Another story 46.私の魔法使い。

ねーさん達の乗った車が見えなくなった。
今日から3日、ねーさん達は引っ越しの手続きと美樹ちゃんのお父さんのお見舞いとで出かけて行った。
相変わらず声も出ないし耳鳴りのような音しか聞こえないままだ。


昼間、おばあちゃんが来た。
おばあちゃんがここに来るなんて想像していなくてびっくりした。
私なんかを手伝わせる真ちゃんに家を継がせないと言われると思ったけれど、おばあちゃんは会までゆっくりしたら良いと言ってくれたと後から美樹ちゃんが教えてくれた。
相変わらず人の声は聞こえないままだからおばあちゃんの声は聞こえなかったけど、おばあちゃんの眼差しは優しくて久しぶりに氣持ちが穏やかになった。
おばあちゃんが背中を撫でてくれた時、もう1人誰かが居てくれた氣がする。それは不思議だったけどとても優しい感覚だった。


真ちゃんは明日からねーさん達が帰るまでお休みを取ってくれた。
けど、こんなややこしい事態にしてしまった罪悪感とあれだけ誰に何のために会うのか私に伝えるようにおばあちゃんに言われていたのに何で知らない人と会うことを黙ってたんだというほぼ八つ当たりのようなモヤモヤと、本当にあの人の嘘で良かったという安堵とで混乱していてどう真ちゃんと顔を合わせていたら良いか分からなかった。


出かける前のねーさんにそのモヤモヤを聞いてもらった。
私の中のモヤモヤを全部聴いてくれたねーさんは、真ちゃんとちゃんと話をした方が良いと真ちゃんに言いに連れて行ってくれたけど、結局どう言えば良いか分からずに何も言えず、現在に至る。
ねーさんに一緒に連れて行ってとお願いしたら、ねーさんは一緒に行ってもいいけど、それは私が思ってる『逃げてる』ってことだと思うと言った。
そして、私はすぐに楽な方に逃げる子じゃないと思ってると言ってくれた。
その言葉が嬉しくてお留守番頑張ると言ったものの、真ちゃんと2人でこの3日どう過ごせばいいのかわからないまま、ねーさん達を見送った。
家に入ってすぐに寝ると伝えて部屋に入ろう。
部屋よりも今日は兄ちゃんの部屋に行こう。真ちゃんが2階に上がってくることはほぼない。


ねーさんは私を楽な方に逃げる子じゃないと言ってくれたけど、どう真ちゃんと顔を合わせて話をすれば良いのか分からず途方に暮れる。
兄ちゃんの部屋に消える勇氣がでる魔法の手がかりがあるかもしれないから探そう。
このままぼけっと外に居ても仕方ない。
それか、解決を後回しにしているのも分かってるしこれも逃げてるって分かってるけど、多分寝られそうにないけど、ゆっくり何も考えずに寝たい。
真ちゃんと目が合うと「中に入ろう」というジェスチャーをして、手をひかれて家の中に戻る。


家の中に戻ってすぐに『もう寝るね。おやすみなさい』とノートに書いて階段に向かった。
階段を登り出した時、腕が引っ張られて一瞬身体が浮く。
もう踏んだり蹴ったりだと落ちる衝撃を覚悟したけど衝撃はなく、真ちゃんがキャッチしてくれていた。
助かった。けど、どう反応したらいいの。
ありがとうって言えば良いのは分かってる。
分かってるけど言えないもどかしさ。


