Another story 37-3.寂しい氣持ち。

8月に入った。
8月になったら真ちゃんのお誕生日がある。
今年はどんなプレゼントが良いかな。
プレゼント、夏休みに入る前に用意しておけば良かったなぁ。
おっちゃん、お昼間はおばあちゃんの代わりに出かけて行くし、おっちゃんが帰ってからお買い物に行くって言ったらおばあちゃんきっと心配してくれるから行かない方良いもんね。


結局、良いプレゼントが思い浮かばないまま誕生日前日。
「あ、、、」
おばあちゃんのお部屋に頼まれた本を取りに行くと、本棚にお菓子作りの本を見つけた。


良いこと考えた。
頼まれた本を持って急いでおばあちゃんのもとに走る。
「上にあったお菓子作りの本、借りていい?」
ケーキを作ったら良いんだ。
おばあちゃんが良いよって言ってくれたからケーキ作り挑戦。
「今日のお買い物の時、材料買ってきたらええよ」とおばあちゃんが言ってくれたから、お買い物の時に材料も一緒に買って…
晩御飯の後に作ってみる。
そしたら、明日の朝渡せる。


ケーキが焼きあがる頃、真ちゃんから電話がかかってきた。
「今晩な、ちょっと泊まって帰りたいねんけど大丈夫?」
お泊まりかぁ。そっかー。
後ろで楽しそうな声がしてる。
明日お誕生日だしお誕生日会かな?
「大丈夫よー」
と言ったものの、ちょっとつまらない。
私のワクワクと同じように、出来上がったケーキもなぜか全然膨らまなかった。
今日お泊まりだっていうのも、ケーキも失敗したしちょうど良かったのかも。


「味はちゃんとチョコレートケーキやなぁ」
おばあちゃんとおっちゃんと試食。
「何で膨らまなかったんだろー?」
謎。途中までちゃんと膨らんでるように見えたんだけどなー。
オーブンから出したら一氣に小さくなっちゃった。




「やっぱ失敗…」
おやすみなさいした後、離れの台所で作るけどやっぱりケーキの⅓の厚さくらいしかない。
さっきおばあちゃん達と食べたから、もう食べられないし、捨てるのはもったいない。
「明日の朝ご飯だなぁ…」
1個分食べられるかな。
ケーキだと思うと多く感じるけどホットケーキだと思えば食べられそう。大きさも厚さもホットケーキサイズだし。


片付けは後にしよ。
ちょっと休憩。
窓を開けてみる。
ケーキが失敗したせいか、おばあちゃんちに来て一番氣分が落ちてるかもしれない。
真ちゃんが居ないからシードラゴンを探す。
けど、月は見えない。
「ケーキ、ちゃんと焼けないんだよーどうしたらいいかなぁ」
シードラゴンに言ったって仕方ないんだけど、誰かに聞いて欲しかった。
「おばあちゃんが元氣になるまで、こっちにいたいけどね、夏休みが終わったらそっちに行っていいですか?」


「とってもワガママ言ってるって分かってるけどね、おばあちゃんが元氣になるまでの間お手伝いするのが、この世界で迷惑ばっかかけた私が出来る最初で最後のことな氣がするんだ。」
シードラゴンに話しかけてると、部屋のドアが開いた。
「ただいま」
まだ朝じゃないのに真ちゃんが帰ってきた。
大変!早く台所片付けなきゃ。
窓を閉める。
「また、シードラゴンと話してたん?」
真ちゃんはまた、悲しそうな顔をした。
「違う!換氣!」
「エアコン入れてるのに?」


「えっと、ケーキがね」
しまった、ケーキ内緒なのに。しかも失敗してるのに。
「ケーキ?」
「焼いてみたけど、何でか膨らまへんねん」
シードラゴンに話してたことがバレるより良い氣がする。
「どれ?」
「これ」
ホットケーキサイズのチョコレートケーキになるはずだったものを見せる。
「ホンマやなぁ。泡立てが甘かったんちゃうか」
そうなのか。ケーキ作りって難しいなぁ。
プレゼント考え直しだなぁ。
「そしたらなぁ、こんなんどう?」
残った材料でホットケーキを焼いてくれる。
フライパンで焼いたホットケーキのがふわふわっとしてるし、分厚いってどういうこと?
ホットケーキに生クリームを乗せて、チョコレートケーキもどきを乗せる。
そしてまたクリームを乗せる。
「ケーキだ!」
すごい、チョコレートケーキもどきがちゃんとケーキみたいに変身した。


