Story 50.それぞれの生活。

「そろそろ着いたかなー」夜になるとようやく氣分も作業も落ち着いてきた。「さすがにもうそろそろ着くやろ」「電話してみよー」きーちゃんの携帯にかけると出たのは真ちゃん。『キリエの本日の営業は終了いたしました』なにそれ。ともあれ、ついさっき無事帰宅したらしく、一安心。
きーちゃん達が帰って、いよいよ新生活が始まる。小さい頃から遊びに来ていたお家だし、結婚してからも何度も泊まったことがあるお家で慣れているはずなのに、今日からここで暮らす【私の家】だと思うと変な感じがして緊張したのかなかなか寝付けなかった。さっき、きーちゃんに電話したけど真ちゃんが頑なに替わってくれず、結局声が聞けなかった。出発の時、泣かずにいつも通りニコニコしていた。寂しくないわけはないと分かってるし、きーちゃんなりに私たちを氣遣ってのことだとも理解しているけど、大丈夫なのか心配だった。これから何かあってもすぐに飛んでいけない距離。心配しようが、何があろうがきーちゃん達を信じているのが正解だとも思うけど、やっぱりこの選択が正しかったのかと思う。
翌日は荷解きと足りないものの買い出し、そして義父のお見舞いへ。義父はまだ本調子ではなさそうだったけど、私たちが疲れていないかと心配してくれた。マハルの姿を見てとても喜んでくれて、マハルを膝に座らせて2人で話している姿を見て嬉しくなった。旦那も2人を見て穏やかな表情をしていた。引越し初日にきーちゃん達も一緒に顔を出していて、その時にきーちゃんと義父は書道の話をして盛り上がっていた。義父に自分の部屋に書道の本があるからきーちゃんに送ってあげて欲しいと頼まれる。きーちゃんが帰る前に言っておけば良かったなーと笑う義父の表情は穏やかだった。
夜、マハルも寝て一息ついた頃電話が鳴った。『ねーさん!大変なん!』出ていきなりきーちゃんの焦る声。何事!?『真ちゃんが捕まっちゃったらどうしよーー!!』はぁーー??意味が分からない。何で真ちゃんが捕まるの。誰に捕まるの?何をしたのよ。きーちゃんを落ち着かせて、話を聞く。
『何でそんなに笑うん?真ちゃんが逮捕されてもいいの!?』事情を聞くと、きーちゃんなりに心配していて、きーちゃん的には一大事だろうから笑ってはいけないと思いつつ笑いが止まらない。私が必死に「落ち着いて」を繰り返すものだから氣になったであろう旦那が事情を聞き出すタイミングでスピーカー通話に切り替えたものだから旦那まで爆笑している。
きーちゃんの話によると、今日、新しい部屋を見に出かけて、氣に入ったお部屋を契約。元々真ちゃんが探してたっていうのもあるだろうけど、すぐ決めるのがびっくり。その後新居用の家具家電を探しにお店へ。そこで真ちゃんはお店の人と話している中で「6月から2人で暮らすからその為の準備だ』と伝えたらしい。家具家電を新調するとかリッチね。で、お店の人がおめでとうございます。って言ったからきーちゃんは引っ越しというものはおめでたいことなんだなーと思ってたんだけど、見積書に『ブライダル割』と記載されたのを発見。さすがにブライダルってのは結婚のことだと知ってたきーちゃん。「結婚もしないのにブライダル割使って安く買い物したら詐欺じゃないの?真ちゃんが詐欺で捕まったらどうしよう!」と心配になったもよう。真ちゃんは「何も言ってないけどお店の人が勝手に割引を使ってくれたから問題ない!安く買えてラッキーやん」と言ってるけど心配で仕方ないと言う。
分かってる、我が子の心配事を笑い飛ばすなんてことをしてはいけないとよく分かってる。けど、きーちゃん、かわいすぎるんだけど。そして、その発想よ。面白すぎる。旦那も斜め上を行くその発想がツボに入ったらしく、むせるほど笑う。「大丈夫、そんなんで逮捕されないwww」ホント、かわいいわぁ。万が一、警察が来たとして「16歳になったら結婚するんです!」って言えばいいよ。と一応解決策(?)を伝える。『だから結婚しないのにするって言ったら嘘やん!だから詐欺で捕まらへん?って心配してるのに警察にまで嘘言うの?もう犯罪重ねまくりやんか!死刑になったらどうするん?』死刑!!なぜそうなる。あかん、せっかく笑いが落ち着いてきたのに面白すぎて呼吸困難になりそう。