Another story 42.私の精一杯。

「来年の5月の連休でこっち完全に戻ろうと思ってんねん」
美樹ちゃんの言葉で思考停止。
こっち戻るってことは、美樹ちゃんだけでなくてねーさんもマハルくんもやんな。


前に美樹ちゃんと話していた時「この生活は長くは出来へんやろうな」と美樹ちゃんは言った。
だからこの生活がずっと続くとは思っていなかったけど、こんなに早く期限が来るなんて青天の霹靂ってこの事を言うんだろうか。


楽しみにしてた年末旅行のはずだった。
長い休みが取れたから、旅行を兼ねて美樹ちゃんのおかあさんの御墓参りに行って、ねーさんの生まれたお家に泊めてもらう。
ねーさんの生まれたお家には昔の道具がたくさんあるから、見せてもらう約束をしていた。


御墓参りをした後、お昼ご飯を食べている時に美樹ちゃんのお姉さんから電話があってこっちに来てるなら話がしたいとのこと。
今日は車一台だけで来てるから、私と真ちゃんとマハルくんはねーさんの生まれたお家でお留守番。
ねーさんの生まれたお家にはねーさんのお兄さんとお嫁さんが住んでいて、おばあちゃんの家みたいな立派な日本家屋。
私たちが泊めてもらうのは離れの建物だけど、母屋の方が暖かいからと言ってもらって3人で待たせてもらった。


お留守番中、マハルくんはとってもご機嫌でお散歩に連れて行ったら途中で寝てしまった上に私が迷子になって帰れないハプニングがあったり。
(家で仮眠していた真ちゃんに電話して迎えに来てもらって事なきを得た)
マハルくんのお昼寝中、ねーさん達の帰りが遅くなるとバタバタするからとおばさんが古い茶箪笥や茶器やおばさんが趣味で作ってるドールハウスを見せてもらった。
「うち、男ばっかだから全然興味を持ってくれないのよねー」と言いながら、おばさんは一緒にドールハウスの家具を作らせてくれてとっても楽しい。
帰ったら私も作ってみようかな。と思ったり。
ねーさんが小さい頃からずっと「妹が欲しいって言ってたから、電話で聞いてたよ」と言われて照れたり。


ねーさん達は日が暮れてもなかなか帰って来ない。
おじさんは「もう自分らで何か用意させたらええかー」と晩御飯に連れて行ってくれた。
ねーさんもそうだし、おじさん(ねーさんのお兄さん)もそうだし、ねーさんのお家の人は優しい人だなー。すごいなー。と変に感動した。


食事から帰ってもねーさん達はまだ帰宅せず。
「マハルくん、寝そうだしお風呂入れた方がいいかなー。勝手に入れちゃダメかなー」
聞いておけば良かった。
マハルくんはご機嫌さんだから真ちゃんが「たまにはお風呂に入れる!」と氣合い入れたのにマハルくんはお風呂に浸かってすぐ号泣し続けたので交代。
ちょっと優越感。
選手交代でご機嫌さんになったマハルくんは、お風呂から出てすぐねんね。
お布団に連れて行って寝かせても、ガシッと全身で腕をホールドしてくるのが可愛い。こんなお人形さんあったなー。ホントかわいい。


ねーさん達が寝る布団で一緒に寝てしまいそうだーと思ってたらねーさん達帰宅したけど、2人とも何かいつもと空氣が違う。
ピリピリしてるわけでもなくて、散らかった感じ。
長い移動だったからお疲れかなー?
いつものように美樹ちゃんもねーさんもビールを飲むんだけど何だか変な様子。


だと思って2人の様子を見ていたら、美樹ちゃんの衝撃発言が降ってきた。




死ぬまでずっとこの生活が出来るなんて思ってなかった。
それは分かってた。
美樹ちゃんのお父さんが一人で暮らさなきゃいけないけど、病氣をしてるから心配だっていうことも分かる。
だから、この生活が嫌でやめるわけでもないのも分かってる。


けど、嫌だ。
嫌だって言っちゃいけないのも分かってるけど、嫌だ。


シードラゴンに見放されたと分かった時みたいな感覚。
冷たいモノが体を通る。
でも、今はあの時みたいに泣いちゃダメだ。
混乱して、過呼吸になるのもダメ。
熱も出しちゃダメ。
今、私が調子悪くなったら、絶対ねーさんが氣にしてくれる。
泣いたり、嫌だって言ったら、ねーさんはきっと困る。
だから、いつも通りにしなきゃ。


ゆっくり呼吸に意識する。
時々乱れそうだけど、意識して呼吸する。
これで過呼吸にはならないだろう。
だけど、ゆっくり呼吸をすると冷たい何かが氣管を刺すように痛む。


私が困った時でも笑いながら一瞬で解決してくれたり、いつも私のことも見てくれて「可愛い妹」って言ってくれて、大人の世界を見せてくれるねーさん。
優しくて、強くて、いつもキラキラしてて。
ねーさんが居たから、私はこうやってここに居られる。みんなと、この世界に居られるようになったのに。
ねーさんが居なくなったら、どうなっちゃうんだろう。




「出られる?ちょっと氣分転換しよう」と真ちゃんが誘ってくれて外に出た。
車に乗って、少し走るとコンビニが見えた。
「よし!オッケー!いつでも泣いて良し!頑張った!」
車を止めて真ちゃんが言った。
「泣けへんけど…やっぱり息がおかしいーー」
刺さる冷たい何かが呼吸を邪魔する。
今、自分がいきを吸ってるのか吐いてるのか分からなくなって手足が震えてくる。


