?」一度帰ってきて、車を置いて出たの知ってるよ。「ちょっとね」何なの。
まあ、明日になったらわかるのね。と、思いつつ、氣になるってば!その難しい話とやらと関係があるのかしら。