Story 47.真ちゃんの魔法。

オーナーのおかげで、無職期間は最短で終わりそう。まさか、オーナーの知り合いが近くに居るなんて世の中狭いのかもしれない。
一通りの今日のタスクをこなして、義父の所へ。年明けに一度退院したけど、春先にまた入院していた。思ったより元氣そうで私たちが戻ると聞いて喜んでくれたけど、無理していないかと心配されてしまった。それでも私たちが戻ることを喜んでくれたみたいで看護師さんが嬉しそうに話してたと教えてくれた。
きーちゃんたち大丈夫かな。真ちゃんは仕事休むって言ってたけど、どうしてるんだろ。きーちゃんはまだ回復してないのかな。おばあちゃまの言ってた鏡子って誰だろ。氣になることが多過ぎる。
一段落して実家へ戻る。義姉たちは3月中に義兄がいる所へ引っ越していたから、実家はだいぶスッキリしていたけど…「自分の欲しいもの、持っていってね?」家の中を見て旦那がボー然としている。私もボー然とするわ。
「家電、結構買い足さなきゃ…」冷蔵庫とか、オーブンレンジとか…家電だけでない。ソファーとか色々なくなっていてむしろ義父の部屋のもの以外無いのではないかと言うレベル。これ、お義父さん入院してなかったらどうするつもりだったのかしら。「家電、こっちで買えばいいかー。思わぬ出費…」「そういう奴だよ、ねーちゃんは」脱力。早めに私も仕事決めなきゃ…。何で次から次へと展開するかな。予定ってものが全く立たない。
夜、一息ついていると旦那の携帯が鳴った。「きーちゃん?」「な、訳ないやろ」なんでそう言い切るのよ。話せるようになってるかもしれないじゃない。
「なんや、氣分転換で泊まりで出かけてくるんやと」電話が終わった旦那が言った。「喋れるようになったの?」「まだ。でも音はだいぶ聞こえるようなったらしいで」「ホント?きーちゃんに電話する!」「いやいやいや。大丈夫だから。まだ話はできんから」止められた。聞こえるなら電話出来るじゃない。「真弥に任せとけって」何なの、いつもなら真ちゃんがきーちゃんに絡むと物凄い視線送ってるくせに。
翌日。保育園の手続き。引っ越ししたらすぐに入園できるとか奇跡だ。さて、私の仕事だよね。その後は義父の所へ。「家電どうしようかー」今買っても受け取りが先になるし、引っ越しの当日まず買う事にしよう。自分で持ち帰ることが出来る家具のみ購入して帰宅。
入学式2日前。予定では2泊で帰るつもりがマハルが熱を出してしまって帰宅がズレてしまった。やっぱり遠出だったし、慣れない所を行き来して疲れたのかもしれない。予定より長い滞在になったおかげで家電の偉大さを痛感。マハルの熱も大したことないし、その間にこの話が決まってから地元に戻るたびに少しづつ移動させていた私たちの荷物も片付けることが出来たから良しとするか。「真ちゃんから電話ないのー?」夜、ふと思った。よく考えたら泊まりで出かけるという連絡が来て、翌朝にマハルの発熱で帰宅が伸びる件を伝えて丸1日以上連絡がない。実家に帰った時は毎晩きーちゃんから電話がかかって来たし、私がかけたりして毎日連絡取り合うのに今回は連絡がない。きーちゃんが電話するのが難しいってのもあるけどさ。「電話なー、ないな」だよねー。知ってる。「どこ行くって?」「知らん」知らんのかい!聞いてなかったの?「子供じゃあるまいし、そこまで聞かなくてもええやないか」「きーちゃんはまだまだ子供だよ!」「保護者付いてるで大丈夫やろ」保護者扱いしてるけど、かわいい娘を狙うオトコですよ?わかってる?「なんでそんなに冷静なんよ」「なんでそんなに心配してんよ」そんなこと言ったって、あんな状態で置いて来たわけだし心配するでしょうよ。「なあ、行きに言うたん覚えとる?」と旦那。行きに言ったの…。「あれ、キリコはこのまま予定通りや言うてくれたけどまだ確定せんでええで」やっぱり私は残るかって話だよね。「確定せんでいいってどう言うこと?」「あの時すぐ一緒に行く言うてくれたんは嬉しかった。けど、まだ戻ってへんからきーちゃんがどうなっとるかも分からんし、治ると思っててもそうならんかもしれん。アキラんとこ行ってしまう言い出してもおかしくない思ってんねん」やっぱりその可能性を旦那も感じてたんだね。「出ていきたいって言うときながら勝手やけど、向こうに行かせたないってのもある。キリコを置いておけば行かない可能性のが高くなるやろうと思ってる。2人のこと考えてそうなこと言うて実はこんなこと思ってたんかって幻滅するやろなーって自分でも思うわ」私もね、この話になってきーちゃんは向こうに行くのは逃げることだと言ったけど、一瞬私が残ればその可能性は完全に消せるかもしれないと思った。