「大丈夫、大丈夫。ゆっくり呼吸して」
一番後ろに移動して、しばらくハグしてもらうと落ち着いて来た。
「まあーー、驚いたな。急過ぎるな」と笑う真ちゃん。
笑えないから。
5月の連休ってことは半年もない。
「ねーさんもやんな?」
「まあ、そうなるやろなー」
「何で真ちゃんそんなに普通で居られるん!!」
全くの八つ当たり。
分かってるけど、いつもと変わらない様子に苛々する。
「何でって言われても、美樹達が決めたことやったらしゃーないやんか」
分かってるよ!
そんなの言われなくてもよく分かってるけど、急過ぎる。
「ねーさん居なくなるねんで!」
「うん」
「美樹ちゃんだってマハルくんだって居らんくなるねんで!」
「そうやな」
「ねーさんと一緒にご飯食べたり、お買い物も出来ないし…お風呂にも行けなくなるし、こっそり真ちゃんのおやつボックスからお菓子取って夜中のお茶会出来なくなるし…」
「たまに減ってる思ったらお前らかwww」
しまった、ねーさんが内緒ね♪って言って持って来てくれるのバラしちゃった。


「嫌って言ったらあかんけど嫌ー。嫌なんどうしたら消える?」
嫌なのはホントだから、おやつボックスから話し変えよう。
「抹茶プリン食べたのは?」
「ねーさん」
「抹茶ムースは?」
「それは私。」
話変えるの失敗。
「せめてポテチとかどこでも売ってるやつ食べてw」
「それだと『背徳感ないでしょ』」
「どこでそんな言葉覚えてんwww」
「ねーさんが拝借する時に『ちょっと良いお菓子じゃないとね♪じゃないと背徳感ないでしょ♡』って」
「アイツ…帰るまでに絶対に倍にして請求してやるwww」


って違う!
なんで真ちゃん笑いまくってんだ!
真剣な話ししてるのに!
「今は真ちゃんのお菓子なんかええの!」
「www」
「私が真剣に悩んでるのにお菓子に話をすり替えんで!」
「いやいや、ワタシのお菓子も重要やでwww」
「もういい!」
一人で悩んでやる。
大人ってヒドイ!
どーせ、中学生の悩みなんてしょーもないとか思ってんだ。
「ごめんってwwwアイス買ったるから。チョコもつけていいから許してwww」
「ストロベリーのやつ?」
「いちごでも抹茶でも」
丸め込まれた氣がする。けど、抹茶が好きなのは私じゃ無くて真ちゃんでしょ。




「キリコはねーちゃんなんやろ?」
「うん」
「じゃあ、別に距離関係ないやんか」
コンビニでチョコとアイスを買ってもらって、話再開。
「でも話したい時すぐ会いたい。毎日ねーさんと会えなきゃ嫌。いつもねーさんが居なきゃ嫌」
「ワタシが居ますやん」
「嫌!ねーさんがいい!」
「その即答は流石に傷つくでwww」
「ねーさんが居なきゃどーしたら良いの?」
「何を」
「色々!」
「雑やなwww」
本当は思ってることでねーさん達の前では言わないようにって思う事を敢えて今言ってみな。と言われて言ってみるけど。
自分で言ってて、単に駄々こねてるだけな氣がしてきた。
「仕方ないって分かってるけど、ねーさんが居ないと嫌!私もついてく!」
「それはあかんwwwワタシ1人になるやんか」
「みんなでこっちに引っ越そう!美樹ちゃんのお家があかんかったら近くに小屋建てよう!そしたらいつも会える」
「なんで小屋を建てるねんなwwwせめて部屋借りよう!とかにならんか?」
「だって家賃かかるし」
「何で変なところだけ現実戻ってるねんwww」
だから何で真剣に考えてるのに笑うの。
でも、なんかスッキリしてきた。…氣がする。
本当はやっぱりねーさんが居なくなるのはとっても嫌だけど。


「キリコはねーちゃんなんやったら、距離なんかで切れる縁と違うで」
「……うん」
分かってるけど。
「夏休みとか会いに行っていいかな?」
「フルで滞在したらええと思うで」
「電話もしていいかな?」
「携帯でかけるのはやめような。電話代が恐ろしいことなりそうやwww」
だから何でいちいち笑うの?
ホンマムカつくー!


「意地悪で引っ越そうって言ってるんちゃうの分かってるけど…嫌って言っても変わらないのも分かってるけど嫌。寂しい」
ねーさんのキラキラが無くなったら、絶対空氣重たくなる。家が暗くなる。
ねーさんが居るだけで家が違うもん。
「キリコは電球かなんかか?蛍光灯か?www」
だから何でいちいち笑うの!


「夏休みも冬休みも春休みも全部フルで連れてきたるから」
「ホンマに?」
「約束する」
「それ以外でも寂しくなったら連れてってくれる?」
「それ以外はワタシで我慢して下さい」
「絶対無理!絶対嫌!ホント嫌!それはヤダ!」
「なんでやねんwww」
ホント、なんで笑うの!


「でも、ちょっとスッキリしたー。ありがとー」
「どういたしまして。」


スッキリしたのは、少しだけど。
やっぱり寂しいと思うのは変わらないけど。
「嫌だ」って言ってねーさんを困らせる方がもっと嫌。
だから、頑張ってあと半年間普通でいる。
「思い出して寂しくなったら真ちゃんの部屋も避難所に貸してもらっていい?」
「どうぞ。」


きっと、大丈夫。
普通に。普通に。
ねーさんが心配しなくていいように、出来る。
出来なくてもするんだ。