Another story 61.ちっちゃい私。



「あ、来た!破水したかも!!」
お風呂から上がって、マハルくんと粘土で遊んでいる時、ねーさんが言った。
一瞬みんな一時停止したと思うと「え?荷物!荷物これやっけ??」と真ちゃんは和室でスタンバイしてるカバンを玄関に持っていく。
真ちゃん、先に病院に連絡してからでいいよ。
「マジ?電話?そのまま行くか?」と美樹ちゃんは携帯を持ちながら何故か台所に行ってうろうろしてる。
美樹ちゃんが挙動不審なの珍しいけど落ち着いて。
マハルくんも美樹ちゃんの後ろをついてまわっていて可愛いけど今はきーちゃんの所においで。
「えー陣痛くるまで家に居るー。陣痛からがいいーまだ行かないー」
ねーさん、破水したら病院って言われてたでしょ。
みんな落ち着くんだー!
カウンターにあるガラスケースから魔法の飴を取り出してねーさんと美樹ちゃんに「おひとつどうぞ」
今回補充したのはお星様の飴だから効果は絶大だよ。
マハルくんも美樹ちゃんの隣であーんしてお口を開けてるけどマハルくんにはビスケットだな。
「マハルくん、今日はきーちゃんと真ちゃんとねんねしようねー」と手を広げると「はーい」と手をあげながらダッシュで来てくれて可愛い。
「いってらっしゃーい♪美樹ちゃん、先に餃子食べたらあかんよー」
マハルくんが産まれる時、ねーさんは餃子病になった?ってくらい「餃子食べたい!」って言ってたけど今回は言わなかったな。


パパママ2人とも居なくてマハルくんは怖がって寝ないんじゃないかな?と少し心配したけど、ベッドに連れてくとすぐに寝て安心。
「一番キリエが落ち着いてたな」って真ちゃんが褒めてくれて嬉しい。
でもね、それはマハルくんが産まれる時一緒に居てたからだよ。
「今回はもうちゃんとベッドも用意したから準備バッチリだよねー」
5人で赤ちゃんのベッドや洋服を買いに行った。
前は、自分が産まれた時みんなは嬉しかったのかな?と思うと悲しくなったけど、今回は赤ちゃんがもうすぐ産まれる楽しみだけだった。
早くおうちに帰って来ないかなー。
マハルくんと赤ちゃん。
幸せのカタチが倍増なんて幸せ過ぎる。




明け方、美樹ちゃんからマハルくんの弟が産まれたと連絡があって会いに行くと、マハルくんが赤ちゃん怖がってご機嫌ナナメ。
あまりにも泣くからかわいそうになって来たため早めに撤退。
「かーちゃんをぶんどった小さい未確認生物やで怖いんちゃうの?」
真ちゃんの言いたいこともよく分かるけど、その言い方!
けど、「かーちゃんを取られた」って感じてるのかな。寂しいのかな。
「いーちゃん」と言ってくっ付いてくるマハルくんを見る。
「だいじょーぶよ。みんなマハルくん大好きよー」と言ってぎゅーっとすると、マハルくんもぎゅーっとし返してくれる。


ああ、分かった。
私もそうだったんだ。
いもーとが産まれた時、私も誰かにぎゅーっとして欲しかっただけなんだ。


「そうなんや。ちっこいキリエも一緒に寂しいの無くなるとええな」
美樹ちゃんがマハルくんを連れて2階の部屋にいったけど、泣いてなかなか寝られなかったようで、試しに私が抱っこしたら寝てくれたからそのまま寝室に連れてきた。
今日思ったことを真ちゃんに話すと、こう言ってくれた。
「けど、ちっこいクセに一番場所取ってませんか?www」
ナナメの大の字になってるマハルくん。
たしかにベッドの贅沢使いだ。




翌日、真ちゃんが夕方から泊まりのお仕事だから午前中に連れて来てもらったけどやっぱりマハルくんは赤ちゃんを怖がる。
ので、サクッと帰る。
仕方ないけど、ねーさんとお喋りしたいなー。
けど、泣いて私の所に来るマハルくんを見たら私のワガママよりもマハルくんを抱っこしてたい。
今のマハルくんは小さい頃の私だ。
「あら、もう帰るの?」
一階に降りると看護師さんと会う。
この看護師さんはマハルくんが産まれた時から居てくれて私の事も覚えてくれて話しやすい。
そうだ。
「聞きたいことがあるんですが、お時間いただける時ってありますか?」
私は寂しかったかもしれないと思ったけど、マハルくんは違うかもしれない。
けど、もし寂しいって感じてたらどうしてあげたら良いか知りたかった。


