Another story 50-1.

ついに来てしまった。
ねーさん達の引っ越しの日。
ちょっとでも長く一緒に居たいから、お手伝いと称して泊りがけで引っ越しに着いて行く。
「真ちゃん、やっちゃっていいでしょうか?」
「どうぞー」
美樹ちゃんの車と分乗してるから今のうちに…。


「ホンマ嫌ー!!今すぐ信じるから昨日に戻して!それか今すぐ地球滅んで!」
「いきなり物騒やなwww」
「滅んだら引っ越し無くなるもん」
「引っ越し無くなるけど、ワタシらの命も無くなるでw」
「大丈夫!私、多分隕石落ちてきたとしても第一波でコロッと逝きたいのに微妙に生き残ってサバイバルに耐えきれず苦しんで死ぬポジションやから!真ちゃんは強く生き抜いて!」
「どんなポジションやねんwwwそんなんなったらマハルが痛い思いしたり大変な目あうで」
「それは嫌!」
「じゃあ地球滅亡は却下やな」


ねーさん達の引っ越しが決まってから、仕事から帰って来た真ちゃんがダムだったり山だったりに連れて行ってくれて、無茶苦茶言って引っ越し嫌!って叫ぶのがほぼ日課になってた。
入学式前に胃潰瘍になったり声が出なくなったりして叫べなくてこれもまたストレスだった。
今日は車の中でめっちゃ叫んでやる。




昨夜はねーさんと夜のお茶会をした後、兄ちゃんのベッドで一緒に寝た。
「きーちゃんは大人になったら何したい?」
大人になったら…。
正直、大人になったら何がしたいとかどういう道に進みたいだとか思ったことがなかった。
同じ年頃の子はもうその道を見つけてそこに向かって歩いてる子だって居るというのに、自分が大人になる姿はとても想像がつかなかった。
「ねーさんは大人になったら何したかった?」
「私はねぇ、お姫さまになって素敵な王子さまと結婚したかったよ」
「じゃあなってるね!」
「なってるよー。しかもね、かわいい妹ができたでしょ、かわいい息子も生まれたでしょ。妹だけでなく弟まで出来たし」
かわいい妹だって。なんか照れる。
「美樹は車がずっと好きだったからそれを仕事にしてるでしょ。私はお仕事では好きなことあんまり無い。でもお姫さまになって王子さまと結婚できたやん。将来何になりたいかってお仕事だけに限らなくても良いと思うよー。で、きーちゃんは何したい?」
そうなのか。お仕事に限らなくていいんだ。なりたい姿ってお仕事のことだと思い込んでた。
「優しい家族がいて…」
「うんうん」
「あとね、お店屋さんしたい」
「何のお店?」
「文房具とかね、ねーさんがやってるアロマ?あんな小さい小瓶がたくさん置いてて、あとね本もたくさん置いてるところ!」
「雑貨屋さんだねー」
「キキのお母さんみたいにたくさんの植物があって、試験管とかで調合するの!」
「魔女の雑貨屋さんだねー。魔女の宅急便、好きだもんね。お客さんはどんな人?キキのお母さんみたいに近所のおばあちゃんとかも来るとか?」
「ねーさんみたいに『ちょっと風邪なのー』って言われたらね、ちょっと待ってねーってハーブティー淹れてあげたりね、私はねーさん達みたいになってね、1人でどこ行ったら分からなかったり、心がぎゅーっとなってる人がお休みしに来るねん」
「素敵!お昼寝スペースもあったら最高だね」
「私もお昼寝出来る!」
「私もお昼寝しに行こう♪」と言ってねーさんは笑った後、「ホラ、想像できた。これはね、絶対出来るよ。心に忘れずに置いとくでしょ。で、こんなのも素敵って思ったらどんどん足していくねん。で、やっぱこれは無しって思ったら引いていく。そしたらね、きーちゃんだけのスペシャルな想いが目の前に現れる。悲しい想いがいっぱいなら、悲しいものが現れる。悲しいは悲しいを連れてくる。嬉しいは嬉しいを連れてくる」と言った。
「悲しいだけしかない時はどうするん?悲しいばっかになっちゃう」
「ここでね、魔法の言葉」
「魔法の言葉?」
「悲しいはスパイスです」
「スパイス?」
「これを使うと、悲しいは嬉しいを倍増させてくれるの。そしたらね、次嬉しいが来たら倍になる。そうやってちょっとづつ嬉しいが増えるでしょ?」
「そうなん?」
「そう!それが増えて私は美樹と一緒に居るようになって、真ちゃん達と仲良くなって、きーちゃんって言う妹が出来て、マハルが生まれたよ」
「ここに居てから、嬉しいが増えた!」
「でしょ?10代ってすぐ悲しいが増えちゃうんだけど、逆にスパイスがたくさんってことなん」
「何だかラッキーだね」
「きーちゃんがラッキーって思えたなら大丈夫!悲しい時はスパイスだって思い出せなくなるけど、きーちゃんの中には魔法の言葉はちゃんとあるからスパイスが効いてくるよ。そのために大事なことがあって」
「なになに?」
「嬉しいとか悲しいとか心のモヤモヤはちゃんと出しちゃわないとダメなん。きーちゃんの中で溜めてたら無いのと一緒。空氣に触れてそのスパイスは効果を発動させるからね」
言ってもいいってことかな?
「悲しいなら悲しい。嬉しいなら嬉しい。誰かに聞いてもらうのが一番。だからね、真ちゃんでも良いし、私たちに電話して来て良い。ちゃんときーちゃんの想いに空氣をあげてね」
美樹ちゃんもねーさんも何かあったら言っておいでって言ってくれた。
真ちゃんは一緒に暮らせなくてもそれで終わる縁じゃないって言ってた。
縁ってどういうものか分からなかったけど、こうやって想ってくれる人と繋がってることが縁なのかな。
想いは距離は関係ないのかな。
引越ししてしまっても、私はねーさんのことも美樹ちゃんもマハルくんも大事で大好きだもんね。