「いただきます」
一口食べる。やっぱりチョコレートケーキっぽい味はするけど、下の段のホットケーキのが格段に美味しい。
プレゼント、どうしようかな。


「そうなんだー…いってらっしゃい」
今日お泊まりだと言っていたけど、一度帰ってきたのは朝早くに出て遠くの海に行くからなんだって。
「キリエも行く?」
首を振る。
海はとっても行きたかったけど、朝から遊びに行ってたら何のためにおばあちゃんの所に来たか分からない。
お祝いしたかったけど、真ちゃんのお誕生日だから私が一緒にお祝いしたいって言うワガママ言っちゃダメだ。
でも、なんだろう。またモヤモヤしてきた。




目が覚めるともう真ちゃんは出かけた後だった。
「おめでとう言えなかったなぁ」
帰ってきたら言えるかな。


朝ごはんをおばあちゃんと作って、お掃除とお洗濯。
その間、プレゼントをどうするか悩んで、結局ケーキは諦めて去年と一昨年と同じようにアクセサリーにすることにした。
我ながら芸がないなぁ。
持ってきてた手芸トランクから麻紐を取り出して編む。
紐を編むのは、去年の秋におばあちゃんが教えてくれた。
編み方で、いろんな表情や空氣がして好き。
「そうか、今日やったなぁ」
おばあちゃんに真ちゃんへのプレゼントを編んでると言うとおばあちゃんは「忘れてたわ」と笑った。
「けど、朝から居らへんな」
「お友達と海に行くって朝早く出かけたみたい。行ってらっしゃい出来なかったー」
「そうかー。今日は休みやったんなら、きぃちゃん放ったらかしで何遊び呆けてるんやろな」
「今日はお誕生日だから全然大丈夫!真ちゃんが楽しいと嬉しい」
おばあちゃんは「きぃちゃんは優しいなぁ」と言って部屋を出て行った。
優しくないよ。だってホントは全然大丈夫だって思ってない。もっと一緒にいて欲しいし、ホントはお友達と遊びに行って欲しくない。


プレゼントが編み上がったのは、お昼ご飯を食べた後の昼下がり。
「何だか疲れたー」
そのまま後ろに倒れこむ。
暑いけど、扇風機の風と時々窓から入ってくる風が氣持ちいい。




すぐ近くで何かの氣配がして目を開けようとしたけど、眠くて瞼も体も重い。
「もうちょっと寝とき」
真ちゃんの声が聞こえた。
海に行くって言ってたし、きっと夢だな。うん。
夢でも真ちゃん居るの嬉しい。
プレゼント作ったの。つけてくれるかな。


目が覚めると夜になっていた。
母屋で昼寝してしまってたはずなのに、離れの寝室にいた。
いつ戻って来たのか覚えてないや。まあ、いっか。
よくない!
急いでベッドから起き上がって部屋を出た。
「あ、起きた?」
「海は?」
「帰って来たで。まだ寝てたらええのに」
「晩御飯つくってなかった」
「婆たちの?藤森さんが作ってたから大丈夫やで。それにもう晩御飯の時間にしては遅いか、うんと早いで」
「あ…」
時計を見たら、日付はとっくに変わっていた。
おめでとう言えなかった…。
自分が寝てしまうのが悪いんだけど、何だか悲しくなった。
「どうしたー?」
顔に出てたのかもしれない。
あかんあかん。
「キリエのトランクここ置いてるで。あと、ありがとう」
さっき出来上がったタリスマン。ネックレスに追加されてた。
「トランク持って来る時婆が作ってたって教えてくれたから誕生日の間に貰ったで」と笑う。


おばあちゃんが教えてくれたんだ。お誕生日に渡せた。ってことになるよね。
けど…
「おめでとう言えなかったーー」
「泣かんでええやん。ちゃんとプレゼントが言うてくれたで」




お盆休みになってねーさん達が遊びに来た。
今日はお泊りだから嬉しい。
アクセサリーを作ると、一段落した時思いっきり寝てしまう。ということが判明したから今日はアクセサリー作りはお休みだな。


