Story 70.ハレの日。

非日常な夏季休暇が終わるといきなり日常に追われる。きーちゃんからまた定期的な手紙が届くようになった。挙式に向けての準備がなかなか大変らしく、やっぱり大きなお家へ嫁ぐって大変なのねと無理をしていないか少し心配だったりする。
挙式前日、私と旦那はきーちゃんちに前乗り。息子たちは大阪のオーナー夫妻が泊りがけで見てくれるというからもう足を向けて寝られない。マハルはおじいちゃんちへお泊まりだ♪とテンション高く道中を過ごし、オーナー宅へ着くと即爆睡するという。タマキもドライ乳児。即オヤツでつられてあっさりバイバイ。後で心配になって電話すると、機嫌よく遊んで昼寝したらしい。独立心旺盛な息子たちよ。
息子たちを預けた後は私たちは真ちゃんの実家の方へ向かう。到着すると、真ちゃんだけが迎えてくれた。「きーちゃんは?」「あー、今なぁ…」と苦笑い。何?この日になってトラブル?「どうしちゃったの?マリッジブルー?」「違う違う」2学期になって再び登校できるようになってすぐ就職試験を受けたけどダメだったらしく只今スイッチの切り替え中だとか。いつの間に。よくそんなに頑張ったね。直前まで寝込んでたのに。呆れるを通り越した。
「ねーさん、ねーさんちょっとこっち来て♪」とニコニコ顔のきーちゃんに呼ばれて、母屋に行く。切り替え完了したんだね。「おばーちゃん、ねーさんに見てもらっていいー?」とおばあちゃまに声をかけるきーちゃん。おばあちゃま、相変わらずお元氣そうで良かった。「相当氣に入ってくれたみたいでね、暇あったら見てるわ」とおばあちゃまは奥の部屋に連れて行ってくれる。「うわぁ。すっごい」語彙力よ。我ながら間抜けだと思うけど。座敷の襖をあけると、黒色の着物が掛けてあった。「これ、きーちゃん着るやつ?」「そう。綺麗でしょ」綺麗だけど、黒?いや、黒いドレス着た私が言うのも何だけど、黒い白無垢?黒だから黒無垢?裏地は赤で黒が映える。刺繍もとっても綺麗。白無垢を黒く染め直して誂えたとおばあちゃま。ってことはレンタルじゃないよね、これお買い上げ?「黒を選んでくれるなんてね」とおばあちゃまは嬉しそうだけど、庶民には分からん感覚です。だって挙式1日だけよ?その1日の為に誂えたの?この家、前々から思ってたけど、謎感覚。アキちゃんもそうなんだけど、次元の違うお金持ちなんじゃないかしら。「フル装備するとすっごい重いねん。歩いてる最中ちょっと休憩って言ったら笑ってね」と笑うきーちゃん。おばあちゃまによると黒はもうこの家の者ですと言う決意の表れだとか。それを聞くと納得だけども、染め直し?買い取り?わざわざ?
「キリコさん、あのね明日頼まれて欲しいんだけどね」とおばあちゃま。私がお手伝い出来るならなんでも致します。「これをね、着付け終わった後、きいちゃんに渡して欲しいの」と隣に置かれてる箱を見せてくれた。なんか、七五三の時に持った遠い記憶が蘇る。なんだっけこれ。「これが筥迫、懐剣ね」ああ、何かそんな名前だった。明日、着付けを終えたきーちゃんに筥迫と懐剣をセットしてあげて最後に口紅を塗ってあげる。これが私のミッション。
「私が代わりにって思ったんやけど、キリコさんのがピッタリやと思って。お母さん言うたら怒られそうだけど」と笑うおばあちゃま。これは小さい頃からお世話してきた母親が嫁ぐ娘に最後の支度をしてあげると言う意味があるらしい。ヤバい、軽く考えてたけど大役じゃない。ええ、喜んでやりますとも。可愛い妹で娘ですから。嬉しすぎて、今、泣きそう。
「やっぱりここ居るやろー」と真ちゃんと旦那が来た。「届いてから暇あったら見てるで」そんなに?まあ、見惚れるよね。立派だもん。これ、でもお嫁さん側が用意するんじゃなかったっけ?おばあちゃま両家分の支度したってこと?はーー、異次元過ぎて目眩がしてきた。
「キリコ、何でもう泣いてんの」明日のミッションを考えて涙目になってるのを目ざとく氣付く旦那。「うるさいなー、ちょっと浸らせてよ」おばあちゃまにきーちゃんの卒業式の時、入場しただけで号泣してたとか教えないで。けど、やっぱりご両親は参列しないということかと氣が付いてちょっと複雑。きーちゃんは本当はどう思っているんだろう。