「そんな理由もあるしな、それにさっき言うた通りどうなるか分からん。ものすごく自分勝手なんは分かっとる。けど選択肢の一つとして残してて欲しい」自分勝手といえば自分勝手かもしれない。一度私は旦那と行くと言い切ったもののまだ心が定まっていなくて、この選択肢は魅力的だった。やっぱり私は短期間でも旦那と離れて暮らす。ということはもう想像もつかないし、旦那が居るから今の自分で居られるのもよく分かってるから、多分、そうは言っても結局地元に戻ることになると思う。けど、ギリギリまでこの選択肢を選べると思うと氣が楽になったのも事実だった。

マハルも完全復活して帰宅。ゆっくり帰ってきたおかげで、家に着く頃にはもう夜になっていた。さすがにきーちゃん達も帰ってるだろうと思ったけど…あれ?真ちゃんの車がない。まだ帰ってないの?拍子抜けーーー。きーちゃん、どうだろうってドキドキしてたのに。
ああ、帰ってきた感じがする。何だかんだでやっぱり此処がうちなんだよね。
一息ついていたけど、、、「遅くない?」21時を過ぎた。「何か聞いてる?」「大丈夫ちゃうん?」「今日帰ってくるんだよね?」「そうちゃうの?」旦那、ノンキだよね。年頃の娘がオトコと泊りがけで出かけてるんだよ!
マハルを寝かしつけてもまだ帰らない。いい加減電話しようかと思った時に帰って来た。
そっと玄関のドアが開く音がした。何だか緊張して動きが止まる。旦那も思わずビールを飲む手が止まっていた。リビングのドアが開くのを息を飲んで見つめる。
「早かったやん」
真ちゃんかーい!緊張返して!ホント返して!勿体ぶった帰宅して、もう!そんなんいらないから!
「なんや、不満げやな」ええ、不満ですけど。
「美樹ちゃんねーさんおかえり。あ、ただいま?どっちが正解なんだろ…」真ちゃんの後ろからきーちゃんが顔を出した。おかえりって言った!今、言ったね!そして、きーちゃんっぽい発言。「きーちゃんが話したー!」「なんやねん、大袈裟な」と旦那。「話せたよ!おかえりって言ったよ?」「2、3日で戻るって言うてたやん」何、冷静ね。
「ねーさん、ごめんね」何で謝るのー。「音は?聴こえてる?」「ごめんね、こもってる氣もするけどだいぶ聞き取れるよ」よかったーー。ギリギリセーフだね。
「美樹ちゃん、ごめんね」「何で謝るん。間に合ったな」旦那、絶対我慢してるよね。ニヤニヤしたいの絶対我慢してる。お父さん、素直じゃないなー。
「どのタイミングで戻ったの?私たちが出かけた日?その次の日?」
「え!!!」何で真ちゃんが驚いてんの。そんな変な質問した?「んー、起きたら聞こえだしたん」ときーちゃん。
私たちが出た夜はまだ変わらずにいたけど、翌朝起きた時に何かが鳴ってるような音がし始めて、人の声色の違いがぼんやりと聞き分けられるようになったのはその日の夕方、お昼寝から起きてかららしい。その後、おばあちゃまと先生とお食事に行って、話の流れから翌日真ちゃんと『厩戸皇子ツアー』をすると言ったら(書いたら?)おばあちゃまが知り合いの方を紹介してくれて部屋を用意してもらったんだって。そこから旅行決定。豪勢ね。羨ましい。1日目は変わらず声は出なかったけど、2日目の朝に普通に声が出たらしい。
「2、3日で戻るって言ってたやつ?」「うん。前の時は喋らなくて良かったから全然氣付かなかったけどね。今回はすぐわかったよ」と嬉しそうなきーちゃん。前の時は何でなったんだろ。
「使えるコネ全部使ったった。うちの婆、意外と顔広いな」おばあちゃまの名前を使って何かするって聞いたことがなかったから少し驚いたけど、おばあちゃまも氣分転換には良いだろうと手配してくれたらしい。
「行きたい所、ほとんど行ってね、今日は平城京でお弁当も食べたよ 」と嬉しそう。
先生がなるべくストレスになっているものに近付けないことや原因から遠ざけてみるのもいいと言っていたから、旅行って確かに良いのかもしれないよね。
真ちゃんは本当に嬉しそうに私たちに旅の事を話すきーちゃんを見ている。時々きーちゃんと目が合うと笑う2人の姿を見てなんかようやく一息ついたのかとホッとした。
けど、なんだろ、違和感。
何がどうってハッキリ分からないんだけど、よく観察してみると特にきーちゃんの雰囲氣というのだろうか、何か違う氣がする。
「何かきっかけあったの?音が戻ったり声が戻ったりしたの」この違和感がどうしても拭えず、改めて聞いてみた。
心因性だって言ってたし、旅行に行ってストレスフルな日常から遠ざかったってのが大きいんだろうけども、氣が付いたらって言ってたの何か心境の変化があったりしたのかなって。
「無い!」何で真ちゃんが答えんのよ。さっきから1人で驚いたり騒がしいなぁ。そんなにきーちゃんと話すの氣に入らないっての?
