Story 39.選択肢。

夏休みの最終日。きーちゃん達がお土産をたくさん持って帰ってきた。お中元のおすそ分けだって。ビールなんかもたくさんある。やったね。
何回か会いに行ったとはいえ、久しぶりに会うきーちゃんはやっぱり今までよりもずっと成長したように見える。
「しまった。忘れとった」荷物を片付け終わって一息ついていると、真ちゃんは何か思い出したみたい。「私、お風呂ーー」と逃げ出すきーちゃん。まだ、お風呂なにも用意してないってば。まだ夕方だし、いつもご飯食べてからでしょ。「逃げても一緒や。諦めな」「大丈夫!無くてもなんとかなるから!」きーちゃん、必死だね。で、何ごと?
遅くならないうちに…と、出かける。もちろん、みんなで。笑氣になるやん。だからついて来ちゃった。
行き先は、大きな本屋さん。「えーー、わかんないよぉ。教科書あるからいらないやんー」と、難しい顔しているきーちゃん。高校受験の為の参考書なんかを買いに来たそうなんだけど。棚には悩むほどの種類が並んでいる。「もー、これでいいよー」明らかに適当に選んだでしょ。それ、大学受験って書いてるよ。
真ちゃんが夏休み中も氣になってたから用意しようと思ってたらしいけど、うまいこときーちゃんがのらりくらり逃げて今に至るらしい。帰りに寄るつもりが、忘れてそのまま帰ってきてしまったとのこと。夏休み中、真ちゃんは学校の先生から連絡があってきーちゃんの今の成績や勉強の理解度なんかを聞いていたみたいで。学校へ行っても保健室登校だったりして、授業についていけてない。出来る教科は本当に出来るけど、出来ないのは心配なくらい出来ていなくて。確かに通知表、極端だったね。
「なんか、総復習みたいなんあるからそれがいいかもしれん言われてんけど」と真ちゃん。総復習ねぇ。こんなに種類があると決めるの大変だよね。私もわからない。きーちゃんはとにかく氣が乗らないらしい。「教科書全部ひっくり返すからいいよー」「こっちのがええ言うてはったで」「だってやらなかったら勿体ないやん」「勿体ない思うんやったらやればええやろ」真ちゃんのおっしゃる通り!「やる事をちゃんとやった上であかんだら仕方ないけど、今の状態であかんかったら来年もう一回受験させるからな。就職の選択肢は無しやで!」「私、まだ一言も高校受けるって言ってへんのに」
ちびっ子コーナーで遊んでたマハルも少し退屈してきたみたいで、旦那がマハルを連れてきた。「まだブツクサ言うてんの」と膠着状態の私たちを見て呆れてる。
「一回出ようや」と旦那がきーちゃんを連れて店を出て、近くのファストフード店へ。「きーちゃんの氣持ちもよく分かるで」と前置きした上で旦那が話し出す。「就職は現実的でないのは分かっとるやろ。自分でもすぐ働けないのもわかってるな」と言うと頷くきーちゃん。痛い所をつかれたよね。わかるよ。と言いたくなるような表情をするきーちゃん。
「何にも決めずにこのまま卒業ってのも、今のシステムやったら難しいのもわかるな」と容赦なく続ける旦那。「それでや。きーちゃんが一番しんどい言うてた話を片付けたんは?心配ごと片付けたんは?」「真ちゃん」「せやな。言うてしまえば、真弥はきーちゃんのスポンサーや。」
そうなの?「真弥が言うてるのは高校に進んでからのことだけちゃうの知ってるか?」あ、それ言っちゃう?真ちゃんがもうきーちゃんの生活費を入れてるの内緒にしとくんじゃなかった?だから、もちろんきーちゃんは知らないわけで。「今、もうきーちゃんの分も真弥が出してる。お金だけの話ちゃうんやけどな」
「スポンサーが付いてるってことは、自分だけの感情だけで動いてええってことちゃうねん。それは面倒なことかもしれんけど、そのおかげで自分がやっていけるんやろ。」黙って頷くきーちゃん。「それやったら多少スポンサーの言うこと聞いて上手いことやっておいた方が、何かとこれから捗ると思わん?」まあ、そうだけど。「きーちゃんは今はわからんかもしれんけど、真弥が高校行けって言ってるのも、その為に今勉強しておけって言ってるのも真弥の為じゃなくてきーちゃんの為になることやで」「それは分かってる」「正直、第三者のうちらから見たら真弥が何でそこまでするねん。って思うくらいやで。」そこまで言うの?大丈夫?きーちゃんは意図をちゃんと受け取れる?「それだけの事やけど、真弥が勝手に決めてやってるって言ったらおしまいやけどな。」「そんなこと思ってない…」「なら大丈夫やな。続けるで。それだけの事やろうとしてくれる人間なんはわかるな」
「それやったら、少しは真弥が氣が済むようにしといたほうがええと思わん?」なんだ、ちょっと強引じゃない?きーちゃん考え込んでるし。
