Another story 44.現実逃避と現実。

卒業式が終わって学校へ行かずに済んでいるというのに、胃の痛みはマシになるどころか酷くなるし常に胃に違和感を感じていた。
学校でのストレスから解放されたものの、試験前のストレスなのか、名前のことに関しての罪悪感からなのか胃の違和感は治らない。
眩暈がして、急に目の前が真っ暗になってしまうことも増えた。
ねーさん達は心配してくれたから、生理痛と貧血だと答えて凌いでいた。




試験が終わって、合格発表。
試験はまったく緊張しなかったけど、合格発表で高校へ向かう時は何故か緊張した。
けど、呆氣なく自分の受験番号発見。
受かっていても落ちてても連絡して。と真ちゃんに言われていたので電話をすると、電話の向こうでねーさんと美樹ちゃんが「おめでとーーー!」と言ってくれたのが聞こえて嬉しくなった。
午後からの入学説明会の為に真ちゃんは休みをとってくれているらしく落ち合う時間を決めて電話を切った後、おばあちゃんにも報告の電話をかけると、おばあちゃんも「よく頑張ったね。おめでとう。さすがきいちゃんやなぁ」と言って喜んでくれた。
合格しただけなのにみんながこんなに喜んでくれるんだ。とっても不思議な氣分だった。
現実逃避が理由とは言え、ラストスパートで勉強して良かったかもしれない。


現実逃避…。
試験が終わったってことは、いい加減これからの事を考えなきゃいけない。
4月の準備も一段落したから、きっと真ちゃんも新しいお家へ行く準備を始めるだろう。
時間潰しに来た本屋さんで「1ヶ月の家計」なる特集をしている雑誌を見つけた。
手に取ってみる。
デッドラインが過ぎてみんなバラバラになったとしても、私が自力で高校に行きながら生活するにはどれくらいかかるのか氣になった。
これも此岸《しがん》の差し金かもしれないけど、合格しただけでみんながおめでとうって言って喜んでくれた。
だから、高校にちゃんと行ったらもっと喜んで貰えるんだろうかとふと思った。
けど、それは見事に打ち崩された。
バイト情報誌にも手を伸ばして高校生でも働けるバイトを見る。
意外とあるけど、時給はそんなに高くない。
さっき読んだ雑誌にあった収入になるにはどれだけ働かなきゃいけないのかな。
計算してみるとどう考えたって学校へ行った後にバイトを毎日したとしてもバイト代では暮らしていけそうもなかった。
この此岸の差し金は弱いな。呆氣なく此岸への執着は消えた。
此岸に留めて私を苦しめようとするなら、普段くらいの差し金を寄越さなきゃ引き留められないよ。


「お待たせ。何?高校生やからバイト始めんの?」
後ろから真ちゃんの声がした。
「早かったね。びっくりした」と言うと笑う真ちゃん。
「ご飯、食べて行くかー」
やっぱりお腹は空いてなかったけど。
変に現実を垣間見たせいか、胃がキリキリする。




入学説明会が終わって帰ると、ねーさんが一番にダッシュで来て「おめでとーー!」と思いっきりハグして頭を撫でてくれた。
何だかくすぐったい。
「入試もクリアしたし、ちょっとは食べられるか?」と美樹ちゃん。
お祝いに美樹ちゃんのお友達がやってる店に連れて行ってくれるって。
しかも、お店に行くと店長さんが「合格おめでとう」と言ってチョコレートのケーキを持って来てくれた。
プレートにも「祝!女子高生」と書いてある。
「すごいー!ありがとーー!」
美樹ちゃんと真ちゃんが店長さんに言って特別に作ってくれたとねーさんが教えてくれた。
「お誕生日みたい!」
お誕生日はプリンセスの日だとねーさんが教えてくれた。
みんなに「おめでとう」と言ってお祝いしてもらえて誕生日でないのにプリンセスになったみたいで嬉しい。
こうやって一緒に居てくれるだけでも嬉しいのに私のことでも「おめでとう」って喜んでくれる。
隣の席には、偶々真ちゃんのお友達のグループが来て真ちゃんが「今日は私の合格祝いだから」と言うと同じように「おめでとう」と言ってくれた。
大人の仲間入りできたみたいで嬉しかった。


