Another story 35.私の14年。

春休みが終わって、3年生になってしまった。
話せるお友達も増えて楽しいんだけど、卒業した後の話も増えて来て氣が重たくなる。


新学期早々に配られたプリントをどうするかも氣を重たくしている。
『三者懇談のお知らせ』
2年生の終わりに出した進路希望を元に保護者と相談するらしいけど、保護者…。
両親と相談出来るわけもなく、畳んで手帳に挟んだままでもうすぐ提出期限がやってくる。
何をしなくたって卒業の日は来てしまうし、その後だって生きることをしなければいけないかもしれない。


毎晩お願いをしているのにシードラゴンはまだ迎えに来てくれる氣配はない。
卒業までに確実にシードラゴンが迎えに来てくれるなら、こんなにも悩まなくてもいいのに。


ねーさん達も進路希望に関してとっても心配して相談に乗ってくれるけど、就職を希望だと言うと口を揃えて高校に進んだ方が良いと言う。
それは、私への嫌がらせではなく、私のことを本当に考えてくれた上での進学の方が良いと言ってくれてるのはよく分かっているけど、私はかえって混乱した。


「おかえりー」
帰ると珍しく真ちゃんがいた。
最近、仕事から帰るのが遅い日が多かったからちょっとびっくりした。
「キリエ、ちょっとちょっと」
制服から部屋着に着替えると真ちゃんに呼ばれる。なんだか楽しそうな空氣がしてる。
「これ、良くない?」
見せてくれたのは小さな巾着袋。
キラキラした桜色。
「綺麗ー」
「開けてみ」
開けると、手毬のような飴が入ってる。
「かわいいーー」
「新しい魔法の飴。これはここぞという時に勇氣をくれます」
ここぞという時…。
「これ、おとーさんに電話するのにも効く?」
「キリエがここぞの時やって思う時はいつでも何にでも効くで。キリエが『今だ』って覚悟した時勇氣を後押しするやつやから」
私が『今だ』って覚悟する時。
「今?」
「今やって思うなら今でも効くで」
携帯を取りに行く。
飴を口に入れる。
優しい味がする。
ゆっくり家の電話番号を押す。
けど、発信のボタンが押せない。
「大丈夫。飴だけでなくて魔法使い本人もここに居ますよ」
真ちゃんが笑う。
大丈夫。
発信のボタンを押す。
呼び出すたびに心臓がバクバクする。


電話に出たのはおかーさんだった。
進路懇談のことを話すとおかーさんは来れないと言った。
おとーさんに代わって貰って話すと、おとーさんも来れないと言う。
どの学校を選ぶか自分で決めたらいいと言われた。
「わかったー、ありがとー」
電話を切った。
分かりきってた。
家にも帰らず好き勝手してるくせに、お願い事なんて聞いて貰えるわけがない。
そんな事都合よすぎると分かっていたけど、どうしたら良いか分からなくなって混乱が私の周りを走りまわった。
「頑張った、頑張った。落ち着いたら教えてな」
真ちゃんが頭を撫でてくれる。
真ちゃんがおとーさんだったら良いのにー。
こうしたいって事、話を聞いてくれるのに。
「ちょっと休む?部屋で寝てええで」と言ってくれたからご飯まで真ちゃんの部屋を借りることにした。


「ねーさん、おやすみー」
真ちゃんの部屋に向かう途中、ねーさんが帰ってきた。
家に電話したよ。と報告したかったけど、言う元氣がない。ご飯の時に報告しよう。




「キリエ、大丈夫?」
ベッドで寝ていたら真ちゃんが来てくれた。
「大丈夫ー。両親は来れませんって書いたらいいんかなー」
「空いてる所に書いといたら良いんちゃう?どうしても来てもらわないとあかん場合先生が上手いことしてくれるやろwプロに任せたらええねん」
「第一希望は?」
「キリエはどないしたいんさ」
「しゅーしょく」
「頑固やなぁ」
頑固で結構。
だって、お仕事したら社会人やもん。未成年やけど。
「まだ確定違うねんから就職って書いたらええが。第二希望に進学な」
「真ちゃんも頑固やなぁ」
「誰に似たんやろかwww」
高等学校なんだから、高等な学業をする所だよ?
基本が出来てない私が行ったらもっと混乱すると思うけどな。