何かがピークに来た。
もう、ホント全部嫌!
こうやってモヤモヤするのも、変な八つ当たりをしてしまいそうなのも、呼吸して心臓が動くことも。
泣いても何も解決しないし、私が泣いても良いわけないけど、涙が出て止まらない。
声が出ないくせに、声が出ないのを良いことに馬鹿みたいに泣いた。
こうやって泣いて逃げて、拗ねて、美しくない私が1番嫌だ。
一度泣き始めたら、かっこ悪いことこの上ないのは理解してるのに止められない。
この無様な姿を見られたくなくて、早く兄ちゃんの部屋に行こうとするけど真ちゃんはキャッチした体勢のまま離してくれず、それにも苛立つ。
地団駄踏んで何度も離れようとするのに離してくれないし、頭の中で常に鳴り響く音が煩わしくてまた腹が立つ。
2階へ行きたいはずなのに抱えられて真ちゃんの部屋に向かう。
泣いて暴れて降りようとするけど降りられないことでまた癇癪を引き起こす。
ただでさえ自分の存在自体美しくないから、だからせめて美しくない行動はしたくなくて泣いて駄々をこねることなんて小さい頃からした事がなかったのに。


どれくらいの間癇癪を起こしてたんだろう。
ようやく涙も混乱も落ち着いてきた。
変わりに吃逆が止まらないし、目が擦りすぎて痛い。
鼻だって詰まって苦しい。
絶対に超絶見苦しくなってる。
恥ずかしさと自己嫌悪で、落ち着くまでハグしていてくれたけど真ちゃんの顔を見られない。
早く寝よう。何も考えず何もせずお布団に入ってしまおう。
立ち上がって2階へ上がりたいのに真ちゃんは離してくれない。


私は早く上に行きたいの!
何でいっつも邪魔すんの!


八つ当たりなのも分かってる。
真ちゃんは怒らないし殴らないし優しい言葉をくれるって分かってるからこんな子供みたいな駄々をこねてる。分かってやってる私なんて大嫌い。
けど、一度溢れてきた衝動は止まらず真ちゃんの腕の中で2階へ行こうとまた暴れて泣いて醜いことこの上ない。


「……」
真ちゃんの唇が動く。
けど、やっぱり聞こえない。
頭の中を反響する音はうるさいのに真ちゃんの声は聞こえない。


もう一生このままなのかな。
お喋りもできないまま、大好きな人の声も聞こえないまま醜く不幸を振り撒きながら命が尽きるのを待って居なきゃいけないのかな。
もう真ちゃんが名前を呼んでくれるのも、真ちゃんって名前を呼ぶのも出来ないのかな。
いい加減なことばっかりして、楽な方に逃げて、優しい言葉に甘えて調子に乗って、迷惑をかけて生きてきたバチが当たったのかもしれない。


真ちゃんの唇がまた動いて、もう一度ハグしてくれる。
多分、私の名前を呼んでくれた。
けど、真ちゃんの声は聞こえない。
聞こえないけど、何度も名前を呼んでくれてる。
もう一度、名前を呼んでくれる真ちゃんの声、聴きたいなぁ。




太陽の光で目が覚めた。
あれからどうやらそのまま寝てしまったらしく、すぐ隣に真ちゃんが居てびっくりした。
昨夜、癇癪を起こして駄々をこねるという醜態を晒してしまったから真ちゃんが起きる前に2階へ行って籠城してしまいたかったのに目を開けた瞬間目があった。
「キリエ、おはよう」と言って笑う真ちゃん。
あれ?今、真ちゃん喋った。
って言うより、聞こえた?
まだ頭の中を色んな音が飛び交っているけど、真ちゃんの声が聞こえた氣がする。
「キリエ?どうした?具合悪い?ごめん、布団運べば良かったな」
やっぱり聞こえた。
そしたら声も出るんじゃないか。
『真ちゃん、おはよう』
出なかった。
そんなに都合よく物事は運ばないと言うことなんだろうか。
急いでテーブルの上にあるノートに手を伸ばす。
『真ちゃん、おはよう』と書くと真ちゃんはもう一度「おはよう」と言ってくれる。
うん、やっぱり聞こえた。
まだ雑音と混ざって鮮明には聞こえないけど、多分今くらい静かな所だったら人の声聞こえるかもしれない。
『あのね、何か話して』
我ながら間抜けなお願いだと書いてて思った。
けど真ちゃんはノートを見ると「キリエ」と名前を呼んでくれた。
『あのね、今真ちゃんの声きこえた!』
早く言いたくて走り書きになっちゃったけど、普段真ちゃん、文字は綺麗に書くように言うけど。
「ほんまに?聞こえる?」
何度も頷くと真ちゃんは「よっしゃー」と言ってハグしてくれた。
ちょっと苦しいけど、嬉しい。


