Story 81.帰る場所。

きーちゃんのする儀式。同席してもいいのかと思ってドキドキしていたけど「一緒でいいよ」とライトに言われ拍子抜け。どんなことが行われるのかと緊張していたけど、山の中だったり大きな川や滝、古いお社やお寺に行き、しばらく過ごすと言うもの。護摩を焚いてだとか滝行だとか、そんな感じのことばっかりをするかと想像してたからやっぱり拍子抜け。けど、一箇所一箇所周りその場所で何かをするきーちゃんはやっぱり普通の若い子とは違う雰囲氣があったし、儀式を終えるたびに変わって行ったような氣がする。
リトリートに行った時、目には見えない存在が身近であるきーちゃんを目の当たりにした。その場に居た『普通でないことを否定しない人たち』はそんなきーちゃんの姿を見て明らかに態度を変えた。アキちゃんはきーちゃんが持つ力は大いなるものからのギフトであると言い、今その力を使っているけれど更に純度を高めた本当の姿になれば『現人神』として生きることも出来ると言っていた。けれどきーちゃんはその為にアキちゃんが用意した道ではない、人として生きる道を選んだ。けど、儀式を執り行う普段より一段と浮世離れした姿をみるとアキちゃんが言うこともなんとなく理解できる氣がした。話すと普段のきーちゃんと変わらないけど、確実に違う世界に行ってしまったようで少し寂しく感じた。
「んーとねー、なんて言ったらいいかな?ご挨拶して、その場所になるの」儀式って具体的に何をしているか。を聞いた時のきーちゃんの返答。そうじゃないかと思ってたけど、やっぱり空中戦だった。けど、アキちゃんの言っていた『現人神』と、きーちゃんの言った『その場所になる』それは同じことなのではないかと思う。きーちゃんに神さまを降ろすというか、その場に居る神さまそのものになるのではないかとこれまで見たり聞いたり読んだりした知識をかき集めてこの結論にたどり着いた。となると、アキちゃんの言った『現人神』ということと何となく繋がる。神さまと一緒になったきーちゃんってわけだもんね。けど、もしアキちゃんが望むように『現人神』となったとして、今のきーちゃんはどこに行くんだろう。シャーマンのように普段のきーちゃんと神となったきーちゃんとが存在するのか、それとも今のきーちゃんは居らず神であるきーちゃんもしくはきーちゃんという存在の神の依代となって空っぽにしまうのか。この辺りは寄せ集めのオカルト知識じゃついていけないな。やっぱり私は一般人である。一般人としては、依代となってしまったら今までのきーちゃんが救われないような氣がするんだけど。それにアキちゃんもきーちゃんに好意を持っているようだから、そんなことになったら自分が好きな子が居なくなるように感じたりしないのかな。
正直、きーちゃんの儀式中、少し離れた場所でぼけっときーちゃんを見ながら待っていたりするのだけど、暇だからこんなことを考えていた。

佳境に入る5日目、朝から移動して目的地に到着したのは昼前。ちょっとした登山になるらしく、きーちゃんには待ってる間どこかでランチしててと言われたけど確認すると同行しても良いと言われたのでついて行った。1人で登山させるなんて心配過ぎてゆっくりランチなんてしてられない。目的地は山の中。大きな岩の前に座り込んだきーちゃんは何かを小声で呟く。近くに座れそうな場所を見つけて座ってウォークマンで音楽を聞いて読書しながら待つ。聞いていたアルバムが終わる頃、きーちゃんが私の元に来たけど表情がこの行程中で1番暗い。「しんどい?」おでこに手を当てるけど熱は上がってきてない。きーちゃんは首を振って「大丈夫。ありがと」と笑った。ホテルに着いても、きーちゃんは普通に話をしようとしているけどやっぱり暗い。「ちょっと調べ物していい?」と言うと、持ってきていた何冊ものノートをめくる。焦りと悔しさが見えて本当は止めて休ませた方がいい氣がしたけど、そっとしておこうと外出することにした。外出から戻るときーちゃんは調べ物をしたまま寝てしまっていた。横になるきーちゃんの手元にはたくさん書かれたメモが置かれてる。手に取ると泣きながら書いてたんだろう滲んだ文字もたくさんあった。
夕食の時間に「明日ね、もう1回だけ今日の所行きたいねん。ねーさん、どっかで観光してもらっていい?ホテル帰ってきたら電話するから」と言うきーちゃん。心配だったけど、言われた通りにすることにした。