ねーさんが帰るまではなるべく一緒に居てあげること、ねーさんが帰ってきたらねーさんの様子を見ながらマハルくんと2人の時間も作れるように。
ねーさんの代わりにはなれないけど、マハルくんの寂しいのが少しは紛れたらいいな。




「ホンマ大丈夫か?藤森さんに代わってもらうで」
夕方、真ちゃんはお仕事に出るけど、マハルくんが昼過ぎからお熱が出始めて美樹ちゃんが帰ってくるまで一人で見とかなきゃいけないことを心配してくれる。
「大丈夫!もうちょっとしたら美樹ちゃん帰ってくるし、熱上がってくるようなら電話してって先生も言ってくれたから」


結局、真ちゃんは家に居られるギリギリの時間まで付いていてくれた。
これ、私がもっとしっかりしてたらこんなに手間かけさせなくて良かったんだよね。
どうしたら良いのかな。
和室でマハルくんと一緒に横になる。
寝づらいのか時々何かを言うけどトントンとするとまた寝ていく。
こんなに小さいけど、多分分かってるのかな。
けど、ねーさんはちゃんとマハルくんの事も考えてるよ。ねーさんだけじゃなくて美樹ちゃんも。
だからね、心配しなくてもいいよ。
寝返りして私にぴったりくっついて寝るマハルくん、ホントかわいい。




おかーさん。
ごめんなさい。
一緒にお散歩に行きたかっただけなの。
一緒にご飯食べたいの。
おかーさん、何でこっち見てくれないの?
おかーさん、そこは私のベッドだよ。
おかーさん、本読んで。
おかーさん、お歌歌おうよ。
おかーさん、おかーさん。
泣いてごめんなさい。




飛び起きた。
妹が産まれた時の夢だ。
私が飛び起きると同時にマハルくんが泣き出す。
「あーちゃん、あーちゃん」って何度も泣きながら呼んでる。
さっき見た夢とリンクする。
「マハルくん、かーちゃんじゃなくてごめんね。きーちゃんが居るよー」と抱っこするけど泣き止まない。
だって悲しいもん、寂しいもんね。
泣いてもいいよ。本当はおかーさんがいいもんね。いっぱい泣きたいもんね。
マハルくんを抱っこしていたら私まで泣いてたらダメだって思うのに涙が止まらない。


おかーさん、こっち見て。


あかん、タイムスリップしてしまう。
美樹ちゃんが帰ってくるまでになんとかしなきゃ。
マハルくんだけでなくて私まで泣いてたらびっくりする。


「どないしてん。大丈夫か?」
美樹ちゃんが帰って来るまでに泣き止むの失敗。
「マハルくんがお昼からお熱で先生はまた上がってきたら病院連れてってって」
「きーちゃんは?しんどいんか?」
「これは違うくて…夢見て…私もマハルくんと同じやって、タイムスリップが…」
上手く説明出来ない。
やっぱりお願いして真ちゃんにいて貰えば良かった。
美樹ちゃんは泣いてるマハルくんを抱っこすると「ホラ、とーちゃん帰って来たで」と声をかけた。
良かったね、おとーさん来てくれたよ。


おとーさん…。


ずっとずっとおとーさんには私が見えない。
いつからだろ。
おとーさんに私が見えるのは、怒ってる時と叩いて蹴る時。
でも、その時はおとーさんの中に私はそこにちゃんと居てる。
私はまだ家族の中に居てる。




「きーちゃんも頑張ったな。ありがとう。大丈夫やでー、とーちゃん帰って来たで」
とーちゃん…?
ゆっくり背中を撫でてくれる。
「帰って来たからもう泣かんでええで大丈夫や」
おとーさん、おとーさん、おとーさん。
「大丈夫、頑張ったなー、ありがとな」


おとーさん、今日はぎゅーってして話かけてくれるんだ。
おとーさん、嬉しい。
こうやって、ぎゅーってして欲しかった。
こうやって、話しかけて欲しかったんだ。
おとーさん、ありがと。




