Another story 65.根堅洲国。

私に何が起きたんだろう。
どうしてこんなに悲しいのか、こんなに怖いのか思い出そうとするけど真っ暗になって身体中が痛い。
私が少しづつ、少しづつ、溶けて、痛みで引き戻される。
私は何でこんなにも痛くて怖いのにまだ呼吸しているんだろう。
頼んでもないのに心臓は動き続ける。
生命の維持機能なんて、頼んでない。

いつもなら水の中に居るはずなのに、今は水すらない乾いた場所。
シードラゴンが迎えに来てくれたのに行かなかったから帰れず、黄泉の国にも行けない。
けど、多分私は生きてる。
生と死が入り混じってる感じ。
あの日から私は、根堅州国から出られなくなっちゃったのかもしれない。

シードラゴンが言った人は私を傷つける。という言葉は正しかった。
私はただ私が居てもいい所で静かに過ごしたかっただけなのに。
やっぱりここに居てはいけないの?

時々、真ちゃんが呼ぶ声がする。
その時だけは真ちゃんが見える。
真ちゃんって私の光だったんだね。
真ちゃんの所に行きたいのに、すぐに真っ暗になって光は消える。
私は何も話してないのに、私の想う事と違うことを私が話している。

違う。
その声は私じゃない。
話すのは私じゃない。
私じゃない私が声を出すたび、動くたび真ちゃんの光を吸い取っていく。


「キリエ、来世に行こうか」
また光が射して真ちゃんの声がした。
「一緒に行こう」
根堅州国から出られるの?
前に真ちゃんが一緒じゃないと来世に行けないと言っていた。
その言葉は本当で、その時から何度かもう死んじゃうかもしれないと思ったけど此岸に戻ってきた。
真ちゃんが来世に行こうって言ってくれたの初めてだね。
タイミングが来たら言うって言ってたのになかなか言ってくれないから、ちょっと諦めてたよ。
『来世に行く』
長い夢がようやく実現するってこんなに嬉しいのかと自分でも驚いた。
今まで自分の意志で動かなかった体が自分の意志で動いた。勝手に喋り出すこともなく真ちゃんの所に行けた。


真ちゃん、ありがとう。私も、もう行きたかった。


「この服が好き」
一緒にクローゼットに行って服を選ぶ。
せっかく夢に見た場所に行くから一番好きな服を着て行きたい。
「ここがいい。世界で一番この家が好き」と言うと真ちゃんは少し笑った。
来世に行くには相応しい場所でないと来世には行けない。
相応しい場所を考えたら、ここしかなかった。
世界で一番、優しい、私の幸せが詰まった場所。私たちの家。
ここから真ちゃんと2人で来世に行ける。
夢みたい。


「キリエ、ごめんな。全然守れんかった。ここもキリエに優しい所やって言いたかった」
何で真ちゃんが謝るん。
真ちゃんはずっと私を守ってくれる魔法使いやで。
私が弱かった。
頑張って頑張って強くなったつもりだったけどね、全然弱かった。
真ちゃん、ありがとう。
世界で一番の私の宝物。


来世への道が見えたと思った瞬間、カミナリの音と光が道を壊した。
「まだ、やらなきゃいけない事がある」
誰かが言った。


やらなきゃいけないことって何?
どうしてまだ来世に行けないんだろ。


来世への道は絶たれた。
絶望しか無かった。
身体は前よりも少し動くようになったけど声は、まだ思うように出ない。
あの時、呼んでも誰にも聞こえない声ならいらないと自分で捨ててしまったから。
もう、真ちゃんを呼べない。
あんなに大好きだったお喋りも歌を歌うことも出来なくなってしまった。
 
これから、私はどうしたらいい?
生と死が入り混じってる根堅州国で未来永劫過ごさなきゃいけないのかな。



「きーちゃん」
聞き慣れた優しい声がした。
ここに居るはずない、ねーさんの声。
「なかなか会えないから会いに来ちゃった」
光が射して、見慣れた風景が映って目の前にはねーさんが居た。
ねーさんがぎゅーっとしてくれると、ねーさんの香りがする。
「きーちゃん会いたかったよーー」
私も、会いたかった。
私の大好きなおねーちゃん。


ねーさんはいつもキラキラしていて、ねーさんが根堅州国に光を射してくれた。
けど、光が射すのはほんの一瞬。
またそれ以外は暗い根堅州国で過ごす。
どれくらいここに居るんだろう。
光が射すほんの一瞬、その時だけは自分の意志で動けるし話ができる。
何でこうなっちゃったんだろ。
長いことこの世界に居たくないって望み続けたから時間差で願いが叶ってしまったのかな。



暗い痛い寂しい世界。
昔、こんな場所で過ごしたことがある氣がする。
水音が聞こえた。
シードラゴン?
助けて。ここから光のある世界に連れて行って。
「かわいい私たちの子」
「かわいそうな弱い子」
「また泣いているね」
根堅州国から出られないの。
真ちゃんにもねーさんにも会いたいの。
「分かったでしょ。人は簡単にあなたを傷つける」
「もうそろそろ人は優しくないと分かったでしょ」
人がみんなそうじゃない。
真ちゃんもねーさんも、美樹ちゃんも。
優しい。


「そんなにバラバラになっているのに、まだ人は優しいと言うの?誰があなたを壊したの?」
「人は平氣であなたを壊す」
「だからあなたはここから出られない」
私はここから出られないの?
シードラゴンの所にも行けないの?
「まだ私たちと行かない。決めたのはあなたじゃないの」
そうだ。
今更助けて。連れて行ってとお願いするのはムシがよすぎる。
シードラゴンが真ちゃんと一緒に連れて行ってくれると言ったけど、私は断った。


もう、私はシードラゴンの所へは帰れない?


「何を言ってるの」
「あなた方が約束を果たしたらまた迎えにいくよ」
「信じるんでしょ?信じ抜きなさい。強くなりなさい」
私は強くなれる?
もう、頑張れないかもしれない。
「私たちのかわいい子。大丈夫。本当のあなたはとっても強く優しい」
「このままでは余りにも救われない。だからひとつだけわたし達が助けてあげよう。もう一度歩きなさい」
「また逢えるのを楽しみに待っているよ」

そう言うとシードラゴンたちは消えてしまった。


頭がボーッとする。
けど、光の世界に居る。
見慣れた風景。

私は、強い…。
弱くなんかない。
本当に?

光の世界に居る時は、此岸と彼岸を行ったり来たり。
後は、根堅州国から戻れない。
光の世界では思ったよりも時間が経っていたようだ。
せっかくねーさんが居てくれたのに。
もっと一緒に居たかったのに。
どう過ごしたのか覚えていない。
別の私が私の場所を奪う。
真ちゃんが居るのも分かっているのに、真ちゃんの所に行けない。


真ちゃん、私は真ちゃんと居たいんだ。
でもこんなに迷惑かけて、真ちゃんを傷付けてる。
わがまま言ってるのもよくわかってる。
けど、私の大好きな光なんだ。