Story 45.音と声。

「真弥が帰ってきても言わんでええねんな?」旦那が念を押した。「どのみち、分かると思うけど、それまでちょっとでも煩わすの嫌。出来ればこれを知る前に片付けたいねん。後でこんなことがあったって知ったら真ちゃんは嫌がるだろうけど、これは私のワガママやねん。絶対、家、継いで欲しいねん。こんなことでマイナスにしたないねん」「わかった。でも真弥が帰ってくるまでに分かるかどうか分からんで」「ありがとーーー!車降りたらハグさせてね♪ぎゅーってしたい!」いつものきーちゃんだ。
車から降りると、宣言通り旦那に思いっきりハグをする。お父さん、デレデレやん。きーちゃん大好きな息子にめっちゃ抗議されてますよ。

きーちゃんはスイッチのオンオフ切り替えが上手になったのか、買い物の間はいつものきーちゃんだった。ローファーと、黒い革のリュック、そして文房具好きだから新しいルーズリーフファイルやペンケースをプレゼント。「こんなにいいのーー。超大事にするー!」あとは、お財布と定期入れだ。「お財布はあるから大丈夫!定期もお財布にいれるから!」と遠慮するので、定期入れとキーケースを買った。
マハルを遊ばせとくから、ゆっくり見ておいでと言ってくれて離れていた旦那と合流。「はい、とーちゃんからの入学祝いや」と旦那が袋を渡す。あら、何てニクいことしてくれてんの。
旦那の入学祝いはウォークマンだった。「電車通学やろ。しんどなったらこれでマシになるやろ」だって。たしかに、音楽聴くと周りと遮断されるしいいかもしれない。美味しいところ持ってくなぁ、もう!

帰宅して、旦那は出かけていった。多分、きーちゃんに昼間頼まれたことを手配しに行くんだろう。きーちゃんはお祝いを並べてニコニコしてる。マハルもお祝いの氣持ちなんだろう。次々と自分のオヤツをきーちゃんに渡してる。「マハルくんかわいすぎるーーー♡オヤツもったいなくて食べられへん!」とぎゅーってする。
このやり取りも、カウントダウン。私の方が、ちょいちょいとしんみりしてしまう。
マハルを寝かしつけて、リビングに出るときーちゃんはウッドデッキに出て空を見ていた。最近は寒いのもあったけど、出てなかったのにね。「姫さま、お風邪召しますわよ」ココアを入れてウッドデッキに出る。うふふ♪と笑うきーちゃんは、変わらずかわいいきーちゃんで。
「ねーさん、ちょっとだけ無茶苦茶なこと言っていい?」「いいよ。」「絶対違うってわかってるけど、本当だったらどうしようって思うねん。違うって思うけど怖い。ねーさんたちが居なくなるのにどうしよう」
真ちゃんが嘘は言わないって信じてる。けど、ふとした時にこれが本当ならどうしようと不安になる。真ちゃんを信じてるくせに不安になる自分が嫌だ。
一氣に言うと、少し黙った。「ありがと。もう大丈夫。全部大丈夫。でも、もうちょっと見ててね」私がきーちゃんの必殺技にやられそう。ホント、ウチの子、年上キラーだわ。
旦那の顔の広さと情報収集力には驚かされた。真ちゃんが帰るまでに分かるかどうか…と言っていたけど、3日ほどで大体のことはわかった。
きーちゃんの言った通り、嘘だった。マイコという名前は正しかった。きーちゃんが連絡先を聞いていたのが良かったみたい。
1月に真ちゃんの会社の新年会に何故か参加していた。社長さんが基本家族だとか本当に仲良い友達だとかは来て楽しんだら良いよ。のスタンスだから来てても不思議ではなかったらしいんだけど。その時に真ちゃんはマイコを呼んだという会社の人とマイコをタクシーで送って行った。ということまで分かった。個人的に元カノ紹介したのも今回のも同じ人からの繋がりだから、この人クビにしたい。私が社長なら絶対クビにしてる。笑
なんで、この人変なオンナばっか引き寄せるのかな。このタイミングで言い寄られて隙を見せる方が迂闊だし馬鹿だわ。今までの行いのバチがあたったんじゃないの?シロでもクロでも、今までの信用が綺麗に失墜しそうだ。