美樹ちゃんは落ち着くまでマハルくんを抱っこしながら私もハグしてくれた。
何度も「きーちゃん」と呼んでくれて「大丈夫」と言ってくれた。
「美樹ちゃん、私までごめんね…」
落ち着くと取り乱してしまったのがとてつもなく恥ずかしくなった。
「謝ることしてへんやんか。ちゃんとマハル見ててくれてんから謝らんでええでねん。今日はヤキモチ妬き居らんでとーちゃんとーちゃん言うてええで」と言って笑ってくれた。
「ねーさん、ヤキモチ妬きなん?」
「なんでや、キリコは一緒になってかーちゃんや言うて張り合ってくるやんか。もっとタチ悪いヤキモチ妬き居るやん」と笑う。
ねーさんで無くて…
「真ちゃん?」
真ちゃんってヤキモチ妬きなん?
「知らんかったんかいな。きーちゃんと喋ってるやろ、すんごい顔して睨んでくるで。あれはきーちゃん苦労するで」とまた笑う。
そんなすごい顔してたかな。


夜中になって、マハルくんの熱が上がってきてしまったから病院へ走る。
「いーちゃんがいいー!」と言って美樹ちゃんが抱っこしてもこっちに来ようとするマハルくん。
「きーちゃん、ごめんやで」
「大丈夫!」
お家に帰ってもマハルくんが離れないからリビング横の和室にお布団を敷いて3人で寝ることにした。
マハルくん、心がざわざわしてるのかな。
大丈夫よ。






おかーさん、おとーさん
そこは私のベッドよ。
なんで赤ちゃんが寝てるの?
私もそこでお昼寝したいのに。


おかーさんと一緒に寝たいよ。
おかーさん、お腹空いた。


おかーさん、こっち見て。




飛び起きた。
また夢だ。
何で妹が産まれた時の夢を見るんだろう。


マハルくんとお留守番するようになって5日目。
妹が産まれた時の夢を見始めてから、うとうとすると同じ夢を見て飛び起きる。
最初みたいにタイムスリップして今がどっちに居るか分からなくなることはないけど、起きるととても複雑な氣持ち。
真ちゃんが帰ってきてからもマハルくんがご機嫌ナナメで眠りが浅いのでみんなで和室で寝ているおかげか、夢を見て飛び起きると真ちゃんも美樹ちゃんも「大丈夫」と声をかけてくれるから飛び起きても混乱せずに済んだ。
マハルくんの面倒見とくよ!と大見得張ったくせに2人に面倒かけてしまってる罪悪感に苛まれる。
「謝らんかてええやん。その代わり昼間はちゃんとマハル見ててくれてるねんから」
退院するねーさん達を迎えに行く前に美樹ちゃんに謝るとこう言ってくれた。
「とーちゃんは娘も出来たみたいで嬉しいで」と笑って出かけていった。


「美樹ちゃんって本当かっこいいとーちゃんだねー」とマハルくんに言うとマハルくんもニコニコしてオヤツを渡してくれる。
とーちゃんが優しいからマハルくんも優しいねー。
歌を歌って一緒にダンスして遊んでいると車が止まる音がした。
「帰ってきたね」
マハルくんもバンザイしてニコニコ。
抱っこして廊下に行く。
ねーさんの姿発見。
今回は全然お見舞いに行けなかったから、ねーさんが帰ってきて嬉しい。


ねーさんが帰ってきてマハルくんもやっと安心するね。とホッとしていたのに想定外。
私の後にばっかり付いてきてねーさんが呼んでも行かない。
眠くなると私の所に来て抱っこと言う。


ああ、そうか。
お兄ちゃんだからってマハルくんなり頑張ってるんだね。
でもね、お兄ちゃんでもかーちゃんの所に行っても良いんだよ。
マハルくんがうとうとし始めたのを見計らってねーさんに寝室に来てもらうよう頼んでみる。
寝室でねーさんにマハルくんをパス。
ねーさんもゆっくりしなきゃダメって言ってたから一緒にねんねしてね。




リビングに戻ると美樹ちゃんがケーキを出してくれた。
「キリコが寝てるうちに食ってまうぞ」と急いでショコラを2つ食べる美樹ちゃんがなんかかわいい。
「きーちゃん、こないだマハルと一緒やったって言うてたやんか、覚えとるもんなん?」
最初に夢を見た日のことか。
「それまで全然覚えてなかったんだけどね、マハルくんを抱っこしたらね、『私はマハルくんと同じだったんだ』って分かってん」