「聞きました?これ、お買い上げですって。総額エライことになるで」人の感動に水を差すどころかバケツで水を投げ入れてくる庶民な旦那。やめてよね。「着物レンタル頼んで良かったやん。ツレの二次会行くのとワケ違うでwww」この庶民め。娘が嫁ぐ日の前日の母親の氣持ちに浸らせてってば。まあ、何を着たらいいか悩んで、同級生の結婚式と二次会で着た服にしようかと言ってたのは事実だけども。結局、きーちゃんがレンタルいるなら予約するよーって連絡くれたから頼んで正解だった。さすがにここまで改まった式で二次会で着た服を着るほど私も抜けてるわけじゃない。そういや、私二次会はよく出席するけど挙式自体はあんまり出たことないな。子供達が居るから遠慮させてもらっているせいなんだけど。去年、里帰り中にこっちの友達の挙式に呼ばれた時はきーちゃん達が子供達を見てくれたし、考えると、やっぱりこっちではオーナーが見てくれたりきーちゃん達が見てくれたりで何てありがたい環境なんだろう。おそらく、同じ年頃の兄弟を持つ親よりも恵まれた育児環境よね。拝んどこ。
おばあちゃま、お弟子さんも一緒に食事をして明日のスケジュール確認。朝イチで着付けの人が来てくれる。その後、家から出発の神前式。からの、移動して前みたいなご挨拶を兼ねたお食事会。前みたいなお食事会ってことは、またあの雰囲氣なのかー。「そういえばアキちゃんは?」兄弟だから居るものだと思ってたけど家が静かだわ。「今?エジプト」ときーちゃん。は?エジプトってピラミッドのエジプトだよね?さすがに弟の結婚式だったら普通、帰って来ない?異星人だからそんな常識はハマらないのかも。「パパもおじーちゃんも明日の朝来るって」「どうせ安芸者の所おるわ」きーちゃんの言葉におばあちゃま。安芸者って…。時代劇以外で使う人初めて見たわ。

「この家ってさ、何氣にすごくないっすか?」夜、旦那が言う。ええ、私もずっと思ってる。真ちゃんが家を継ぐって時も別世界なおうちだったと圧倒されたけど、今回もまた圧倒されてる。真ちゃんは「この家意外と古いから何かと大げさだし面倒」と言ってたけどさ。入籍は先だから社会的にはまだだけど、式を挙げてお食事会で挨拶するってことはしっかり嫁入りってわけで。私たちが結婚した時とはノリというか巻き込むものが違いすぎて、きーちゃんは大丈夫なんだろうかと心配になったり。やっぱり節目の前夜だからか私まで緊張するなー。と思っていたら、隣のリビングからきーちゃん達の笑い声が聞こえてきた。
「何してんの…早く寝なよ」氣になってドアを開けると、トランプをして盛り上がってる2人。しかも2人でババ抜きって面白いの?しかも隣同士でくっついてしてたら手札見えるやん。「ババ抜きちゃうで、ジジ抜きやで!」と言うけど、どっちでもいいから。
結局、私も旦那もミイラ取りがミイラになってポーカーをやったりウノをやったり。旦那たちは飲みながらやってるもんだから、旦那は「マハルの追加の武器に持って帰って」ときーちゃんが出してきたおもちゃの刀で隙あれば何度も真ちゃんを刺すし斬りつけてるし。素手で殴ってないだけ良しとしてほっとこう。

翌朝、緊張していたみたいできちんと予定通りに目が覚めた。リビングに顔を出すと真ちゃんは起きていて、きーちゃんは居ない。「まだ寝てるで」と言いながら朝食を用意してくれる。ホント、真ちゃん良い嫁さんになりそう。我が家の嫁にも来てくれないかしら。朝から座ってるだけでご飯出てくるなんて感動。「真ちゃん、緊張して寝てないんじゃないのー?」とちょっと茶化してみると「せやで。緊張して寝られんかった」と返事。意外とあっさり認めたな。
自分が言ったことだけど、きーちゃんを焦らせたんじゃないかとふと思うことがあるとか。「人間贅沢なもんやでなー」と笑う。アキちゃんがこれから生きていけるようにと拠点を移してまで居場所を作ってきーちゃんを誘ったこと。この話を聞いた時、きーちゃんがずっと自分の居場所を欲しがっていたから行ってしまうんじゃないかと不安になった。その場で断った時はホッとしたけど、きーちゃんの生きづらさは無くなったわけではないから、やっぱり行きたいと言い出した時引き留めきれない。きーちゃんが伏せった時もそうだった。きーちゃんのことを想うフリして自分の想いを押し通そうとしてるんじゃないか。きーちゃんは今までの経緯もあって、真ちゃんが望む行動を読み取って動くしかなかったんじゃないかと思うこともある。でも、やっぱりきーちゃんの事は手放したくない。「葛藤ってやつ?不安を消そうと変に考え過ぎると余計に不安になるっての?」それはすっごくよく分かる!超同意する。