きーちゃんは、「新年会だけって聞いてたのに遊びに行ってたんだねー。それも教えといて欲しかったな。おばあちゃんに行き先と会う人、聞いといてねって言われとったのに。会社だから良いかって思っちゃった。全部把握してたつもりだったのにねー。恥ずかしいー」と笑った。「ホントは私に言う必要ないんだけどね」と小さな声で言ったのが氣になった。
「何でうちに来たんやろか。来る意味わからん」分かったことから推測したら、送って行った。っていう後がその理由になるけど…きーちゃんもしかして遊びに行ったってさ、人生ゲームとかオセロとかカラオケとか思ってないかしら。
「何で女子高生に手を出したって言われるとあかんのやろ?手を出すってぶん殴ることやんな。私叩かれる位怒らせることしたっけなぁ。もしかして準備であれしてこれしてって言い過ぎてるんかな。でも、おばあちゃんに言われたことお願いしてるだけだし。あの時は何かイラッとして言い返したけど、私、入学式まだやから女子高生ちゃうねんけどなぁ」きーちゃん、心の声、ダダ漏れですよ。色々と修正したいところあるけど、言った方がいい?「どうしたらあの話の流れでそう解釈できるんやろか」と旦那が私の顔を見た。私に聞かないで。
「これ、どうしたらいいんだろ。でも、嘘言ったことちゃんとごめんなさいしてもらわないと。おばあちゃん…には言ったらマズイよね。何か言っちゃダメな氣がする」だから、心の声ダダ漏れだって。「こういう場合って、どうごめんなさいしてもらうのが一番かなぁ」
「それでやな…」旦那が何か言い出そうとした時、1人でぶつぶつ何か言っていたきーちゃんが突然黙って、眉をひそめて周りを見る。何か見えてる?「きーちゃん?」
耳を押さえたり、口をパクパクさせたり。「息苦しいの?また胃が痛い?大丈夫?」「どうした?」何かを言いたそうだけど…。きーちゃんはテーブルの棚にあるメモを取り出す。    『声でない。音がない』と書いた。

入学式まであと10日。真ちゃんは今日、帰ってくる。昨日の夕方、突然きーちゃんの声が出なくなり音が聞こえ無くなった。音は何かがしてるような氣がするし、こもって聞き取れない程度だからきっとすぐに戻るよ!ときーちゃんはノートに書いたけど先生を呼んでみてもらった。ここだと確定できないからと、そのまま知り合いの病院へ連れて行って貰って検査のため一泊して朝迎えに行ったけど、朝になってもきーちゃんは喋れず音も聞こえないままだった。結果、胃潰瘍のこともあるし、両方とも心因性だろうと言われた。何でこのタイミング。と思わずに居られない。
入学式、きーちゃんが何としてもやり遂げたいというお食事会、私たちの転居、そしてあの来客。入学式も、お食事会も、私たちが引っ越すこともきーちゃんにとって一つだけでも負担になっていたはず。きーちゃんが楽しみだ大丈夫だって言ってたから、ついこの間血を吐いて倒れたのに油断していた。
大丈夫じゃなくても、大丈夫って言う子なのに。成長したから強くなったから、今までなら無理だって言っていたのを我慢してたのかもしれない。溜まった血が胃から溢れてしまう位でも、ギリギリまで我慢してた。そこにこれだ。私が落ち込んでも何もならないのはわかっているけど。どうしたらいいんだろう。帰ってからきーちゃんは、リビングの隣の部屋に入ってしまった。
重たい空氣。正直、私も旦那もどうしていいか分からなかった。原因のひとつが自分たちであることも分かってた。私たちが地元に戻る決断をした時点で改めてみんな揃って話し合えば良かったのか。きーちゃんも連れて行くことにすれば良かったのか。それとも旦那と喧嘩したとしても地元に戻らずここに残ると言い張ればよかったのか。いろんな後悔や、もし、が頭をよぎる。
部屋のドアが開いてきーちゃんが顔を出した。ノートを持ってきて、私たちに見せた。
