Story 43.卒業。

この生活最後のお正月。
年末は去年と同じようにおばあちゃまのお家へ行ってお餅つき。そのまま年明けまで、きーちゃんと真ちゃんはおばあちゃまの家で過ごした。真ちゃんが正式に家を継ぐにあたって何かと忙しいみたいで、きーちゃんもそのお手伝いに行っていた。よく考えたら、きーちゃんと過ごすようになってから一度も一緒に年越ししたことないわ。
最後は一緒に年越ししたかったなぁ。と思ったけど、仕方ない。おばあちゃまのお家でお正月を過ごす間、きーちゃんは色々と必要なことを教えてもらっているみたいだし、今後の為を考えたら私がワガママ言える立場じゃないし。

「つーーかーーれーーたぁぁぁ」帰ってきたきーちゃんの第一声。ソファーに倒れこんだきーちゃんに容赦なく襲いかかるけど、「その年から若いオンナの寝込みを襲うな」と真ちゃんに捕獲されて怒るマハル。何しとん。「マハルくーん、元氣をちょうだい!今の私にはあなたが必要なのー。そのぷにぷにほっぺが必要なのー」と真ちゃんからマハルを奪い返すきーちゃん。何しとん。マハルは行ったり来たりが楽しいみたいだけど、ホンマ、何しとん。うちの実家から帰ってからきーちゃんを心配していたけど、見た感じは落ち着いていた。
真ちゃんに「お正月中、大丈夫だった?」と確認したけど「キリエ、意外とオトナやで」と言っていた。最近、隠さずキリエって言うよね。何か進展あったのかしら。と思ったけど、お正月中は本当に忙しかったみたいでそんな暇もなかったのかもしれない。さっきまで何か楽しそうな声がしていたけど氣付いたら静か。となりの和室をのぞくと、きーちゃんとマハルはお昼寝をしていた。マハルはやっぱりきーちゃんにぴったりくっついていて、やだ、かわいい。お正月から悶えてしまうわ。こんな風景ももうすぐ見られなくなるなんて、決めた私が名残惜しい。

3学期も始まると、学校では一氣に受験の空氣になるらしくきーちゃんは「友達もみんなピリピリしてつまらなーい」と言っている。仲のいい専願で受けた子は12月中に受験が終わっていたのでまだマシだけどー。とブツクサ。お友達も増えたみたいで安心。
で、きーちゃんアナタ余裕ね。結局きーちゃんは併願で受けることにして2月には私立の受験があるらしいけど、最近勉強してるの見てないけど?などと心配した。けど、やっぱりきーちゃんは出来る子!私立は難なくクリア。「だって、英語と国語と算数だもん」算数?数学じゃなくて?曰く「中学受験の問題の方が難しいんちゃう?」合格は合格だから良かったよね。と安心したのは私たち大人組だけで、きーちゃん本人はいきなり勉強を始めた。「だってこれで公立落ちたら私立入学決定やもん」何それ。いきなりの追い込みをかけたきーちゃんは、真ちゃんの4月にある襲名披露(名前が結局分からない)の準備も並行して手伝っている。真ちゃんは勉強を優先したらいいと言っていたけど、「大丈夫!」と言い切っていて、真ちゃんが居ない日は遅くまで勉強していた。
その間にライブに出演。初ライブからコンスタントに何回もライブに出ているだけあって、練習も本番も「楽しくて息抜きになる」とご満悦なきーちゃんだけど、オーバーワークが祟って寝込むこともあって少し心配。

3月に入る頃には「絶対受験ストレスだー。私受験生みたいー」と言いながら、胃が痛いとダウンすることが増えた。本当に大丈夫なのかな。真ちゃんは、一時期よりも仕事やお誘いもセーブするようになって不安定になってるきーちゃんのフォローもしている。真ちゃんへの負担も大きいんじゃないかと思って私達がいる間、心置きなく遊びに行ってきてもいいよ。と声をかけるけど「遊びに行くより家におる方がいい」と言う。ちょっと前まで遊びに行きまくってた人の発言とは思えない。
見ていると、やっぱり真ちゃんはきーちゃんに対して可愛いだけ以外の感情を持ってるように思える。一般的には結構ギリギリアウトな線だから大っぴらにはしていないけどバレバレ。逆に今までの真ちゃんを知っているだけに、豹変と言えるレベルできーちゃんのペースに合わせてるのを見ると健氣だなと応援したくなる。
