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Story 46.それぞれの想い。
翌日。真ちゃんは会社に行った。病院へ連れて行くから休むって言ったけど『仕事に行って。仕事に行ったらちゃんと病院に行く』ときーちゃんに言われてた。旦那も出掛けた。病院へ連れて行こうとするけど、きーちゃんは『大丈夫。全然痛くない』と聞かない。
マハルが時計の絵本を持ってきーちゃんに渡す。時計の歌、歌って欲しいんだと思う。きーちゃんはビデオを再生して一緒に歌えるようにした。何度もマハルとビデオを観て一緒に歌っているきーちゃんはどの曲がかかるか覚えているようで、声は出ないけれど歌いながらビデオと同じように踊る。マハルもそれを見て楽しそうに踊っていた。
玄関のチャイムが鳴る。またマイコか!緊張が走ったけどマイコでは無かった。けど、緊張は緊張には変わらない。おばあちゃまだった。
やばいって!内緒にって言ってたのに!どうして旦那出掛けたの!若干パニックになりつつ、出るしかなくて…。
「早くからごめんね。きいちゃんは?」「いや、ちょっと風邪を…」超しどろもどろ。
「キリコさん、世話かけて申し訳ないなぁ、会わせて貰ってええ?」リビングに通すよね。断れないよね。おばあちゃまたちの姿を見てきーちゃんも焦ってる。きーちゃんは焦りながらノートに『風邪ひいて声が出なくて音も聞きづらいねん。ごめんね』と書いておばあちゃまとお弟子さんに見せた。
ソファーに座る。何とも重たい沈黙。マハルがビデオを見て機嫌良く歌っているのと対照的。
お茶を用意してる隙に旦那に電話をすると、すぐ帰ってきてくれると言ってくれた。
「きーちゃん、聞こえんでええから聞いてな」とおばあちゃまがゆっくり話し出した。「鏡子の話覚えてる?」きーちゃんがうなづく。聞こえたの?てか、キョウコって誰?
「良かった。今朝、鏡子の夢を見たん。だから会いに来てしまったわ」とても静かな声で、傾けないと聞こえないくらい。でもきーちゃんはそんな素振りを見せないから、やっぱり聞こえてないのかもしれない。
「ごめんな、無理させてしまったなぁ。」おばあちゃまはきーちゃんを抱きしめた。「きいちゃんの耳と声はちょっと疲れただけや。いらんもん聞き過ぎて、想いと違うこと言わないとあかんで、疲れたん」きーちゃんとしばらく向き合ったままだった「鏡子も同じようになってな、紅葉狩りの直前やったわ。きいちゃんは大丈夫。食われたりせぇへん。今は自分を守るためやから、ゆっくり休み。心配せんでもちゃんとアレらは消せる。きいちゃんは力をちゃんと持ってる」おばあちゃまが優しくきーちゃんの背中を撫でると、きーちゃんの瞳から涙が溢れる。おばあちゃまはきーちゃんの涙を拭いて、そして何度も背中を撫でた。
旦那が帰って来た。良かったー。旦那の姿を見ておばあちゃまは、また謝った。旦那も同じように謝って、頭下げっぱなし。
「大変な時に手間かけてしまうけど。ホンマ申し訳ないです。もう少し、きいちゃん頼めますか?」と頭を下げるおばあちゃま。「ホンマ、馬鹿な孫。氣を付け過ぎるくらいでも足りへん言うたのにな」軽くだけど、こうなった経緯を説明するとおばあちゃまはため息混じりに言った。けど、これで継ぐって話無くならないよね。大丈夫だよね。
「会の前って絶対何かあるの。私らの時もそうやったし、父の時もあったみたいやし。ジンクス言うんやったかしら。だから氣ぃ付けろ言うたのになぁ」そうなの?出来ればこんなこと終わりがいいんですけど、終わりますよね?