ひとまず、記入したから提出してしまえばいいだけ。後はもう考えても分からない。
その時に決めようと思うものの、心はざわつく。




心が落ち着かないまま、連休に入ろうとしている。
懇談は連休明け。
それが終わると修学旅行。
この間、家に電話した時おとーさんが修学旅行の旅費も引き落とされてるから行くなら行ったら良いと言っていた。
けど、出来れば行きたくないんだけどなー。
「修学旅行は行っとき。結構キリエ好きそうな所やで」
修学旅行の日程表を見て真ちゃんが言う。
「これ宿場町で古い町並みが残ってる所やから絶対キリエ好きやで」
「そうなんー?」
と言っても1日目ですぐ終わっちゃうやん。
それなら遠足みたいに日帰りでいいのに。
「あと、この山の辺りは河童がおるで」
河童?心惹かれるワード。
「修学旅行で行って良かったら、夏辺りにもっかい行こうや。下見やと思ったら行きたくならへん?」
下見かぁ。
「なんで真ちゃんもねーさんたちもそんなに言ってくれんの?」
「何が?」
高校の事もそうだし、修学旅行のこともそう。
真ちゃんやねーさん達には何にも良いことないのに。
「そら、キリエはみんなのお姫さんやから」
えーー、何それ。
「その目は信用してへんな」
信用どころか…答えにすらなってない。
「就職希望なんやろ。ってことは人生最後の修学旅行になるかもしれんから楽しんで来たらええねん」
上手く丸め込まれた氣がする。




シードラゴン、私はどうしたらいいんだろう。
毎晩の「迎えに来て下さい」というお願いは寝待月の頃から私はどうしたらいいかという問いかけに変わっていた。


月が移動して天窓から見えなくなるまで今夜もシードラゴンからの返事はなかった。
外で車が止まる音がした。
「真ちゃん、車で行ってたっけ?」
ベランダに出て覗いてみるとタクシーが止まって真ちゃんが帰ってきた所だった。
夕方に仕事から戻ってまた出て行っていたけど、珍しい。
タクシーで帰って来たってことは飲みに行ってたのかな。
「きーちゃん、まだ起きてたのー?湯冷めするよ」
ねーさんだった。
「しんどいの?熱は?」
「大丈夫」
「手が冷たいよ!風邪引くとダメやから早くお布団入る!」
ねーさんにベッドに連行されてしまった。
「寝るまでここ居てるから早く寝るよ」
と言って一緒にお布団に入ってくれた。
「明日マハルくんに怒られそう」
「大丈夫、今マハルは大の字で寝てるから」
と笑うねーさん。
やっぱりねーさんの空氣はキラキラしている。
どうやったらねーさんみたいにキラキラになるんだろう。
「最近、寝るのずっと遅いの知ってるんだからね」
バレてた。
「牛乳だけ飲んだってしっかり寝ないと大きくならないんだから」と笑うねーさん。
もう少し身長が欲しくて牛乳を飲むの増やしたのもバレてた。
ねーさん達と一緒にいるようになって少しは身長が伸びたけど、まだ私だけ頭1つ分以上小さいんだよな。
1人だけアンバランスというか。
「なんか心配ごとあるの?それか最近真ちゃんが帰るの遅いから?夜遊びばっかすんな!って怒っとくから早く寝なさい」
心配ごとはあるけど真ちゃんが帰るのが遅いのとは関係ないよ、ねーさん。
お仕事だし。
「最近?どころじゃ無いよね?ずっとここで寝てるやんか」
それは、この部屋だと天窓があって月とシードラゴンに話をしてるから。
「寂しかったら真ちゃんの部屋乱入していいんだからね。帰ってきてなかったらベッドぶん取っちゃえ」と笑う。
ねーさんと話してたら何だか安心してきてゆっくり寝ることが出来た。




心配ごとがあると余り寝られないから、朝早く起きられて悪いことばっかりじゃ無いかもしれない。
お洗濯も干し終わってしまったし、みんなの朝ごはん作っておこうかな。


ご飯の準備が終わる頃にねーさんとマハルくんが起きてきた。
マハルくん、今日もぷくぷくほっぺがかわいい。
朝のほっぺスリスリをすると、マハルくんもほっぺをペシペシしてお返ししてくれる。
ホント、赤ちゃんってかわいい。
同じ場所に居るだけで幸せになるなー。
私も少しは幸せのカタチに近づいてるかなー。


