Story 51.アンバランスさのワケ。

電話の後、すぐにこっちに向かってくれたみたいで明け方に2人が到着した。とても休む氣になれず、起きていたから到着したのにすぐ氣付いて外に出た。
きーちゃんは私の姿を見つけて駆け寄って「大丈夫?」とハグしてくれる。「お手伝い、何でも言ってね」と言うきーちゃんの声は優しくて泣けてくる。
2人揃って義父にお線香をあげる姿を、また2人の空氣が変わったなーとぼんやりと見ていた。2人が来てくれたことで、私は安心したのかすごく冷静に観察してしまう。1ヶ月会わないうちにきーちゃんは随分と雰囲氣が変わったように思う。加奈子が言っていた通り、一応外向きなのか真ちゃんの束縛しぃな姿は抑え氣味ではあるものの、以前よりきーちゃんが氣になって仕方ない様子がしっかり見えているし、分かりやすくきーちゃんから離れない。けど、きーちゃん自身前よりも穏やかな表情をしていたし、何より嬉しそうだった。
起きたら大好きなきーちゃんの姿を見つけたマハルは、今の状況はもちろん理解出来るわけもなくきーちゃんにご機嫌で甘えていて、私は葬儀の手配を手伝うことが出来た。とは言っても、ほとんど旦那の相談には真ちゃんが乗ってくれていて私は来客の対応をするくらいだった。
お通夜の直前に義姉夫婦と甥が到着した。あれ?姪は?「大事な約束があるらしくてねー」なので、お通夜が終わったら義姉夫婦がまた迎えに行くみたい。そちらの姫さま通常営業ね。
制服に着替えたきーちゃんが顔を出して義姉夫婦に挨拶をする。前回よりも一段ときちんと挨拶をしている姿に義姉夫婦は驚きつつ「同じ歳なのにね」と呟いているのを聞いてしまった。
お通夜の最中、きーちゃんは別室でマハルをみてくれていて真ちゃんは思った通りやんちゃ過ぎる親族の子供たちを連れ出してくれた。やっぱりその親は子供を放置。マハルを任せている自分を棚に上げて何かイラっとする。それでも、2人が子守をしてくれるから私たちは滞りなくお通夜を行うことができた。
「自分を心配して大阪から帰って来てくれるって、本当に嬉しそうにしてたよ」と親族から聞くと、少しだけでも喜んでくれたのならこの選択は間違ってなかったと安心する。そして、口数がけして多くはない義父が色んな所でそう言ってくれていたことが嬉しかった。
お通夜が終わってすぐに姪を迎えに行った義姉夫婦は朝になって戻ってきた。そして、渋々といった感じで連れられてきた姪を見て目眩がする。これが高校デビューというやつか!慣れていない感じがしている化粧はまだ微笑ましいけど、ミニスカートとヘソを出すのはやめなさい。あなたのおじいちゃんの葬儀よ?
思わず旦那を見ると、同じく目眩がしているようだった。弔問客が来るまでに着替えさせないと。としなくていい心配が増えた。ああ、胃が痛い。真ちゃんがお氣に入りで、真ちゃんの姿を見つけて喜んでいる。きーちゃんを目の敵にしているのは変わらないようで。高校デビューして積極的になったのか、もう一段と真ちゃんにまとわりつくし、きーちゃんを見て「ダッサ。あんなん良く着るよねー」と義姉に言ってるのを聞いてしまった。多分、そのダッサ!と言い捨てた服、あなたの大好きな真ちゃんが選んで買ったやつ。と言わなかったのは私も成長したからかしら。
白い大きめな襟と袖の細身のブラウスに黒のスカートと黒いハイソックス。当時のわかりやすいV系好きな女の子の洋服、どこがダサいのかしらね。多分、送られてきた写真に写っていたようなお人形さんのような格好ではないのは葬儀だからだろう。
弔問客が集まりだしたので「早く着替えてきなさい!」と言って真ちゃんを解放する。きーちゃん、機嫌悪くなってないと良いけど…ときーちゃんを見るとマハルを背負ってお茶を用意してくれていて、手伝いに来てくれたご近所の奥さんたちと和やかに話している。
「きぃちゃん、ホント良い子だね。うちの孫もこれくらい素直だったらいいのに」とお隣の奥さんに褒めてもらってちょっと誇らしい。歳上キラー、健在。
