Another story 60-2.提案。

「あ、絶対携帯鳴ってる」
「大事な用事やったらまたかかってくるって」
「でもねーさんからかもしれないで?」
真ちゃんが熱で寝てるからって私までベッドでゴロゴロするのはどうかって思うんだけどもお昼間からのんびりするのって久しぶりな氣がする。
後からかけ直せば良いと言う真ちゃんを振り切ってリビングに走る。
少し前から楽になったからってそろそろ起きて仕事の続きをしようって言うから美樹ちゃんにヘルプを出すんだ。


電話はやっぱりねーさんからで今から帰ってくるって。
美樹ちゃんヘルプを出すと急いで帰ってくるって言ってくれて一安心。
それまでくい止めておかなきゃ。
「ねーさん達もうすぐ帰ってくるってー」
「そうなん?たまには家族水入らずでゆっくりしたらええのにな」と真ちゃんは笑うけど、ゆっくりしたら真ちゃん仕事しようとするでしょ。
「また美樹と何か喋るん?」
はい?どうした??
「そらお喋りすると思いますけど?」
「やっぱキリエはここから出たらあかん」
何ですか?また熱上がってるのかな。
「ホンマは学校も仕事も行かんでいい。ワタシ以外と喋らんでいいし会わんでいい」
なんだそれ。
普段のお休みの日はあり得るけど、今ねーさん達も居るからそれは出来ないかと思います。
「言うたやん。誰にも会わんと会わさんと観察してたいって」
うん、人のことかいわれ大根みたいに言ってたね。
ちがうちがう。やっぱり仕事するとか無理だよ。訳わからないこと言い出してるし。
早く美樹ちゃん帰ってきてー。
「言うてるそばから絶対美樹が帰って来ないかなって思っとるやろ」
だからその千里眼よ…。千里眼お持ちなら仕事しないで寝て!ってのも読んでください。
「キリエの光分けて」
これで動くの足止めできるならいくらでもどうぞ。早く元氣になーれ。




仕事をしようとするのを足止めするだけで良かったけど、私まで一緒に寝ちゃった…。
って、真ちゃん居ないし。
もしかして仕事始めた?
頭がぼーっとする。
私が半分どっかに行ってる感じ。
この半分どっかに行ってる感じは嫌いじゃないな。此岸と彼岸、同時に居てる感じ。
雨音がする。
違う、雨じゃない。
懐かしい水の音。


「もう帰ってこないの?」
シードラゴンだ。何度も迎えに来てって言ったけど、まだここに居たいんだ。
「外は厳しいのに?平氣で傷付けてくるのに?」
それでもこの家は穏やかなんだ。
「あのヒトも連れて行けば帰って来るんじゃない?」
あのヒト?
「そう、あのヒトと一緒になら帰る?」
「あのヒトのおかげで何度も何度も待たされた」
「名案じゃないの。あのヒトも連れて行けばようやく帰ってくる。仕方ない連れて行こう」
あのヒトって真ちゃん?
ダメ、真ちゃんは連れて行っちゃダメ。
真ちゃんはこの世界で必要とされてる。
「この世界で散々痛めつけられたのに、自分よりこの世界の人のことを想うの?」
「やっぱり変わり者だね」


『みんなの為と言って何故1人で死にに行かなきゃいけないんだ。一緒に行こう。神は生命を望んでは居ない。そんなもの人が勝手に決めてるだけだ』
何度か浮かんだ青色の布が動く。




「思い出した?」
「その通り。人は神だと崇めていながら勝手に神の想いを作り出す」
「あの時一緒に世界へ出ておけば、私達もこんなに待たずに済んだのかもね」
「あのヒトが来るのは想定外。けど、1人くらいあなたの場に入れるでしょう」
「そもそも2つに分かれたのが想定外だったのかもね」
「分かれたものは戻らないから、仕方ない」
「仕方ない。先に連れて行こう」
「そしてゆっくり迎える支度をしましょう」
誰を?真ちゃんを連れて行っちゃダメだ。


「まだ、私も真ちゃんも行かない」


半分どっかに行ってる感じがするまま、寝室を出る。
真ちゃんは?
まだ連れていかれてない?
私が何度も何度もシードラゴンの迎えを頼んだから、真ちゃんまで連れていかれる。


「あ、きーちゃん。ただいま」
ねーさんだ。ってことは、真ちゃん仕事はしてない?
「おかえりー」
ねーさんの香りがする。甘い優しい香り。
そうだ、真ちゃんは?お仕事始めてないかな。
真ちゃんを探す。
リビングの隣の和室に発見。
絶対、真ちゃんまで連れて行かせない。
私も行かない。