翌朝、きーちゃんを見送って私も観光に出かけたけど心配過ぎて1時間もしないうちにホテルに戻る。昼過ぎに帰宅したきーちゃんは「出来たよー。疲れたー」と倒れ込んですぐに寝てしまった。寝顔を見ながら、そこまでしなきゃいけないことなんだろうか。だとか、きーちゃんが自分で考えて行動している姿に成長を感じて嬉しい氣持ちと複雑だったりした。
「ねーさん、あのねハイビスカスかヤロウのお茶ある?」起きてきたきーちゃんが言った。ハイビスカスかヤロウ…。「これは薬飲んだ方いいんじゃないの?それにヤロウって風邪とかの熱にはいいけどきーちゃんの熱はどうかと思うよ」おでこに手を当ててみると思った通り熱が出だしていた。明日向かう最後の場所が終わるまで、薬は飲みたくないと言う。「真ちゃんが持たせてくれたから大丈夫なんじゃないの?」熱が上がってきた時のためにいくつか薬を真ちゃんから預かっていた。多分、ここまで分かりやすく発熱していたらハーブティーを飲んで熱が下がるのを待つよりも早く解熱出来る氣がする。「うーん、じゃあね、先生が調合してくれた方にしようかな」多分、漢方薬かな?香りがそんな感じ。ここまで来たからケミカルなお薬を飲んで感覚を落としたくないと言う。そう言えば、きーちゃんが伏せった時に先生が精神科で出される薬を飲むことできーちゃんの力は消えるかもしれないと言っていたな。それと同じなのかな。ご飯も特に氣にせずに摂ればいいと言って何か食べに行こうときーちゃんは言うけど、発熱もあるしなぁ。食べに出るとしてももう少し人が少なくなる時間まで寝かせることにした。きーちゃんが寝たのを確認して旦那に電話をかける。きーちゃんの昨日の様子と今日リベンジして無事終わったようだけど発熱していること。起きたら食事に行く予定だけど、きーちゃんの言うように氣にせずに食事しても大丈夫なのかを真ちゃんに聞いてもらった。『キリエが食事は氣にせずに行こうって言ってるならその通りでいいで。ありがとう』途中で真ちゃんに代わってもらい、詳しく状況を伝えるとこう返ってきた。あれこれ詳しくこうした方がいいと指示があるかと思ったから意外だったし、明日きーちゃんは熱が下がっていなかったとしてもきっと予定通りに進めると言うと思うけど、言う通りにしてやってほしいと言われた。単なる溺愛して過保護になってるだけじゃないんだと何だか感心してしまった。
電話を切った後、水分だけは確保しておこうと直ぐ近くのコンビニへ。部屋に戻るときーちゃんはまだ寝ているようだった。さっきまで着ていなかった真ちゃんのパーカーを着て寝ている。『着てたら一緒にいてるみたいやねん』ときーちゃんが言ってたのを思い出した。これまでパーカーを着ることなく過ごしていたから氣が付かなかったけど、真ちゃんのパーカーを持ってきてたんだね。
「寝たら元氣なったよ、ありがと」食事に出て、本当に無理していないか確認するとこう返ってきた。真ちゃんはきーちゃんが進めると言ったらその通りにさせてあげてと言ったものの心配でつい明日はどうするか確認してしまう。「んーー、明日起きてから決めようと思うけど今くらいならそのまま進めちゃうね」明日で最後の行程だから、万が一体調崩してもゆっくり寝てられるし。と笑うきーちゃん。古くから続くお家の当代さんになる子と思えば違和感はないんだろうけど、この旅行中できーちゃんは一段と普通の若い女の子よりも浮世離れした不思議な雰囲氣が隠しきれなくなっている。それがこれから生きていく上でどう作用するのか不安だったりした。

最後の一箇所。山の中の立派なお社。ここはきーちゃん単独で行かなければいけないらしく、私は管理されているという方のお宅で待たせて貰っていた。その間に、その御宅の奥さんとおしゃべり。真ちゃんのお家とはもう何代もの長いお付き合いであることや、真ちゃんが家を継いでそして対のきーちゃんもこうやって正式に当代さんとなることを喜んでいた。やっぱり一般の家の人間である私には別世界というか、きーちゃん達が居なければカスリもしないような世界で、よく理解出来ないもののこうやって目の当たりにしてもまだ映画や何かの世界な氣がする。けど、きーちゃん達にとってはそれは日常であって現実の世界。真ちゃんに来て貰って開いたお教室でも思ったけど、自分の知っていることや常識だけで物事を判断するのはあまりにも愚かなことだと再確認した。
「全行程無事終了しましたー」と笑顔のきーちゃんが現れた。「おつかれー。大丈夫だったー?」「ありがとうー。ねーさんが居なかったら多分出来なかったー」と私を見るなり泣き出すきーちゃんを見て、私までつられて泣けて来た。