真ちゃんの誕生日の後も、別の物を作った後びっくりするくらいお昼寝をしてしまった。
おばあちゃんにお手伝いが途中になったことを謝ると「それだけ想いが篭ってるってことやね。根を詰める。ってことは『魂を詰める』ことだから、やり過ぎたらあかんけどしっかり目的を持った御守りなるよ」と笑った。
「このバランスを取れるようなったらええね。作ってる時に自分の状態を確認しながらやってごらん」と教えてくれた。




夕方の日課。
おばあちゃんとの散歩。
今日はみんな一緒で嬉しい。
マハルくんもちゃんと小さな靴を履いてる。
歩けるようになるまでもうちょっとかなー。
ねーさん達が遊びに来てくれてるおかげか真ちゃんも居るから嬉しい。
と、思ったけど帰り際にお友達に呼び止められる真ちゃん。
やっぱりなぁ。
きっと、またご飯食べに行くんだろうな。
せっかくねーさん達も一緒にご飯食べられるのに。


あ、まただ。
モヤモヤして、嫌な感じの黒い雲が現れだした。
何だか苛々する。
お買い物行かなくても大丈夫そうだけど、1人になって頭冷やそう。せっかくみんな揃ってるのに。
お買い物行くと言うとおばあちゃんは晩御飯は出前にしたらいいからお習字しておいでと言ってくれた。


墨をすっていると、落ち着く。
何で最近すぐに黒い雲が現れるんだろ。
ホント、やだ。
お習字をして黒い雲もどこかに消えて一安心だと思ったけど、夜になるとまたモヤモヤが出て来てしまった。


おばあちゃん達がお仕事をするから、みんなで離れで晩酌タイム。
マハルくんは遊んで居たら急にコテっと寝てしまった。
マハルくんが寝たと同時に真ちゃんに電話がかかってきた。
話してるの見たらまたモヤモヤするからせめてマハルくんと遊んでる時にかかって来たらいいのに。
お行儀悪いって分かってるけど、つい聞き耳を立ててしまう。
やっぱり遊びのお誘いだった。
お友達多いし、私が真ちゃんが居て欲しいって思うようにお友達も真ちゃんと過ごしたいって思うだろうからお誘いが来るのは仕方ない。


「きーちゃん、大丈夫?」
ねーさんが心配そうに覗き込んだ。
さっきの電話で、真ちゃんはほとんどお家にいてないんじゃないか。私が1人で寂しがったりしんどかったりしてないかとねーさんも美樹ちゃんも心配してくれてる。


ホントはね、ちょっと寂しい。
けど、おばあちゃんもおっちゃんも優しいし、もともと私1人で来ると言ってたんだ。
だから、寂しいって言っちゃいけない。
だから、真ちゃんを怒らないで。
真ちゃんは何も悪くないし、一緒におばあちゃんち来てくれているだけで心強い。


何で、ねーさん達ホントは寂しいって分かるんだろ。そんな顔してたのかな。
ごめんなさい。
泣いちゃダメだ。
ホントは寂しいって思ってたのを分かってくれて嬉しくて泣きそうだけど、泣いちゃダメだ。
何も悪くないのに真ちゃんが怒られる。


「ごめんな」
真ちゃんが謝ることは何もなくて、
せっかくねーさん達居るのに空氣を悪くしちゃって、更に泣いてワガママ言って、
これじゃあ、マハルくん位のちっちゃい子と変わらない。
どうして生まれた家では泣きたい時に泣けないのに、こっちでは泣きたくなくても勝手に泣いてしまうんだろ。
私はこんなに泣き虫じゃなかった。
寂しがりでも無かった。
1人でも、大丈夫だったのに。
こんなに氣持ちが浮いたり沈んだりもしなかった。
「ホラきーちゃん、寂しかったんだよバカー!って怒っちゃえ」と笑うねーさん。
「ほら、チョコもう一枚食べてええからもう泣かんの」と美樹ちゃんもそう言ってチョコレートを渡してくれて、「ごめんな、絶対寂しいって思わせないようにするから」って真ちゃんは全然悪くないのに謝ってくれて。
やっぱり此処にみんなと居たいと思ってしまう。