叫んだり、歌いすぎて喉痛い…(´・ω・`)
「ちょっとは落ち着いた?www」
だから何で真ちゃんはいちいち笑うの。
「そんなに嫌なん?明後日からはうるさいキリコ居らんから自由やで」
「嫌!ホンマ嫌!そんなん嫌!絶対嫌!」
ひとしきり嫌だ嫌だと言ってると、どうしようもなく自分がわがままを言ってるじゃないかと今度は自己嫌悪がやってくる。
「嫌やと叫んだり落ち込んだり、忙しいなぁw」
だから何で笑うの。
休憩ポイントで時々マハルくんをこっちの車に強奪したりして到着した頃にはもう夜だった。


「やっちまったなー」と台所へ行くドアの前でねーさんが言った。
「キリコが昼まで寝てるからやで」と美樹ちゃん。
何事?
「冷蔵庫とオーブンレンジ、買いに行かなきゃって言ってたんだけどね…」と超氣まずそうなねーさん。
「もう電氣屋あいてへんで」と美樹ちゃん。
「仕方ない!明日!明日行こう!」
ねーさんの切り替えの速さの秘訣教えて欲しい。
「で、飯どうするよ」
用意してたご飯はよりによってレンジでチンするタイプのパスタたち。
「ピザ宅とか?」(ねーさん)
「ここは大阪ちゃうでー。そんなもんあるかい」(美樹ちゃん)
「途中スーパーあったやろ。見てくるかー。キリエ行くでー」
ねーさんと留守番しようと思ったのに真ちゃんに連行されそうになっていたら、おじさん達がお弁当を持って来てくれた。
「私、素晴らしい兄夫婦を持って感動してるー」とねーさん。
お弁当の他にもペットボトルのお茶や明日の朝食にとパンもたくさん持ってきてくれた。


おじさん達は「疲れてるやろうから今日はほどほどにするんやでー」と言ってすぐ帰ってしまった。
「それ何?」とねーさん。
おばさんが前にお邪魔した時に約束して持ってきてくれたドールハウスのキットを指差した。
「もうね使わないドールハウスのキットをね、今度あげるねって言ってくれたの持ってきてくれてん」
ドールハウスの家具を作りながら、サラッとしてた会話をちゃんと覚えてくれてて本当嬉しい。
ドールハウスのキットだけでなくて、作ってみたいと言っていた小さなぬいぐるみを作る材料も入ってた。
「手芸好きだからねー、義姉ちゃん。仲間が出来て嬉しいんだろうね」とねーさんも嬉しそうだから嬉しい。
「こっちはね、うさぎのお雛さまのキットだって」
「はぁーー。よう作らないわwww」
帰る時、おばさんが「またこっちに遊びに来たらうちにも来てね。一緒に作ろうね」と言ってくれたのがとっても嬉しい。
うさぎのお雛さまは帰ったら作ろう。