『声が出なくなるの久しぶりでびっくりしちゃった。音が無くなるのは初めて。でも、時々小さく聞こえる氣がするから大丈夫。忙しいのにごめんなさい。先生を呼んでくれてありがとう。今まで声が出なくなっても2、3日で出るようになったから、声も音もそれくらいで戻ると思う。心配と迷惑かけてごめんね。ありがとう。』
次のページ。『だからね、マスク欲しいから連れてってくれる?真ちゃんとおばあちゃんには、風邪ひいて声が出ないって言えば大丈夫だから。先生にもお願いしたから大丈夫。』何回も消した跡があった。帰ってから書いてたんだ。何回も、「ごめんなさい」と「ありがとう」自分が一番しんどいはずなのに。「声が出なくなるのは久しぶり。」が氣になったけど、今聞くのはやめておこう。
旦那がペンを取ってきて『行けるタイミングで連れてくで』と書いた。『でも、真弥には留守中のことを全部話す』と続ける。きーちゃんは首を振る。旦那は構わずに続けた。『自分たちの事を棚に上げて言うで。』やっぱり旦那も、私たちのことも原因って思ってたんだね。
『妊娠させるような事をしたかどうかは知らん。けど、面倒見ると言っておきながら、あんなのに隙を突かれて迂闊やったのは事実。きーちゃんが真弥のことを心配するように、キリコも自分もきーちゃんのこと心配しとるし、大事に思ってるのはわかってもらえるか?』頷くきーちゃん。『だから、きーちゃんがこんなことになったこの状況にしたのは許せへん。これは、真弥が片付けないとあかん。きーちゃんだけで片付けたらまた同じことがあったらどうする?自分で痛い目にあわな何回もやるで』
『真弥が言うことを信じるか信じないか、許すか許さへんかはきーちゃんが決めたら良い。』
『今回の事は、まだ自分らが居る時で良かったと思う。だけど、許せへん』『話す時、一緒に居づらいなら隣の部屋に居たらいいで』きーちゃんは俯いたままだった。
きーちゃんは朝、病院から帰ってきてからご飯を食べていなかったのを思い出して『ご飯食べる?』と聞いたけど、『まだお腹すいてないから。ありがとう。ちょっと眠たいから寝るね』と書いて隣の部屋に入っていった。
氣が重い。もうね、ホントに波乱なんかもういいから。最後の最後に来たね。まず、何をしなきゃいけないんだろう。分からなくなってきたなー。きーちゃんは2、3日で戻るだろうって言ってたけど戻るだろうか。戻らなかったらどうしよう。悩んでも仕方ないとわかってる。わかってるけど、どうしたらいいかわからない。
今、真ちゃんが帰ってきても冷静でいられる自信ないなー。マハル、一時保育預けておいて良かった。私、どうしたらいいんだろう。の無限ループ。
「きーちゃん、大丈夫なんかいな」色々頭を抱えていると旦那が言った。「さっきトイレ行ってから戻ってへんで」「どれくらい?」「氣ぃつかんかったんかいな。寝るって部屋入ってすぐ後やけど」時計を見た。10分位?「また吐いてる?」「戻ってるんかもしれんけど。」2人できーちゃんの寝てる部屋を覗くと居ない。
「きーちゃん!大丈夫?」トイレのドアを叩くけど返事がない。そうだ、聞こえないんだった。どうしよう。旦那に少し下がってもらって、ゆっくりドアを開ける。きーちゃんがうずくまって、思った通りまた血を吐いていた。「美樹!来て!違う!先生呼んで!」
旦那が来てきーちゃんを部屋に連れて行く。その間に旦那に言われて先生に連絡する。前は救急車を待っている間も血を吐き続けていたけど、今回は吐くことはなかった。けど、きーちゃんは旦那にもたれかかってぐったりしている。「キリコ、一応タオルとか袋とか持ってきとって」寝かせてあげた方が良いんじゃないかと思ったけど、横になって吐いた時に窒息することがあるからと旦那がきーちゃんを支えて座らせている。「我慢せんでええから。大丈夫やからな」旦那はきーちゃんに声をかけ続ける。「大丈夫、先生もすぐ来るからね」タオルを取ってきて、私もきーちゃんの隣に座って背中を撫でる。きーちゃんには私たちの声は聞こえていないかもしれない。けど、本当は聞こえているはずだと検査して貰った後に先生が言っていた。だから、きーちゃんが少しは安心出来るようにと声をかけ続けた。15分位経って先生が来てきーちゃんを診てくれる。