ってことで、きーちゃんだけ夜遊びに連れ出してやった。旦那も「ゆっくりしておいで」と快く送り出してくれて、なんて理解のある旦那なんだ。真ちゃんだけが何故か「もう遅いから出かけるの明日でええやん」とか「帰ってきた所やから熱出したらあかんし」とか言って引き止めてきたけど、無視だ無視。
コンビニに寄ってジュースを買って「夜遊びだー」と楽しそうなきーちゃん。「春休みだから特別ねー」「春休みバンザイ!」こんなに喜んでくれるなんて、ホントかわいいわぁ。
「何かモヤモヤが吹っ切れたりして音が戻ったりしたの?」道中聞いてみた。「んー、吹っ切れたのかな?分かんないけど」吹っ切れたわけじゃないの?
「真ちゃんってね、昔から魔法使いなん。名前呼んで欲しいなって思ったり名前呼びたいなぁーって思ってたらね、聴こえて名前呼べるようになったん。多分ね、魔法かけてくれたん」と言ってうふふ♪と笑う。
魔法ねぇ。信じてるの、かわいいけどさ。それって、特別な感情が生まれてきたってことなのかな。成長?そんなものなの?人間って複雑。まあ、きーちゃんが魔法って言ってるからいいのかな。

「きーちゃん、これはあかん!」帰宅して一緒にお風呂に入ろうと誘ったものの驚きで変な声が出た。「え?なに?」ときーちゃん。なに?じゃない。なんでそんなあちこちにキスマーク付けてるの。もう、思考が大渋滞してる。お願いだからひとつづつにして!
「きーちゃん!何で先に言わないの」「何を?」目眩がする。お風呂に入ってないのに湯あたりしたかもしれない。もう呆れるを通り越して笑えてきた。「それだよ!こんなんなってるなら言いなさい!」「こんなんって?」「鏡見てないの?それ!!」あかん、ホンキで目眩がする。真ちゃん何考えてんの。「えー!何これ!やだー!」洗面台の鏡を見て言ってるけど、やだーって私が言いたい。何でって付けることやってりゃ付くわ。「蕁麻疹かな?!まさかペスト??」もう倒れていいですかね、私、瀕死に近いかもしれない。頭痛までしてきたかも。何故ここでいきなり黒死病が出てくるのよ。何世紀の話よ。ここは現代の日本だってば。「宿題しないで旅行行ったからバチが当たった?」んなわけあるかい。なんでやねん。どんなバチの当たり方よ。宿題してないだけで黒死病とか割に合わないバチだわ。
「きーちゃん、氣が付いてなかったの?」「全然。言われるまで知らなかったよ」私の魂、一瞬抜けた氣がする。もうため息も出ない。
特別な感情が生まれてきたのかなー。なんて微笑ましく見てる場合じゃなかった。反芻される過去一連の出来事。
良いんだよ、きーちゃんもう高校生になるし。真ちゃんだって今までの真ちゃんの様子を見てたらむしろよく頑張って耐えてた。旅行に行ったんだ。非日常な空間でそういうことになったっておかしくない。むしろ個人的にも女子的にもその辺の安っぽい所や家でよりは全然良いと思う。雰囲氣大事、重要だけど、きーちゃん意味わかってる?大丈夫?あ、また変な心配が…。「お風呂入っちゃダメなヤツかな…」「ダメってことは無いんだけど」本氣で分かってない。目眩がする。今までの様子を見てたら、無理矢理とかでは無いはず。そんなことだったら、許さん!末代まで祟るからね!というか、旦那が氣付かなくて良かったよ。きーちゃん色白だからめっちゃ目立ってるんですけど。あ、ホントに目眩がしてきた。
氣を取り直して一旦入浴。いざ、ちゃんと聞こうとするととっても抵抗が出てきた。何だ、娘のこういった話は聞きたくないってやつかしら。