「いけるクチですなー」
離乳食を始めて、超順調マハルくん。
離乳食の準備もねーさんが手伝わせてくれるから嬉しい。
学校の帰り、大きな駅の近くの図書館によって赤ちゃんの本で勉強するのが楽しい。
今日は人参デビュー。
茹でた人参をすりおろしてお粥に混ぜてみたらマハルくんのお口にあったようで次々「ちょーだい」するからかわいい。


「きーちゃん、お料理上手になってきたよね」
準備したご飯を食べてねーさんが言ってくれた。
真ちゃんのおばあちゃんが時々お家に呼んでくれて、お餅つきの時に言ってくれた通り料理を教えてくれるからレパートリーが一氣に増えた氣がする。
おばあちゃんは「若い子はもっとハイカラなもの食べてるんやろうけど」って言うけど、おばあちゃんの教えてくれる料理は美味しいから好き。
料理って思ったよりすごく楽しい。
お家の当番も私の番も残ったままにしてもらえてるし嬉しい。


マハルくんがご機嫌にご飯を食べてるとめっちゃ寝起きの真ちゃんが来て「美味しいかー?人間に近付いてるなー」って。
マハルくんはいっつもかわいい人間ですけどー!


「今日、ちょっと出かけへん?」
真ちゃんが誘ってくれたけど、今日はマハルくんと一緒にお散歩行く約束したしなぁ。
ねーさんがお休みの日でないとマハルくんとゆっくりお散歩できないから貴重なお休みだし。
悩んでいたねーさんが「今日初の人参食べたしおうちでゆっくり様子みた方がいいから行ってきなよ」と言ってくれたのでお言葉に甘えることにした。




お出かけはやっぱり厩戸皇子ツアー。
何度歩いても好き。
「もし、時間が無かったら厩戸皇子に逢えるんちゃうかなって思うねん」
「時間?」
「そう、ここに立ってるやん、時間が無かったら厩戸皇子がここに来るかもしれないなーって。奈良に行こうって思って来たやん。それと同じで厩戸皇子が居る時代に行こうって行けるんじゃないかって思うねん」
「ほうほう」
「社会の先生がねお金は信用があるからお金になるって言っててね、信用が無かったらこれはただの長方形の紙だったりただの金属ですって。時間も同じように時間は過去から未来にこう流れてるってみんなが信用してるから左から右に行けないだけじゃないかなって」
「おもしろい説ですな」
「人間って本当はものすごいチカラを持ってるんやろ?」
「ちゃんと覚えてましたな」
「人間が右から左、過去から未来にしか時間が流れない。左から右には行かない。それか時間っていうものが見えないけどある。ってたくさんの人が信用してるからそうなってるのかなって」
「なるほどね」
「私が時間ってない!って心から完全にそっちを信用したら厩戸皇子にも会えるんじゃないかって思うねん」
「時間を線じゃなくて点にしてしまう的な?」
「点?」
「こう過去から未来、右から左に流れる線じゃなくて、この時っていう点がたくさん並んでるから『厩戸に逢いたい』と思った時点のキリエを厩戸の居る時代の点まで移動させる…みたいな」
「そうか!点だよ!今『時点』って言った!」
「言いましたよ」
「『時』の『点』で『時点』やん。今の私は点で線じゃないんだ。ずっと『私』って線だと思ってた!昔の人って時間は点だって知ってたのかも」
「今、目からウロコが落ちた氣がする…てか、ウロコと共にコンタクトも落ちた。ヤバい」
「目から落ちるウロコってコンタクトやったんや…」
真ちゃんのコンタクトは見つからず(ジャケットの襟の内側に付いてて帰宅後発見)一旦車に眼鏡を取りに行くイベント発生。
おもしろい。
真ちゃんはこの時間の話みたいな事も「馬鹿な事を言うな」って言わずに聞いてくれるから好き。