きーちゃんの方はどうか?というとやっぱりそんな特別な感情ではなさそう。色々と考えたら、やっぱりきーちゃんはその辺にいる同級生の子よりも真ちゃんが隣に居てる方がいいと思う。きーちゃんからしたら、お父さんでお兄さんなんだろうけどね。加奈子じゃないけど、ホント現代の紫の上だわ。なんて思ったり。応援してるんだから、光源氏みたいに紫の上を泣かすんじゃないよ。と思ったり。一度読んでみたけど、いくら実質的だったり本心の所で紫の上のことを大事にしてたとしても光源氏はどうかと思うの。まあ、時代が違うから今の時代の常識に合わせるのはおかしいんだけどさ。

私達の仕事は3月いっぱいまで。と言うことにしてもらって、毎日の出勤が名残惜しく、大阪の両親だと思ってるオーナーたちと離れてしまうことも私を感傷的にさせた。そんな日が続いて、卒業式になった。きーちゃんはご両親に日程を伝えていた。
「いってきます」家を出るきーちゃんの表情は複雑だった。きーちゃんを見送ったあと、どうしてもきーちゃんの表情が氣になった。「美樹!真ちゃんちょっと!」きーちゃんが門を出たのを確認してリビングに急いで戻った。「卒業式、行けないかな?」2人は顔を見合わせてる。無茶だよね。私だけで行こうかな。もしも、ご両親が来ていたら声をかけずに帰ればいい。「そのつもりやったけど、キリコは行かへんの?」と真ちゃん。えーーーー?うそーん。どういうことよ。「でなかったら休み合わせてませんけど?」と旦那。確かに旦那は今日休みを取っていた。これは卒業式のあとお祝いするからからだと思ってた。「言ってよぉぉー」何なの、この2人。性格悪いんじゃない?マハルを保育園に預けてきーちゃんの学校へ向かった。目立つときーちゃんが氣にしたら行けないので、目立たないように一人づつ体育館に入る謎行動をしたのに、なんか浮いてない?考えすぎ?周りはやっぱり保護者メインだから私たちは少し若め、多分お姉ちゃんたちか過去の卒業生なのかな?という団体の近くに座った。真ちゃんだけ、少し離れた所に座った。
「きーちゃん来ても騒ぐなよ」と卒業生入場直前に旦那に念をおされたけど、失礼ね!騒がないってば。入場してきたきーちゃんは、真っ直ぐに前を見ていた。
やっぱり目をひくのは、親バカではなくきーちゃんの持って生まれたものなんじゃないかと思った。入場するきーちゃんを見ると、出会ってからのきーちゃんが自然と脳内で再生される。
ちょうど中学生になる時だった。初めて会った時も、不安で泣きそうな顔をしてた。話しているうちに、笑顔になってきてかわいくて妹欲しかったなー。妹ってこんな感じかなと思った。ライブにも来てくれて、キョロキョロして周りをキラキラした目で見るきーちゃんがかわいかった。それから、きーちゃんは泣いたり傷ついたり、時々笑って色んな経験をしてきたと思う。出会った頃はまだどう見ても子供だったけど、真っ直ぐ前を見て歩いていたきーちゃんは随分と大人に近づいている。これからも、きーちゃんが大人になっていくのを一番近くで見るはずだった。
自分が言い出したのに、この時はやっぱりその姿を見たいと自分の選択を後悔した。泣いて旦那を困らせたとしても、こっちできーちゃんと過ごすのを選べば良かったと思った。これから、きーちゃんはどんな大人になるんだろう。
「泣くの早いわ。入場しただけやで」と旦那が呆れているけど、関係ない。ハンカチじゃなくてタオル持ってきたら良かった。名前を呼ばれて壇上にあがるきーちゃんを見たら、もう一段涙腺が崩壊。証書授与。一人一人が誓いの言葉を言う。「私の周りの人のように優しく強い人になって、貰ったもの以上に優しさを返していきます」きーちゃんはまっすぐ前を見て言った。その透った声を聞くと涙が止まらない。化粧がヤバいと思ったけど、氣にせず泣いた。きーちゃんは、表情を崩さずに前を向いていた。