「明日先生の所行った方がいい?ねーさん連れてってくれる?」先生もそんなん診てほしいなんて言われても困るっての。「2、3日で治るけど…きーちゃんホント何でか分かってないの?」「一瞬、何かの木とかにかぶれたかなーって思ったけど、今回は探検で山に入ってないよ」何でよ。山は全く関係ない。「それ、付けたの絶対真ちゃん…」「えー!!何で!どうやって!?」あ、やっぱりホンキで目眩が…。「やることやってりゃ付くわ!」友達のノリでツッコミ入れてしまった。「何を?」あー、ホント倒れるかもしれない。ホンキで湯当たりしてきたかも。早めに上がってリビングで続きだ。
「サッパリしたかー?」リビングに戻ると真ちゃんが居た。サッパリしたかー?じゃないだろ。私が全然サッパリしてない。何ノンキにビール飲んでくれちゃってるの。旦那がマハルを寝かせに行ってくれてて良かった。居たら絶対めんどくさいことになる。「真ちゃん、貴方何考えてんの。バカじゃない?ぶっとばすよ?」きーちゃんがアイスを取りに行ってる間に真ちゃんに詰め寄る。反省して頂戴。「何がやねんな」「何がじゃない!もういい大人だし、きーちゃんも高校生なるし私が口出しすることじゃないけどね、あんな見えるもんあちこちに付けたらあかんでしょ。キスマークつけて入学式出ろっての?その前に美樹に見られたらボコされるよ」「そんな付けとった?」多少の覚えはあるようだ。「付けとった?じゃない、付けまくりだよ。しかもきーちゃん全然分かってない。無理矢理手篭めにしたんじゃないでしょうね」「んなわけあるかい」「当たり前よ!明日一日美樹に見つからないようにしなさいよ」ホントバカじゃなかろうか。けど、好奇心旺盛って罪だよね。氣になるからその辺り聞いてみようかしら。何でこんなことなったのよ。と聞いてみると「はーー?」で返ってきた。違う、私はそんな返事が聞きたいんじゃない。「だっていきなりじゃん!急展開じゃん!どんな心境の変化よ」一応もう何日かで入学式だけども。最初に待つって言ってた3年目だけども。きーちゃん、その辺り全然成長してないのにさ、どう言ったのよ。「はよ、寝ろ酔っ払い」失礼ね、今日はまだ一滴も飲んでないっての。
真ちゃんの自白よりも先にきーちゃんがアイスを用意してくれたから、真ちゃんをリビングから追い出して話の続き。また改めて聞いてやるんだからね!「真ちゃんが特別な1人になったん?」自分の中に次々と生まれる抵抗をなぎ倒して聞いてみる。きーちゃんは嬉しそうに頷いた。「お手伝いの話をね、聞いてみたん」私達が実家に帰る日の話だね。きーちゃんは自分が手伝ってもいいのかと不安になってた。それはちゃんと本人に聞くべきだと言ったのは私。ちゃんと覚えてるよ。
「そしたらね、私じゃないと出来ないって。私だから頼んでるって」きーちゃんは嬉しそうだった。「これはね、特別な人じゃないとお願い出来ないんだけど、私がその特別な人だって言ってくれてん」そのポジションはよく分からないけど、特別な人ってのは何となくわかる。
「真ちゃんとね、28歳までは絶対一緒に居るって約束してるねんけどね」何で28歳よ。何なのそのよく分からない括りは。その件もすごく聞きたいんだけど。
「その時まで真ちゃんが居てくれるのに私はもう真ちゃんが名前を呼んでくれるのも聞けなくて真ちゃんって名前を呼べないのかなって思ったらとっても悲しくてね」さっき言ってたね。「また真ちゃんの声が聞きたいと思ったし名前を呼びたいって思ってん。そしたらね、真ちゃんが聞こえなくても何回も呼ぶし、名前を呼べないなら私が手を伸ばしたらすぐ真ちゃんを呼べる所にいるよって」お、ちょっと盛り上がってきた。「それを読んだらね、何でか分からないけどねーさんが『一番特別な人』ってのは感覚で分かるよって言ってたの思い出してね、真ちゃんはその特別な人だなって、もっと真ちゃんと一緒に居たいって思ったん」いやー、青春だね。そんな話大好物よ。「光がね、大きくなるん。明るくかな?今まで自分の光は分からなかったんだけど、私の光が見えて広がってたよ」あ、いきなり空中戦突入。きーちゃんの中では理解出来たのかな?「けどね、それとこれは別だから!それは人様に見せるものじゃないからね、真ちゃんにちゃんときつーく言っとくんだよ!!」「あ、はい…」