それがとっても心地よくてずっと周りから調子に乗るなって言われていたはずなのに浮かれていた。
でも、みんなの言う通り私が調子に乗っちゃいけなかった。
この世界に居ていいと錯覚してはいけないと此岸が言う。
私がこの世界で楽しいだとか思って存在してはいけなかった。


「来た来た!」
隣のグループの人の声に私達も思わずその視線の方を見る。
そして固まる。
私の脳内では間違いなくダースベイダーのテーマが流れたと思う。
視線の先は、真ちゃんの彼女さんだった。
「マジか…」
美樹ちゃんが小さく言った。
ねーさんも顔が引きつってる。
彼女さんと目が合った瞬間、黒い雲より恐ろしい痛い何かが刺さる。
同じタイミングで胃が痛んで目の前が真っ暗になる。
息をするだけで痛みが増してトイレに避難しようかと思うけど、立ち上がれない。
この人、私のこと、嫌いなんだろうなぁ。
嫌われるのは慣れてるけど、この人の空氣はヤダ。
貧血でうまい具合に音も聞きづらくなったお陰で何を言ってるのか分からなくて良かったかも。怪我の功名ってやつ?
けど、ここで倒れられない。


何でここに彼女さんが来たんだろ。
あ、そうか。
私が年明けからずっと真ちゃんのスケジュールを教えて、誰と会うの?ってうるさく言ってるから会えなかっただけなのか。
だから、お友達が真ちゃん来てるしって呼んだんだ。
真ちゃん、ホントは彼女さんと会いたかったのかな。
真ちゃんちのお手伝いって大義名分使って私がうるさく言うから嫌になっちゃったのかな。


吐きそう。
けど、吐いちゃダメ。
倒れるのもダメ。
目の前は真っ暗だし、外の音もよく聞こえない。
今、どうなってるんだろ。
でも、今は身体の全神経を集中させて倒れないようにするだけで精一杯だ。




「出よう」と言う真ちゃんの声がした。
いや、今立っちゃヤバイんだって。
立った瞬間に倒れるとか迷惑すぎる。さすがにそんな迷惑かけたくない。
抵抗しようと思ったけど、抵抗する力がなくてそのまま肩を抱えられて店を出てすぐにタクシーを拾う。
うん、早く座りたい。
「大丈夫か?調子悪いん?」
タクシーを待ってる間、異変に氣が付いてくれた。
「ちょっと貧血」
「急に立たせたもんな」
タクシーはすぐに来てくれて道端で倒れるなんて事態は免れた。
「家着くまで寝ててええで」
うん、そうする。
さっきから真ちゃんの声も何か遠いし、手足も痺れてきたし。
建前で「受験ストレス」って言ってたけど、本当にそうだったのかな。終わって氣が抜けたかも。
「あ、キリコら置いてきてもうたわ。まあ、アイツらも出よう言ってたしすぐ出てくるか」と真ちゃんが笑った。
そうだ。倒れ込まないように必死で頭から抜けてた。
せっかくお祝いしてくれたのに、美樹ちゃんにもねーさんにも店長さんにもちゃんとお礼言えなかった。
いっつもそうだ。大事なことをすぐ忘れる。
もうやだ。
全部嫌。
大事なことをきちんと伝えられない自分も、真ちゃんが彼女さんと喋るのも、春からどうしなきゃいけないか悩むのも。
1人になるのも嫌。
私が迷惑かけ続けてまだのうのうと生きてるのが一番嫌。
「大丈夫。キリエは何も迷惑かけてへん。1人にもならん。シードラゴンの所にも行かせん。心配せんとちょっと休んどき」
そう言って貰ったら大丈夫って氣がしてきたけど、こうやってやっぱり面倒かけるのしないようにしなきゃ。