「再発って言うたら再発やけど、こないだのこと考えたら大人しく入院は…せんやろなぁ」と先生がため息をつく。すぐに病院へ行くように言ったけど、きーちゃんは明日真ちゃんが仕事に出たらきちんと受診するからと聞かず、真ちゃんにもおばあちゃまにも言わないでくれと聞かない。一回だけの吐血なら胃に溜まった血を吐いただけかもしれないし様子見て、もし、明日までにまた吐いたり我慢できないようなら救急車を呼ぶように言われた。
やっぱりストレス。きーちゃんは限界なのかもしれない。点滴されながら眠るきーちゃんを見る。まだまだ幼い。そんな子が血を吐く位胃を痛めて、音が聞こえなくなって声も出なくなるほど追い詰められた。何で畳み掛けるみたいに次から次へと。その原因に自分のこともあるのが辛い。点滴が済んで先生は帰ってしまった。無理矢理にでも病院へ連れて行った方が良いんだろうか。こうなっても、真ちゃんやおばあちゃまにも内緒にして欲しいと言うのは多分、月末の為。眠る前、きーちゃんは『なるべく不自然にしたくないから真ちゃんには夕方から昼寝してるって言って』とノートに書いた。『この間から作品を作ってたから疲れたみたいだよ。って言えば不自然にならないと思う』とも。
「ただいま」真ちゃんが帰ってきちゃった。聞いてた時間よりも早い。まだ何にも浮かんでないのに。「キリエは?」そうだよね、知らないもんね。「キリエじゃなくて、マイコじゃないの?」自分でもきっとすごく嫌な顔して言ったと想像できた。
「マイコ?誰?」本当に知らないといったような口調にキレて私が話し出す前に「コイツ」と旦那が調べてもらったメモを渡す。「知らんて」メモを受け取る真ちゃん。目を通すけど、初めのうちはまだ理解出来ていないようだったけど、進めるうちに誰のことかわかったみたい。
「返答次第できーちゃんには会わさないからね」「何言ってんのか見えないねんけど」「この間、マイコが来たよ。真ちゃんの子供妊娠したからきーちゃんに付きまとうなだって。女子高生に手を出したとか噂たったらマズイからだって」「意味分からんねんけど」「こっちのが意味わかんないって!」ダメだ。絶対冷静になれないわ。「今、大事な時じゃないの?何、迂闊に遊んでんの?馬鹿じゃない?何なん?面倒見るんじゃなかったん?面倒見るどころか面倒かけてるやん」
きーちゃんが今、この声が聞こえなくて良かったのかもしれない。「どこまできーちゃん追い詰めたら氣が済むんよ。ホント馬鹿じゃない?きーちゃん本当に死んじゃうかもしれない」「キリエは?」「先に言って!覚えがないってさっさと言って!」「だからキリエは?って」わたしがこれ以上何か言うと真ちゃんまで冷静じゃなくなるって分かってるけど、止められそうもない。半分、八つ当たりなのもちゃんとわかってる。
旦那が無言できーちゃんが書いてきたノートを渡した。
「どうなってん?声出なくなるって何やねんって」「声だけ違うわ。今これだけ騒がしくてもきーちゃんには聞こえてへんわ。さっきも血を吐いて今は寝てるわ」自分で言って、分かってることなのにショックだった。
きーちゃんなら、「マハルには聞かせたくない」って言うくらい、聞こえるとウッドデッキに出てしまうくらいの声だけど、今は聞こえてないんだ。検査して、本当は聞こえてるはずだって言われた。だけど聴くことをきーちゃんが拒否してるって。
「制服届いてな、キリコがローファー買いに行こう言うて楽しげにしてたとこに来たんやでコイツ」旦那は静かに怒っている。声がいつもとは違う。