「ホンマにごめんな」
寝る前、真ちゃんが言った。
謝らなきゃいけないのは、勝手に寂しがってまた真ちゃんの楽しみを嫌がった私の方で。
なのに真ちゃんがねーさん達に怒られてしまった。


「私が勝手におばあちゃん所に行きたいって言って…」
「私は家族じゃないのに、思いつきでいらないことして、自分だけ満足して…」
「それでまた勝手に寂しがって…」
何て言って謝ればいいんだろ。
あの後、ねーさんは寂しいって思うのは全然ワガママじゃないって言ってくれた。
自分が思ってることをちゃんと伝えなきゃいけないって。
卒業して真ちゃんが言ってくれた生活を送るつもりなら、尚更、私が思ったことや感じてることは私の心の中に留めておかないで伝えるようにしなきゃダメだと言った。
だけど、どうやって自分の中にある言葉を伝えたらいいか分からなかった。
これじゃただの言い訳でしかなくて、ごめんなさいが全然見えない。
困ったな。どう言えばいいんだろ。


「なんで家族じゃないって思うん?婆も色んなところでキリエのこと孫娘が自分の世話しに夏休み来てくれてるって言いふらしてるで。ワタシも家族やと思ってるから夏休みこっち帰るって言っても遠慮なく甘えたんやけどな。って放ったらかしで遊びに行ってって言われても仕方ないけど…」
「おばあちゃん、孫娘って言ってくれたん?」
「せやで。婆の代わりに行くやん。そしたらな、婆から手紙貰ったって人はみんなそうやって書いてたって言うてたで」
おばあちゃんが孫娘って言ってくれたんだ。
嬉しい。
「真ちゃん、ごめんね。氣にしないで普通にしてな。変なワガママ言ってごめんなさい」
どう言えばいいか分からないから、謝るしか出来ない。
「変なワガママ?」
「勝手に決めて、一緒に来てもらってるだけでもありがたいのに、遊びに行ってしまったら寂しいってねーさんに言いつけて…」
また混乱してきた。
どうやったら、分かりやすくこのモヤモヤを言えるんだろう。
「遊び歩いといてやけど、寂しいって思ってくれたん、嬉しいで」
勝手にモヤモヤしてただけなのに何で嬉しいんだろ。
氣を遣ってくれてるのかな。
どうして私はいつもこうなんだろ。
「夏休み入ってから、一緒にご飯食べられへんのも、おかえりって言えないのも…」
あかん。これじゃあ真ちゃん何も悪くないのに言いがかりだ。
「おかえりって言えないのも?」
「一緒に居られる時もすぐ電話かかってくるのも、お休みの日に真ちゃん居ないのも嫌。ワガママだってよく分かってるのにこんな事思うのも嫌。お誕生日におめでとうって一番に言いたかったのに真ちゃんが作ってくれたケーキ美味しかったよって言いたかったのに言えなかったのも嫌」
もう、混乱。
こんなこと言いたいんじゃない。
「うん、他には?他のも教えて」
「外3歩歩くと誰かにご飯誘われてるのも嫌。もっとおやすみって一緒に寝たいし、お買い物だって一緒に行って欲しい。けど、そう思う自分が一番嫌。そう思ってそうじゃなかったらすぐに黒い雲が現れるのももっと嫌」
こうやってワガママ言って泣く自分が一番いや。
「ワガママ言って泣くキリエが一番いい」
何だって?
「すぐ泣いて、すぐ拗ねて、すぐ熱だして…」
人の口から聞くと、自分の事だって分かってるけどすごく面倒ですごくやなヤツだ、私。
「あり得ん程ネガテイブで…」
もうやめて。事実だって分かってるだけにダメージが大き過ぎる。
「すぐ笑って、寝てる時以外喋ってて」
そうだよね、うるさいよね。
「でもきっと今またネガティブ発動してて…」
ホントもう許して下さい。
「言ったやん、キリエの14年貰うって」
うん、言ってた。
私の余命14年も無いはずなのに。
「14年の間に、全部言えるようになって貰うから」
どう言うこと?
「今、ワガママだって思ってることをワガママだって思わずに全部言ってくれるようにするから」
意味わかんない。
「だから、シードラゴンを呼ばんで。帰りたいってもう思わんで済むようにするから、ここに居って」


何でそんなに言ってくれるのか、いくら考えても分からず、いつの間にか睡魔が勝ってしまった。