「打ち上げって、まだ完了してないってのー」
無事こっちに到着した。冷蔵庫ないから飲み切らねばってことでいつもより豪快に飲んでる美樹ちゃんと真ちゃん。を見て呆れるねーさん。
今日荷物を運んだから、明日荷物のセッティングと電化製品と新しくする家具を買いに行く。
そして、明後日には私たちは帰らなきゃいけなくて。
みんなで住んでる家からねーさん達が居なくなると広すぎて持て余すと真ちゃんは先月から引っ越しを考え出してるみたいで、昨夜美樹ちゃんと引っ越し先を決める話をしてた。
忘れてたことにして考えないようにしていたこと。
そうしたら、みんなバラバラになる。
私は、どうしたらいいんだろう。
兄ちゃんに、兄ちゃんが居ない間1人でも住んでも良いか聞こうと思ってるけど、もしダメだと言われたら怖くてまだ聞けてない。
今月中に一度帰ってくるらしいから、その時が聞ける最後のチャンス。
1人でも住んでいいと言ってもらったとしても、今全て面倒みてもらったけど1人になると自分でやらなきゃいけない。
高校に行きながらバイトして生活が出来るのか。それにまだバイトも決められてない。
兄ちゃんに「ダメだ」と言われたら。
私も新しく部屋を探さなきゃ。
高校生でも借りられるのかな。
ちゃんと考えておかなきゃいけなかったけど、考えだすとすぐに途方に暮れてしまって結局何も決められてない。


「どしたん?」
思わず部屋を出ようとするねーさんを引き止めてしまったけど、ねーさんにどうしたら良いか聞いてもねーさん困るよね。
何で勝手に体が動くんだろう。
これじゃあ、構って欲しいだけじゃないか。


「あのね、帰ってからどうするか聞いてる?」
もしかしたら、真ちゃんの引っ越しのこと、もう引っ越す所や時期を聞いてるかもしれない。
もし、もう少し時間に余裕があるならすぐにバイトを探して毎日働けばきっと何とかなる。
もし、すぐなら…今から帰るまでにすぐ決めなきゃいけない。
下手したら、1か月しか行けなかったけど学校を辞める決心もしなきゃいけないかも。
やっぱり混乱してきた。
何から考えたらいいんだろう。
「誰が?」
「真ちゃん」
よく考えたら、真ちゃんの引っ越しのこと私は何も知らないなぁ。
私に話さなきゃいけないってことはないんだけど。
昨日、真ちゃんは美樹ちゃんと物件の一覧を見てたから美樹ちゃんから聞いてるかもしれない。
「どこにしたのかとか、いつ引っ越ししちゃうのかとか…ねーさん聞いてないかなって」
ねーさんの表情が硬くなる。
何か変なこと聞いちゃったのかな。
「逆にきーちゃん聞いてないの?」
頷く。
「何で?そこ大事でしょ。きーちゃんも暮らすんだから一緒に考えなきゃ」


ねーさんの言葉で一時停止。


どー言うこと?
真ちゃんが引っ越しするのに。
私も?何で?


ねーさんも一時停止。
天使が飛んだ。


「きーちゃんも一緒に行かなかったら、きーちゃんはどうするつもりだったの」
だから、それをずっと考えてたんだけどな。
でも全然どうしたらいいか分からなくて混乱中。


「ちょっと一回話整理しよっか」
ねーさんに言われて、お布団から出て坐り直す。
ねーさんと一緒に考えてもらったら何かいい考え浮かぶかな。


一個づつねーさんの質問に答えるけど、何だか胃が痛くなってきた。
こうやって、私はいっつも嫌な事から逃げて、投げ出そうとして周りに迷惑かけて。
ハタチくらいで孤独死すると思ってたけど、5年くらい早まりそう。
無縁仏というテイで、処理されてしまう方が良いかもしれない。
特殊清掃と遺骨処理の業者さんには迷惑かけるけど。
せめて、事故物件にしないようテント暮らししようかな。スナフキンみたいだし。
うまくいけば業者さんにも迷惑かけることなく、自然の食物連鎖に滑り込んで最期の最期くらい役に立つかもしれない。
学校は、真ちゃんが今の家に居る間だけ行かせてもらおう。
そうしよう。