『私、まだお手伝いしてもいい?』きーちゃんが恐る恐るおばあちゃまにノートを見せた。「お願いするわな。でも、高校の入学式まではゆっくりして。きいちゃんが頑張ってくれたおかげで全部手配は済んでるからね」とおばあちゃまはゆっくり言った。何度も何度もおばあちゃまは私たちに頭を下げて、そして帰っていった。
「もーーー超焦ったぁぁぁ」 おばあちゃまたちが帰って、旦那と一氣に脱力。「バレちゃったけど、話、無くならないよね?」旦那に確認したところでどうしようもないことはわかってたけど、つい聞いてしまう。「大丈夫、なんちゃう?入学式までゆっくりしとけ言うてたし、手伝いもしていいって言うてたんやろ」旦那もちょっと自信無さげ。
「明日からの、どうしようか」予定では、明日から2泊で実家に戻る予定だった。義父の様子を見に行きつつ働いていた店のオーナーが紹介してくれた所に挨拶に行くのと、マハルの保育園の手続きなんかをする為。
当初、きーちゃんは夜には真ちゃんが帰ってくるし留守番できると言っていたけど。昨日、吐いたところだし。旦那だけで行ってもらったほうが良さそうだよね。「行ってくるでキリコはきーちゃんについててやってや」さすがというべきか同じことを考えてたみたい。
『美樹ちゃん、ねーさん』きーちゃんが何かをノートに書き始めた。『ごめんなさい。明日、大丈夫。行ってきて』私たちの言ってたこと分かった?『昨日もまた吐いとるし、誰か居った方がいい。なんかあった時1人やと救急車も呼べんやろ』と旦那が書く。『大丈夫、制服届いた日から何回か吐いてるけど一回ずつしか吐いてないから』
「え!!」氣が付かなかった。「何で言わないの!」と私が言うと同時に旦那がノートに同じことを書く。『ごめんなさい。あんまり痛くないし、一回吐いたら楽になってん』今回、氣付かなかったら…また言わずに我慢する氣だったんだ。流石に心配過ぎる。
夕方、珍しく早い時間に真ちゃんが帰ってきた。「明日からしばらく休むで、明日行ってきて。ホントすまん!」と帰るなり言った。「しばらく休むって大丈夫?」「まだ実は療養休暇中やねん。バイト扱いにして貰ってリハビリに出てただけやから上手いことするって社長に言ってもらった」
なんてこと。融通性あり過ぎる。てか、今までバイト扱いだったの?この間きーちゃんの学費とか一氣に払ってたけど、大丈夫なの?
「完全に治るまで休んでろ言うたやろって言われたわ」確かにね、完全に治ってはないよね。足もよく見るとまだ引きずってるし、左腕は上げると肘から先が動かしづらいって言ってたもんね。けど、完治ってどこまで回復したら完治って言うんだろ。もうこれだけ経ったら後遺症じゃない?そうか、まだ療養休暇生きてたんだ。ちょっとびっくりした。
旦那がきーちゃんに真ちゃんが明日から休んでついていてくれること、これは療養休暇だからきーちゃんは心配しなくていい。予定通り私たちは実家へ行ってくる。とノートに書いて見せる。
『私も、ついてっちゃダメ?』ときーちゃんがノートに書くけど、旦那は『元氣やったらええけど、今はあかん。向こうでまた倒れたら入学式ホンマ出られんで』と書いた。
それを読むとかわいそうなくらいシュンとしてしまうきーちゃん。
きーちゃんがついて行きたいって言うの珍しいな。と思いながら実家へ向かう支度をしているときーちゃんが2階に上がってきた。
「どしたのー?」きーちゃんがノートを見せてくれた。
『私、どうしたらいい?真ちゃんが心配して休んでくれたのに何で遊びに行ったの? 何で内緒にしたん?って怒りそう。何であんな人うちに来たの?って』え、怒ってもいいと思うけど。完全に貰い事故だけど、会社の新年会は会社の人だけって言ってきーちゃんに詳細言ってなかったんでしょ。慎重に行動しろって言われてたのに誰かに任せればいいものをイレギュラーな人送ってったんだし。それが原因でこんなことになってるし。
『怒ったら良いんだよ』と書いた。『休んでくれたのに?』『だって、あの人来なかったらきーちゃん元氣だったよ?声だって音だって無くならなかった』と書くときーちゃんは黙ってしまった。
『あの人来てから考えててん』と書き出しだけど線で消してしまう。『教えて。話した方が良い事だったら言うけど、きーちゃんが内緒にしたかったら黙っとく』きーちゃんは少し考えて、ゆっくりノートに書き始めた。『何でこうなっちゃったのかって。何でこんなに弱いんだろうって。少しは真ちゃんの役に立ちたいって思ったのにやっぱりみんなに迷惑かけて。』