だから、きーちゃんが言っていた話やきーちゃんにとって真ちゃんがどれだけ特別なのか、そしてやっぱり私から見ても真ちゃんじゃなければダメだと思うからこれはベストなタイミングだと思うと伝えた。真ちゃんは「安心した」と言った。
「けどさ、絶対きーちゃんを追い詰めないでよ。泣かさないでよ。守ってよ。でないと私ら夫婦全力で真ちゃんのこと追い込みかけるからね」「マジで?キリエって勝手に謎思考発動させて勝手に追い詰められてるんですけど?」「じゃあ謎思考にさせなきゃいいじゃない」「それ無茶やろ」「無理だと思う!」そう言って一緒に笑ってると旦那が起床。無言で真ちゃんの頭に一発いれる。「なんやねんな」「能天氣に笑っとるで何となく」「何となくで人のこと殴んなしwww」花嫁の父の心境は複雑なのよ。一発くらい許してあげて。
着付けの人が来てくれる約束の15分前、ようやくきーちゃんが起きてきた。落ち着いて寝過ぎ。「何で真ちゃん居らへんかったんーー」と目覚めた時にベッドに居なかったことにご立腹きーちゃん。そりゃ、約束の15分前だもん、大概の人は起きて準備してるってば。「ごめんって。もうちょいしたら起こしに行こう思っててん」とイチャつきモードに入った瞬間、旦那がもう一発頭を叩くからコントかと笑うしかなかった。
「ご飯はいいー。お腹痛くなったら悲劇ー」ときーちゃん。でも、持たないんじゃないの?「途中で絶対お腹すいたって言うから味噌汁だけでも飲んどきなさい」と用意する真ちゃん。あなたはお母さんか。これ、今日式を挙げる2人の会話じゃないと思うんだけど。

着付け開始。正直、お着物着るのって成人式に出てないから七五三以来な件。馬子にも衣装ってやつかしら。意外とわたし、和装もいけるな。きーちゃんも着々と着せてもらってるけど、あれ?和装なのに髪下ろしたままなの?「おでこは出したくないから!」と言い切るきーちゃん。こんな時まで前髪命。
ほぼ着付け完了。加奈子が見たらテンションが上がって卒倒しそうなくらい別世界。ホントかわいい。見惚れてしまう。写真撮って後で見せて自慢しよう。
さて、ミッション。と思ったけど、ここはおばあちゃまに付いててもらいたい。呼びに行くと準備が出来た男子組がいた。パパさんとおじいちゃまも居てタバコを吸っていた。みんな和装なんだけど。(私もだけど)ちょっとこの集団怖いー。まちなかで見たら絶対近寄りたくない。
おばあちゃまを呼んで来るだけのつもりだったのにギャラリー増えてるものだから、無駄に緊張する。「筥迫が先?懐剣?」「どっちでも大丈夫やで」「懐剣って帯に差す?」「帯の左側やね」何だろ感動的な儀式なはずなのに、おかしい、もっと厳かになってるはずだったんだけどな。昨日のうちに確認しておけば良かった。
「これ儀式なんやろ?子供の七五三に張り切って自分で着付けやるとか言いだして混乱してるオカンやんかw」とか旦那は真ちゃんに言って笑ってるし。きーちゃんはきーちゃんで「ねーさん、大変お腹すいてきた…今から何か食べちゃダメかな。チョコ食べたい」とか言い出すし。だからちゃんとご飯食べとけと…。みんな、ちょっとハレの日感だそうよ。締まらないなぁ。
紅差しの儀でいざ筆を持つと、初めて服をあげた日、一緒に服を買いに行った日、お化粧してあげた日、いろんなきーちゃんを一氣に思い出した。きーちゃんはにこにこして、楽しそうにしてた。ずっと欲しかった妹が出来て嬉しかった。目の前のきーちゃんはその頃よりもずっと大人になったけど、相変わらずにこにこしてかわいい。「ちょっと待って、手が震える」深呼吸。「絶対キリコもう泣いてるで」と旦那は小さい声で言ってるけどちゃんと聞こえてるからね。「ハンカチじゃなくてバスタオル用意した方がええんちゃうの?」真ちゃんも、それしっかり聞いてるから。2人とも後で覚えておきなさい。けど、しっかりもう泣いてるんですけどね!