頑張ったね。特に上手く行かなかったと納得出来なかった時、本当は真ちゃんの声を聞きたくなったかもしれない。どうすればいいかアドバイスをもらいたかったのかもしれない。けど、2日目の最初の行程をスタートさせてからきーちゃんは携帯の電源を落として私に預けていた。私も同じように旦那に連絡するのはやめておこうかと思ったけど、きーちゃんが「美樹ちゃんが心配してたらダメだから」と言ってくれて1日一度だけ最低限の連絡だけしていた。
「ねーさん、あと2日残ってるでしょ?どこか寄る?それとも帰る?」「そうだねー、でも…帰ろっかー」ちょっとホームシックだった。「うん、帰ろ♪私も帰りたい」もし、予定より早く終わったら残りの日程は好きなところに行って来てもいいよ。と言われていたけど、荷物を送る手配をして新幹線に乗った。
車内では緊張し通しだったきーちゃんの表情も柔らかく、体調を崩してしまわないかと心配したけれど杞憂だったようだ。「ねーさん、ホントにありがと。ねーさんが居なかったらきっと逃げ出してた」私には言わなかったけれど、途中不安と緊張とで何度も心が折れそうになったと笑うきーちゃん。「本当はね、まだ私が真ちゃんと一緒に居ても良いのかな?って不安になるねん」上手くいかなかった時、その不安がマックスになっていてそのせいで上手くいかなかった。「一個の不安がね、いろんな不安を持って来るっていうのかな?」それでも何とか1回目を終えて、本当はそのまま最後の行程へ移っても大丈夫だったそう。「ねーさん、ずっと前に『きーちゃんは逃げる子じゃないと思ってる』って言ってくれたの覚えてる?」そんなこと言ったっけ?「ねーさん達が引越しする直前。ねーさんがそう言ってくれたのを思い出してね、このまま次に行くのって逃げることかもって」多分そのまま最後の行程に移ったとしても、当代さんになるのは変わらないし、実際に一緒に居たわけでもないからもしかしたら黙っててもお家のみんなには分からないかもしれない。けど、自分が納得しないまま当代さんになってしまったらいつかそこから綻びが出てしまうんじゃないか、周りが優しいから甘えてはいけないと思ってるのに、結局甘えて取り繕い続けてしまうんじゃないかと思った。真ちゃんの対の当代さんとして相応しくなれないと思って2回目を決めたそう。「なんだろう、まだすっごく怖い。私に出来るのかなって」家を継ぐ、家を守る。と言う感覚が希薄なせいで私には全く理解出来なかった。何でそこまで自分を追い詰めてしまうのかとさえ感じる。けど、これがきっと『人として生きる』ことを決めたきーちゃんなりの答えなんだろうな。「ねーさんはずっと前に逃げる子じゃないって言ってくれてたし、私ももう逃げたくないって思ったからね、正直に『私はまだ不安です。不安はずっと消えないかもしれません。けど、私は真ちゃんと一緒に当代さんになります』って先に宣言したら案外すんなり出来ちゃった」と笑う。ある意味、吹っ切れたのかな?それなら良いんだけど。「すごい今更なんだけどね…」「なになに?」「もう一泊だけのんびりねーさんと観光しても良かったかなーっていきなり残念になってきた」降車駅に着く直前、きーちゃんが言った。「もうちょっとねーさん独り占めすれば良かった」「ホント、何てかわいいの!!」思いっきりハグして頭を撫でてやった。そうだね、私もねホームシックになりかけてたくせに急に惜しくなって来たところ。今度はフルで観光旅行しようね。

「ただいまー」新幹線から降りて、ホームに真ちゃんの姿を見つけるときーちゃんは走って真ちゃんの元へ行ってダイブ。「おかえりー。待ってたで」ときーちゃんを抱きしめる真ちゃん。えーっと、50年くらい生き別れてたのかしらね、この2人。と言うくらい再会を喜んでる。いいわねー。若いわねー。けど、そろそろ離れましょうか。
「おつかれさん」と旦那。「ただいまー」旦那の顔を見ると帰って来たなーとホッとする。私もきーちゃん位旦那を抱きしめておいた方が良かったかしら。いや、家の中ならまだしも駅では無理だ。「マハル達は?」仕事の間、子供達はオーナーのおうちで見てもらっているのだけど、オーナー夫妻がおもちゃを買ってくれたり、なによりご夫妻がとっても大事にしてくれるとのことでとても快適に過ごしているそうで。「かーちゃん帰ってくるねんでって言うたんやけどな…」マハルタマキは「じゃあかーちゃんがここに来たらええやん。待ってるわ」と言ったらしい。どういうことだ。私が疲れているだろうからと、奥さんがきーちゃんのお披露目が終わるまで子供達だけでお泊りさせてくれるらしい。流石に申し訳ないと、旦那が言ったけど「友達の所は1週間以上子供達だけ寄越してくるんですって。4日くらい大丈夫よ。おばあちゃんの楽しみ奪わないでちょうだい」と奥さんに言われたらしい。ホントありがたすぎる。ちょっと今日はゆっくりしたかった。「っていつまでそうしとるねん。娘から離れろ」と完全に2人の世界を作っている真ちゃんの頭を叩く旦那。この光景を見て、日常に戻ってきた。そしてこうやって笑って過ごせるありがたさが身に沁みた。