「2人で揃って帰って来たらいいじゃない」
シードラゴンが囁く。
「まだここに居たいの。まだ待って」
やっとこの世界も穏やかになった。
穏やかなこの世界で真ちゃんと居たいんだ。
「ホントに変わり者。まだこっちに居るつもりなの?」
「せっかく2人を迎えようとしているのに」
「帰らなきゃいけないなら、帰る。けどもう少し待って」
とっても勝手なのも分かってる。
けど、まだここに居たいんだ。
真ちゃんだけも、行かせない。
「仕方ない。まだ待たなきゃいけないんだね」
「どう過ごすか見ているからね」
「今度は見られるといいね」
そういうと、周りの空氣が動いてシードラゴン達は消えた。


「どうした?また迎えに来た?」
それまで黙って動かなかった真ちゃんが言った。
「今度は真ちゃんも一緒に連れて行こう。それなら帰る?って」
「それは困るなー。キリエは?」
「まだ帰らない。ここに居る」
「なら、一緒に行くのはもうちょい後やな」と言って笑う。
うん。まだもう少し後がいい。


「だからさー、ホント最近の子って節操ないの?普通父親の前でそんなに2人の世界作らないでしょ。距離近すぎ。真ちゃんそろそろ美樹にぶん殴られても知らないからね」とねーさん。
「普段通りで居て何が悪いねん」と真ちゃんが言い返すけど、2人の世界作ってました?
「自覚ないってのはタチが悪いんだからねー」
「じゃあ、ねーさんと2人の世界作る」
「あらいらっしゃーい♪」
ねーさんにくっつくと、マハルくんも走ってくる。
「おまえら、何しとん」と美樹ちゃんが呆れるけど、とってもとっても幸せで穏やかだ。


夜、寝られずリビングからウッドデッキに出た。
もうすぐ満月になりそうな明るい月とたくさんの星が見えた。
満月に近いからシードラゴンが来たんだろうか。
シードラゴンは私たちを一緒に連れて行ってくれると言った。
真ちゃんと一緒に私が居ても良い来世へ行く。
私の願いが叶って嬉しいはずなのに、あんなにすぐにまだ行かないと返事をしたんだろう。
兄ちゃんの誘いもシードラゴンの誘いもすぐに断ってしまうくらいここが心地いい。
「キリエ!!」
しばらくボーッと空を見ていたら勢いよく窓が開いて真ちゃんが飛び出してきた。
「良かったー。目ぇ覚めたらおらんからびっくりしたやんか」と言ってハグしてくれた。
「シードラゴンが迎えに来たんかと思った」
ごめんね、いつも同じことばっか言ってたからだよね。
「まだ行かない。真ちゃんが来世に行くタイミングを教えてくれるまでここに居る」
こう返すと真ちゃんは少し笑った。


「超お邪魔なのは分かってるんだけどさー、風邪ひくよー」
後ろからねーさんの声がした。
「分かってるなら邪魔せんとってー」と真ちゃんが笑うと「真ちゃんは風邪ひいてもいいけど、かわいいきーちゃんが風邪ひいたら大変やんか。イチャつくなら家の中でして頂戴」とまたねーさんの声。
「キリコ、どんなアンテナ持っとるんかな、良いところで絶対邪魔してくるやんwww」
「真ちゃん、分かってるならうちのかわいいお姫さまに手を出さないでもらいたいんだけどー。ほら、きーちゃん手がめっちゃ冷たくなってんじゃん」
ねーさんの手があったかくて氣持ちいい。
「ホラ中に入るよー」
ねーさんのストールに包まってリビングに入ると台所でお湯が沸いてる。
「きーちゃんはココア?ハーブティーにする?」
「ねーさんのプリンセスブレンドお願いしまーす♪」
「りょうかーい」
ねーさんがお茶を入れてくれてる間におやつボックスからお菓子を出す。
「今日は特別やからなー」と真ちゃんがパントリーの一番上から真ちゃんのおやつボックスを出す。
ねーさんが来たら勝手に食べられるからと言って真ちゃんは自分のおやつボックスを私たちの手の届かない所に上げてしまっていた。
2人で暮らしだしてからおやつは大抵一緒に食べるから個人のおやつボックスは必要ないけど、みんなで住んでいた時からの習慣でまだおやつボックスを作っている。
「真ちゃん、これ行っちゃおうよ」
ねーさんが真ちゃんのボックスをのぞいてお菓子をピックアップ。
「目敏いよなwww」
「せっかくのティータイムなんだからこれくらい出さなきゃ。器のちっちぇー男は嫌われるよー」
夜のお茶会の準備をしていると美樹ちゃんも降りてきた。
「2人とも飲み過ぎないでよ」
お茶会ならぬ飲み会を始める美樹ちゃんと真ちゃんに釘を刺すねーさん。
なんだか、懐かしくて嬉しい。
ずっと前からこうやってみんなで居たのに何で私は氣が付けなかったんだろう。
こんなに優しい、私が居ていい場所にずっと居たのに。