「今からもう1回連れてって頼んだら、失礼かなぁ」あ、説得きいちゃった感じ?「大丈夫だと思うけどなー。でも、それはきーちゃんが必要だと思って欲しいって思ってるならね。」そこまでちゃんと理解してるとは思うけど。
旦那にちょっと席外してて。と言われてマハルを公園に連れて行ってくれてた真ちゃんが帰ってきた。「マハル、ピットインでーす」と真ちゃん。「どうするか、きーちゃんが決めんねんで。キリコはきーちゃんについててやってや」旦那はマハルを連れて車に戻って行った。
真ちゃんが自分の食べるセットを買って戻ってきた。その間、きーちゃんは黙って何かを考えてるようだった。「真ちゃんごめんね」見るからに恐る恐るきーちゃんが言う。「何が?」対照的に普通にハンバーガーを食べ始めてる。「まだね、よく分からへんねん。結局勉強するんやったら早いのがいいのも分かってるけどね、まだ選べないねん。いるようになったら、もう一回連れてって…ってダメかなぁ」ナチュラルに必殺上目遣いをしてるきーちゃん。さすが未来の魔性のオンナ。←違。「ええで」必殺技がきいたのかきかないのか。ハンバーガーを食べながら普通に返事してる。ここで(氣をつかって?)買いに連れてって頼むものだと思ってたけど、ちゃんと考えてたのね。
きーちゃんたちが帰ってきた日の夜、アキちゃんも急に帰ってきた。まあ、家主だからいつでも帰ってきて良いんだけどもいきなり現れるから驚くわ。けど、やっぱりきーちゃんは嬉しそうだった。夜の晩酌タイム。「じゃあマハルくんとねんねするねー」ときーちゃんはマハルを連れて自分の部屋に戻ろうとしたけど、アキちゃんが呼び止めた。「どしたんー?」晩酌タイムに呼び止められたのが不思議で仕方ない様子のきーちゃん。「きぃ、一緒に行こう」アキちゃんのフライングとも取れる発言に私も驚いた。「どこに?」「俺んとこ」「魔法使いのお城?」「そう」魔法使いのお城?アキちゃん、どんな説明してたの?「今すぐじゃ無い。きぃが学校卒業したら一緒に向こうで暮らそう」いやいやいや、アキちゃんそれは唐突過ぎる。唐突過ぎて、当のきーちゃんだけで無く私も旦那も真ちゃんもフリーズ。「行った事ない所で不安かもしれん。けど俺がきぃを守る。だから行こう」きーちゃんはいきなりの話で呆然としていた。「みんなは?」「みんなは来れへん」アキちゃんの答えにきーちゃんは黙って真ちゃんを見た。「キリエは…行きたい?」真ちゃんが問いかけたけど、きーちゃんは黙り込んでしまった。真ちゃんはきーちゃんの前に行く。「キリエ、聞いて。高校に行く話もアキラが言ったことも今すぐ確定しなくていい。ただ進路を決める時期やからキリエの選択肢として覚えておいて。キリエが笑っていられる為の選択肢やねん。もう辛い思いをしない為にアキラも言うてるねん。キリエは一番どうしたい?」真ちゃんはきーちゃんに視線を合わせるけど、きーちゃんはすぐに逸らした。「ワタシはな、キリエにこのままここに居て欲しい。この家から学校に通ったり遊んだりいろんな経験して欲しい。けど、キリエを守れるのはこの家でだけで学校やったり他の所では守りきれん。それがキリエにとって辛いことで耐えがたいなら、アキラの言う通り魔法使いのお城でキリエがキリエのまま幸せに過ごす方が良いのかもしれないとも思うねん。けどな、これはキリエに出て行けって言うてるわけちゃうねん。さっきも言ったけど、ワタシはここに一緒に居て欲しいと思ってる。けど、一番はキリエが笑っていられることやねん」きーちゃんは何度も頷いた。この話がきーちゃんに出て行けと言っているように捉えてしまう可能性があること。真ちゃんが言うまで全く想定していなかった。
しばらくの沈黙の後、きーちゃんは「まだすぐに決められない」と言った。その返事を聞いて、アキちゃんは「進路を確定させる頃までは待つからゆっくり考えな」と言ってまた出かけて行った。きーちゃんは車が見えなくなるまで黙ったまま見つめていた。その夜、きーちゃんはなかなか寝付かなかったのか、ずっと部屋から物音がしていた。