きーちゃんは筥迫から小さいケースを取り出す。ちゃんと機能してるんだ。飾りだと思ってた。「ねーさん、はいあーん♪」金平糖をひとつくれる。マハルとタマキが生まれる時、そう言って飴をくれたね。と思うと涙腺崩壊寸前。マハルの時は一緒にひとつずつ。タマキの時は、私と旦那に。今日は私に。いつの間にか、魔法の飴を食べなくてもこうやって私を落ち着かそうとしてくれるようになったんだね。きーちゃんの魔法の飴を食べたけど、涙は止まりそうもない。
赤い口紅は真っ白な肌に映える。とってもかわいい花嫁さんの完成。最後の支度かぁ。もう、きっと大丈夫だね。きーちゃんはひとつもふたつも強くなった。今まで泣いた分、これからそれ以上に笑っていてね。
「今思ったんだけどトイレ行きたくなったらどうしよう。小物とか危険だよね。落としたら悲劇。ギリギリまで我慢したらダメだね。早めにトイレだね」かわいい花嫁さん、このタイミングでトイレの話題なの?相変わらずマイペースだなあ。

時間が近づいて、係の人が順番を教えてくれる。私たち夫婦はきーちゃんのご両親ポジションだと言われて、旦那はなんだか嬉しそう。ずっとずっと昔から花嫁姿見たかったって思ってたんだもんね。ようやく、叶えられるね。説明を聞きながら、きーちゃんの方を見ると真ちゃんと何か小声で話して笑ってる。またこうやって笑うきーちゃんを見ることが出来て本当に良かったと嬉しくなった。
きーちゃんが履き物を履く時、真ちゃんがナチュラルに手を差し出すもんだからちょっとその光景に見惚れてしまった。和装な2人って絵になるよね。
外に出ると、参列する方々が揃ってる。先生と真ちゃんの会社の社長さんの姿を見つけて何だか安心。こういう時って知ってる顔見るとホッとする。退職したと言っていたけれど、こうやって真ちゃん達のお祝いに駆けつけてくれる関係性がなんだか嬉しくなる。参列するゲストに挨拶をする2人に陽が射して神さまに祝福されているようだった。「なあ、もし泣いたら笑うか?」いきなり旦那が言い出した。「笑うに決まってるでしょ。いっつも人が泣いた時笑うんだから。末代まで語り継ぐわ」「こわっ。それ聞いて泣けるもんも泣けやんくなったわ」「バカじゃんwww」
神社まで歩く。これも意味がある儀式なんですって。並ぶ順番がちゃんとあるけど、きーちゃんのご両親が参列していなかったり仲人さんたててなかったり、お家からスタートだったりで多少アレンジが加えられているらしい。
この花嫁行列は遠目から見てみたいかも。神社への道中、ご近所さんや神社へ参拝に来た人たちが足を止めて見ている。そりゃ見るよね。時々何か話したり、祝福の声をかけられて笑顔を見せるきーちゃん達がかわいい。
初めて神前式って参列したけど、圧倒される。けど、自分の時は普通のパーティで良かったかも。絶対順番覚えられない。今日も順番が分からないから周りの人に合わせてやってること真似してるし何ならフワッと誤魔化したからね。一番お手本にしたいおばあちゃまは新郎側のため反対側に行っちゃったから心細い。誓詞奏上の後、光が射して優しい風が吹いた。きーちゃんが「ここに呼ばれた氣がした」と言っていたのを思い出した。
ハレの日とは、昔の人はよく言ったものだなとふと思う。本当に非日常な空間。きーちゃんの表情はよく見えないけど、多分穏やかだ。
式は滞りなく執り行われ、会食前。参列した方々は、先に会場へ。ほとんどの人が車だけど、そうでない人にタクシー手配してるとか。マイクロバスじゃないのね。びっくり。
アウェー感、リターンズ。タマキが生まれた時お祝いって連れてきて貰ったけど、人が集まってるとね、半端ないアウェー感。お家の仕事に関係してる人が来てるって言ってたけど、このお家ホント謎。