普通ならわざわざ(便宜上)友達兄妹が関西から手伝いに来るなんて無く、田舎だと言うこともあって心配したけれど、義父がきーちゃんを「大阪のマハルのお姉ちゃんで孫が増えた」と寄り合いで話していたおかげで普通に受け入れられていた。
マハルもきーちゃんの背中で氣持ち良さそうに寝ていた。「お茶の用意までいいよ。ゆっくりしてて」と言うけど「マハルくんいい子で寝てるから大丈夫よー」とお茶を用意したり、座布団を出してくれたりと正直、血縁の孫である姪よりも働いてる。
そして、姪よ、着替えたのはいい、びっくりするくらい短いスカートもこの際見逃すけど、デカイピアスと厚化粧はやめなさい。
あー、ホントに目眩と胃痛がする。一連の展開のだいたいの想像はついてた。その上できーちゃんに会いたいと呼びつけたけれども。
火葬後、初七日法要の時に親族のやんちゃ坊主の世話の為に真ちゃんをまた火葬場まで連れて行こうと親族が言い出した。「法要で騒いでもダメだしー」騒がさなきゃいいでしょ。こっちも胃がキリキリする。
旦那に相談したいけど、それどころじゃなさそうだし私が水際で食い止めねば。と粘るけど相手も折れない。そりゃ、やんちゃから解放されるもんね。
「キリエもマハルと連れてったらマズイか?美樹とさっき言っててんけど」姪を始め、何人か子供を付着させながら真ちゃんがいう。ホント子供に好かれるわね。旦那とそんな話してくれてたのね。それなら助かるけどきーちゃん大丈夫かな?「マハルもきちんとお別れできるし、キリコがええならそうしたいって言うてたで」もう、その優しさに泣けてくるわ。真ちゃんもきーちゃんを1人で残しておくよりも安心だと言うので来てもらうように伝えた。
葬儀中、マハルも大人しくしていたから参列してもらって、少しぐずり出すと良いタイミングで別室に移動してくれた。火葬場までの移動も、旦那は寝台車だし私もバスに乗るのでマハルを連れて来てくれると言ってくれた。
いざ出発なのに、姪が真ちゃんの車に乗るとゴネ出すのをバスの中から見てしまってまた胃が痛む。結局ゴネ続ける訳にいかないので、姫さまのご要望にお応えするカタチになった模様。ああ、目眩がする。出棺を足止めなんて初めて聞いたわ。
信号待ちで真ちゃんの車がちょうど隣になって、のぞくとしっかり助手席に座ってベタベタしているのを見て私がモヤモヤする。後ろの席のきーちゃんが私に氣付いてくれて手を振ってくれたのに癒された。マハルはベビーシートで大人しくしていて、きーちゃんに言われて一緒に手を振ってくれてる。この2人なんて可愛いの。と和みながらも、あとできーちゃん拗ねるやつやー。と思うとやっぱり胃が痛い。
火葬ホールに入ってマハルを受け取る。しばらく大人しくしていたマハルもいつもとは違う空氣に驚いたのか、ぐずり出すけどすぐにきーちゃんが来てくれて外に連れ出してくれた。
食事に移動する時も、また姪は真ちゃんの車に当たり前のように乗って、目眩がしっぱなしだわ。けどね、食事の席思いっきり離してやったわ。(旦那が)少しは解放されておいて。「ねーさん、先にいただいて。マハルくん見てるよ」きーちゃんに抱っこしてもらったり、邪魔にならない場所で思う存分遊んだり親族に可愛い可愛いと言われマハルはご満悦な様子。
「キリコ、ゆっくりしとって」と真ちゃんも時々席を立ってきーちゃんと交代してくれる。こうやって氣を遣ってもらえるのはありがたいと、離れて生活するようになって痛感する。お腹が空いてきたマハルも席に戻ってご飯。きーちゃんもようやくゆっくり食事。真ちゃんと話している様子を見るとまだ拗ねてないし機嫌も悪くなってない。帰ってからかなー。大阪に戻ってからだったら申し訳なさすぎるよなー。と思うとまた胃が痛い。
今までは、文字通り真ちゃんがきーちゃんの面倒を見る。というか、世話をやいたり氣にかけているようだったけど、2人で生活を始めたせいか今見てる限り対等になっているみたい。対等になった上で、真ちゃんが溺愛してるって感じだな。これはきーちゃんの精神状態が安定して成長したからなのかな。今日の夜、またゆっくり聞いてみよ。