『このまま話せないし聞こえないままねーさんたちが引越ししちゃったらどうしようって。向こうはたくさん人が居てるから兄ちゃんにお手紙書いてやっぱり向こうで生活させて下さいって頼んだ方がいいのかなとか、でもそれってただ逃げてるだけに思うし、いつも逃げて楽な方へ行くから、向こうで暮らせたとしても、何かあったらまた逃げてを繰り返してしまうんじゃないか。とか』『兄ちゃんに言って、こんなことになったって知られたら、真ちゃんは悪くないのに真ちゃんが怒られてしまうかもしれないし』『私、こんなんなってもやっぱりここに居たいし』やっぱりアキちゃんの元に行くことも考えたんだ。今、その選択をしても、多分逃げじゃ無いと思う。けど、ここに居たいと思ってくれてることは嬉しかった。もうすぐ私たちは出てしまうけど、一緒に過ごした時間でここがきーちゃんにとっての居場所になったんだと少しホッとした。
『私みたいなのが真ちゃんちの大事なことのお手伝いして良かったんかなって』『どんなお手伝い?』『私がしてたのはね、来てもらう人へ案内状書いて、真ちゃんとだったり、真ちゃんの代わりにおばあちゃんと一緒に来てもらう人に案内状渡しに行ってご挨拶したり。後は、お返事もらって出席の人の人数まとめてお店の予約とお席をおばあちゃん達と決めること。後、当日に真ちゃんのお手伝いある。』
多分、これをして。って言われたからきーちゃんはやったんだと思うけど。『これをしてって、おばあちゃまが言ったん?』『真ちゃん。お手伝いするって返事して、真ちゃんがおばあちゃんに私がするって言ってくれた』
この仕事がどのポジションの人がするべきか分からないけど、パッと聞いた限り真ちゃんの代理みたいだよね。だから、きーちゃんの進路を決める時、きーちゃんにとって難しいこと言うってこれの言ってたのかな。いや、それならあの時にきーちゃんに言うよね。知らないところで言ってたのかな。
『きーちゃんだから、真ちゃんはきーちゃんに頼んだんだと思うよ。でも、その不安が出てきちゃったんならこれは真ちゃんにちゃんと伝えた方が良いと思うけどな』こう書くと、きーちゃんの表情が曇った。『今更、何を言ってんだって思わない?大事なこと頼んだのに無責任だって。それで、ダメになったりしたら怖い。おばあちゃんが大丈夫、ちゃんと予定通りするって言ってくれたのにダメにしちゃうの怖い』
『お手伝い、ちゃんとしてるつもりやってん。だけど、こんなにややこしい事になった上に、入院したり声が出ないし音も聞こえなくなって。』きーちゃんのペンが止まる。『こんないい加減で弱いヤツがお手伝いするような人に家を継がせないとか、継ぐのに相応しくないとか言われたらどうしよう。真ちゃん何も悪くないのに悪く言われたらどうしよう』
『きーちゃんは、今もお手伝いしたいと思ってる?』『私が本当にやって良いならやりたい』なら、答え出てるやん。『それも真ちゃんに言ってしまった方が良いよ』またきーちゃんは俯いてしまう。『ねーさんたちについて行ったらだめ?』あ、私に頼み込み作戦だ。多分、きーちゃんの中には今書き出した以外の言葉にならないモヤモヤがたくさんあるんだろう。
どうしたら良いんだろう。頼まれた事に対して、重大な事として捉えてしまってるだけなんだろうか。これは、本当にそのお家の人しか分からないし。けどこのまま、なあなあにし続けて終わるまでモヤモヤしたままだと…きっときーちゃんはもたない。だからと言って私たちについて来た所で氣は紛れるかもしれないけど、変わらないしなぁ。
『きーちゃん、さっき楽な方に逃げるを繰り返しちゃうって言ったやん。そうなりたくないなら、氣まずくても、氣が進まなくてもきちんと片付けなきゃ。私は、きーちゃんが楽な方に逃げる子だと思ってない。けど、きーちゃん自身そう思ってるなら、今、ここでどうするかってのが大事だと思うよ。今日ついて来てもいいけど、それってきーちゃんが言ってる楽な方に逃げるってことじゃないかな?』きーちゃんにとって、私のこの言葉はかなり耳が痛いことだと思うから心が痛む。けど、ちゃんと私の言おうとしてることは汲み取ってくれる子だと信じる。
獅子は我が子を谷へ突き落とす。可愛い子には旅させろ。優しいだけが愛じゃない。自分に言い聞かせる。けど、やっぱり心が痛む。大丈夫、きーちゃんはちゃんと成長してる。ちゃんと分かってくれる。のループを繰り返すこと数回。ゆっくりきーちゃんのペンが動く。『何て言えばいいかな。けど、頑張ってお留守番する』『じゃあ、さっきの真ちゃんに聞いてスッキリしよう。あれは私じゃ答えられないもん』これを読んだきーちゃんは立ち上がってウロウロ。きっといろんな感情がせめぎ合ってるんだろう。世話のやける妹だこと。なんてかわいいんでしょ。きーちゃんを連れて下に降りる。