「あんな、今から話を一氣にしようと思うねんな。多分訳分からんくなると思うねん。大事な話やから分からん時点で分からんって言って」
メガネを取りに行って、休憩に入ったお茶屋さん。
野点みたいな雰囲氣が素敵でお庭を眺めていたら急に真ちゃんが言った。
急に難しい顔をして、空氣も四角くなる。
「進路の話やねんけどな」
え!!ここに来てまで進路の話?
せっかく悠久の時に浸ってるのに急に現実に戻す?
それは野暮ってもんだよ。
「そんなにいきなり戦闘モード入らんくてもええやんか」
真ちゃんが笑うと空氣もちょっと角が取れた氣がする。


「ホンマはキリエにちゃんと伝えてから決めたらええのも分かってるし、キリエが自分で考えて答えを出さないとあかんってのも分かってるねんけどな…」と前置きして話しだす。




やっぱり高校に進んだ方が良いと思うこと。
それは学歴の事もあるけど、何よりも今の私の生きていくスキルでは社会に出て働くのはとっても不安でしかないこと。
学費や生活費を心配しているであろうこと。
私が学校から通報されて真ちゃんたちが悪くなってしまうのが嫌だと思ってることも知ってること。だから就職したいと言ってるのも分かる。


「昨日な、キリエの父さんと会ってきて話してんやん」
えぇぇぇーーーー!
何で?
だから遅かったん?
「それでな、キリエの父さんに進路で悩んでるって話とかしてな、頼んできてんやん」
何を?
「今は表向きキリコん所に居るってなってるから、一緒に生活したいって思ってるってこととな、あと、キリエが高校に進学するとして学費やら生活やらの面倒をみたいってことを言うてん」
えぇぇぇーーーー!
ちょっと待って。待って。


「おとーさんに学費とか生活とか面倒みたいって言ってくれても実際にはそういう訳いかないの分かってるよ。おとーさんが良いって言っても。だから私お仕事しなきゃダメやん」
いや、今みんなに面倒見てもらってる私が言うのもどうかって思うんだけど。


「キリエ、聞いて」
真剣な顔するから、一時停止。
「父さんはそれで良いって言ってくれてんな。それでな、キリエはそう言う訳にはいかないって言うてるけど、面倒みたいって言うてるのは父さんに説明するための表向きな便宜上の話じゃなくて、ホンマにキリエが学校行ったり毎日の生活の面倒みたいって思ってんねん」
混乱し過ぎてホンキで停止してきた。
むしろ強制終了しそう。


「これは自分が勝手にやりたくてやることやから、キリエが負い目感じることないねん。やりたいこと出てきたらやったらいいし、この家じゃなくて他に行きたい所出来たらそっちに行ってくれて構わない」
待って、待って。
周回遅れ級に話に置いていかれて付いていけない。
「もう一度最初からお話いただいてもよろしいか?」
「御意」


それから、私が理解するまで何回も何回も話をしてくれた。
その度に「勝手に話を進めてごめん」と謝ってくれる。
本当は私がしなきゃいけないことなのに、不安材料を消した方が私が選びやすいかと思ったけど、ごめん。と真ちゃんは何も悪くないのに謝った。


「有り難すぎるのはよく分かってるけど…何でそんなにしてくれんの?」
私ばっかりしてもらう話。
「キリエやから」
また答えになってない。
「大方自分ばっかりしてもらってとか思ってんやろ」
図星です。思ってます。
「そんなん思わんでええねん、キリエがここに居るってだけでちゃんとプラマイゼロになってる。むしろこっちがプラス出とる」
全然釣り合ってませんよ?
むしろマイナスの間違いじゃないですか?
「言うたやん。キリエは早くシードラゴンの所に帰りたいのにここに居ってって。この願いを聞いてくれてるやん。キリエの一番の願いを我慢させてるからプラマイゼロ」
それも、私の為じゃないの?
本当にそう思ってくれてるからじゃないの?