旦那、すでに呼吸困難になるほどウケてビールが飲めなくなってる。ホント、かわいい。かわいいけど、面白すぎる!きーちゃん、笑いのセンス、一晩で上げ過ぎ。心配しなくても大丈夫だと何度も言ったけど、きーちゃんは腑に落ちない様子のまま電話を切った。「あの様子やったら、向こうも大丈夫そうやな…」ようやく笑いが落ち着いてきた旦那が呼吸を整えつつ一言。「けど、違う意味で心配だよ。だってブライダル割で死刑とかwww」「アホ、思い出させんなしwww」再び2人で顔が痛くなるほど爆笑。ホントにおかしい。かわいすぎる。そして、旦那の言う通り大丈夫そうだとホッとした。
引っ越しをして地元での生活に慣れだした頃、義父が退院してきた。帰ってきて、マハルと遊んでくれている義父が「本当に幸せや」と時折嬉しそうに言っているのを聞いたり、3人で近くを散歩していると「これで良かったのかも」と思うようになってきた。
きーちゃんと毎日電話をしているけど、マメに写真と手紙も送ってくれている。調子の良い時に書いてくれているのか、字はきーちゃんのような可愛くて綺麗な文字が並んでいた。
学校では部活にも入って友達も増えたと書いてあって、学校での友達と撮った写真も入ってる。中学生の頃はお友達の話をそこまで聞かなかったから高校ではどんな感じだろうかと心配したけど、写真を見る限りいろんなタイプの子たちと楽しそうにしているようだ。バンドも引き続き加奈子とやっているようで、真ちゃんも本格的にベースを始めて新しいドラムを迎えてライブをすることも書いてあった。スタジオに入った時の写真も同封されていて、楽しそうな様子が伝わってきた。
新居に移ったタイミングでバイトも始めたと聞いた時は驚いた。乗り換えなく通学が出来るようになったからだと言っていた。真ちゃんの仕事について色んな所へ行っているみたいだし、倒れないか心配になるけど、楽しんでいるなら良い。制服以外のきーちゃんは前よりもドーリーな感じの格好が多くてかわいい。女子高生だもんねー。お洒落もしたくなるよね。きーちゃんの写真は真ちゃんと写ってるものが多くて、旦那は「真弥、くっつき過ぎちゃうか?」と渋い顔して言うのが面白くて、手紙と写真が届くたびに写真を旦那に見せている。
加奈子ともよく電話していて、バンドの様子も教えてくれる。真ちゃんは長い間お預けをくらっていた反動なのかきーちゃんにベッタリで、外であろうと人前であろうともきーちゃんに絡むらしく「ヒカルってばあんなキャラだっけ?」と加奈子が言うほど。ヒカルと言うのは、加奈子が光源氏から付けたものでバンド仲間の間で定着し始めてるらしいから面白い。
「むらさきちゃん、結構モテてるで。ヒカルの君のがヒヤヒヤしてんじゃない?」と笑う加奈子。仲良くなった高校生バンドの子たちと学校帰りに楽器屋さんに集合してよく遊んでいるらしい。それが、きーちゃんの学校近くの男子校の子で加奈子曰く「そのメンバーの1人は絶対むらさきちゃん狙ってるよね。明らかにねそんな感じやで!」新たな波乱が生まれませんように。と密かに祈った。
「あんまりにもむらさきちゃんに電話かかってくるからヒカルが家で携帯取り上げるって怒ってたよ」と加奈子が教えてくれた。女子の友達とのやりとりはポケベルが多いらしいけど、男子からは電話がかかってくる方が多いとか。それで真ちゃんはきーちゃんが帰宅したら真っ先に携帯を没収して戸棚の上に置いてしまうときーちゃんがぷりぷり怒ってたらしい。
「ヒカルってば超束縛しぃやで。むらさきちゃんよく我慢してるよね」と笑う加奈子。この間のライブの時は、対バンの男の子とリハ後に2人でコンビニ行ったとかで真ちゃんはお怒りだったらしいし、対バンの子がきーちゃんを少し褒めようなら明らかに殺意すら感じられるらしい。「ヒカル、もっとクールだったよね?」加奈子も昔の真ちゃんを知っているから豹変具合がまだ信じられないと笑っていた。