「それでも、コイツが嘘言ってるって、もしホンマやったら真弥はコイツ1人でこんな事言いに来させへんって言うとったで。正月明けてからコイツと会ってへんってはずやからって。だからコイツを調べてくれって。真弥は悪くないし自分に嘘は言わんって。今もお前には倒れたん言うなって。お前が明日仕事行ったら病院行くから言うて」
もう、ホント嫌。こんな空氣嫌。聞こえなくても、きーちゃんは空氣で今どうなっているのか感じてしまってるかもしれない。それでまた自分を追い詰めてくんだろうって想像出来る。
「あと1週間やそこらで入学式やで。どうすんねん…何アホなことしてん。」「何もしてへんわ。新年会の時に来てたのっての今思い出したくらいやって。」「何かしてようがしてまいが関係ないわ。してへんかってもそんな変なヤツに付け込まれとるんは変わらんやろが。」3人とも冷静じゃない。みんなが混乱してる。ホント、早く終わって。
隣の部屋のドアが開く。きーちゃん、氣が付いた?リビングの空氣で分かったのかもしれない。でも、何で今出てくるの。みんな動きが止まる。どれだけだろう。長く感じた。きーちゃんが真ちゃんの持っていたノートを取りに行った。
『おかえりなさい。今ね、風邪ひいて声が出ないのと音がよく聞こえないねん。聞きたいことがあったんだけど、聞こえるようになったら教えてね』真ちゃんが帰って来ていて私たちがいる。この状況はきっと理解してる。けど、声が出ないのは風邪だと言い切るきーちゃん。
『ねえさん、美樹ちゃん、ごめんね。格好付けたくせにダウンして逃げて、私が言いにくいこと言ってくれてありがとう。それと、さっきもごめんね。先生、ありがとう。もう痛くないから大丈夫』『お薬飲んだら、もう一回寝るね』悲しくて、つらくて、聞くことも話すことも心の奥で拒否していても、『ありがとう』と人のことを考えて。「お薬って、ご飯食べてないのに飲めないでしょ!」つい言っちゃったけど通じたかな?しまった、ご飯のこと先生に聞いてない。特に言ってないから大丈夫かな?きーちゃんは笑顔で頷いて部屋に戻った。
台所からリビングの様子を伺う。「これ、続き。見せる前に病院行ったから見せてへんけど」続きなんてあったの?急いでおにぎりと薬を用意して、きーちゃんに届ける。
「続きあったの?」とその足で旦那に聞く。「あった。」「何で見せてくれへんのさ」「見せる前に病院行ったからや。読んだらキリコ怒り狂うで」「もう怒り狂ってるわ。何書いてんの」

マイコにはオトコがいた。それが、私がクビにしたいナンバーワンのやつ。(真ちゃんの会社の人)だから、うちの住所分かったわけだ。マイコとソイツが手を組んで、同じようなことを他にも何度もやってる。妊娠した。と、けしかけて示談金やら迷惑料やらを請求してた。
真ちゃんが怪我をしたのは人違いで襲撃されたからだったけど、その本当の目標がマイコのオトコ。会社にバイク通勤してたのは、真ちゃんとマイコのオトコの2人。狙われてるのに氣付いて車通勤に変えていた。
ここまで、聞いて想像がついた。あくまでも想像だけど、同じようなことをして失敗したんだ。だから狙われてだってことだろう。
怒りがわくってこういうことか。と体感してるかもしれない。うちに来たのは、きーちゃんが真ちゃんに「付きまとっている」事にして、更に何か請求しようとしたんだろう。欲をかいて、結果ボロを出してるじゃん。それに同じ会社の人間をターゲットにしてどうする。馬鹿じゃん。でも、きーちゃんじゃないけど『反省して』もらわないと氣が済まない。こんな小説みたいなことはいらないってば。全部、小説か何かだったらいいのに。何で実際にこんなことあるの。

「私、目眩がしそう。」「そらするやろうな。ワタシも目眩がしましたわ」「てか、何でこんなに短時間でここまでわかんのよ」「当局の優秀な探偵を派遣して…」ここでふざけてどうするの。馬鹿じゃない?ちょっと和んだけども。