ついでにアキちゃんの所へ行こうかと思った話も聞いてみた。検査のため入院した日の夜、漠然とアキちゃんの所へ行ってしまいたくなったと言う。けど、私に言ってくれた通りそれは逃げることかもしれないと葛藤していた。その葛藤は地元に帰る日に、私に『ここに居たい』と言ったもののやっぱり残っていたそう。私が真ちゃんにノートを渡したものだから、もちろん真ちゃんもきーちゃんが一瞬でも向こうに行きたいと思ったことを知って、私たちが行った後にアキちゃんの所に行きたいのかと聞かれた。まだ葛藤してると答えたら「あと13年、一緒に居て」と言われたんだって。13年って言ったらさっきの28歳の話と関係ありそう。その話も聞けた。ちょうど高校生になってから真ちゃんがきーちゃんの生活を全てを面倒みたいと言った時、高校だけでなくその時のきーちゃんが生きてきた時間と同じだけかけてきーちゃんが自分が生きていても良い、そんなことすら思わなくなるようにするから一緒に居ようって言ったんだって。だから28歳。いやーん、盛り上がってきたわ。現代のヒカルの君、ついに行動を起こしたのね。うん、ムードって大事だと思う。そんなこと言われたらお年頃の女の子は行ってしまうな。うん。私の場合、なんだか雰囲氣もへったくれも無かったように思うから羨ましいんですけど。
熱が下がったからって帰ってきたけど、マハルには、やっぱり負担が大きかったのかもしれない。夜中からまたマハルの熱が上がり出して、機嫌は悪いし寝ないしで、明け方になる頃には私もダウンしそうだった。途中、旦那が変わってくれて横になるもマハルは私でないと落ち着かないようで。滅多にないことだけど、参った。
リビングの方がいつも過ごす場所だし落ち着くかと思ってマハルを連れて降りると、真ちゃんもきーちゃんもまだ起きていて、きーちゃんがマハルの抱っこを代わってくれる。
「まだお熱だねー」きーちゃんが聞いたことの無い歌を歌う。何度か繰り返すと、マハルは落ち着く。何?魔法?「さっきまで泣いてたから疲れたんだよねー」「もうお薬しちゃった?おばあちゃんに教えてもらったおまじないしていい?」
解熱剤はまだだけど…氣になる。解熱剤使って下さいね。って言われた程は熱が上がってないし。
「お願いしていい?」きーちゃんは何のためらいもなく、着ていたパーカーを脱いで「お熱を移すの。おいでー」とマハルを抱っこすると、またさっきの歌を歌った。不思議なことに一旦ソファーに座らされてご機嫌ナナメが復活したマハルは再び落ち着きだす。
「この間ね、マハルくんとお留守番した時におばあちゃんに教えてもらってん」先月、入院中の義父のことで緊急で実家に帰った時に風邪氣味だったマハルをきーちゃんにお願いした。心配した通り、夜、熱を出したマハル。その時にきーちゃん1人だと聞いたおばあちゃまも一緒に先生と来てくれた。
お茶を飲もうと台所へ行くと旦那と真ちゃんが喫煙中。「何してんの?」「かーさんや、娘に躊躇いなく人前で服を脱ぐなと言っておいて下さい」旦那が複雑な顔をしている。そうだ、この2人居たわ!きーちゃんが躊躇いなく脱いでたから忘れてたけど、居たわ。「嫁入り前の娘が脱ぐところ見ないで!何考えてんの!」と怒ったけど、これはあかん。ひとまず何か隠さないとこの2人終わるまで台所だわ。急いでタオルケットを取ってきてきーちゃんにかける。「私大丈夫よー。ねーさんここで寝る?」全然大丈夫じゃないの。2人の存在を忘れてた私も悪いんだけども。