私たちはきーちゃんたちの居る控室に一旦避難する。朝からお腹空いたと言ってたきーちゃんはお寿司を食べていた。「寿司くらい自分で食べなさい」私たちが部屋に入った時、ちょうど真ちゃんに食べさせてもらってる所だったから旦那は父さんモード。眉間、眉間。こんな日にシワ寄せないの。
「意外とね、この格好機動力低めなん。防御力は高そうだけど」全然意外じゃないよ。「キリエ1人で食べさせたら絶対落とすww」それ、なんか納得。きーちゃん絶対着物の上に落とすわ。もしくは、取ろうとして袖を汚すとか充分考えられるな。
「お腹空きすぎて限界やってんー」式が終わって、待っていた車に乗って一番先に到着したきーちゃん達。お腹が空きすぎたきーちゃんの為にお店の人が急遽用意してくれたらしい。
会食の席が始まって、おじいちゃまおばあちゃま、真ちゃん、きーちゃんが順に挨拶して。やっぱり別世界過ぎる。前と同じだけど、前の時は奥さま方の元へ行って話してたきーちゃんは今日はずっと前。代わる代わるゲストが挨拶に来るもんだから、戸惑いが隠しきれてないのがかわいい。
席近くの奥様方によると、真ちゃんがお家の仕事を本格的に始めてからきーちゃんはついてまわっていたから殆どの人と顔見知りだとか。「先代さんも安心よね」と言われてるのを聞くとホッとする。「おひーさんが来るとね、空氣が変わってね。うちのおばあちゃんもとっても喜ぶの」きーちゃん、おひーさんって呼ばれてるのね。やっぱおひーさんなんだと思うとちょっと嬉しい。真ちゃんがお仕事をしている間、その御宅のおばあちゃんと話をしてからおばあちゃんはきーちゃんがお氣に入りになったとか。きーちゃん、やっぱ年上キラー。
「ホント鏡子ちゃんが帰って来たみたいね」とおばあちゃまと変わらないお年頃な奥様。
キョウコ?どっかで聞いた名前。誰だっけ?しれっと会話に入って聞き出すとおばあちゃまの妹さんだと分かった。前の食事会の時おばあちゃまの妹さんの振袖着せて貰ったとか言ってたな。その人?きーちゃんの声が出なくなった時、おばあちゃまがキョウコさんの夢見たとかで顔を見に来たね。
元々このおうちを継ぐはずだったのはキョウコさん。とても感が鋭くきーちゃんのような感覚を持ち合わせていて、その力を頼ってくる人も多かったけれど、15歳になってすぐに病んでしまい失踪してしまってたらしい。キョウコさんをとても可愛がっていたおばあちゃまの落胆ぶりは見てるのも辛いくらいだったと言う。おばあちゃまがきーちゃんのことを本当に可愛がっていたのは、きーちゃん自身にプラスしてその妹さんのこともあってなのかな。と思ったり。
自分の居場所はあれど力があるために病んで居なくなった女の子と、居場所がなかったけれど病んで傷だらけになりながら自分で居場所を探し出した女の子。
人が理解出来ない感覚を持つというのは、こんなにも大変なのか。私はそんな感覚も能力もなく、それなりに順調に生きてきたからどれだけの難儀があったのか全く想像は付かない。でも、まだ若いとか歴史のあるおうちの子になるだとかそれはそれで大変なのかもしれないけど、きーちゃんはこうやって自分の力や感覚を受け入れてもらえる人たちの下で過ごすのがやっぱり一番いいんだろうと思う。
その奥様が言うには、初めてきーちゃんが真ちゃんと一緒に奥様のおうちへ来た時そのキョウコさんが帰ってきたと錯覚してしまうほどだったらしい。見えないモノの捉え方、その表現の仕方、表情まで。きーちゃんが臥せっていると聞いてキョウコさんのことを思い出したから、こうやってまた元氣になって正式に迎えられたことを本当に良かったと仰る。