きーちゃんのドーリーな格好は、勿論きーちゃんが好きって言うのもあるけど真ちゃんの好みで、真ちゃんから加奈子によく発注するそうで「おかげさまで上得意さまだわ」と加奈子。インディーズブランドだし、もちろん一点ものだからその辺のモールで買うようなお手頃なものではないらしいから毎度きーちゃんはとても遠慮するけど、真ちゃんが買ってしまうらしく「着せ替え人形状態やで。一緒にいる時はお箸とマイクより重たいもの持たせないし、雨降ってる時なんかさ、自分めっちゃ濡れてるのに絶対傘差してあげるし。まさにお姫さま扱いよ。」真ちゃん、嬉しいのは分かったけど甘やかし過ぎじゃないのかしら。真ちゃんがそんなドーリーな感じが好きだったなんて意外だわ。けど、写真に写るきーちゃんもそうだし加奈子から聞いた話でも楽しそうにしているからちょっと安心。
義父に頼まれていた本をきーちゃんに送る時、氣休めにしかならないかもしれないけれど、きーちゃんに合ったハーブティーを選んで一緒に入れた。荷物が到着したと連絡があって、義父からの本も私のハーブティーも喜んでくれた。ハーブティーは到着した日の夜すぐに役に立ったらしい。送ったハーブティーは、心を落ち着かせるものだから情緒不安定な時に淹れてあげてと真ちゃん宛にメモを入れていた。役に立ったのは情緒不安定になってたということだから余り役に立たない方が良いんだけど、氣休めでも落ち着いたなら良かったということか。

夏休み間近の7月。退院してからの義父は、暑さと体力の低下もあって前程動けないものの、体調も安定してマハルと一緒に遊んだり、きーちゃんからかかってくる電話に出てきーちゃんとも仲良く話をして夏休みに遊びに来るのを楽しみにしてくれていた。
書道が趣味な義父は去年から書道を始めたきーちゃんと話があったようで、引越しの時一緒にお見舞いに行った時からきーちゃんがお氣に入りになっていた。おばあちゃまもそうだし、義父や義姉夫婦にも氣に入られてるし、やっぱりきーちゃんは歳上キラーだな。
義父に至っては「マハルのお姉ちゃんならもう1人の孫みたいなもんやからなー」なんて旦那と親子だわ。と納得してしまう発言をしていた。週に2回ある公民館での寄り合いにマハルを連れて行ってくれるけど、そこでもきーちゃんの話になったらしくそこでも「関西に孫が増えた」と言っていたと後日お隣のおばちゃんから聞いて笑ってしまった。なぜ寄り合いできーちゃんの話になるのかと疑問に思ったら、書道の話をしていた流れだったらしい。義母の葬儀でほとんどの人がきーちゃん達を知っていたから「あの子だ」となって、お手伝いも率先してやっていたしマハルの面倒を本当にきちんとしていて、物腰も柔らかで良く出来た子だと寄り合いでも褒められていたとも教えて貰って、私も鼻が高い。歳上キラーなのは、現実はなかなかハードモードな人生を歩んできたみたいだけど本人自身はそれを感じさせない雰囲氣があるし、子供らしからぬ細やかな氣配りもできるからかしら。
「あー、そうだね。そろそろ決めなきゃいけないよね」旦那が帰宅して夏休みはどうするのかと聞かれた。前は真ちゃんが夏季休暇中にこっちに来てくれるって話をしてたけど、きーちゃんがバイト始めてからはその話をしてなかった。バイトだから夏休みなんてないよね。電話してみる。『バイトはね、夏休み中ほとんどお休みにしてるよ。週一になってる。真ちゃんのお休み中は全部お休み』夏休み中は週一って逆にめんどくさそうね。詳しく聴くと、夏休み中は勉強を兼ねて真ちゃんのお仕事について行くから…ということらしい。最近は真ちゃんのお家の方の仕事も本格的に手伝っていて、普段行けない遠方へ行くことになっているとか。真ちゃんちの仕事の手伝いって何してるのかしら。
義父がきーちゃんを氣に入ってるおかげで、真ちゃんのお盆休みに1週間泊まりに来てもらって良いか?と尋ねたら二つ返事で了承を得て夏休みがとっても楽しみ。義父も楽しみにしてくれてるみたいで、「来る時に用意しておくから」と電話できーちゃんに何のお菓子が好きか尋ねて私に「聞いたからたくさん買ってきてあげといて」と言ってくれた。それを聞いていた旦那に「お菓子ってきーちゃん高校生やで。小さい子じゃあるまいし、由佳(姪)と同い年やねんけど…」と呆れられていた。けど私はそんなやり取りを見ることができて妙に満ち足りた氣分でいた。

「キリコ!救急車!」夜、リビングでのんびりしていると洗面所から旦那の声がした。入浴していた義父がお風呂場で倒れていた。すぐに救急車を呼んでかかりつけの総合病院に運ばれて処置をしてもらったけれど、帰ってくることはなかった。