「邪魔するよー」真ちゃんの部屋に行く。けど、きーちゃんは全身の力を入れて拒否する。散歩から帰りたくないワンコか。
「もう行くん?」「まだまだ。その前に片付けないとダメなこと発生」一瞬、真ちゃんが構えた。大丈夫よ、そんなに難しいことじゃないってば。これは簡単よ。
きーちゃんは再び全力で拒否するけど、奪い取ってノートを見せる。一から説明するより早いんだもん。ページが旦那に今日ついて行ったらダメかと聞いてる所からで良かった。だって、一から(以下略。
真ちゃんはノートを読んで立ち上がるとドアの所に立つきーちゃんの前に行って、きーちゃんを見る。きーちゃんは不安そうな目で私を見る。
「ごめん」真ちゃんが言う。きーちゃんは変わらず私を見てる。大丈夫。と頷いてみるけど不安げな表情のままだった。「キリエ、ごめん」真ちゃんがもう一度言うと、きーちゃんは真ちゃんの方を向いた。けど、すぐに俯いてしまった。
「そういうことだから、後はちゃんと2人で話し合って。筆談、ちょっと面倒だけど」部屋を出ようとしたらきーちゃんに袖を掴まれた。「大丈夫」それでもきーちゃんは泣きそうな顔をしてる。「大丈夫だから。心配しないで、ね」
カッコつけてそう言ったものの、氣になる。準備してるフリして下に降りつつ様子を伺ってみようかしら。いや、きーちゃんを信じてあげなきゃ。これからいつでも手助けできるわけじゃない。きーちゃん自身が考えて自分の力で乗り越えさせなきゃ。いや、やっぱり氣になるー。
夜のうちに後ろ髪を引かれながら実家へ向かった。きーちゃんは、車に乗り込む直前まで私の服の裾を掴んで不安げな表情をしていた。「大丈夫、任せとけって」と言う真ちゃんの言葉を信じて出かけたけど、きーちゃんの泣きそうな顔を見ると心配だった。
「お前の都合で決めたんやろって言うかもしれんけどな」道中、しばらく黙って運転していた旦那が沈黙を破った。「もし、きーちゃんが帰っても戻ってへんかったら……」と言ってまた黙ってしまった。「戻ってなかったら?」「キリコ、しばらくこっちに残るか?」思考停止。えっと、どういうこと?「勝手な提案やとは思う。なら、最初から言えって思うやろうとも分かっとる」全く旦那の意図が見えない。「せめてきーちゃんが聞こえるようなって喋れるようになるまでキリコはこっち残るか?真弥にはああ言ったけど、きーちゃんはキリコが近くに居た方がええんちゃうかと思ってな」どういうこと?予定通り地元に戻るのは旦那だけで私はここに残るってことは別居?
「今日もホンマは1人で行く方がキリコもきーちゃんも不安無かったと思う」出掛け間際の私たちのことか。「地元戻るの撤回するって言いたい所やけど、やっぱり父親も心配やねん。だから、落ち着くまではキリコこっち残るか?」
一緒に出来ることを考えていこうと言いながら、きーちゃんのことを途中で真ちゃんに押し付ける形にしてしまうこと、私がきーちゃんを本当の妹以上の存在であると分かっていてこの決断をさせたことを申し訳ないと思う。この決断は本当に嬉しかった。けど、卒業式からのこの一連のきーちゃんを見ていると、この決断が大きな一因であると思う。それは仕方ないことかもしれないけど、きーちゃんの不安を考えてもキリコの心配を考えてもこの時期に地元に戻るのはあまりにも酷なんじゃないかと思う。と旦那が言った。そういう選択肢は全く頭に無くてボー然としてしまった。多分、旦那が提案してくれた通りにしたら、私もきーちゃんについていられることで自分自身も安心だと思う。けど、期間未定で旦那と離れて暮らすことはそれも嫌だった。
多分、旦那の性格からしたら、かえって私が悩むであろうこの提案を口にすることにとても抵抗があったと思う。
事実、この提案にとても悩む。旦那かきーちゃんか。
本音を言えば、今の家から出なければいけないとしても地元に戻ることを撤回したい。出来ることなら5人のこの生活を続けたい。
旦那が義父のことが心配なのもよく分かってるし、義母の最期についていられなかったことを悔やんでいるのも知っているからそんなことは言えなくてこの決断をした。
「ありがと。でもね、やっぱり私は美樹と行くよ。きーちゃんが治ってなかったら、ごめん、地元帰るまではきーちゃんを一番にさせてって言うかもしれないけどね」少しの沈黙の後「すまん、ありがとう」と旦那が言った。
きーちゃんや真ちゃんからしたらとっても自分勝手な言い分に聞こえると思う。けど、きーちゃんも大切だけど、私がこうして私で居られるのは旦那が居るからだ。旦那と離れて暮らすのは、いずれ一緒に暮らすと分かっていても考えられなかった。