妹が産まれた時の私はちょうど今のマハルくんくらい。
里帰りをしなかったおかーさん。
最初の何日かはおばあちゃんが来てくれたけど、おかーさんが良かった。
お散歩に行ったり、お歌を歌ったりしていたのが、小さい妹が来てからまったく出来なくなったし、返事もしてもらえないのがとっても悲しくて。
今ならおかーさんは大変だったからそんな余裕が無かったのかな?って思うけど、その時はそんなことは分からなくて何度もおかーさんを呼んでおかーさんを困らせた。
おとーさん、おかーさんとしつこいほど呼んだり、自分で何かをしようとして失敗すると怒られた。
けど、怒られる時はおとーさんもおかーさんも私を見てくれた。
本当は怒られたり叩かれたりするよりも、ぎゅーってしたり、一緒に歌ったりしたかったけど怒られてる時は私を見てくれるから、いっぱい困らせた。
そうやって調子に乗ってしまったから、いつのまにかおとーさん、その後おかーさんは私のことが嫌いになり過ぎて、家族の中から私は消えちゃった。
呼んでも、何か失敗しても。
怒られることすらしてもらえなくなっちゃった。
私がおとーさんおかーさんを困らせ過ぎたから。
おとーさんがね、「いつも調子に乗るのもいい加減にしろ」って言うの。
マハルくんくらいの時からずっと言われてるのにね、なかなか学習しなかったから。
だから、家族の中から消えちゃった。


ふとおとーさんとおかーさんを思い出した。
私が居ないリビングで兄弟たちと楽しそうにご飯を食べてる。
私も、そこに座りたい。
一緒にご飯、食べたいって思ってた。
なんで、妹が産まれた時、何度も何度もおかーさんって呼んじゃったんだろ。
わがまま言って困らせたかったわけじゃない。
1人でその風景を見るのはとっても寂しかった。


マハルくんはね、全然調子に乗ってないしいつもニコニコして可愛い。
調子乗ってないのは分かるけど、もし、ねーさんや美樹ちゃんに「あのね」って言ってその時2人が大変だとするでしょ。
それでも多分、「あのね」って言うと思うの。
それはね、ねーさんや美樹ちゃんを困らせたいからじゃないねん。
この間まで見てくれたのに何で?って。
聞こえないのかな?って。
だから何回も呼ぶの。
2人の代わりにならないのはわかってるけどね、マハルくんが「一緒にお歌うたおう」とか「あのね」って言うの、少しは私も「なーに?」って返事出来るかなって。
だからね、さっきマハルくんが私の後についてきた時「なーに?」って「おいでー」って抱っこしたん。
小さい頃の私は多分こうして欲しかったから。
そうしたら、小さい私も一緒に返事してもらえたような氣がしたから。
けど、ねーさん、せっかく帰ってきたのに私がマハルくん取っちゃったみたいになってないかな?
マハルくんが来てくれたからって、すごく嫌な子になってないかな。
ねーさんだって、きっとマハルくんに会いたいと思ってたのに。






喋ってるうちに涙が止まらなくなってることに氣が付いた。
「大丈夫やで。きーちゃんがマハルのこともキリコのことも一番に考えてくれてるのキリコはちゃんと分かっとるでな、心配せんでええで。きーちゃん、頑張ったな。マハルと同じ頃言うたらまだまだ赤ん坊やんか。わがままでも困らせる為でもなかってん。頑張ったな」
優しい口調でそう言って頭を撫でてくれたから、涙が止まらない。
「そこ、俺の場所やで美樹はどいてもらいましょうか」
急に真ちゃんの声がして真ん中に入ってきた。
「おかえりー」
「ただいまー。で、何キリエ泣かしてくれとんねん」
「泣かせてへんわ。とーちゃんと娘の時間を他人が邪魔すんなや」
「誰がとーちゃんやねん、お前はマハルとタマキのとーちゃんやろが。キリエはお前の娘とちゃうわ。離れろ変態ジジイ」
「誰がジジイやねん、この変態メガネが。うちの娘に触んな」
何かよく分からない言い合いをしてる2人を見てたらおかしくなってきて涙が止まってきた。


ちっちゃい私。
大丈夫よ。
優しいとーちゃんも、かーちゃんも、魔法使いもみんな私を見てくれるよ。
だから、泣かないで。1人じゃないよ。