真ちゃんは家でも出来る仕事を片付けてしまうと言ったので、その間に出来るお手伝いをする。
聞こえるようになったのは良いんだけど、掃除機の音が元々頭の中で鳴っている音に反響してめまいがする。
けどやっぱりちゃんと聞こえだしてる。
声も同じように出ないかな?と思って歌を歌ってみるけど、自分の声は反響しない。
ねーさん達が帰って来たら「おかえり」って言いたいのにな。
喋れないまま学校って行けるのかな。
中学校の時はほとんど喋ることなかったし…。って事実を思い出しただけなのに氣分落ち込んできた。
高校生になったら、もっと明るくしてお友達を作って…って一人前に夢を見たんだけどな。バイトだってしてって思ってたけど喋れなくても出来るバイトってあるのかな。
やっぱり私がやりたいことをやったり楽しんだりするのは許されないってことなのかな。
ねーさんが帰ってくる明後日までに声が戻らないままなら、今度こそ消えてしまおう。
兄ちゃんにお願いしようかと思ったけど、喋らないままお願いは出来ないし、兄ちゃんのことだからきっと真ちゃんは悪くないのに真ちゃんを怒りそう。
声が出る間に兄ちゃんにお願いすれば良かった。
もしかしたら、私が幸せに生きてはいけないと、どのみち声も出なくなるのは一緒かもしれない。
けど、なら何で聞こえるようになったんだろう。