「まだもうしばらく居って。その代わり、他の事で心配は作らせへんから」




その後、人力車に乗って足を伸ばしてならまちへ。
あまり人力車乗るって経験ないけどとっても氣持ちいい。
真ちゃんが人力車のお兄さんにスカウトされてておもしろい。
「猫!」
緋毛氈の上でくつろぐ猫発見!かわいい。
鹿さんもかわいいけど猫もやっぱりかわいいな。
神社に参詣して、空氣が穏やかで。
とっても幸せ。


「もし、私がシードラゴンの所に行かないってなったらさっきの話は崩れない?」
ふと思った。


「何で?」
何でって言われても…。
私がシードラゴンの所に行くのを我慢してこっちに居るからって言ってたし。
「崩れへんで。むしろこっちの願いがパーフェクトに叶って美味しい事だらけやん。シードラゴンの所、行くのやめる?」
やめるって言っても、まだシードラゴンに会えてないし。行けた試しもないし。
「すごく綺麗だから、もうちょっと居たいかも」
すごくムシの良いことを言って自分でもうんざりするけど。
「ちょっとやなくてずっとでも良いねんで」と真ちゃんが言った。




夜、2階のベランダから月を見る。
「まだこっちに居て良いですか?」
シードラゴンの返事はない。


ここに居てもいいですか?
ここに居ても私は幸せのカタチになれますか?
今の幸せは幻で、やっぱりシードラゴンの世界が私の世界なんですか?
私は、どこに居たいんでしょう。


やっぱりシードラゴンの返事はない。


『好きなだけ見ておいで』


シードラゴンが言った言葉が浮かんだ。
都合のいい想像なのかな。
いつもそうだ。
自分に都合の良いように解釈して、周りに迷惑かける。
今回も、私がチンタラして動かないから真ちゃんが色々と氣を使ってくれなきゃいけないようになった。
しなくていいことをさせようとしてる。


今日、言ってくれたこと、全部素直に喜んで良いのかな。
それとも私が都合よく解釈をしてるだけ?


どうしたら良いか分からなくて、混乱してきて、怖い。
体の真ん中に冷たい水が流れてるみたな感覚と一緒に勝手に涙が出てくる。


シードラゴン、今すぐ迎えに来てもらえないなら
私はどうしたらいいですか?
私はどこに居るのが許されるんですか。


聞こえるのは、遠くの車の音と虫の声。


早く迎えに来てと言ったり、もう少しここに居たいと言ったり。
はっきりしないから、もしかしたらシードラゴンにすら見放されたのかもしれない。
きっと、見放されたんだ。


頭の上から下まで大きな氷が貫いたような、そんな感覚。
やっぱり涙が止まらない。
怖い。
悲しい。
寂しい。
この氷たちがたくさん私を貫く。
何度も何度も。
氷と一緒に溶けてしまえばいいのに、しぶとい私はまだ立っている。
早く、膝をついて倒れこんで一緒に溶けてしまえばいいのに。
呼吸するとこんなにも身体中が痛いのになんで呼吸を続けているんだろう。
頼んでもないのに、心臓は勝手に動き続けるし呼吸だってしている。
息を吸うたびに氷のように冷たいモノが私の中に広がって、身体中を冷やしていく。
そのまま全身が凍ってしまって、私なんて一撃で崩れて壊れたらいいのに。




ドアをノックする音がした。
多分、ねーさんだ。
昨日、早く寝なさいって言われたのにまだ起きてるからきっと早く寝なさいって。
でも涙が止まらなくて、怖い氣持ちも、寂しい氣持ちも止まらなくて、返事をせずに寝たことにする。
ベランダの月の見える場所でドアの向こうの氣配が無くなるまでじっと座る。
それでも、涙も怖い氣持ちも寂しい氣持ちも私の上に居座る。
今までなら水が落ちてくるようなタイミングなのに、今日は落ちてこない。
ああ、やっぱりシードラゴンに見放されたんだ。
そう思うと寂しい氣持ちと涙が余計に止まらない。


私の本当の家族だったのかもしれないのに。
これで私はこの世界で、周りに迷惑をかけ続けて不幸せを振りまいて生きていかなきゃいけない。
もう、私は幸せのカタチにはなれないんだ。




「キリエ、ごめん」
ドアが開く音がして真ちゃんの声がした。
「いきなり言うて混乱したやんな」
違う。
真ちゃんのせいじゃない。
ただ、もうシードラゴンに見放されてしまって私の本当の世界に居る本当の家族には会えなくなったこと。
幸せのカタチにはなれなくなってしまったこと。
それが悲しいんだ。
早くそれを言わないと。
分かってるのに声が出ない。言葉が出ない。