「これまた派手やな…」翌朝、食事をしにリビングに行くときーちゃんが作ったと言う服を見せてくれた。赤いタータンチェックのワンピース。フリルがたくさん付いていて、袖やスカートの切り替えも凝っていてかわいい。ただ、これを普段着で…と言うと旦那が言うように派手かもしれない。「あとね、こっちのワンピースも作ってん」もう一つは赤いノースリーブのシンプルなAラインのミニワンピース。最初はこっちを作り出したけど、すぐに出来てしまったから2着目に取り掛かったみたい。一晩で2着作るとか凄過ぎる。「こっちのチェックのワンピースは、おばあちゃんちで作り出してたからすぐ出来たよ♪この下にね…ちょっと待っててー」と言って部屋に戻って、白いゴージャスなパニエを取ってきた。「これの下はこのパニエをはくねん。ホントは帽子まで仕上げたかったけどその前に朝になっちゃった」と笑った。加奈子と会うたびに色々と教えて貰っていたし、自分でも鞄だったり帽子だったりスカートだったりを作っていたのは知っていたけど、ここまで作れるなんて。しかも、最初のクリスマスの時に真ちゃんが買ってあげてた家庭用のミシンで。「おばあちゃんちでね、こんなのも作ってね…」と手芸用のトランクを開けて作ったものを見せてくれる。ピアス、ペンダント、ブレスレット、たくさん並ぶ。
アクセサリーや服を作る時に自分の状態を観察してみる練習をしてたらたくさん出来ちゃった。とまた楽しそうに笑った。夏休み中、アクセサリーを作り終えると暴力的に睡魔に襲われるという話をおばあちゃまにすると、それは作るものに魂(チカラ)を込めているからで、その込める量をコントロール出来るように練習してごらん。と言われたそう。それから、お習字もそうだし、作品を作ってコントロールの練習を続けていたそう。
にしても、これはすごい。確かにクオリティとしてはまだまだ改善と練習の余地はあるだろうと思うけど、中学生が独学で作ってると思ったら、なかなかの出来だと思う。きーちゃん、逆にデザイナーだとかそっち方面を狙えばいいんじゃないかしら。なんて感心している間にきーちゃん、ソファーで爆睡。出来上がったら暴力的な睡魔に襲われるって今言っていたからそれなのかな。「またやらかしたな…」真ちゃんも起きてきてリビングに広げられたアクセサリーと服、そしてきーちゃんを見て言った。「またって夏休み中多かったの?」「せやなぁ。何度か片付ける前に寝てたわ。多分、これ夜まで起きへんのとちゃうか」真ちゃんは広げられたアクセサリーと服を片付けてきーちゃんの部屋に持っていく。アキちゃんが物を出しっぱなしにすると怒るのに、きーちゃんには優しいな。真ちゃんは戻ってくるときーちゃんを抱えて部屋に連れて行った。
真ちゃんの言った通り、私たちが仕事から帰ってきた時もまだ部屋で寝ていた。真ちゃんによると朝から一度も起きずに寝ているという。「いくらなんでも寝過ぎじゃない?大丈夫?」夕食の時も起きず、朝、きーちゃんが寝てから半日経っている。一度も起きないとかさすがに心配になってきた。「大丈夫や思うで」と真ちゃんはノンキに言うけど。でもきーちゃん、起こすとびっくりするくらい寝起き悪いからかわいそうだしなぁ。なんて思っているときーちゃんがリビングにやって来た。「ご飯食べる?」今日丸一日ご飯を食べていないからさすがにお腹すいただろうと聞くけど、きーちゃんは首を横に振る。そして黙ったままソファーに座る私の隣に来るとまたすぐに寝てしまった。「え?はやっ!」さすがにこの早さには驚く。今起きてきたよね?歩いたよね?けど、わざわざ私の隣に来て寝るとか、かわい過ぎるんだけど。
「最初にきーちゃんに言うといた方が良かったんやろか」そんな姿のきーちゃんを見て旦那が言った。中学校卒業を第一の期限にしたこと。その時点できーちゃんにとって辛い環境のままならアキちゃんは自分の元で過ごさせると言ったこと。その時はまだきーちゃんは私たちがわざわざそんな話をしていることを知らなくていいと判断して話していなかった。アキちゃんが昨日言ったことは、きーちゃんにとって青天の霹靂でショックだったのかもしれない。きーちゃんにとってこの選択肢が良いものだと捉えられない可能性だってあった。夏休み中、おばあちゃまに言われて自分の状態を確認してコントロールしながら物を作る練習をしていたきーちゃん。そのきーちゃんが徹夜したこともあるけれど、半日も寝てしまうほど集中して服を作っていた。きーちゃんはいきなりのことで混乱したんじゃないか。そうだったら、きーちゃんに話さずに来たことはかわいそうな事をしてしまったのかもしれない。と言った。「俺はいい傾向やと思ったけどな」と旦那の言葉を聞いて真ちゃんが言った。「だって、混乱を自分でコントロールしようとしたってことやろ。結局まだ上手くコントロール出来んくて寝てしまってるけどさ。何かを作ることで精神統一してるようなものやんか。だって熱出してへんで」そう言われてみればそうだわ。今までのきーちゃんなら、熱を出したり過呼吸の発作が起きてた。「寝ることで回復を図ってるなら何日寝てもええんちゃうか?」いや、何日も寝たら大問題よ。
結局きーちゃんは晩酌タイム中も目を覚ますことはなく、ぐっすり眠っていた。真ちゃんは良い傾向だと思ってると言ったけど、心配は拭えなかった。