『実はな、俺なー、魔法使いやねん』
昔、真ちゃんが言ってた言葉を思い出した。
真ちゃんが魔法をかけてくれた?
急いで真ちゃんの部屋に行ってドアを開けると真ちゃんと目が合った。
「どうしたん?」
しまったお仕事中だった。
失礼しました…。
そっとドアを閉める。
やらかした。なんで思いついたまま動いちゃうんだ。
テンションが一氣に落ちた瞬間ドアが開いて驚く。
「どうしたん?大丈夫か?氣分悪い?胃、痛い?」
お仕事邪魔してごめんなさいと言おうと思ったけど、声はやっぱり出ないし、ノートも手元になかった。
どうしよう。
ノート取りに行かなきゃ。
「キリエ、キリエ、ちょっと落ち着いて」
ちがうの、ちゃんと落ち着いてる。だから邪魔してごめんなさいなんだよ。
声が出ないって不便過ぎる。
「大丈夫、落ち着いて、だいじょーぶ」
ハグして髪を撫でてくれるけど、何か昨夜からハグ多くないですか?まあ、いいや。
って良くない!お仕事邪魔してる!
「キリエ、聞いて、聞いて。大丈夫やから」
顔が真正面に来て目が合う。から逸らす。けど顔をホールドされてまた目が合う。
「どうしたん?」
だからノートを取りに行かせて下さい。と思ってるけど離してくれない。
仕方ない。これで通じるかな?
何とか真ちゃんの左手を取って『じゃましてごめんなさい』と書いた。
「邪魔?何の?」
良かった、通じた。いや、これは通じてないのか?
『おしごと』
「仕事?大丈夫、休憩するとこやったから」
絶対氣を遣ってくれてるよね。
「はい、落ち着いて。深呼吸ー」
離してくれないと深呼吸出来ません。
部屋に連れて行かれた。
けど『何で後ろ座るん?』
部屋、広いのに私のすぐ後ろに座るって不自然じゃない?
「あかん?」
あかんことは無いと思うけど…
『ノート読みにくくない?』
「全然。」
そんなものなのかな。まあ、いいか。
「で、どうしたん?掃除終わった?」
そうだ!掃除途中だった!
立ち上がろうとして失敗。真ちゃんを後ろにするとダメだ。
「多分掃除のこと思い出したんやろうけど、一個づつ片付けようかw」
何で笑うの。掃除は後にするから一旦離してください。
「何かあったから掃除途中で来たんやろ?どうしたん?」
そうそう。
『真ちゃん、まほう、かけてくれた?』
「え?」
さっき、何で聞こえるようになったんだろうと考えていて、昔真ちゃんが飴をくれた時魔法使いだって言ってたのを思い出したことを書く。
『真ちゃん、まほう、かけてくれた?』
「………。」
あれ?
なんで天使が通った?
またやらかした?
「声、まだ出てへんで?」と言って笑う。
魔法じゃなかった?
「まだ魔法は完全ちゃうねん」
どういうこと?
「魔法が完全にかかるのが先か、自然と戻るのが先か…」
真ちゃんの言ってる意味、分かんないよ。
悩んでいると耳元に違和感。驚いて真ちゃんを見ると真ちゃんは少し笑って近づく。
あれ?
これ、兄ちゃんがいつも「行ってきます」って言ってしてるよね?
『真ちゃん、どこ行くの?』
急いでノートに書いた文字を見せると真ちゃんは「はいーー?」と言った。
『だって、今の兄ちゃんの行ってきますやで?今からどっか行くん?』
またノートを読んで真ちゃんは「今すぐアキラをぶん殴りてぇぇぇ」と言って脱力してる。
どうしたん?
「キリエ、ごめん、一旦タイムな」
うん、お出かけするなら準備してね。と思って立ち上がろうとするけど再び失敗。
「このままでタイムな」
『したく、出来へんのとちがう?』
「ごめん、聞こえるの分かってて言わせてな」
なにを?聞いちゃまずいの?と思ってる間に真ちゃんは私の耳を両手で塞ぐと「マジ、次帰ってきたらアイツぶん殴る!マジボコす!三途の川に沈める!」と叫ぶ。
アイツって兄ちゃん?何でぶん殴るの。
三途の川に沈めたらあかんって。
「よし、オッケー」
何がオッケー?
耳が解放されるけど全然オッケーじゃない。
と思ってると真ちゃんの携帯が鳴る。
「あーーー!もう!!」
真ちゃん、一回落ち着きなよ(´・ω・`)


電話はおばあちゃんからで、先生とおっちゃんと食事に行くからと一緒においでというお誘いだった。
「なんかそんな雰囲氣でなくなってしもたし…キリエ、掃除機なおしといで。昼寝や昼寝!寝るで!仕事もせん!」
お仕事しなくていいの?って私が邪魔したのか。
ごめんなさい。


掃除機を片付けて真ちゃんの部屋に戻ろうとして氣付いた。
寝るって言ってたよね?
私が行ったら寝られないじゃないか。
私もソファーでお昼寝しようかな。
ソファーに倒れ込む。
息を思いっきり吸い込んで声を出す。はずが、やっぱり出ない。
やっぱりもう声は出ないままなのかな。


「あ、起きた?おはよう」
目が覚めるとすぐ隣に真ちゃんが座っていた。
毛布がかけられている。
『毛布ありがとう』
ノートが無いから真ちゃんの左手に書く。
「中々戻って来ないから見に行ったら先リビングで寝てるやろ」と笑った。
「さっき考えとってんけどさ、明日厩戸ツアー行かん?」
『いきたい!』
厩戸皇子が居た場所を巡るツアー。
真ちゃんの部屋にあった厩戸皇子の漫画を読んでから、厩戸皇子が大好きだった。
とても身分が高くて何でも出来るすごい人と自分を一緒にするなんて!と怒られるかもしれないけど、その漫画の厩戸皇子は何だかとても親近感があった。
厩戸皇子ツアー、久しぶり。楽しみ。