真ちゃんも読み終わったみたいで、立ち上がってリビングから出ようとする。「待ちや」旦那の一言で立ち止まる。「一個ずつ片付けようや」そう言われて、真ちゃんは無言でソファーに戻る。「ホンマはな、これもオマエ1人で片付けて来いって言いたいんやけどな…」たしかにそうだよね。私も言いたい。「なんしか、時間ないねん」幅広い意味でそうだね。
「だからや。腹立つやろうけどこっちは任せてもらうわ」真ちゃんの眉間にシワが寄る。明らかに不服そうだけど 「きーちゃんどないすんねん。もう1週間やそこらで入学式やで」という旦那の言葉に、目が泳いだ。
そうだ。この状態で入学式なんて、学校に行くなんて無理だ。頑張って決めて、制服着て嬉しそうに見せてくれたのにこの状態では学校なんか行けない。
前にも声が出なくなったことがあったような書き方で、2、3日でも戻ったから大丈夫って書いてた。けど、聞こえないのは初めてだって。同じように戻るだろうと書いていたけど、それは多分心配させないようにする為。自分に言い聞かせる為なんじゃないかと思う。胃だってまだ治ってないどころか再発してる。
「コイツらはコイツらでちゃんと反省してもらわないとあかんけど、そこに付け込まれたんはオマエやからな。何にも手ぇ出してへんかったとしてもな。全く油断が無かった言えるか?」
「ホンマに何も無いな」「無いわ!」「なら入学式までに、きーちゃんを治せ。聞こえるように喋れるように治せ。今オマエが片付けなあかんのはそれだけや。きーちゃんが治らんうちはその他のことやらせんからな」入学式までに治せってどうすんの。さすがにそれは無茶じゃない?先生だっていつ治るかは分からないって言ってたのに。
「ちょっと出てくるわ。マハル頼むわ」と言って旦那が出かける支度をする。時計を見ると、そろそろマハルを迎えに行かなきゃいけない時間だった。
きーちゃんのいる部屋をのぞく。寝ているようだった。ノートに『マハルを迎えに行ってくるね』と書いて枕元に置いておいた。「行ってくるね」と真ちゃんに言うと、「おぅ、氣ぃつけて」と返ってきた。
疲れるだろうと思う。出張から帰ってきたらこんな話だし。私も疲れた。もう、変な人ホント来ないで。きーちゃんと穏やかに過ごさせて。
マハルを連れて帰ると、マハルはリビングにきーちゃんが居ないのに氣付いたらしく「いーちゃーー」と呼んでいる。オヤツを持って、きーちゃんを探してる。「おかえりー」って言って欲しいんだよね。一緒にオヤツ食べたいんだよね。マハルを見ていたら、泣けてくる。私が泣いても仕方ないと分かってるけど。
ドアが開いてきーちゃんが顔を出した。マハルを見つけて抱っこする。でもやっぱり声は無くて。マハルは、体を捻って降りようとした。降ろしてもらったマハルがテーブルの上のティッシュを取ってきーちゃんに渡す。きーちゃんも何でティッシュを渡されたのかわからないみたいで。マハルはきーちゃんにまた「抱っこ」と手を広げる。抱っこされると、何かを言いながら持っているティッシュできーちゃんの顔を拭いた。
きーちゃんが泣いてると思ったんだ。いつも自分がして貰ってるように、涙を拭いてあげたんだ。一歳だけど分かるんだね。一歳だから、なのかな。
マハルが顔を拭くと、きーちゃんの目から涙が落ちる。「だいじょうぶよー」と言うように何かを喋りながら次々と落ちる涙を拭くマハル。真ちゃんが黙ってマハルにハンカチを渡すと、マハルは今度は真ちゃんの顔を拭こうとする。そっか。みんな泣いてるのか。
私ときーちゃんと真ちゃんに、オヤツを真剣な顔をして次々と渡すマハル。きーちゃんはオヤツを受け取って、マハルをぎゅーっとする。
大好きなきーちゃんにぎゅーってされて声をあげて笑うマハル。マハルが居て良かったよ。きーちゃん、ようやく笑顔になった。ありがとね。