「これはね、ちゃんと確認しなきゃ。今聞こう」とねーさんが立ち上がる。
何を?
もう、いい考えが浮かんだから大丈夫。
でも、体の真ん中がぎゅっとするのは何でだろう。


ねーさんは私が半年近く悩んでいたことをものの10分で解決してしまった。
私の数ヶ月は一体何だったのか。
と思うと余りに自分が馬鹿すぎて脱力。
けど、一番の氣がかりが無くなるとホッとして眠たくなってきた。
私も一緒に行って良かったんだ。
ねーさんにも真ちゃんにも美樹ちゃんにも「今までの流れからどういう思考回路してたら1人で暮らさないといけないと思うのか教えてほしい」と次々に言われちゃったけど。


ねーさん達に「おやすみなさい」を言って先に部屋を出てお布団に入ったものの、慣れない場所なせいか眠たいのに寝付けない。
今日からここがねーさんのおうち。
これから「おかえり」って言えなくなる。
ねーさんが「おかえりー」と言ってくれることもなくなってしまう。
やっぱり寂しい。
どうしても寝付けなくて何度も寝返りを打っていたら足音がしたから、急いで廊下と反対側を向いた。


「あと13年残ってんやで。忘れとったんちゃうやろな」と真ちゃんが部屋に入ってきた。
13年…。何だっけ?
「言うたやん、14年かけて悔い改めさせるって」
悔い改めさせるって、私めっちゃ異端尋問受けてる邪教徒みたいじゃないか。
「正確にはまだ1年経ってへんからフルで14年残っとるで」
あれは本当の話だったのか。
あの場だけの話だと思ってた。
きっとそれを言うとまた笑うから、布団に潜って寝た事にしよう。
「寝たフリしてんのバレてるでー」
まだ寝てないけど、眠いのは眠いから寝たフリ続行。
自分のせいなのはよく分かってるけど、なんだか疲れた。
黙っていたら真ちゃんは布団に入ってきた。
せっかく二組用意してくれてるんだから、もう一組の方に入ればいいのに。
最近、一段と距離近いよ。


「新しい部屋探してるから見る?って言うたやん」
言ってたけど。
それは真ちゃんの新しい部屋だと思ったし、そうなったら残る私が見たら、これからどうしなきゃいけないか早く考えろと言われてるみたいで見たくなかった。
「キリエは引っ越したくないん?」
引っ越しなぁ…。
引っ越したいとか、そうでないとかではなくて、出来るなら全部今まで通りで居たかった。
「今の家やと学校遠いでな。乗り換えせんと行ける所のがええやろうと思うねんけど」
だから、前にねーさんが住んでた所の近く見てたんだ。
私が学校に通いやすいように考えてくれてたのに勝手に拗ねて絶望して。
「ごめんなさい」
「ホンマやで。どうしようって思った時言わな。説明足らんのがあかんって美樹らに怒られたやんかwww」
怒られたんだ。ホンマごめん。
「で、絞り込んだ物件見ますか?持ってきてますけど」
「見ていい?」
「『きーちゃんも住むのに何でノータッチなんだー!』ってキリコに言われたんやろー。そこだけ怒ったって言うてたwww」
「見たい!」
鞄から出してきてくれた。


人間って、と言うよりも私はとても勝手で都合の良いもので、自分も連れて行ってもらえると思ったら、同じ物件情報でも急に楽しみになる。

「ここだと駅から一番近いから良さそう。端っこの部屋だし」
「ただ、一番狭いし古いねん」
「でも駐車場もついてるで」
「ならこっちでも良くない?」
私のイチオシは2DKのハイツ。
真ちゃんは3LDKの分譲貸し推し。
どっちがいいのか。けど、3LDKの方は豪華過ぎる氣がするんだよなー。駅から倍遠いし。


「帰ったら、実際部屋見てから決定になるから夏休みまでは今の家かなー」と真ちゃん。
夏の引っ越しって大変そうだけど、楽しみになって来た。