「なんでキリコがそんなに泣いてんねん」式が終わって他の保護者の人は教室へ向かったけど、私たちは学校を出た。号泣している私を見て真ちゃんも呆れつつ笑う。「いいでしょ!卒業式は涙がつきものなの!」と反撃したけど、「自分の卒業式じゃ涙ひとつ見せんかったで。こーんなスカート長くてさwww」と旦那。同じ学校だった旦那をもったのを後悔した。いらない人の思い出を掘り起こすんじゃないよ。
「ご両親、来てた?」「見たところわからん。」「そっか。」車を少し離れた所に停めたので、真ちゃんに待ってて貰って私と旦那は車を取りに行くことにした。
「ご両親来てたのかな」「どうだろねー」口には出さなかったけど、日程を教えていたのはきっと来てくれることを期待したから。けど、式場では誰かを探すことなく真っ直ぐ前を見ていた。「何、思い出して泣いてんすか」「いいでしょ!」車を取りに行って、学校近くのいつも迎えに行く場所に停める。きーちゃんのお迎え。これも最後かぁ。「だから何でまた泣いてるねん」旦那、おだまり。私たちが戻ったのに氣付いて真ちゃんも車まで来たけど、すぐ隣で立っていた。しばらくして、少しずつ学校から人が出てきた。名残惜しそうに写真を撮ったり、友達と話したりしている。
その中からきーちゃんの姿が見えた。1人でまっすぐ前を見て私たちの方に向かってくる。私たちに氣付いたみたいで少し小走りになる。車まで来て、外で待ってた真ちゃんに抱きつくきーちゃん。それは嬉しいハグでないのはわかった。いつもなら、眉間にシワを寄せる旦那も表情を変えずにタバコに火をつけた。
「ただいまー」ドアを開けたきーちゃんの声はいつも通りだった。「おかえり!卒業おめでとう!」だからいつものように返す。「来てくれてありがと」あ、バレてた。コソッと入ってコソッと出てきたのに。
車が学校の前を通ると「せんぱーい」と聞こえた。嗚呼、青春の響きだねーと思っているときーちゃんが窓を開けて手を振る。これには驚いた。きーちゃんを呼んでたの?「合格したら制服で来てくださいねー!」「合格してたらねー!バイバーイ」後輩たちに手を振るきーちゃんは、初めて見る中学生の顔だった。
「後輩?」「そう。クラブの。ネクタイちょうだいって言うからあげてん」そういえば、ネクタイないね。茶道部だったね。やだ、なんか青春だねー。と私がくすぐったく思っていると水を差す旦那の言葉。
「ネクタイあげんのええけどさ、公立の試験の時も制服ちゃうん?」静まる車内。「あーーー!どうしよう!試験の時ネクタイ無しじゃマズイよね?試験のこと忘れてたーー!」おいおい。どうすんのよ。ああ、きーちゃんはやっぱりきーちゃんだ。「大丈夫、貸したるから。似た色持ってたはずやから」となだめる真ちゃん。
お昼はお祝いだから少し奮発したお店に行く。店内に、制服を着た子とそのご両親がいたりして卒業式の雰囲氣でいっぱいだった。きーちゃんの学校もそうだったんだけど、おじいちゃんおばあちゃんも来てる所もあるんだね。私たちの時代は、わりと荒れてる時代だったせいか祖父母まで来るのは聞いたことがなかったから新鮮。

公立の試験は、卒業式後。試験前日に登校日で中学校に行かなきゃいけないことをその日の朝思い出して、真ちゃんが大急ぎで連れて行ったり、おばあちゃまに「試験前はカツやろ」と食事に呼ばれ食べ過ぎて夜中「胃が痛いー」と言ったりしたけど。無事、受験できて合格発表の日、珍しくきーちゃんは朝からそわそわしてる。
「だって、ここ落ちてたら私立決定やで!」私立受かってんだから余裕じゃないの?「お願い!1年バイト頑張るから落ちてたら来年公立行かせて!」と真ちゃんにお願いしている。どういうお願いよ。まだ高校行くって言ってるだけマシなのかしら。「そんな後ろ向きなお願いは聞きません!4月から私立行ってください」あえなく却下されてた。
「あー、胃が痛いよー」ソファーで悶絶するきーちゃん。そこまで緊張しなくていいじゃない。ここ2、3日ずっと胃が痛いよーと言い続けてる。
一回受けちゃったらどうしようもないんだから忘れて遊んでたらいいのに。と思うけど、来月末に控えた真ちゃんの家を継ぐにあたってのお食事会の準備を手伝ったり、私たちの仕事が立て込んでいるためマハルのお世話をしてくれたりで遊ぶ暇はなかったり。