これ、ちょっとヤバめ?
家に帰ってからも少し寝ていたけど、氣持ち悪くてトイレに駆け込む。
吐いたものに血が混ざってた。 吐血ってやつ?
あ、色がグロいなぁ。なんて意外と冷静だったけど次々上がっては吐いてを繰り返す。
トイレから出られへん。
あ、血の色変わった。
トイレ掃除してからトイレから出な。
次、吐くまでに拭いとこ。
あかん、洗剤の香りでまた氣持ち悪い。
しかも血の臭いと口の中に広がる血の味とが吐き氣を加速させるし、ホンキで周りが見えなくなって来た。
このままあの世へ行くのかな。
デッドライン5月だって思ってたけど2ヶ月早かったな。2ヶ月なら誤差か。
死亡場所がトイレって何か嫌だな。
一応、女子としてそれは避けたい。
せめて廊下?
いや、家で死亡だと警察来るって聞いたことある。
そうしたらみんなが誘拐の容疑と殺人の容疑がかけられる。
それはダメだ。
まずルミノール反応が出ないようにトイレを綺麗にして、早くトイレからでて家の外行かなきゃ。
どこにしよう。
そうだ、公園にしよう。
身元が分かるもの持たなきゃ身元不明で無縁仏コース。
私の寿命、あと15分もって。
なんか、猫さんが寿命尽きる時1人になるってのわかる氣がするな。




「きーちゃん、大丈夫?お腹痛い?」
ねーさんの声がした。
まずい、まずい。
こんな所見られたら心配させちゃう。
洗剤の匂いで吐きそうになりながら、むしろ吐きながらなんとか拭き終わる。
早く、外に出なきゃ。
家から出なきゃみんなが容疑者になっちゃう。


立ち上がる。けど足に力が入らなくて転ける。
「痛いー」
頭打った。多分ドアノブ。
何でこうなの。
最期の最期まで鈍臭い自分が嫌になる。


でも、この一撃で完全に残りの力なくなった。
ここで終わりかぁ。
私の人生って一体、何だったの。
嫌われて嫌がられて、家族から存在が消えて。
ようやく私のことを見てくれる人達と居られたと思ったら、最期にその人達に大迷惑かけて。
本当、しょーもない人生。
ごめんなさい。
でも、本当にみんな大好きだったの。




本当にあの世コースだと思ってたら、私はしぶとく生き長らえてたみたい。
「何で我慢してたの、ごめんね、しんどいのに無理させてたねー」
真っ先にねーさんの顔が見えた。
何でねーさんが謝ってるの?
ねーさんが謝ること、何も無いのに。
看護師さんが「病棟行きますね」と言って景色が動く。
口の中、変な味。
あ、真ちゃん見っけ。
お部屋に入る。
「もう大丈夫やからな」
真ちゃんが言った。
「ねーさんは?」
「美樹に電話しに行ったで。もうちょいしたら先生も来るって」
先生も来てくれるって何かおおごと?
ごめんなさい。


「胃の中に血が溜まってたんやって。それ吐く時に通り道も裂けたから余計に血を吐いてもうただけで両方処置したからもう大丈夫や。ただ変に力入るとまた切れるから氣ぃつけや」と先生。
お腹に力入れちゃダメってこと?それって生活してたら無理じゃ無い?
「ちょっと間入院だけど毎日顔出すから入学式までに治そうね」とねーさん。
入院?誰が?私?
帰れないの?




『おねーちゃん、また嘘の病氣なん?』
違う、本当にしんどいの。
おかーさん、まだ来ない。


ああ、そうだ。
入院して帰ったら、私がそのまま家族から消えてたんだ。


最初の入院でおとーさん。
次の入院でおかーさん。
いもーととおとーと。
嘘の病氣じゃないのに。
本当にしんどかったんだよ。
でも、迷惑かけてごめんなさい。
嫌がらせするつもりじゃなくて、本当にしんどかったの。




「じゃあな、ゆっくり寝とき」と真ちゃんが立ち上がった。
真ちゃんとねーさん、帰っちゃう。
もう、会えなくなる。
きっと家族と一緒。
帰ったら真ちゃんやねーさん達から私が消えてる。
嫌だ。
待って。
置いてかないで。
私はここでみんなと居たい。
迷惑かけた所だけど、私はここに居たい。
だから、病室から出ないで。
置いていかないで。
「置いてかないで!私も一緒に帰る」
もう1人は嫌だ。
誰の前にも存在しない此岸で、1人醜く生き続けるなんて嫌だ。
「大丈夫やから、朝になったらまた来るから」
おかーさんも同じこと言った。
けど来なかった。
ずっと待ってたけど、夕陽が落ちて真っ暗になっても来なかった。
次に会えたのは帰る時。けど、おかーさんは話をしてくれないし私を見てくれない。
おかーさんから私が消えちゃった。
きっとまた私が消える。
手を伸ばして真ちゃんの袖に手が届いた。
まだ、居る。
ここに居る。
今離したら、私はまた消えてしまう。