真ちゃん達の家に戻るともう一段と日常に帰ってきた氣がする。きーちゃんは一息つく間もなく、母屋へ行ってしまった。おばあちゃまに帰宅と行程の終了を報告に行くらしい。「キリコ、ホンマありがとう」真ちゃんがビールを持ってきてくれた。帰ってすぐビールを開けるほど私そこまで飲兵衛じゃないわよ。と思ったけどありがたく開けることにした。真ちゃんは座り直して、わたし達に向かって改めて頭を下げて感謝の言葉をくれた。そんなに改まってお礼なんて言わなくても良いと思ったけど、この1週間のきーちゃんを見てこれを無事に終わらせることが出来たことは2人にとって、とても大事なことだと分かったから少し照れたけど「大事なお役目をいただいた」ことのお礼を伝えた。
しばらくするときーちゃんがおばあちゃまと帰ってきて、おばあちゃまにも丁寧にお礼をいただいた。

「お疲れ様でしたー」夜「おやすみ」を言った後、旦那と改めて乾杯。毎日お互いの近況報告的に電話していたけど、やっぱりお互いどう過ごしていたのか氣になるわけで報告会。子供たちは聞いていた通り、朝、旦那と一緒に出勤して仕事が終わるまではオーナーのお家の方で奥さんとお留守番。奥さんによると、特にマハルは出来るオトコをアピールしてお手伝いも進んでやっていたようだ。マハルに張り合ってタマキも何でも自分でやろうとして逆にヒヤヒヤしたと奥さんが言っていたそうだ。末っ子美和は1日熱が出たものの、すぐに元氣になったとのこと。熱が出た日、旦那はさすがにオーナー宅は連れて行ってお願いをするのは申し訳ないと休もうとしたけど、真ちゃんとおばあちゃまが見てくれて仕事に行けたとのこと。言うと私が氣にすると思って内緒にしてたらしいけど…そこ、先に教えてよ。おばあちゃまにも真ちゃんにもスルーしちゃってお礼言ってないわよ。「きーちゃんはどないやったんよ」「きーちゃんはねー、随分お姉さんになったと思うよ」高校卒業して嫁にも行った子を捕まえてこの言い草よ…とは自分でも思うけども。旅行中の様子やきーちゃんなりに考えてこの選択をしたと感じた話をする。「不思議なもんでな、なんやきーちゃんはずっと会った頃と変わらんイメージやからびっくりするな」と旦那が笑う。奇遇ね。私も幾つになってもきーちゃんは出会った頃の小さな女の子のイメージなのよね。「逆に子離れしろってことですかね www」「そうかもしれないよね」

翌日、ひょっとすると…と不安が過ぎった通りきーちゃん発熱してダウン。笑まあね、総移動距離は相当なものだし、プラスしてきーちゃんは緊張しっぱなしだっただろうし仕方ない。想定内だ。明後日はお披露目だし、ゆっくりしていてもらおう。という事で私は旦那についてオーナーご夫妻の元へ。「あー、おかえりー」息子たちよ、久しぶりに母と会えたのだからもうちょっとこう、きーちゃん達の1/10でいいから再会の喜びを表してくれても良いのではないか。マハルは買ってもらったというブロックで夢中に何かを作っているし、タマキはこれまた買ってもらったという電車のおもちゃの線路を繋げるのに夢中。娘美和は喜んでくれるかと思ったら、マグを抱えて爆睡していた。独立心が旺盛過ぎやしないかしら。3人も居るんだから誰か1人でも良いから「かーちゃん、おかえりー!会いたかった!」って走り寄ってくれても良いと思う。
オーナーご夫妻に今度は私がこれでもかとお礼を伝えて、お土産も渡す。留守中の様子を聞いたり、私のお土産話をしたり。夕方子供達に一緒に帰るかと言ったら「またかーちゃんおいで。マハル達おじいちゃんちで待っててあげるから」とのたまった。うん、独立心が旺盛なのはいいこと。いい歳までマザコンよりずっといい。奥さんが今日は泊まったらいいと言ってくれたので、私たちも一泊お世話になることにした。日中はドライな態度だった息子たちは、寝る時になると私の両方に陣取りくっついて寝てくれたのでちょっと安心。娘だけはマイペースを貫き、旦那だろうが奥さんだろうがオーナーだろうが抱っこされるとご機嫌に過ごしていた。