他の方も、口を揃えて良かったと言って祝福していた。この何年かの間にきーちゃんがやってきたことがちゃんと認められてるんだと思うとホッとした。

「特殊装備終了!通常装備に戻りました!」会食が終わって、帰宅したきーちゃんは着替えが終わると「お腹すいたーーー」とようやくまともな食事。おつかれさま。食事している横でやっぱり旦那は飲んでるし。明日まで息子たちを預かってもらうことにしてて正解。オーナー夫妻、旦那がこうなることをしっかり予想して明日まで良いと言ってくれたのね。さすがだ。
「行ける?」きーちゃんの食事が終わると、真ちゃんが立ち上がる。まだ、もう少しやらなきゃいけないことがあるらしく2人は母屋に行く。なんだ、やっぱり大きなおうちって大変なのね。と明日まで預かってもらえるのを良いことに私も飲む。
旦那と2人でゆっくり飲むとか久しぶりだ。貴重、貴重。酔ったら饒舌に変わる旦那が静かに飲んでるのがおもしろい。「やっぱり娘が嫁行くと寂しいですか?おとうさん」「アホちゃう?まだ社会的に嫁には行ってへんからカウントせん」まぁ、入籍はまだだから確かにそうだけどーー。なにそれ。
正直、話が急展開過ぎて置いていかれ氣味だけど。きっときーちゃん達の中では繋がっているんだろうし、今後のことも含めた上での話だろう。結局、「正式に迎えられた」と奥様たちが言っていた。正式に迎えられてどうなるのかわからないままだけど良しとしておこう。この選択をしたことできーちゃんが笑っているならそれでいい。
「そういえば、きーちゃんって就職すんの聴いてた?」昨日の話を思い出して、旦那に聞いてみた。「変な所で独立心旺盛やでな、うちの子みんな」と笑う旦那。
おうちの仕事を手伝い出してから、きーちゃんは勉強したいことができたと言っていたので真ちゃんも、おばあちゃまも大学に進学すればいい。と言ってたらしいけど…「高校以降の勉強はやりたければできるはず」と言って自力で学費を貯めたいと言って就職希望をしていたそう。きーちゃん曰く、仕事するのに知っていれば役に立ちそうなだけだから。らしいけど、それなら良いって言われてるんだから普通に進学したらいいのに。

しばらくしてきーちゃん達が戻ってきて、向こうでおじいちゃまとパパさんが一緒に飲もうと誘ってるよと教えてくれたから母屋の方にお邪魔した。
その時におばあちゃまと話すことができた。話の流れでキョウコさんの話題になって、きーちゃんは本当によく似てると言っていた。けど、きーちゃんとキョウコさんは別の人だと分かっているからね。と笑うおばあちゃまを見て残っていた不安もだいぶ消えた。
「とは言ってもね、きいちゃんは鏡子と同じタイプやと思うのね。だから絶対勤めに行ったらあかんって言ってるのにそこだけは聞いてくれなくて」とおばあちゃま。きーちゃんが就職希望を出していることに納得がいかないらしい。「人間には適材適所ってあるからね。言うてるんやけど」おばあちゃまによると、きーちゃんはカチっと決められた仕事には向かないし、そもそも誰かに使われるというのが向いていない。まだ、氣ままに自分が望むことを学んでいる方が合っていると言う。「無駄に消耗することないのに」とむくれるおばあちゃまは立派なおうちの先代さんで怖そうなイメージなのに、なんだかかわいい。孫がかわいくて心配するおばあちゃんだった。が、きーちゃんの意思は固いらしい。変なところで頑固だからなぁ。
おばあちゃまやおじいちゃま、パパさんもそうだし、何より真ちゃんに受け入れられて楽しそうに笑う姿を見ると嬉しくなった。