真ちゃんに手が届いたけど、その瞬間さっきの彼女さんの黒い雲が見えた。
あの人と行っちゃうの?
楽しそうに話すの?
私の話を聴いてくれたみたいに、いっぱい笑うの?
真ちゃんからも私が消えるの?
嫌だ。
私はここに居たい。


「キリエ、聞いて。大丈夫、帰らんから」
ホントに?
「でも明日帰る?」
「一緒に帰ろう。置いてかへんから」
私は消えない?
一緒に居られる?


髪に何か触れた感覚がして目を開けると真ちゃんが見えた。
「ごめん、起こしたな」
ああ、真ちゃんにひっついて膝の上で座ったままそのまま寝ちゃったんだ。
「ごめんなさい。ベッド戻る…」
「何で?このままでええやんか」
そう言ってぎゅーっとしてくれる。
真ちゃんがぎゅーってしてくれるの、好き。
「ワガママ言ってごめんなさい」
こうやって優しいの知ってる。
「さっきさー、キリエが自分で言うてたこと覚えとる?」
とってもとっても恥ずかしいことを口走ってしまってたんじゃないかと急に恥ずかしくなった。
「ここに居たいから帰らんでって。ここに居たいって」
うん、言った。
ここでみんなと居たい。
「やっと言うたって嬉しかったんやで。キリエが初めて自分からここに居たいって。知ってた?」
初めて、言ったのかな。
もっと言ってる氣がするけど。
「シードラゴンの所に帰らんのやったら、こんなんワガママにならんで」
「もうすぐねーさん達引っ越しやん。ねーさんが居なくなるし、真ちゃんが彼女さんの所に行ったらどうしようって」
「どうしたらそんな心配が出てくんねんな」
「だってお食事会の準備でね、私ずっと真ちゃんにアレしておいてコレしておいてって言い続けてるし、 これはしないでねってたくさんお願いしてるし…ずっとシードラゴンの所行きたいって鬱陶しいし。うるさいの病院で居ないからって彼女さんとこ行っちゃおーって真ちゃん居なくなったらって…真ちゃんがあの人とねーさんと美樹ちゃんみたいに話してるの考えたらめっちゃ嫌やってん。けど、もっとワガママ言っちゃったからもう嫌なった?」
「ありえへんありえへん。そんなワケわからん心配してるから胃に穴あくねんで」
そうやって真ちゃん笑うけど。
だって、嫌なんだもん。
「そんな心配せんでええから。早よ治してや。キリエがまた先に来世行ってしまうんちゃうかってめっちゃビビったんやから」
「そうなん?」
「せやん。来世は一緒に行く言うてんのに」
うん、言ってくれた。
約束した。
その約束、信じていいのかな。




「帰って来たからっていつも通りで居ったらあかんで。トイレ以外動くの禁止な。真弥に居ってもらってええから絶対安静、いいね」
翌日、検査と診察をした後、ねーさんと先生と一緒に帰った。
美樹ちゃんに昨日お祝いしてくれたのにごめんねって言いたかったのに、家に着いたらすぐ真ちゃんの部屋に連行されて先生が点滴してくれる。
「お家のが落ち着くもんね。何かいるのあったら自分で動くんじゃなくて言うんだよ」とねーさん。
「美樹ちゃん…」
「美樹?今日仕事だよ。起きたら帰ってくると思うからちょっと寝とこ」
「ねーさんは?」
「今日はお休みー。呼んだらいつでも来れるよ」
「真ちゃんは?」
「真ちゃんは一瞬会社に行くって。すぐ帰ってくるから寝とこうね」


見慣れた天井。
ここに帰って来たかった。
けど、また迷惑かけちゃった。
ここに居たい氣持ちが揺らいで、自分の身勝手さに嫌氣がさす。
ごめんなさい。
しかも真ちゃんのベッドまでぶん取ってる。
兄ちゃんの部屋に移動したらあかんかな。
次、先生来たら聞いてみよ。