真ちゃんが頭を撫でてくれて、少し落ち着く。
「真ちゃんが謝ることは何にもなくて…」
混乱するから、ひとつづつ言おう。
「迎えに来てって言ったり、やっぱりこっちにまだ居たいって言ったりしてるから…」
「うん」
「シードラゴンに見放されて、もう私が居ても良い世界へは行けなくなって…」
「うん」
「私はもう、幸せのカタチにはなれなくて…」
「うん」
「存在してごめんなさい。消えなくてごめんなさい。私ばっかり都合良く居てごめんなさい…来世に行きたいなんて贅沢言わないから、完全に消えたい…」
違う。こんな同情を引きたいような事を言いたいんじゃないんだ。
本当にそう思うけど、今、これを言っちゃダメなんだ。
苦しい。
どうしたら良いか分からない。


「そうかー、シードラゴンの世界行けんくなったん?」
「うん」
「キリエは幸せのカタチ違うん?」
「もう無理」
「そうかー。この世界は居ったあかん世界なん?」
「うん」
「そうかー。シードラゴンの世界じゃないとあかんの?」
「分かんない。でもシードラゴンは私の本当の世界って言った。私も、本当の家族に会いたい」
「本当の家族かぁ」
「うん」
「それ、シードラゴンじゃないとあかんの?ワタシの世界でワタシの家族になるんやったらあかんの?」
「真ちゃんの世界?」
「そう。キリエの世界ではキリエはこの世界に居ったらあかんって世界やけど、ワタシの世界にはキリエは居らなあかんねん。そうでないとワタシの世界は完成せぇへん。キリエの世界でなくてワタシの世界でワタシの家族になったらシードラゴンの世界に行くのと同じと違う?」
「シードラゴンの世界と同じ?」
「シードラゴンはキリエを待ってる。ワタシもキリエを待ってる。同じやん。シードラゴンに見放されたって言うてたけど分からんで。シードラゴンが言うた訳じゃないやん。けど、ワタシは見放さん。キリエがキリエの世界に居たないって言うならうちの世界においで」
シードラゴンの時みたいに早く返事をしなきゃと思うけど。
分からない。
これはまた私の都合の良い解釈なのかもしれない。


「ホンマ、何で生まれて10年そこらでそこまで追い詰めるねんな。今14?15?」
「じゅーよん」
「じゃあ、キリエの14年頂戴!」
何それ?
はいどうぞって出来るの?


「今から14年かけてキリエはこの世界に居らなあかんって教える。言い続ける。14年後、シードラゴンの事なんか微塵も思わんようにするから14年頂戴」
今から14年…28歳?
「私、多分28歳まで生きない氣がする」
「どこぞのロックスターかwww」
「シードラゴンの所に行けなかったらハタチくらいで、古いアパートのお風呂かお布団で孤独死した後、死後3週間経って特殊清掃業者さんのお世話になる最期を迎えるんだ」
「どんな人生計画やねんwww」
「居るだけで迷惑かけてる私にはピッタリの最期やもん。最期までこいつは迷惑かけるって眉をひそめられて念のための検死に回されて切り刻まれた後無縁仏としてどっかに投げ捨てられるねん」


「100年後、世界一幸せなばーちゃんやったなーって言われながら坊さんのお経のユニゾンを聴きながら沢山の人に見送られて、墓も途切れず花で溢れかえるの間違いやな」
「何それwww」


「14年、キリエが嫌や言うても貰う。決めた。6年後に孤独死させん。それまでにシードラゴンの所にも行かせん。高校の3年で済むと思ってるやろうけどプラス11年付きまとい続けるからな」
「えー、なんかそれ変。こわいー」
「怖くて結構。絶対今思ってるのはキリエの思い込みやって分かるようにしたる」
「14年経ったら真ちゃん、ガッツリおっさんなるで。そんなことで14年も使うの勿体無いで」
「誰がおっさんやねん。失礼な。めっちゃ渋いオヤジかもしれんやろwww」


なんか、さっきまで私の上にいた寂しいのも怖いのもどこかに行ってしまっていた。


もう少しだけ、この世界に居たいかも。