全て滞りなく執り行って、帰宅。はい、出たーー。予想はしてたー。想定の範囲内。姪のわがまま炸裂。また真ちゃんにどこかに連れてけ攻撃。もうやめてー。これ以上胃が痛むの勘弁。早よ帰れー。
「マハルくんねんねしたよー」ときーちゃんが戻って来た時、着替えて無駄に腹を見せ露出の多い格好になった姪が真ちゃんにくっついて「連れてってよー」なんて言ってる所だったものだから、きーちゃんフリーズ。きーちゃんの無表情が怖い。
遅れて帰宅した義姉たちが、姪から「ちょっと出かけてくるねー」と聞くと珍しく「帰るよ!」と強く言っている。
テストで連続して点数が取れなかった&遅刻欠席が続いて呼び出しを食らって補習が決定してると義姉が言う。「行きたいって言って入った学校なんだからちゃんと行きなさいよ」「1日くらい良いって。忌引きだって」姪、通常営業。「いい加減にしてちょうだい。同じ歳なのに…」
義姉の言いたいことは分かる。出棺を遅らせた時に、ベテラン嫁さん方ヒソヒソしてたよね。バスの中で聞いたわ。手伝うどころか、短すぎるスカートの制服にアクセ。小学生と同じように葬儀を抜ける。自分の家の車に乗らないと出棺を足止め。遅れて帰宅したのはベテラン嫁さん方に呼び止められてたからだし、お小言ちょうだいしたんだろうなー。と想像出来る。そして、帰宅したら通常営業だし、きーちゃんはマハルが寝て暇だからと宿題中だもんね。比べたくもなるか。珍しく義兄もきつめに注意して大騒ぎしながら義姉一家は帰って行った。
疲れた。旦那の提案で外へご飯を食べに行くことにしたんだけど、こちらも想定内。きーちゃんご機嫌ななめ。私たちとは辛うじて話すものの、真ちゃんをオール無視。「いつもひっついて写真撮りやがって。たまにはええわ」とその様子を見て笑う旦那。これ完全に真ちゃん、貰い事故ですよ。
食事の間もきーちゃんのご機嫌は直ることなく、帰宅しても続行中。さすがに長すぎて心配になってきた。
マハルを寝かせてリビングに戻ると、男子チームは晩酌タイム。部屋の隅っこできーちゃんはアイスを食べてる。「そんな隅っこで食べないで真ん中行こうよー」ときーちゃんの隣に座る。「ここでいい」とアイスを食べる。「疲れたよねー。ありがとう。」と頭を撫でてみるときーちゃんはようやく笑う。
「由佳のこと、ごめんね。せっかくお手伝いしてくれてるのに嫌な思いさせちゃったよね」何で私が謝らなきゃいけないのかは分からないんだけど、バタバタしてるからと氣になっても何にもしなかったのは私。
「ねーさんは何にも悪くなくて。こうやって拗ねてたら、ねーさんや美樹ちゃんが嫌な氣持ちになるのも分かってる。けど、思い出したら何か言おうとすると声が止まるねん。寝ちゃおうかなって思ったけど、みんなとこっちに居たいし。すごく感じ悪いの分かってる。ごめんなさい」相変わらずだなぁ。俯いてしまったきーちゃんを見て何か安心した。
「超ムカついた!って言って良いんだよー」と言うと少し顔を上げるきーちゃん。「何やの、ちょっと女子高生に好かれたからって私を無視しないでよ!私のがかわいいんだから!って言っていいんだよ」と言うと、「私のがかわいいって思ってないー」と笑う。「ちょっと寂しいとは思う」と言うきーちゃん。
地元に戻って娯楽に飢えてる私にそれ言っちゃう?何だ、ニヤニヤしちゃうわ。かわいいなぁ、もう。そうかー、声が出ないのはやっぱりヤキモチか。やだー、楽しくなってきた。
「何で言わないのー。モヤモヤ溜めちゃダメっていつも言ってるやん」「だってー」ニヤニヤが止まらない。「伝わってないとモヤモヤが無いのと一緒だよ。きーちゃんがしんどいだけになるよ」「だって、すごく面倒くさくない?嫌なヤツじゃない?これ以上迷惑かけたくないもん」
そう言って最後の一口を食べるきーちゃん。まだ迷惑かけてるとか思ってるのかー。どうしたらその思いはきーちゃんから消えるんだろうか。