「うわ、ドエラい部屋やな」
兄ちゃんの部屋に移動して先生何故かドン引き。
「こんなベッド誰寝るねん」
天蓋付きのベッド、かわいいでしょ?
兄ちゃん、ほとんど帰ってこないから実質私のになってるよ。
「今は私が使ってるよ」
「ああ、そうか。それならまだええわ」
天蓋に点滴をぶら下げるとベッドのかわいさ半減。
「そらしゃーない。ちょうどええところにかけられてええやんか」と先生は笑うけどやっぱり可愛くないよ。
「真弥の部屋で休んだらええのに」
「だって寝るとこブン取ることになるし…」
「氣にせんと思うけどな」
そうかなー。


「何で上で寝てんの?」
ねーさんの言った通りいつもよりもずっと早く帰って来た真ちゃんはすぐに2階に来た。
「今日真ちゃん寝る所なくなるし…」
「何とでもなる」と言ってねーさんを呼んで天蓋にかかってる点滴を外す。
「点滴終わってからでいいやん」
私もねーさんの言う通りで終わってからで良いと思うの。
「あかん、今」
ねーさんが点滴を持って真ちゃんが私を持って下の部屋へ。
「歩けますけど?」
「安静なんやろ?」
上には自力で登りましたよ?トイレにだって行っていいしこれくらい歩けるんだけどな。


「あれ?上の派手な部屋居ったのに」
点滴を交換しに来てくれた先生だってびっくりしてるやんか。
「下で寝てていいんだってー」
「ホラ、氣にせんって言うたやろ」
うん、先生の言う通りだった。
「真ちゃんにご飯食べてきてーって言ってー」
美樹ちゃんに頼んだら一回で聞いてくれるだろうけどまだ帰ってきてないから先生に頼んでみる。
会社から帰ってきてご飯食べた様子がないのが氣になる。
「車ん中で食べた言うてるやんか」と真ちゃんは言うけど、会社から家まで割と近いよ?
食べる暇あったのかな。
「そんなん心配せんと寝てな」
しかも何か書類見てるし、仕事も休ませてしまったし、私、迷惑しかかけてない。
あの時、私はここに居たいって足掻いたけど間違えたのかもしれない。
1人になるのが怖くても、ここに居たいと思っても消えなきゃいけなかったのかな。
「どうしたー?しんどい?」
「お仕事、邪魔してごめんね」
「これ?仕事ちゃうで。そろそろ部屋探し出した方がええかと思って」
「部屋?」
来た。やっぱりこのお家から出るんだ。
「キリコらと同じタイミングのがハイシーズン越してええけど、ええ所はもう埋まりだしてるでなー」
待って。ってことはねーさん達より先に真ちゃんが引っ越しちゃう可能性ある?
全くの想定外。
どうしよう。
また胃がキリキリしてきた。
「キリエも見る?」
「ううん、いい。」
何だか早く決めろって急かされてる氣分。
「どうした?ツラい?」
うん、胃は大丈夫だけどツラい。
4月のお手伝いはして良いんだよね。
あ、高校。
入学してもいいのかな。




翌日から真ちゃんは仕事を休んでついててくれた。
「1人で寝てられるよ?先生も来てくれるし」と言うけど「心配すんな」と言ってくれた。
退院して3日後は検査と診察でそれも真ちゃんが連れて行ってくれた。
「調子はどう?しんどい?」
病院の帰りに真ちゃんが言った。
「大丈夫」
「ちょっとやったらキリコにバレへんやろうし、寄り道する?」
「したい!」
ドライブに連れて行ってもらうのは久しぶりで、嬉しい。


「4月入って家空けるの多くなるけど大丈夫?」
真ちゃんは4月に入るとすぐに会社の出張とおうちを継ぐ為に準備があるとかでほとんど家を空ける予定にしてる。
「大丈夫だよー。もう傷も塞がって来てるって言ってたやん」
4月のお食事会が終わったらみんなバラバラになっちゃうから、ホントは寂しいけどこれ以上ワガママ言えないし。
「キリエは1人ちゃうからな。だから来世にもシードラゴンの所にも行かんでええからな」
うん。
デッドラインまでフライングしないようにするから大丈夫だよ。
最後の最後に、此岸に負けたり迷惑をかけないようにするからね。