「春休みだから暇だし、いいよー」と言うきーちゃんの言葉に甘えて、マハルの保育園の送迎まで頼んでしまってるから助かっているのは事実。

お昼前。珍しく私たち3人は揃って仕事が休みだから、リビングに集まってきーちゃんからの電話を待ってる。合格でも不合格でも真ちゃんの携帯に連絡が入ることになってる。きーちゃんは、真ちゃんは忙しいから合格発表後にある説明会は1人で聞いてくるし大丈夫だと言って家を出たけど、真ちゃんはきちんと休暇を取っていた。
「まだ連絡来てへんの?」タバコを買いに行ってた旦那も氣になっているらしい。女子高生になる子への合格&入学祝いは何が良いかを職場の諸先輩方に相談しているを知ってる。何だかんだで旦那はきーちゃんに甘いな。
携帯が鳴った。『もしもーし』きーちゃんの声で一瞬で合格だと理解した。私も旦那も「おめでとーー!」と揃って言ったから真ちゃんに「聞こえん!」って怒られちゃった。
電話をきった真ちゃんはすぐに出かける支度を始めた。「スーツじゃなくて良くない?」説明会ってどんな格好してったらええやろか。とものすごく今更な相談をされてしまった。一応スーツは用意してるらしいけど、スーツ着ると真ちゃんイカツくなるのよね。結局スーツはやめていつもの感じで白いシャツと黒のパンツにしたけど、やっぱなんか派手。イカツさは軽減されてるけど今度はバンドやってます感を醸してて学校向きかと言われると「うーーん」な感じ。きーちゃんが好きだって言ってたコーデだし、良いか。
夕方、きーちゃん達が帰宅。「おめでとー!」と言うと照れながら「ありがとう」と言うきーちゃんがかわいい。「えーー、今日じゃないの?」制服もらって帰ってくるかと思ったら、今日は採寸だけだったみたい。見たかったー。「春休みなのに宿題でたよ。高校ってこわい」と謎発言をしていたきーちゃんだけど、夕食はきーちゃんの好きなお店に行くことを伝えると喜んでくれた。旦那と真ちゃんの友達がやっているお店だから、昼間旦那に連絡してもらってサプライズでケーキを出してもらう手配もしてある。旦那がきーちゃんの合格祝いだと伝えていたから、店長の友達も特別にお祝いメニューを用意してくれた。私は何もしてないし、4月から頑張って学校に通わせるのは真ちゃんだけど、役得ってやつかしら。

「すごいー!嬉しいーー!」サプライズのケーキが運ばれてくるときーちゃんは涙目になって喜んでくれる。マハルもきーちゃんがとっても喜んでいるからつられてニコニコして動き回ってる。そんなマハルを見てきーちゃんもまた喜んでくれて、そんなに喜んでくれるとは思わなかったから、私までつられて泣きそう。「何でキリコまで泣いてんねん」と旦那と真ちゃんにツッコまれたけど、嬉しくて泣けてくるのは仕方ないじゃないの。「誕生日みたーい」とロウソクを嬉しそうに消すきーちゃん。最近、ここまでの笑顔を見てなかったからホント嬉しい。
おめでとうをした後は、一旦ケーキを下げてもらってお食事。ああ、とっても楽しい。多分こんなに平和にゆっくりとみんなで食事に行くって後何回かしかないから楽しんでおかなきゃ。としみじみした瞬間、水を差す声がした。
「真弥やん!最近見ないやんか。何してたん?」「希美が最近連絡してくれへんって言ってたで」男女数人グループ。どうやら真ちゃんの友達らしいけど、希美ってあの元カノだよね。めでたい日に何て名前を聞かせるの。
人見知りなきーちゃんの表情が一氣に固まる。ただでさえ知らない人が苦手なのに、いきなり数人が一氣に輪に入ってきたもんね。仕方ない。
ほかのテーブルが空いてなくて、そのグループは私たちのすぐ隣。真ちゃんに事あるごとに絡んでくる。しかもアルコールが入るものだから、遠慮なく。
その度に真ちゃんは「今日はお祝いで来てるから」と言って遮るけど、酔っ払いな若者は遠慮がない。人氣者なのは良いんだけどね。きーちゃんは私たちに氣を遣ってくれているのか、いつものように話すけど表情は固い。きーちゃんが氣に入ってるお店だからと選んだけど、こういうことがあり得るのをすっかり忘れてた。