元々患っていた心臓が原因だった。
昼間、きーちゃんと電話して夏休みに用意しておくからとお菓子の話をして「今のお菓子はよく分からないから」と言って聞いたお菓子を「たくさん用意してあげて」と笑っていたのに余りにも突然だった。
看護師さんが「お孫さんと遊ぶのが楽しいとこの間の診察で仰ってましたよ」と教えてくれて、本当に少しの間だけだったけど地元に戻って良かったのかもしれないと呆然としながらも思った。
帰りのケアをして貰っている間、旦那が「思ってたより早かったなぁ」と呟いた。2ヶ月ちょっと。思ってたより早いなんてものじゃなかった。
「あんなに大騒ぎして、無理言うてこっち戻らせたのにすまんかった」と頭を下げる旦那。「キリコにもきーちゃんにも無駄に心配かけて無理させただけやった」馬鹿じゃん、こんな時まで私たちのこと考えなくていい。
旦那は最初この話が出た時、多分私が無理だと言ったら押し切ってまで地元に戻る選択はしなかったと思う。そして、それを分かって私がこっちに帰ろうと言ったのも旦那は分かっていて、私に決めさせたと申し訳なく思ってくれてるのは分かってる。
「2ヶ月は早過ぎるけどさ、私は戻ってきて良かったと思ってるよ」たしかに大阪での生活は楽しかったし、離れたことを後悔した日もあった。けど、義父と暮らした短い時間は私にとって満ち足りた時間でもあった。「最期は美樹が近くに居て良かったと思う。だから全然謝ることはないよ」
義父は、旦那が中学を出てすぐに親元を離れたからさせなくていい苦労をさせてしまったと思ってる。それに加えて今回、向こうでしっかりやっていたのに自分のことで無理させてしまった。親らしいことは何もしてやれてない。けど、こうやって戻ってくれたことは本当に嬉しいと言って、事あるごとに私に「ありがとう」と言ってくれていた。直接言うのは義父も氣恥ずかしいようで旦那には言っておらず、この話をすると旦那は驚いた表情を浮かべた。
「看取れて良かったんやろな。キリコ、ありがとうな」
義父を連れて帰って葬儀の段取りをする。と言っても、ほとんど旦那が業者さんと決めてくれていて私はどうしたらいいかわからずにいた時、きーちゃんから電話がかかってきた。
きーちゃんの声を聞いて、混乱が少し落ち着く。義父の事を伝えると心配して氣遣ってくれた。
きーちゃんは電話を切った後、真ちゃんに相談してくれたようで今度は真ちゃんから旦那宛に電話があった。きーちゃんが心配して、手伝いに行きたいと言ってるけど前みたいに行って迷惑かけたら嫌だと氣にしてくれてると言っている。「きーちゃん学校は?」「テスト休みやって」来てもらえるなら来て欲しい。きーちゃんにまたマハルの子守を頼んでしまうことも想像できたけど会いたかった。
「キリコ、今のうちに休んでや。明日からまたしばらくバタつくし」帰宅して一段落すると旦那が声をかけてくれた。「ねーちゃんは明日朝こっち来るって。連絡も急ぐところ以外は朝にしたらええし」旦那は義父の部屋へ入って行った。マハルを寝かしつけて義父の部屋へ行くと、旦那は義父の前に座っていた。「親らしいことしてないってキリコに言うてたって言うたやんか。それ考えててな」「うん」「中学卒業したての子供が街に出て働くってのをさ、やるだけやってみろって言って送り出すって、何よりもすごいことやなって思ってな。」旦那は今の仕事がしたいと言って、中学3年の夏休みに単独で関西に行ってオーナーの店を訪ねた。オーナーの店にたどり着くまでに何軒も断られてもうダメだと心が折れかけて家に電話をした時、義父は電話口で「その道に進みたいって言うのは、何軒か断られたくらいで諦める程度やったんか。その程度なら今すぐ帰って受験勉強をしろ」と言ったらしい。「何年かしてマハルが同じことしたとしてこうは言えんなぁと」普段寡黙で話をそんなにしていなかったけど、それだけ信用してくれてたのすごいと思うし子供ながらに嬉しかった、この言葉がなかったら今の人生は無いからありがたいと言った。義父とこの話をした時「美樹に直接言ったら喜ぶから言ってあげてよ」と言ったら「いやぁ、なぁ」と照れ臭そうに笑った姿を思い出した。