この前も私が料理中にマハルとお風呂に入ってくれたきーちゃんは、私の手を止めないようにと氣遣ってくれたみたいでお風呂に入ったまま旦那にマハルの迎えを頼んで旦那の方が焦っていたし、もっと遡ったら真ちゃんに露天風呂広いし一緒に入ろうとか誘ったとか言ってたし、痴漢に遭遇した時は怒るでも嫌悪を表すわけでもなく「何が楽しいんやろ?」とホンキで考えてたし。どこか感覚がズレているというかそこはいくら言ってもなかなか治らない。真ちゃんはもうこの際良い。真ちゃん以外の前では氣を付けないといけない事をちゃんと教えなきゃ。
きーちゃんに悪氣ないから注意しづらいんだけど…ここは心を鬼にして注意しないと、私が地元戻ってからもやりかねない。頭痛いわぁ。
「あのね、マハルの為にやってくれてるのはすごーくわかるんだけどね…」「もうやめといた方がいい?」多分、全然わかってない。
「えっとね、やめてくれなくても全然いいんだけど、もし服を脱ぐ時はちゃんと周り見てから脱ごう。さっき美樹も真ちゃんも居たからね」「居てたらあかんの?」「ダメ!外でこうやって全部脱いだら絶対ダメだからね」「はーい。」素直に返事したけど、絶対何でだろーとか思ってる顔してる。私の引っ越しまでのタスク、ひとつ追加。
普通なら一つのことに色んなことが繋がってるから分かるようなことでも、多分、一つ一つがきーちゃんの中で繋がってないんだ。
だから、夜一人で野宿する危険も、真ちゃんとしたことや旦那が居る所で服を脱ぐものじゃないってことも、女の子だってことも全部繋がってないから、理解出来ないんだ。全部きーちゃんの中では別なんだ。多分一つ一つで完結してるんだろう。ちょっと分かったかも。けど、これ、どうやって繋げて行ったらいいの?今更だけど、きーちゃんの思考回路の取扱説明書って無いのかしら。
おまじないが効いたのか、マハルは落ち着いて寝ている。「ちゃんと病院に行ってからじゃないとやっちゃダメって。今日のマハルくんは心が落ち着かないお熱だったからすぐ出来たんだと思う」ときーちゃん。
「肌と肌をピタってするのが良いんだって。だから脱いじゃった方が早いと思って。ごめんなさい」その氣持ちは本当に嬉しいんだけどね。何て説明したらいいのか。
きーちゃんがパーカーを着たのを確認して2人を台所から解放する。非常にお疲れさまでした。「誰かが居る所で服は脱がんで。何でじゃなくて美樹だとしても見られるのは嫌やから!オッケー?」と真ちゃん。「わかったー。嫌なんやっちゃってごめんね」それでオッケーなの?何で真ちゃんが嫌だからで納得すんのよ。私も嫌って言えば良かったかしら。いや、これは違うな。真ちゃんが特別な1人になったからだろう。この辺、真ちゃんに丸投げしちゃダメかしら。頭痛がしてきたわ。
「マハルは心が落ち着かなかったの?」「今日はそうみたい。いろんな光がピカピカしてたから」何?そのいろんな光って。「たくさん景色見た後だからかなー」「なるほど。びっくりさせちゃったんだね。マハルごめんねー」マハルの見た刺激が光に見えるのか。相変わらず不思議な感覚だ。そういえば、最近、見えないお友達のことは話をしないよね。話しかけられたりはしなくなったってことなのかな。大人になったから会えなくなるって言ってたからもう分からないのかな。
翌日は一日中ゆっくりしていたおかげで、マハルは完全復活。ゆっくりしながら2人の様子を観察してみた。
きーちゃんは宿題の残りを必死に仕上げていて、真ちゃんはそのお手伝い。一応、真ちゃんは私たちがいるせいか普段と変わらない様子だったけど、分かりやすくきーちゃんが普段以上に真ちゃんに甘えてる氣がした。語弊があるかもしれないけど、まだ私たちに一定の最低限の線引きはあるみたいだった。けど、真ちゃんが無条件に受け止めてくれる相手だと分かったのか完全に心を許して緊張せずに居てるような雰囲氣。少し寂しいやら嬉しいやら、これはこれで複雑な心境。