「自分が居ることは迷惑をかけている」この思いが消えたらきっときーちゃんはもっと楽に過ごせると思うけれど、どうすれば良いのか分からない。これは私たちがいくら言ったとしても、きーちゃん自身が心から感じないと消えないだろう。そう思えるきっかけになるのならと思うけど、届く日は来るのかなー。
「真ちゃーん、あのねー」ひとまずこれを片付けよう。
「ちょっと女子高生に好かれたからって、何で私のこと無視すんの?もっと私を見ててよ!超ムカつくー!私のがあの子よりかわいいんだから!それに氣付くまで絶対口聞いてあげへん!この変態メガネー!」ときーちゃんのフリをして言ってみる。「何それ?」と旦那。「ってきーちゃん怒ってるよ。知らないよー」「そんなん言ってないー!全然言ってへんー!」きーちゃんは焦って私を止めようとするけど止めてあげない。もう少しくらい盛ってもまだきーちゃんの本音じゃないと思う。
ああ、分かった。今勝手に言って分かった。『私を見て』だ。きーちゃんの中に『私を見て』があるんだ。外のきーちゃんと私たちと居るきーちゃんと、あんなにアンバランスだったのが分かった。
外では、色んな所まで氣を配ってしっかりしたその姿が求められるから。私たちが知らないうちに幼くてかわいいきーちゃんを求めたから。
自分を見てもらうために、きーちゃん自身無意識の所で「求められてるきーちゃん」になってたんだ。私たちには分からない感覚を持っていて、だから自然と必要以上にそれに応えてたんだ。そのせいで、辛くて悲しい思いをしていたのかもしれないけど、周りに届くことはなかったんだろう。余りにも上手く立ち回れてたから。熱を出したり、倒れてしまったり。それはその感覚のせいだと思ってた。それも原因だったかもしれないけど、原因はそれだけじゃ無かった。
きーちゃん自身の想いと、『自分を見て』を満たすための周りの求める姿とが一致すれば良いけれど、それが一致しなかった時にエラーが発生して身体の不調として現れたんじゃないか。身体の不調だけでない、食事のストライキも拗ねることもきっとエラーなんだろう。
きーちゃんの想いは、成長するごとに変わる。根本には『私を見て』かもしれない。だけど、他にも経験を積んで自分のやりたいことが出来てくるしそれが複雑になっていく。普通なら、それを上手に折り合いを付けたり昇華させて成長していくけど、きーちゃんが持っている感覚が成長を歪なものにしているのかもしれない。
なんだか腑に落ちた。納得がいった。
けど、今更氣付いたところで私はきーちゃんに何をしてあげられるんだろう。明日には帰ってしまう。
一番の理解者で居たいと思っても側に居られないし、きーちゃんが望まないかもしれない。
今分かったとしても、また無意識のうちに私が本当のきーちゃんではないきーちゃんを求めてしまうかもしれない。だからせめて、きーちゃん自身は氣付いてないかもしれない『私を見て』という氣持ち。に応えること位しか出来ないのかな。と思うのは、自分の罪悪感を消したいからなのかもしれない。
考え込んでいる間に真ちゃんがきーちゃんの前に来ていた。「なぁ、怒ってん?」の問いに目を逸らすきーちゃん。「キリエのが可愛いのにって思ってたん?」「そんなん思ってへん!」反射的に答えて、しまったという顔をしている。ここで、素直になってたらいいのにー。
「キリエのがかわいいの当たり前やん。一番かわいいっていつも言うてるやん。なのにキリエはそんなん思ってへんの?なんで?」お、話が変わってきた。というか、酔ってるな。ちょっときーちゃんの顔に近すぎるんじゃないの?人前だっての。イチャイチャすんなし。面白いし、まあ、いいか。
「思えないのは思えへんの!」急に立ち上がって、台所にアイスのガラを捨てにいくきーちゃん。真ちゃんもきーちゃんについて台所へ行ってしまった。
若いって良いよねー。なんてニヤニヤしつつ旦那を見たら、なんとも言えない顔をして台所の方を見てる。うちのとーさんが、怖ーい顔してるからほどほどに戻っておいでよー。と心の中で言っておいた。