30分もすれば、隣の酔っ払い共は更に盛り上がって真ちゃんを自分達のテーブルに引っ張り込もうとするし、何なら私たちも一緒に…とか言い出すし。やっぱり真ちゃんは頑張って断るし、店長もたしなめてくれるけど落ち着かない。私のせいでは無いとは言え、申し訳なくなる。
「早めに出ようか」と明らかに無理して笑うきーちゃんを見て旦那が言う。それが良いかもしれない。
「あ、来た来た!」隣のグループの中の子が言う。ついその方向を見てしまって、固まってしまった。
元カノが登場。
「マジか…」旦那はたしかに呟いた。私も同意。きーちゃんも真ちゃんも一瞬固まる。
「何があったか知らないけど、一回ちゃんと話し合った方がいいよ」とグループの女の子。元カノがその子たちに真ちゃんが「いきなり連絡をくれなくなった。もしかしたら別に彼女が出来たのかも…」などと言っていたらしく、氣を効かせて元カノを呼んだとかなんとか、有難くもない説明をしてくれた。
いるよね、こういうありがた迷惑な事を率先してくる子。元カノはそんなありがた迷惑な行為を喜んでいるみたいだけど、
「話すことなんか無いわ。本人がよく分かってるはずや」とめちゃくちゃ無表情に答える真ちゃん。
「あの子やん、色々因縁つけてきた子」と元カノの言葉に女子グループが一斉にきーちゃんの方を見る。
「マジで?あの子?」嫌な感じの視線が一斉にきーちゃんに向く。きーちゃんのお祝いの席だし、と思って黙ってたけどいい加減キレそう。けど、ここでキレてしまうときーちゃんは嫌がるのも知ってる。嗚呼、ジレンマ。
「出るって言ってくるわ。ケーキは家で食おう」と言って旦那が席を立つ。それが良いと思う。
元カノは何事もなかったように真ちゃんに話しかける。何が「せっかく元氣になって嬉しかったのに何で連絡くれないん?」だ。よく言うわ。
真ちゃんはオール無視をして食事を続けて、敵意に晒されているきーちゃんを氣遣うけど女子達はそれが氣に入らないらしく真ちゃんを責める。おかげで同じグループの男子達も微妙な雰囲氣に。
「出よう」旦那が戻ってきて私たちは席を立つ。
「ちょっと待ってって!」元カノが真ちゃんを引き止める。「ホント急やんか、そんなにその子がいいわけ?何でよ。やり直そうよ」だから、あんた言うセリフがいちいちドラマの見過ぎだってば。
「そう、キリエがええねん。あかんか?」真ちゃんは表情を変えずに言う。「何でって言ってるやん」「かわいい、優しい、素直、繊細。人の事をまず考える、嘘をつかない。笑った顔がかわいい、声がかわいい、泣いてもかわいい、居るだけでかわいい、『精神的な病氣』でも嫌がらない、『精神的な病氣を持ってる人と結婚を視野に考えるのは難しいから健康で金持ちと付き合うことにした』なんて言わない、怪我で入院しても自分の誕生日プレゼントの心配をせんと心配してくれる、病院で人を殴らない。あ、何より若い。まだ続けようか?」真ちゃん、よくもまあ、恥ずかしげもなく堂々と言えるよね。酔ってるな。最後の方、かなり嫌味入ってるけど。特に最後の若いって、元カノが歳上だから敢えて言ったでしょ。それにかわいいって言い過ぎだから。
「好きに言ったらええが。何言おうが希美とやり直すなんてあり得んし」そう言って真ちゃんはきーちゃんを連れて店を出た。タクシーを拾って2台に別れて帰途につく。
「帰ってケーキでやり直し…って氣分にはならんよなぁ」とため息をつく旦那。だよね。せっかくのお祝いだったのに。「個室ある所のが良かったかもしれんよな。きーちゃんに悪いことした」と何も悪くないのに落ち込む旦那。「元カノとその一味が来るとか思わないしこればっかりはしょうがないよ。かなりムカついたけど」「キリコ、よう耐えたよな」「だって、あそこでキレたらきーちゃんが嫌がるもん」昔の私なら暴れる勢いでキレてた。我ながら大人になったわ。「確かにそうやわ」と旦那も同意した。